夏がおわらない子どもと 世界の始まり

 群れからはぐれたちいさなどうぶつみたいに、その子はとまどい、おびえながら、砂浜を歩いていた。

 防波堤はとりでのように聳え、だけど階段も、扉もない。

 高い、高いところには、四角い窓が点々とあるように見えるけど、……

 

 うしろをふり返っても、町の影もすがたもなく……

 

 

 ……沖の方にざわめきを感じる。

 男の子の目の奥の海上には、幾艘もの、ちいさな、手のひらくらいの船が浮かんで、急速度で沖を進んでいく。

  

     *

 

 

 海へびさんは、とぐろをまいて眠っている。

 浅い眠りにまどろみながら、頭の上の方をきらきらしたもの達が通っていくのを、じぶんの夢とかんちがいしているけど。

 あれはもう、だれのものでもない、くずれた――旧い世界の漂流物にすぎない。

 

 

     *

 

 

 風が来ている。

 だれもいない穴だらけの迷路をくるくる巡って、よびかけ、うたいかけている。

 

(そこは夏の巣で、見えないたまごでいっぱいなんだ……。)


 


     *

 

 

 空には、月ともお日さまともとれぬさえない星。

 静かにふるえて、泣いていたけれど、世界をてらし出すためには勇気が必要だ。

 

 今はもう、空の色はぬけおちて、世界は、星が泣きやむのを待っている。

 

 

     *

 

 

 星が分裂をはじめた。

 

 

     *

 

 

(海へびさん、海へびさん、…… …… 起きて。

 

 

     *

 

 

 何もかもがどこかへ行ってしまったあとの砂浜に、ひとりぽっちで残された子ども。

 静かにしてみると、目の奥の海は、夏のままだった。

 沖は、ひかりをいっぱいに反射している。

 

 

     *

 

 


 おはよう。こんばんは。海へびさん……

 

 

     *


 

 もうすぐに船が、海の向こうへ辿り着く。

 風はうたをうたい、時を駆け巡った。

 

 

     *

 

 

 月とお日さまが、とりあっていた手と手をはなし、はなれていく。

 世界の夜明けだ。

 そのあわいの砂浜に、とても、ちいさな、ちいさな砂の城がたてられていた。

 それは、これからいくつものはじまりといくつものおわりがきても、ずっと夏がおわらない子どもの牢獄のように。





*「未詳02」掲載

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