少女式
その少年は、少女で動いていた。
少年のどこかに少女が埋めこまれている。
少年はときどき吐き気がする。
そういう時、たいていそれは夜だけれど、砂浜を思い描く。すると、少女が少年の砂浜を歩き出すのだった。
……長い髪のはえた歯車がからからと音を立てて、廻っている。だれかが、「成長」とちいさな声でつぶやいた。……
少女は、天使を引きずりながら砂浜を歩いている。天使の羽はとれ、手もとれ、足もとれ、それは機械仕掛けのオモチャである。天使はつねに壊れつづける。少女は大人になるために与えられた部品で天使を修繕していく。少女は大人になれない。少女は大人になりたくない。
天使はいつもつめたい砂の内側をのぞいている。
……髪の毛が歯車に巻きつく。それでも、歯車は廻る。まただれかが、「成長」と言った。そしてもう一度同じ言葉を、少し大きな声で言った。……
だけど、少年は本当は知らない。少女のからだのまん中にぽっかりと穴の開いていることを。
……歯車は廻りつづけ、その向こうの方から、みたび「成長」という声が聞こえてくる。……
だけど、少女は本当は知らない。自分はすでに少年と遊離し始めていることを。
……歯車は廻りつづけ、「成長」「成長」「成長」「成長」……
暗やみのなかで、きらきらと輝いている。だけど、そこへは行けない。何かが、舞っているようにも見える。
……歯車の向こうに、だれかのくちびるが、動いたような気がした。「成長……? ……
少年はやがて気づき始める。自分のなかで剥がれ落ちていくものに。
壊れつづける天使の部品は海に流れ、どこかで別のものに組み立てられていた。
……歯車に、火がともった。歯車は、廻りつづけている。「せいちょう……
少女は砂浜を歩きつづけている。
壊れつづける天使は、あいかわらず少女の手に握られている。
……歯車は加速度を上げた。火は炎となり、歯車をつつんだ。歯車は、廻りつづける。向こう側のだれかは、微笑んでいるようにも、泣いているようにも見える。「成長」というとてもちいさな声が、だけどそれは叫び声のように響いた。……
少年の耳もとに、からからと、確かに何かが一周する音が聴こえた。
砂浜で、少女のまぼろしがゆっくりと海の方へ流れた。
天使が、闇のなかに落ちた。
……だれのものでもなくなった歯車は、軌道をそれ、坂道を転げ下りた。「
少年は、ついに吐き出した。
それはちいさな燃え滓のように見えた。
少年は、駆け出した。
少年は、もう他ならぬ自分ひとりの力で走っているのだった。それが少し寂しいと思ったか知れないけど――少年は駆け出した。海の方へ。
明けていく夜の海の向こうに、きらきらしたものが舞っているのが、まだ今なら見える気がしたので。
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