(3)恋人の死

 戻ってみると、もう誰もいなかった。恋人の姿もなく、医者もいなかった。家族達もいないし、道の向こうの方に見える筈の医者達の家明かりもなかった。それに思い返せば、月が照らす川縁の道にも、戻りは誰もいなかった。

 彼女が腰掛けていたあたりの場所には、木の札が真っ直ぐに立ててあった。

 札には十数の文字が書かれている。最後の方に「御」「九」「仏」等とあるのは漢字と読めたが、あとの文字は記号か旧字体か、読み取ることはできなかった。それは動物の形、あるいは幼児の絵のようにも見えた。

 ゴウゴウゴウと、先通り過ぎたかと思った飛行機の音がまだ遠くに聞こえていて、今ようやく聞き取れない向こうに去って行った。あるいは、何かとてつなく大きな動物が、厚い雲の上を通っていったのかもしれない。

 僕はしばらく立ち尽くした。

 まだどれ程も時間は経っていなかった。なのにもう今や誰もいなくなって、僕の彼女はもう永遠にいなくなったのだ。

 川辺の丘に沿ってずっと続く一本道が西の山影に消え入る方から、やがてなまぬるい風が吹いてきて僕を通り過ぎた。その一陣の風はあの医者達の簡素な一軒屋の方へ吹いて行って、そのまたずっと向こうまで、道端の草を揺らしながら吹き去って行った。その方角、視界のいちばん果てには旧国道が川を渡る橋があって、車のライトがチラチカと揺れて見えた。そのうち医者達の家に一度だけ灯が付いたが、と思うとすぐに消えてもうその後は真っ暗いままだった。

 また同じなまぬるい風が吹いてくる。遥か鈴鹿山脈の連なりが、星空に張りぼてみたく浮かんでいる。僕はこれ以上、もうこの風にあたるのがよくないように思えてきて、家に帰った。

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