(4)恋人の骨
何日か後、非常に良く晴れた五月の昼過ぎに、僕は友人と二人で車に乗って出かけた。どうも彼女の胸の骨の二つが、何処かに埋められているらしいことがわかったからだ。そう記した手紙の差出人は、彼女の親類の一人だった。
旧国道から、鈴鹿川沿いに入るあの一本道は今、完全に封鎖されてしまっていた。工事の準備のためらしいがまだそれらしき人はおらず、立て札にある工事着手の予定は二年後となっている。
川沿いの丘は今や、岸辺からすぐ道路沿いまでぎっしりとした深い茂みと茨に覆われてしまった。
川の横の林に、僕が子どもの頃、川へ遊びに行く時よく使用していた小さな秘密の抜け道がある。以前恋人とも一度そこを通ったのだった。念のためと思い、そこから川縁へ下りてみることも考えたのだが、その道も見つからなくなってしまっていた。
新興住宅地に恋人の実家があることは聞いていたので、一度訪れてみることにした。
鈴鹿川の北西に位置するその小高い場所へ、狭い森を抜けて着くと、そこら一帯はこの昼下がりにひっそり静まりかえっており、建造中らしい邸宅、門を閉ざした洋館、小さな公園や林ばかりが多く見られ、人の姿はない。他はほとんど表札の掛けられていない家ばかりで、とうとう恋人の家は見つからなかった。
僕宛てに手紙をくれた親類の家に電話を掛けてみても、記したこと以上詳しいことは何もわからないと言う。またその人の話では、かつての恋人の家族は今はもう、両親はどこか外国に、一人の兄は地中海の小さな島に、弟達は死海の畔にひっそりと暮らしているのだと言う。
手がかりは何もないのだった。あの時のポケットの手鏡にも、血の痕跡すらなかった。
あてもなく、友人と話しながら、市の南の方角へ向かって車を走らせていた。その時、窓を開けるとちょうどすぐ上を見慣れない鳥が南から二羽飛んで来て、さも何か隠しているような表情をしてこちらを見た。鳥は擦れ違った後も尚しばらく首をこっちへ向けたまま飛んでいたが、僕らが今遠ざかっている新興住宅地の方へどんどん飛んで行きやがて見えなくなった。
僕が「これはどうもおかしい」と言うと、友人もこれは何かあると言った。南ということは確信的になって、僕と友人は先の不可解な鳥の飛んできた方角「南」をキーワードにしようと話し合った。
国道を下りて、隣市との境を巡って行き来するうちに、小さな古い林がやけに疎らに点在する場所を見つけた。
聞くと、ここが市最南の地で、その名を「
この町は町役場や郵便局のある中央区と、もう一つの郵便局と新商店街のある北区、旧商店街の南東区、主に住宅が散らばる最南区から成る。厄介なことには、小さな林は道の入り組んだ各地区に散らばっており、その数は三十七にも及んだ。それでも、探索は開始された。
大抵は何もないただの狭い林で、どの林も周りを茨と茂みが囲んでいたが、妙に整備された出入口にも見える隙間があった。
十四番目に訪れた林で
友人は笑い飛ばしたが、結局捨て置き探索を続けた。
二十九番目の林まで来た時に時計を見ると午後三時を指していた。その林を足早に通り抜け車に戻って昼飯処を探すと、すぐ近くに店らしき建物が見えた。一階は駐車場だけで四台停められるが今は全く車はない。僕達の車を停めて階段を上がると、駄菓子屋だった。
駄菓子屋の店内を回りながら窓の外に目をやると、いつかドライブの途中彼女とここに立ち寄ったことがあるのを思い出した。この窓からの眺めは、その時見た景色に違いなかった。
南に向いたその窓からは、さきまだ訪れなかった残り八つの林が全て見えた。綺麗な正八角形を描いて並んでいると思って見ていたが、思い立って窓を開け放つと、窓ガラスによって景色に歪みがかかっていたことがわかった。林のうちの一つは並びから外れ、七角形を形作っていたのだ。
「あれだ」、と僕は思ったが、そのまま何気ないふりを装い店内を歩いた。
僕が前に来た時買って食べた、砂糖が満遍なく塗されている小豆パンはもう置いてなかった。しかし彼女がおいしいね、と言って帰りの車で僕に分けてくれたのは、今もそこに置いてある鳥の小揚げというものだ。小さな唐揚げが幾つか入っている小箱だった。
僕は、店の奥で眠っているようにさえ見えるあまりにひどく年老いた婆に、本当にさり気無い様子で声をかけた。
「この品物は、一体全体何の唐揚げですかな?!」
老婆は返答に窮したのか何か聞き取れない声でもごもごやっていたが、急に咳き出したりしたため僕はもう放っておいた。友人は喉が痛くなったと言って喉飴を買い、車に戻った。
お互い「ともあれ場所はわかったな」、と言い合って車を出した。
そこには二つめの
地蔵様の下を掘っていると、行きに擦れ違った二羽と思われる鳥が木の高い枝に止まって、モゲ、モゲ、モゲ、と
すると、確かに何かが埋まっていたらしい空洞が見つかったが、
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