五.夢

 次の日の帰り、公園を見にいくと、すべり台の前の池はすっかりふさがっていました。そのかたわらに、二人の男の人が腕ぐみして立っていて、何かけわしい顔つきで話していました。

 どうやら町役場の人のようでした。

 男の人らは、男の子になにか尋ねてくるようなそぶりをしましたが、男の子はさっと通り抜けてしまいました。

 

 裏の林は、静まりかえっていました。

 林を歩いているうちに夕日はとっぷり傾いて、木々はまっ黒なつらなりになりました。上を見上げても、動くものの気配はありません。

 

 女の子は、どこにもいなくなっていました。

 

 男の子はそれきり二度と、女の子と会うことはありませんでした。ですが何日かあとに、こんな夢を見たのです。

 

 

 月の魚たちの群れは、夜空をまっしぐらに、どこか一つの方角へむかってとんでいきます。

 その目はまんまるで白くミルク色に濁り、ひれとか、えらさえもぴくりともしません。魚のからだも、色がはがれおちたように、全身くすんだ白色をしていました。

 月の魚たちは、長い旅をするうち、死んでしまったようでした。

 それでも、それらは一つの流れとなって、夜空のもっともっと暗い暗いところへ向けてとんでいきます。

 魚のからだは闇とまざって、もう所々かすれて見えなくなってきていました。それほど、闇は濃さをましているのです。

 ふと、続々泳ぎさっていく魚たちの、そのいっぴきの背中に、あの女の子がのっているのが見えました。

 両の手で、頭をしっかりとつかんで、からだをぴったりくっつけるようにしてのっかっています。顔のところは、ちょうど闇がへばりついてみえませんが、あの子だ、とわかりました。

 

 しばらくその女の子を追っていましたが、髪の毛や、腕や、足首、おへそのまわりとかにも、どんどん闇がこびりついてきて、大変いまわしいものに思えました。

 

 そこで、魚の群れを追っていた男の子の夢のスクリーンはぴたと止まってしまいました。

 

 他の群れの魚につづいて、女の子をのせた魚も、そのままも闇の穴へ消えました。

 穴は魚たちをまるでのみこむように、ごぷごぷ音を立てています。

 そのあとも、無数の魚たちが、ものすごい速さでつづき、まもなく最後の一匹の尾ひれが、穴へのまれて、おわりました。

 

 静かだな。

 すこし、ひんやりしてて……

 

 

 

 

 

 男の子には、あのあと女の子が、もしかしたら月へたどりついたのか、それとも月へは行けずに、別のさむい、さむいところへ行ってしまったのか、わかりませんでした。

 

 

 男の子は、年寄った今も、汚い町の工場で働いています。どんなに年寄っても、ときどき男の子にふと戻って、思うのです。女の子と、月の魚をつかまえたときのことを。そしてその次に、いつもこんな風景を浮かべるのでした。

 

 

 つめたくて、やわらかい金色の海ばらに、女の子と男の子が、手をつなぎ横たわっています。

 そのまま二人は骨になって、かすかな波風にさらわれて、どこまでも果てない月の海を漂流していくのです。

 

 その海の底では、月の魚が静かに寝息をついて、眠っているのでした。(おわり)

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