第13話:思惑の可能性
◆
昼に惰眠を貪ったせいか、夜中に目が覚めてしまった。
時刻を確認すると夜中の十二時半。まだ徒野ならば起きているだろうと思って、訪ねることにした。
ノックをせずに徒野の部屋へ足を踏み入れると、小説を横になりながら読んでいた。
服はゆったりとしたパジャマ姿だったが、気になるのは昼に着ていた服が脱ぎっぱなしになっていることだ。
「……人の読書の邪魔をしにきたのか? あとノックくらいしたらどうだ」
「徒野ならばノックしなくてもいいかと思いまして」
「失礼なやつだ」
「それと読書の邪魔をしたつもりはありません。ただ、昼に寝すぎたせいか目が覚めてしまったのですよ。この時間ならまだ徒野起きてそうだしと思ってお邪魔した次第です」
「成程な。さて、此処でクイズを出そう」
「何です?」
徒野は別途から起き上がり、読みかけの小説を栞も挟まずに閉じた。
「漆原は、一体何が目的でしょーか」
「さぁ、わかるわけないでしょう。徒野、答えてください」
気まぐれな猫のような徒野は不敵に微笑んだ後、答えた。
「あくまで推測だがな、当たっていれば、殺人事件が起きる。だから殺されないように気をつけろ」
物騒な忠告をしてきた。
よくよく考えれば、自分で徒野が好きな犯罪者の末路が見れそうといっていたのだから、殺人事件が起きたって不思議ではない。
むしろ想定できなかった自分の馬鹿さ加減に呆れるというものだ。
けれど、此処が暗黒の館であり、相馬は犯罪者がいると招待され、実際に毒牙の魔女がいるからといって、殺人事件が起きると何故推測できたのかが気になった。
「どうしてそのような結論に至ったのですか」
「漆原が――犯罪を愛しているからだ」
『――好き、だからさ』
と、答えた漆原の声が脳裏に蘇る。
あれは、犯罪が好きという意味で、だから毒牙の魔女や刑事、探偵を呼んで、犯罪が起こる物語を、閉じられた密室の中で用意をしたとでもいうことか?
「漆原あやめは、徒野が犯罪者の末路を物語として好んでいるように、彼女は犯罪そのものが好きということですか?」
「そういうことだ」
「漆原あやめが殺人鬼として殺し回る、というわけではなさそうですね?」
犯罪が好き、だからといって犯罪を自らの手で誘導こそすれ、犯すようには思えなかった。
肩で切り揃えられた漆黒の髪を有し、十代後半から二十代まで幅広い年齢を彷彿させる着物をまとった謎の人物。
「あぁ、恐らく殺人者を雇って、殺させる」
「犯罪が好きをイコール殺人に直結させた理由は何ですか?」
「犯罪の中で殺人が、人の生命を奪う行為だからだ。あの女は、それに興奮するよ」
「随分と趣味が悪い女性ですね」
「そうだな。だから念のために気をつけろ。極論、私以外には気をつけろ」
「わかりました」
相馬は刑事で元々徒野の知り合いではあるが、この場に限っては信用するに値しないと徒野が判断したのならば、それに従う。
彼は何故だかしらないが、異様な程赤いリボンの殺人鬼に執着している。
身内を殺害されたか? と一瞬思ったが、相馬という苗字の犠牲者はいない。
赤いリボンの殺人鬼をダシに使われれば、手ごまとなり果てていたとしても驚嘆には値しない。
ましてや、初対面である毒牙の魔女の千日紅、高校生の早乙女柚月、大学生の佐原真緒、優男風の不知火礼司、無口な日ノ塚沙奈は疑ってかかるべきだ。
「今日は何も起こらない。明日実験がわかるということは、明日、誰かが殺害される可能性があるということ……ということですね? 念のため訪ねますが、止めないのですか?」
徒野が犯罪者の結末を見届けることなく、物語を中止にするとは思わないが、訪ねておくだけなら無料だ。
「止めないよ。それに、現状では誰が犯人かわからない。流石にそんな状況で止められるわけないだろ?」
確証はなく、実際は漆原がドッキリを仕掛けて、朝になったら誰もいなくなっているのかもしれないし、ピエロが襲撃してくるかもしれない。
探偵とはいえ、何も起きてない時点では推理のしようがないことか。
それに殺人事件が起きるというのはあくまで徒野の推測でしかない。確定事項ではないのだ。
「それと、恐らくこのことに気付いているのは私だけではないさ」
「そうなんですか?」
「あぁ、十中八九、早乙女は気付いているし、不知火や千日も怪しんでいると思うぞ。日ノ塚も賢いようだから気付いていても不思議ではない。そもそも、暗黒の館というネーミングセンスから怪しい、何をするかも不明な場所にやってくる人間だ、何か裏があって当然。その程度の危険意識は既に働いているだろう」
成程、確かにそうだ。
ただの招待でノコノコやってくる人間なんて徒野くらいなものだ。普通は見知らぬ人からの招待状など用心するに決まっている。
真緒はお勧めのアルバイトがあると誘われたそうだが、その件にしたって不自然だ、一体ここでなんのアルバイトをするというのだ。
ならば、実験と言われて物騒なことを危惧する人間がいても、自然の成り行きだ。
「まぁ、相馬に限っては赤いリボンの殺人鬼を期待して、それにしか目がいっていないようだから気付いていないだろうけどな。あいつ、頭はいいが、赤いリボンの殺人鬼が絡むと周りが見えなくなるからな」
「一つのことに熱中すると他が見えなくなるタイプなんですね」
「そうだよ。まぁ仕方ないけれどな」
「そうなんですか?」
「あぁ。相馬は――妹を赤いリボンの殺人鬼に殺害されているからな」
徒野が告げた衝撃の言葉に目を丸くする。
相馬が赤いリボンの殺人鬼に拘り、他の殺人鬼を蔑ろにしていた理由。
探偵を積極的に呼び、不可解な事件は早期解決をしようとする態度。
偽物が表れたと思ったら、徒野の元へ積極的に訪ねてくる行動。
それらは全て訳があった。
妹を殺害された、復讐という動機。
「だから、相馬は……赤いリボンの殺人鬼に執着いえ、執念を燃やしていたのですね。けど、相馬という苗字の犠牲者はいませんよ」
「妹の名前は
「……名字が違うのは? 結婚していたからですか?」
「いや、妹といっても義理の妹で、母方の性を名乗っていたから相馬じゃないんだ」
「なるほど、それは気づきませんね」
相馬という苗字でなかったのならば、気付きようもないことだ。
「そうだ。義理の妹だけれど、相馬は大層妹を可愛がっていた。簡単な言葉で表してやるならば、シスコンというやつだ。だからこそ、赤いリボンの殺人鬼に妹の命が奪われたことを奴は許せないでいる。妹の未来を奪った殺人鬼をこの手で逮捕したいと切に願って、三年間追い続けているんだ」
相馬が見せた赤いリボンの殺人鬼に対する殺意が腑に落ちた。
「さて、そろそろお前も睡魔がやってきただろ?」
「そうですね」
眠気は静かに訪れ始めていた。
「なら帰って寝ろ。睡眠不足は身体に悪い」
「わかりました。徒野、くれぐれも殺されないように気を付けてくださいよ。徒野が殺されるなんて展開はゴメンですからね」
「ふん、私が殺されるような展開になるわけないだろう。気をつけるのはお前だ」
自信満々な態度は、心配するだけ無駄だという事実が伝わってきて笑みが自然と零れる。
「ふふ、徒野と同じく殺される展開にはなりませんよ」
だから、笑顔で返事をしておいた。
何が起こるにしたって、殺されるつもりはない。
お互いがお互い、不敵な笑みを見せた。
「じゃあ、戻りますね。おやすみなさい」
徒野の手を振ってから、部屋へ休みに戻った。
眠気は立ち去ることなく、身体を侵食していき瞬く間に眠りへついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます