第8話:暗黒の館

 九月の下旬。

 台風が接近している影響で、九月とは思えない気温だ。

 窓から下を眺めれば、色とりどりの傘が目に入る。涼しい気候は有り難いが、洗濯ものも干せないし、分厚い雲が太陽を覆い隠すのは何となく気分が滅入る。

 それに、天気のせいか、頭が痛い。

 割れるような頭を我慢して、充電器に差しっ放しだった携帯の電源を入れると、眩しい光がますます頭にくる。


「あれ……?」


 ふと日付を見ると、昨日の記憶が曖昧であることに気付いた。記憶があるのは日曜日で、今日は火曜日。月曜日一日何をしていただろうかと考えたが思い出せない。

 とりあえず、赤いリボンを首に巻き、着替えてから事務所兼リビングへ移動する。

 徒野がソファーに座って足を組んでいた。

 髪はお団子のなりそこないになっていたので、あとで直そうと思いながら、視線を合わせる。


「どうした?」


 頭が痛いことがばれたのか、徒野が此方を上から下までなめるように眺めてきた。


「おはようございます。……いえ、少し頭が痛くて」

「二日酔いか? ほら二日酔いのお供だ」


 そういって、徒野が栄養ドリンクを投げて渡してきた。

 二日酔いか? の言葉で納得した。

 なるほど、また記憶が曖昧になるほど、酒を浴びるように飲まされたのか。

 この頭の痛さは言われてみれば二日酔いの気がする。

 天気が悪いから勝手に片頭痛ではないかと疑ってしまったようだ。


「別に栄養ドリンクはお供じゃないと思うのですけど」


 手にした栄養ドリンクのビンをくるくると回す。怪しいマークはないが、普通の栄養ドリンクのマークもない不気味なビンだった。


「どうした、飲まないのか?」

「いえ、前回のツチノコドリンクを思い出して、得体のしれないものが入っているのではないかと戦々恐々としているのですよ……」

「失礼な! ツチノコドリンクではないぞ! 今回はテトロドトキシンだ!」

「殺す気ですか!」

「冗談だ。入れていないよ」

「本当ですか? 実はシキミだったり、ベラドンナだったり、トリカブトだったりするんじゃないのですか?」

「いや、スイセンだ」

「結局、毒なんじゃないですか!」

「ははっ嘘だよ嘘。普通の栄養ドリンクだ」


 とても信用ならない言葉だ。

 疑いの眼差しで見ていると、徒野が可愛らしい邪悪な笑みを浮かべて言った。


「その名も河童エキスドリンクだ!」

「……かっぱ巻きのかっぱですよね?」

「何を馬鹿なことをいっている。頭に皿を乗せた湖にいる河童だ」

「……ぐえぇ」


 台所で捨ててこよう。ツチノコもカッパもどっちも飲みたくない。

 重たい足取りで台所へ向かおうとすると、徒野が慌てた声を上げる。


「マテ! 河童エキスドリンクというのは嘘だ。一本五百円で買った栄養ドリンクを、別のビンに入れ替えただけだ!」

「本当の本当に?」


 徒野の言葉はどうにも信用がならない。

 これで信じて飲んだら、実はペガカスドリンクだ! と恍惚とした笑顔で言われそうだ。

 疑った眼差しが拭えないでいると、徒野が細い手を此方へ向けてきた。


「何ですか?」

「私が信じられないならば、変わりに飲んでやろう」

「い、いえいいですよ。折角なので僕が飲みます!」


 折角くれたのに、徒野に飲ませるのはもったいないと、それこそ徒野の思うつぼな気がしながら、正体不明の栄養ドリンクを一気に飲み干した。

 味わないようにしようと思ったが、舌から、鼻から否応なく風味が押し寄せてきたが、恐怖の想定よりは普通の味だった。


「……ふつうだ」


 本当に一般的ない栄養ドリンクを違う怪しいビンに移したように思える。


「だから言っただろう。ベニテングダケなど入っていなと」

「それは初耳ですけどね!」


 テトロドトキシンって最初言っていただろ!


「しかし、葛よ。浴びるように酒を飲むのは構わないが記憶を飛ばすのはいけないな」


 徒野が注意をしてきたが、一体誰のせいだと思っている一体誰のせいだと思っている。

 大事なことなので無限リピートしたいくらい、誰のせいかを強調したい。


「徒野が飲ますからでしょう!? いつも泡盛のストレートを飲ませたり、焼酎やら日本酒を大量にグラスにつぎ足ししたり! この間も、飲みやすいからオススメだといって度数三十以上あるリモンチェッロを飲ませたり!」

「美味しかっただろう? リモンチェッロ」

「えぇ、美味しかったですよ! 飲みやすくて美味しかったからついついお代わりしたらもうふわふわでその後の記憶ないですよ!」

「そこまで記憶があれば問題ないな」

「問題大ありですよ。次のは二日酔いで死ぬかと思ったのですから」

「今生きているから大丈夫だ。それに昨日は、リモンチェッロは飲ませてない。今度はそうだな……ルシアンとかどうだ? ジンとウォッカを、カカオを混ぜることで甘くて美味しいカクテルだ」

「レディー・キラーを僕に飲ませないでください! それも度数三十以上ありましたよね!」

「バーバラーやアレキサンダー、ロングアイランドアイスティーとかもどうだ! 美味しいぞ」

「だから、僕は男だ!」

「私が飲んでも酔わなくてつまらないから、男を逆に潰して楽しみたいのだろう」

「魂胆丸見えじゃないですか!」


 全く酷い探偵がいるものだ。

 大体、何度も徒野に付き合わされて、酒を容赦なく飲まされては潰されて、翌日二日酔いの頭痛と記憶消滅に悩まされているというのに、徒野は二日酔いもせずケロっと元気なのが気に入らない。

 徒野はいくら飲んでも酔わない驚異のザルなのだ。

 僕も酒は強い方だが、徒野に付き合わせて滝のように飲んだらそりゃ潰れるに決まっている。

 その日は酒の話で終わった。

 危うく二日酔いが治っていないのに酒を飲まされるところだったので、慌てて自室に駆け込んで惰眠を貪った。あぁ、ベッドの寝心地が気持ちい。



 翌日は二日酔いもすっかり治って、カーテンの隙間から届く太陽の知らせと共に起床する。窓を開けると、心地よい暖かさが僕を迎え入れてくれて清々しい。秋風が部屋に入ってくるたびに、秋の香りを満喫できる。

 台風は昨日のうちに過ぎ去ったようだ。

 紅葉の季節になったら徒野と登山でもしようかなと思いながら、準備をして事務所兼リビングへ行くと、徒野が気味の悪いことに絨毯の上でダンスをしていた。

 足首まである長い髪がくるくると回るたびに、ゾンビ映画が3D映像として出現したようにしか思えない。


「おはようございます。徒野、朝からそんなにテンション高くてどうしたんですか?」

「ん……葛か? おはよう。聞いてくれ、ふふふ、いいものが届いたんだ!」

「……嫌な予感しかしませんね」

「楽しい予感しかしないの間違いだ! さぁ行くぞ葛!」


 嫌な予感がマッハでありながらも拒否権はない予感だったので、仕方なく頷いた。


「わかりましたよ。どこに行くのですか?」

「山奥の別荘――『暗黒の館』だ!」


 めっちゃ行きたくねぇ。

 なんだその最悪なネーミングセンスは。


「とても行きたくないのですが」

「ダメだ。暗黒の館へ招待されたんだ、私と葛の分がな。ほら、行くぞ!」


 そういって徒野は僕の手を引っ張った。


「今からじゃないですよね……? いつからですか?」

「九月の二十八日からだ」

「明後日ですか……はい、わかりましたよ。でも暗黒の館って、行きたくなさ満載じゃないですか」

「何かあったら私が事件を解決してやるから安心しろ」

「あの世に旅立ったあとじゃないといいですけどね」


 徒野に諦めさせる方法が思いつかない以上、覚悟を決めるしかない。

 暗黒の館とか――吸血鬼や蝙蝠が飛び交っていそうで空恐ろしい。

 全く、徒野といるとロクなことがない。

 ロクなことがないとわかってはいるのだが、徒野から離れられない僕も僕だ。


「ふふふー!」


 徒野は機嫌よく鼻歌を歌いながら、手紙を放り投げた。

 大切な手紙じゃねぇのかよと悪態をつきつつ、拾う。

 部屋が僅かでも汚れるのは耐えられない。

 手紙は黒の封筒に彼岸花のシールが張られていて、大変不気味な雰囲気を醸し出している。

 差出人のところには白のペンで漆原あやめと書かれていた。


「そうだ、葛。暗黒の館は二泊三日だからな、準備をしておけよ」


 当日帰ってこられないのか――これは、本当に暗黒の日々を過ごさなければいけないと覚悟する必要があるな。


「あぁ、楽しみだな! 早く明後日にならないものか!」

「僕は全然楽しみじゃないんですけど」


 時間は無情に流れるものであっという間に明後日を迎えた。

 徒野は朝っぱらから恐ろしいほどのハイテンションぶりを見せている。

 普段は日付が変わるまで起きているくせに、昨日は十時には就寝していた気合の入れようだ。

 ピンクの軽自動車の後部席にキャリーを二つ乗せる。

 徒野のキャリーがやけに重かったのは暇つぶし用の本を山ほど詰め込んだからだろう。

 楽しみな癖に暇つぶしの道具を用意しているあたり、抜かりない。

 助手席に徒野が座ってシートベルトをしたのを確認してから、運転席に座って車を発進させた。

 徒野も免許を所持しているのだが、いわゆるペーパードライバーだ。

 何故、免許を持っているかというと記念受験といっていた。

 せめて身分証明書にしろよと何度思ったことか。

 パスポートに住民基本台帳に運転免許証に身分を証明するのは充分持ち合わせている。

 ピンクの軽自動車は僕が免許を取得して帰宅したその日のうちに準備されていた。

 外見に一目ぼれして購入したらしいが、それを男が運転するのはどうなのだろうかと思った。しかし、合宿費用も免許費用も車代も全て出してもらった身なので口出しできる権利はないし、運転出来るのならば問題はない。

 オフィスビルや建物の集団の風景からは徐々に移り変わり、車が進むたびに自然が目に入っていく。

 同じ東京都だというのに、区から市へ変わっていくと、違う県へ出たのではないかと思うほど光景が違うのを実感しつつ、交通量が減っていき運転が楽になった道を走らせていく。


「村にあるんでしたっけ?」

「一応所在地としては村の扱いだな。だが、集落からは離れ、さらに山奥だ」

「何故そんな田舎に?」

「土地が安いからだろ」


 身も蓋もないことを言われた。

 しかし、それでも豪邸(勝手な想像)を立てるのは、一般人では無理だ。

 漆原あやめは果たしてどれほどのお金持ちなのか。

 やがて、建物もまばらにしか見えず、畑が一面に広がる。

 一軒家の光景と、畑仕事をする麦わら帽子が似合うおばあさんを通り過ぎて道路の整備があまりされていない道なき道を進んでいく。

 畑は終わり、森の中に入る。

 木々が鬱蒼と茂り、光を遮断するカーテンを生み出す。

 現在時刻を狂わせそうな先を進んでいくと、モーゼのように道を開けたかのように景色が一変して視界に豪邸が広がった。

 暗黒の館というネーミングセンスからてっきり、真っ黒で統一され、血の装飾品が禍々しく僕らを迎え、晴れない暗黒の空を蝙蝠が躍る光景を想像していたが――徒野に言ったらどこのファンタジーだ、と冷笑されそうだが――実際には、純白の館だった。

 手入れがされた庭からには秋の花々が咲き誇り、白で統一された洋館は中世の城のようだ。

 門扉はなく何処から何処までが依頼人の所有地なのか判断がつかない。

 店かと思うほど駐車スペースが広々と取られており、既に三台の車が止まっていた。一台は高級車っぽいので、それは避けて駐車する。


「別に高級車の隣でぶつけてもよかったぞ」

「なんてことを言うのですか!」

「ちっ、お前はつまらないな。ノリよく、よーしぶつけるぜ! って意気揚々としたらどうだ」

「そんな意気揚々したくありません。顔面蒼白なる事実なんて作りませんから」

「安心しろ、葛が臓器を売ればなんとかなる」

「何とかしたくありません!」


 どんな卑劣非道極まりない上司だ。

 仮にペーパードライバーじゃなかったとしても徒野に運転だけはさせないと誓ってから、ロックを解除する。

 降りると、徒野は楽しそうに飛び跳ねていた。


「徒野。迷子になりますよ」

「私を子供扱いするな。迷子になどならぬ。私の空間把握能力は知っているだろ」

「はいはい」


 知っているが、迷子の子供を彷彿させるのだから仕方がないじゃないか。

 本日の徒野のスタイルは、ベレー帽に、ポンチョ、それにひざ丈までのハイウエストスカートを着ている。スカートの下にはパニエを履いているらしくふんわりとした盛り上がりが可愛らしい。黒のガーターベルト付きサイハイを履いているらしく、どうだセクシーだろうと見せようとしてきたので、逃げた。

 漆黒の髪の毛が足首までストレートで下されているものだから、暗い場所で見たら幽霊にでも間違われそうだ。

 徒野に髪を伸ばしている理由を以前聞いたが、『キャラ付けだ』と真面目な顔で誤魔化されたので真意がわからない。

 猫のような瞳をキョロキョロとせわしなく動かしながら徒野は建物全体を眺める。

 是が観察ならば安堵が生まれるのだが、興奮して目を輝かせている姿はどう見ても楽しんでいる。

 僕の服装は、探偵事務所室内にいる時に着るような黒いTシャツではなく、徒野の趣味によって購入されたストライップの入ったワイシャツに、刺繍が意図的に見えるように残されたラインがあるベストを羽織っている。黒のズボンに、ベルトにはシザーバッグをぶらさげている。

 外の新鮮な空気で心を癒そうと深呼吸する。

 一通り館の外装を見て満足したのか、ネズミのようにちょこまかとしていた徒野の足が止まったので、声をかけて建物内に入ろうかと思うと自動車の音が聞こえてきた。

 音の方向をみると黄色の軽自動車がやってきて、僕らのピンク自動車の隣に止めた。

 ピンクと黄色が並ぶとファンシーだ。

 他の車は黒とか白とか一般的な色だからさらに目立つことこの上ない。

 降りてきたのはピンクの運転手と同じように男だった。

 今はカラフルな軽自動車を男が運転するのがブームなのだろうか。


「んあ? アンタら誰だ」


 視線が重なり合う。

 思わずごめんなさいと謝りたくなる不良のような雰囲気を纏っている青年だ。

 年のころ合いは僕と大差がない二十代前後で、身長は高く百八十㎝以上はありそうだ。

 太陽の光を浴びて眩しいくらい鮮やかに輝く金色の髪には、カラフルなヘアピンが横髪を止めている。

 徒野と同様の猫を彷彿させる瞳孔が開いた瞳。

 黒のワイシャツにパーカーを羽織り、何故か腰には別のパーカーを巻いている。パーカー二枚の意味がわからないが、本人はお洒落のつもりなのだろう。ワイシャツは第三ボタンだけを止めているので、常時腹チラをしている。

 黄色のキャリーケースを後頭部席から下ろしていた。

 他人と見分けがつくようにか、猫のキーホルダーが三個ぶら下がっている。シロ、クロ、ブチと名付けたい。


「お前こそ誰だ。人に誰だと訪ねる前に、お前が名乗れ」


 徒野が超上から目線でいった。

 不良の雰囲気を醸す男にも、態度を変えないある意味、常時臨戦形態のけんか腰だ。


「オレは、佐原真緒さはらまおだよ」

「そうか。私は徒野だ。所で真緒。男の腹チラは何処にも需要がないと思うぞ」

「アンタは女の腹チラなら喜ぶのかよ!」


 佐原が身体を前のめりにしながら叫んだ。


「醜い腹が出ていなければな」


 正直な感想で返すな。


「引き締まった女の腹ならばずっと愛でていたいだろ。それともお前は女に興味がないと……」


 徒野の声と表情と身体が下がった。露骨なドン引き態度だ。


「なんで腹チラから女に興味がない話に発展するんだよ。オレは女が好きだ!」

「そんな堂々と宣言するとはさては変態だな」

「アンタが言わせたんだろ!」


 出会ったばかりなのに夫婦漫才を繰り広げ始めた徒野と佐原は仲がよさそうで大変宜しい。

 そのまま僕のツッコミの役割を佐原にプレゼントしたい。尤も、僕のポジションは譲らないが。


「それにだ。野郎の腹チラを見るなら私は引き締まった筋肉がいい。腹筋が割れているのがな。お前のは、無駄な脂肪が残っていて腹筋も割れていない。そんな貧相な腹にどうやって魅力を感じろというのだ?」


 佐原の血管がそろそろ無傷じゃすまなくなりそうだ。

 徒野を止めるべきなのかもしれないが、僕が何を言ったところで、発車した新幹線が停車してくれるわけがない。


「ぐっ。い、今は鍛えているところなんだよ!」

「三日坊主は感心しないな」

「決めつけんな! 部活で筋トレはかかしてねぇよ!」

「自主練もしろ。大体運動部に所属していて未だに腹筋が割れていないなど真面目にやっていない証拠だ」

「誰もかれもが腹筋割れていると思うなよ!」

「そうだな。お前が割れていない」

「くそっ、連絡先教えろ。今度、オレが完璧なる美の腹を見せてやるから覚悟しろ!」

「よしわかった。携帯の番号をいうぞ――0」

「待て、メモさせろ。それか赤外線!」


 佐原が慌てだした。鞄から携帯を取り出そうとして、お目当ての物が見つからないのだろう、黄色猫のキーホルダーが零れて落下する。

 僕はそれを拾って、佐原に渡す。


「頭で覚えろ。たかだか十文字程度の単語覚えられないほどお前の脳みそは貧相なのか」

「うるせぇ、外見でわかるだろ、オレが頭良く見えるか!?」

「見えないな!」


 威張るな同意すんな。

 心の中でツッコミを入れておく。触らぬ徒野と佐原にたたりなし。

 それに僕だって電話番号一回言われたくらいじゃ暗記はできないし、大抵の人間にも無理だと思う。


「だろ。ならば赤外線するか何とかしろや!」

「わかった。よし、こっちへこい」


 出会って数分で連絡先交換終了。

 是が新手のナンパとかだったら随分と佐原は手際がよく頭がいいことになるな。

 性格には難しかない徒野だが、外見はお人形さんのように可愛らしいから、実は高度なナンパテクニックだったのかもしれない。


「おい。そっちのにーちゃんもオレに連絡先よこせ」

「僕もですか」

「当たり前だろ。アンタら二人一緒にいたんだから恋人かなんかだろ? オレは別に、ナンパするきはねーからな」


 高度なテクニックじゃなくて素だった。


「大変喜ばしいことに恋人ではないので、佐原が付き合ったらどうですか? 今なら無料でラッピングしてあげます」

「いや。いらねぇ」

「本当ですか? 後悔しませんか? 綺麗な包装用紙に包んで郵送しますよ?」

「こんなん貰ったらオレの頭がはげる」

「おい、そこの野郎二人。私をいらない扱いするな」


 徒野の抗議はスル―しておいた。


「そもそも、恋人というよりは母親の気分ですし」

「外国の」

「いりません」


 何故、性転換手術しに行かなければならぬ。


「では佐原。赤外線で連絡先交換しましょうか」


 暗記しろとか無理難題はふっかけない良心的な僕である。


「おう」


 連絡先交換完了。

 佐原は一体何の目的でこの暗黒の館に来たのだろうか。

 見た所、徒野のように変人というわけでもなく、ごく普通の青年といった印象だ。


「にーちゃんの名前は、葛桜っていうのか?」


 携帯の画面を見ながら佐原が問うたので、頷く。


「えぇ」

「葛と呼んでやれ」

「葛桜と呼びなさい」


 葛と呼ばれるのは徒野だけで十分だ。


「お前は本当に葛と呼ばれるのを拒絶するな」

「当たり前でしょう。クズだと僕が誤解されてしまうじゃないですか!」


 誰が好き好んでクズと呼ばれたがるのか。

 僕は自分を虐めて楽しむ性癖は持ち合わせていない。


「こいつは名前に違わずクズであった! という面白い展開を私はしたい」

「御免です」

「お前ら夫婦漫才得意だな」

「佐原には言われたくありません。出会って数分も立たず徒野と夫婦漫才を繰り広げたんですから」


 むしろ僕と徒野がするよりもテンポとツッコミが良かった気がする。


「それにしても、真緒とは随分と女らしい名前だな。両親は女の子が欲しかったのか?」

「女が生まれると思って、女の名前しか用意していなかったらしいぜ。その中でも一番男らしいのをつけて選んでくれたんだ」


 その前に男の名前考えろよ。太郎とか。


「ふむ。まぁ真緒という呼び名は可愛くていいな。誕生日はいつだ、兎のぬいぐるみをプレゼントしてやる」

「二月十日だよ」

「何!? 本当に兎のぬいぐるみが欲しかったのか。真緒ちゃんは」

「うるせぇ。兎可愛いだろ」


 兎を抱き枕にして寝る佐原を想像したら気持ち悪かった。


「おいそこ。何を想像した」

「いえ何も。佐原が兎のぬいぐるみを抱き枕にして寝るなんて気持ち悪いなと思っただけです」

「想像してんじゃねぇか! あと抱き枕にはしてねぇ! ガラスケースに入れて保管している!」

「それはそれで気色悪いですね」

「徒野と同じくらい葛桜も正直な奴だな」


 佐原は怒るかと思ったが、腹を抱えて楽しそうに笑っていた。


「葛」

「なんですか」

「佐原じゃなくて、真緒と呼んでやれ。真緒の方が可愛いだろ」

「わかりました」


 特に拒否したい内容でもなかったので、雇い主の顔を立てて――立てるような事案ではないが――佐原改め真緒と呼ぶことにした。


「では、真緒と呼びますね」

「いや、佐原と呼べよ」

「残念ながら徒野の命令なので諦めて下さい」


 真緒は微妙な顔をしたが、確かに佐原と呼ぶより真緒と呼びたくなる顔だ。

 僕個人としても真緒と呼んで遊びたくなる心がくすぐられる。


「さて、此処でお喋りをして日が暮れても意味がないな。そろそろ暗黒の館に入るとするか。パーティーも増えたことだしな」

「徒野。役職は何ですか」

「探偵。盾。馬鹿のパーティーだ」

「全然強そうに思えませんね」

「無限コンテニューの裏技を使うしかないな」

「ですね」

「ってか、おい! 徒野。馬鹿って俺のことだろ」

「自覚がある馬鹿で大変よろしい」


 がっくりと真緒は肩を落としたが、自覚はあるようで反論はしてこなかった。

 それにしても、このパーティー弱そう以前に、はたから見たら馬鹿の一味と名付けられそうな会話しかしていないなと思った。

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