第9話:招待客
駐車場の先にある暗黒の館の名前にふさわしくない白の屋敷を目指して三段の階段を上り、玄関の扉横にあるインターホンを鳴らすと、扉が自動で開いた。
重厚な、趣のある白の扉が開いた先は、ますます中世にタイムスリップしたような感覚を与えてくれる雰囲気を醸し出していた。
とはいえ、中世に詳しくないので、詳しくない人間のイメージだが。
薄暗い雰囲気の廊下は、床いっぱいに赤の絨毯が引かれていた。
先を見通せない明かりは演出だろう。
濃厚な場の雰囲気を壊す監視カメラが天井のいたるところに設置されているので、外にも監視カメラがあり、僕らの馬鹿な会話は見られていたことだろうな。
馬鹿な会話しかしていないので、二十四時間で監視カメラの映像が上書きされるタイプだと嬉しい。
掃除精神を刺激されない綺麗な廊下を進んでいくと、先が壁だった。
正しくは、扉があるのだが、そこには←マークの看板がぶら下がっている。
矢印の方向へ視線を移動すると、もう一つの扉があったので、恐る恐る扉を開けると、視界が開け一気に眩しくなり明順応するのに時間を要した。
次第に見えてくる光景はダイニングルームと形容するべきか迷うところだった。
部屋の中央でシャンデリアが明るく空間を照らしている。広々としたリビングはまるでパーティー会場だ。
中央部分にはステンドグラス模様のテーブルクロスがかけられた長テーブルに、白の高級感あふれる椅子が並べられている。
紅色の絨毯が床一面に置かれていて、隅には観葉植物。
四方には監視カメラが此方をギラギラとした強烈な眼差しで行動を記録している。
壁には壁時計が一つと、絵画が一枚ずつ並んでいる。
真っすぐ先の正面には暖炉がおいてあったが、季節が秋であるからか、使われている様子はない。
また、僕から見て中央右手には扉が一つあった。
果たしてそこにはどんな豪華な空間が広がっているのだろうか、暗黒の館という不気味なネーミングセンスの場所で沈んでいたはずの気持ちが今や少しワクワクしている。我ながら単純なものだと笑う。
部屋には、僕、徒野、真緒のほかに三人の人間が、それぞれ椅子に座ったり壁を背もたれにしている。
「へぇ。また新しい人が増えたのね」
椅子に足を組んで座っていた女性が立ちあがり、此方へ視線を向けてきた。
何処かで見覚えがある気がした。果て、女優だろうか、そう思うほどに男どもの視線を否応なく釘付けにしてしまいそうな妖艶な美女だった。
成熟した魅力を余すところなく放っていて、骨抜きにされた男は山ほどいても不思議じゃない。
真っ赤な髪は内側に跳ねる形でワンレンになっており、胸元まである。
白のレースのゆったりとしたタンクトップをきており、身体のラインが分かりにくい服なはずなのに豊満な胸が一目でわかる。黒の丈が長い、薄手のセーターを羽織っていて、スカートは短い。生足を惜しみなくさらしており、程よく肉ののっているその形が非常に女性的だ。
何処のパーツ一つ一つを見ても、スタイル抜群と表現するほかない美女。
赤いマニキュアと、赤い口紅が彼女を扇情的に魅せている。
「――毒牙の魔女か」
徒野がボソリと呟いた。
毒牙の魔女――その言葉にはニュースが嫌いな僕でも聞き覚えがあった。
そうだ、見覚えがあるのも当然だ。
彼女はその美貌で、三人の人間を殺したと目されながらも証拠がなく未だ大空の元を闊歩している容疑者。
「あたしは
毒牙の魔女と呟かれた声が聞こえたかは定かではないが、彼女は名前を名乗った。
まぁ、テレビの取材にも大胆不敵に応じる彼女だから、毒牙の魔女と呼ばれたところで気分を害することは恐らくないだろう。
「僕は葛桜です。葛桜鏡。こっちの髪が長い女性は徒野で、金髪の青年は佐原真緒です」
徒野に葛だ、と紹介される前に先手を打つ。
先手を打たれた徒野は不満そうな顔をしていた。
たまには僕にだって徒野に勝ちたい。
「アンタたちもこの暗黒の館に招かれたのかしら?」
「えぇそうです」
「じゃあ、あたしの仲間ね」
「そうなりますね」
アンタたちもと表現していたのだから、千日も招かれた客だ。
「他のお二人もそうなのでしょうか?」
僕が視線を二人の男女へ向ける。
壁を背もたれにし、携帯を淡々と弄っている無愛想な女性と、椅子に座っている眉目秀麗が具現化したような美形の青年だ。
「そうよ。無愛想な彼女は
「どうも」
女性――日ノ塚沙奈は、此方を一瞥しただけで視線を携帯へ戻した。
漆黒の髪をポニーテールで纏めて、凛とした雰囲気を醸し出している様は、法医学者のようなイメージを抱かせた。
黒のスーツ姿が彼女のために仕立てられたかのように似合っている。
千日と比べると、いや訂正。千日と比べたら大体がスレンダーな体形になってしまう。徒野と比べてもスレンダーな体つきだが、それが凛々しさを助長させている感覚をまとわせている。
「不知火です、初めまして」
男性――不知火礼司は、女性的な美しさを醸し出しながらも、中性的ではなく男だと一目でわかる。
男にしては珍しく――僕も縛れる程度の長さはあるが――長髪で、千日より髪の毛は長い。薄茶の髪は手入れがしっかりされているのが、彼が動く度に絡まることなく靡く。髪より深い色合いの瞳が柔和に微笑む。毒気のない、優しさだけが前面ににじみ出たような色だ。
此方もスーツ姿だが、第一ボタンまでしっかりしめた堅苦しさがある日ノ塚とは違い、ラフな装いだ。
職業はモデルか俳優だろうか。一つ一つの動作が男の僕でも見惚れる程に美しい。
暗黒の館に招かれるのは不自然な人間のように思えてならなかった。
果たして何人の人間が、漆原あやめに招かれているのだろうか。
「これで集まったのは全員かしら?」
「それは違うでしょう。集まったのなら何かしら相図があると思いますよ」
千日の言葉を、柔らかい言葉で不知火が否定する。
「それもそうね。あと何人くるのかしら。あたしはそろそろ待ちくたびれたわよ」
うーんと千日は背伸びをする。
「えっと……まだ増えるのですか?」
「増えるわね。何人かは知らないけれど」
「げっマジかよ。まだ増えるのか? オレはオススメのアルバイトがありますって言われたから来たんだけどよー」
真緒が嫌そうな顔をしながら言った。
それにしてもお勧めのアルバイトがありますよって言われてくるって不用心すぎないか、得体が知れない暗黒の館だぞ。
まぁ人のことは言えない立場なので突っ込みはしないけど。
「あと二人だな」
徒野が断言する。
「どうしてだ?」
「椅子の数だ。椅子は八つある。あと二人、もしくは主催者を含めているのならば、一人は最低でも集まるだろうな」
徒野に言われて椅子の数を数えると、確かに八つあった。
之だけ広い屋敷だ、人数分椅子を用意できなかったので数名は立っていてください、なんて展開は恐らくないだろう。
このテーブル、十二人くらいは目算、食事できそうな広さがあるし。
「一体皆さん、どういったようで此処へ?」
「あたしは、秘密よ。答えるようなことじゃないわ、それにそれぞれ思惑があってきたんじゃないのかしら? なら、此処へ来た理由を聞くなんて野暮な真似しないでほしいわね」
千日は理由を語るのを拒んだ。
毒牙の魔女として秘密があって、此処へ脅迫まがいのことをされてきたのだろうか、そして他の人間もそれと同様の理由で来たと思っているのか――そんな推測が嫌でもできてしまう態度だった。
不吉な予感ばかりを過って、皆で楽しみましょうなパーティーだと思えないのは、百パーセント暗黒の館というネーミングで人の不安だけを煽るのがいけない。
「そうだ、皆。佐原真緒のことは真緒と呼べばいいぞ」
徒野が千日の作り出した鋭利な刃物のような空気を分散させるためか、それとも空気をよまずか真緒の呼び方を周囲に知らせた。
意図したかしていないかは別として、空気が和らいだのは助かったので内心徒野に感謝する。
「わかったわ」
「佐原と呼べよ!」
真緒の抗議は華麗に無視された。
僕も空気を悪くしてしまったのを挽回したいと思い別の話題を探す。
ふと、壁に並べられている無数の絵画――肖像画が気になった。
もしかしてこの館の歴代主を並べたのかと思ったが、それにしては外国人が多い気がする。
外国人所有ならば、わかるけれど主催者である漆原あやめは名前からして日本人だ。
「徒野。この肖像画って何かわかります?」
「ん? 肖像画のことか。それらはな、歴代のシリアルキラーと謳われた人間たちだ」
「うえ」
場の空気を良くするどころか気持ち悪くしてしまった。
「なんで、そんな気持ち悪いもの飾っているんですか!」
「有名なシリアルキラーばかりだぞ。名前を一つ一つあげていってやろうか」
「遠慮します」
「なん」
「遠慮する」
徒野の口をふさいだ。
むがむがと抵抗をしているが、身長や力なら僕のほうが上なので残念!
誰が有名なシリアルキラーについて知りたいと思うものか。
現在だって、死体アーティストとか、赤いリボンの殺人鬼、鋏の殺人鬼、死体喰い、死神、マッド学者とか、もうファンタジー世界の住民を彷彿させる呼び名の連続殺人鬼がたくさん世間をにぎあわせているのだから充分である。
徒野が苦しそうに腕を叩き始めたので、口を塞いでいたことを思い出して離すとふおーふおーと謎の効果音と共に大げさな表現で息を吸いだした。
「葛。お前は私を窒息死させるつもりか……。それにしてもあいつはいい趣味をしていると思わないか? 私も今度シリアルキラーの肖像画を購入してみるか、飾ろうぜ」
キラキラとした眼差しで言われた。
「しなくていいです! そんな物騒なのはいりません」
「ん? アンタら何。一緒に住んでいるのか?」
真緒が怪しい視線を向けてきた。
確かに一緒に住んでいるとかと問われれば一緒に住んではいるが。
「あぁそうだ」
なんて答えるのが最適なのか考えていると徒野が堂々と答えた。
「恋人じゃねぇのに……」
一体どんな関係なんだ、と真緒の視線が益々怪しくなかった。
「徒野は少し黙っていてください。一緒に暮らしているといっても住み込みで働いているからです。徒野は僕の雇い主なんですよ。それで実家と事務所が兼用だからです」
「あぁ。なるほどな、若いのに人を雇っているとか、どんなだよ。それとも見た目は若いくせに中身は結構歳いって――げほ」
徒野が見事に、腹チラをしているところへパンチを食らわせた。
「レディーに年齢を問うな」
「悪かった、悪かったつーか、めっちゃパンチ痛かったんだけど」
「か弱い乙女のパンチが痛いとは鍛えたりない証拠だ」
「いやいやいや、徒野の力がごり……げふ」
真緒は馬鹿なのだろうか。
これ以上真緒に口を開かせていると、真緒の腹が物理的に空きそうなので、話題を探す。
ふと、シリアルキラーの肖像画の間に扉があったのを思い出した。
シリアルキラーが目立ち過ぎていて目に入らなかった。
「あの奥の扉はなんですかね?」
「鍵がかかっているみたいで、開かないわ。ちなみに、矢印の看板がぶら下がっていた扉も開かないから、此処で待機しているしかないわね」
千日が妖艶さを醸し出しながら、真っ赤な髪に手を触れる。
一方通行の扉というわけか、嫌な仕組みである。
「千日たちは、一体何時からここにきているんだ?」
徒野が興味本位で訪ねた。
時間を訪ねることくらいなら、軽くなった空気が重くなることもないだろう。
徒野は空気が読める癖に、徹底して空気を読まないから一挙一動にハラハラドキドキだ。
「あたしは、十五分前に来たわね。そのときはすでに日ノ塚はいたわ。不知火は、あたしがきた五分後くらいよね?」
「えぇ、そうですね。現在の時刻が十一時三分ですから、十時五十分前ですね」
「日ノ塚は?」
千日が日ノ塚へ視線を向けると、他人と関わりたくない嫌な表情をしながら渋々といった感じで答えた。
「わたしは……十時四十分ごろよ……」
「そう、ありがとう。ねぇ、暇だし雑談でもしないかしら?」
胸をテーブルの上に載せながら、千日は問う。
真緒がその動作にそっぽを向いた。耳が赤いので、魔女の毒にやられているようだ。
「私は構わないぞ」
「僕も構いませんよ」
どの道、道ずれにされる運命だ。
真緒や不知火も反対はないようだ。
立っていた僕らは椅子に座り、千日と不知火と向かい合う形になる。
距離が近くなると、千日と不知火の美しさがますます際立つ。
徒野も不思議な可憐さを持ち合わせているが、美人より可愛いや愛らしいが似合うお人形で、千日や不知火は成熟した美を形成しているような美しさだ。
「なぁなぁ。千日と不知火の写真を盗み撮りしたら高くうれねーかな」
真緒が俺の耳元で呟いてきた。
多分売れると返答したかったが、不知火の視線が此方を向いていたので心の中で同意するにとどめて置いた。
「ちょっと、日ノ塚。アンタもきなさいよ」
千日が手招きをする。
携帯を弄っていた日ノ塚は、渋々としか表現できないほど緩慢な動作で、携帯を手提げ鞄の中にしまって、千日の隣に座った。
何だか日ノ塚はこの世に興味ないような雰囲気を感じさせる。
「よし、偉いじゃない」
「人を子供扱いしないでくれる?」
何やら見えない火花が飛び散ったようにも見えたが、触らぬ神に祟りなし。
「そうだ、もっかい自己紹介しようぜ!」
名案だ、と真緒が自画自賛しながら手のひらをたたいたが、視線は冷たかった。
「な、なんでだよ、いいだろ?」
「この後、人が増えるのだろうからそのとき纏めて自己紹介でもすればいいだろう。名前だけ今はわかっていれば十分だ」
「確かに、二度手間にはなりますものね」
徒野が偉そうに、不知火は丁寧に言葉を放つ。
「うっ……そりゃ、そうか。なら、どんな話をする? 最近の話題……あーいや、オレあんまニュースみねぇからついていけねぇ。ゲームの話とかどうだ!」
「なんでゲームの話になるんだ」
徒野が真緒に対して笑っていた。
「うるせぇ!」
「真緒さん。
「真緒にはないだろ。一時の恥や怒りを耐え忍ぶことより発散するほうが似合っている」
日ノ塚の淡々とした言葉に、徒野が笑いながら答えた。
「おい、そこ! オレを侮辱しただろ! くそっオレが面白い話を振ってやるから覚悟しろ!」
真緒が腕を組んでうんうんと唸り始めた。状況は芳しくなさそうだなぁ。
「あ、そうだ! きけよきけよ面白いことがあってだな!」
「ねぇ、真緒さん、空き樽は音が高いわよ」
「おい、意味はわからなかったけど、オレを侮辱したことはわかったぞ!」
僕も意味はわからなかったけど、真緒をからかっていることはわかった。
「日ノ塚は喋ると面白いな。携帯を弄っている姿より私はそちらのほうが好みだぞ」
徒野が笑顔で褒めた。可憐な微笑みは相手を照れさせる効果があるのだが、日ノ塚は無反応だった。
「徒野さんって、慇懃無礼のほうがまだましに見えそうなくらい、表面上も尊大よね」
「私は自信に満ち溢れているからな、当然だ」
「眼中無人な人だと思われるわよ」
「他人の評価など、私は気にしない何より、
日ノ塚と徒野会話、むかつくくらい意味が分からない。
四字熟語やことわざを好んで日ノ塚は使うようだけど、徒野も下手に頭がいいだけあって意味を理解しているから、それらの言葉を織り交ぜて返答するせいで、呪文でも唱えられている気分だ。
「ちょっと、意味不明な言葉ばかり羅列しないでくれる? せめて、徒野は傲岸不遜ね、とかその辺にしてくれない?」
千日の意見に激しく同意だ。その辺の言葉じゃないと理解できない。
「私は他人を侮って、思いあがった態度をとるわけではないぞ」
言葉の綾というか、微妙な部分を上げ足とる徒野に、千日は額をぴくぴくとさせた。
「だーもう! 普通に会話してくれ! オレが意味わかんねぇだろうが! なんだよ、なんとかかんとかって!」
真緒が叫びながら頭をかいている。
「なんとかかんとかって、一体どれを理解できていないのかが、わからないぞ、あぁ! そうか全部だな」
徒野が腹を抱えて笑い出した。真緒は顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。
「これはこれは、皆さん仲良しですね。私もその輪に入れていただきたいですよ」
「不知火までひでぇ!」
「仲良しはいいことじゃないですか。しかし、その辺でやめてあげたらどうですか?
「おいこら不知火。確信犯だろてめぇ」
真緒が不知火の言葉に、笑いを我慢しながらいった。
「えへっ」
大の男がやるにかかわいくない言葉で、頭が痛くなるような会話は終幕してくれた。
とりあえず、日ノ塚、徒野、不知火は四字熟語や故事成語を羅列した会話をこなせるだけの学が面倒なことにあるということは把握した。
「自己紹介はあとにするとしても、皆さん普段は何をされているんですか?」
何を会話のネタにしようと迷っていると、無難な話題を不知火が降ってくれた。
この人、空気を読むことにたけているぞ! と普段空気を読まない人ばかりを相手にする僕は感激した。
「私は探偵だ。葛はそれを手伝っている」
徒野が真っ先に答えた。
「探偵……それは変わった職業についていますね」
不知火が目を丸くした。
普通の反応はそうだよな、よれよれのコートをきた中年のおっさんならともかく、子供みたいな女性が探偵をやっていれば驚くのも無理はない。
「こんな見た目ですけど、推理力はほんとあるんですよ」
一応フォローしておいた。
「こんな見た目とは何だ。お前の給料カットしてやるぞ」
「では料理は作りません」
「ぐぬっ。それは困る」
徒野の生活力は僕が補っているのだ、給料カットの報復はいくらでも思いつく。
「料理ってそれ、探偵の手伝いに関係あるの?」
「関係ないですね。でもメインの仕事ですよ」
千日の言葉に笑いながら僕は答えた。
「洗濯に、掃除に、料理に、買いだしに……その辺が主な僕の業務です」
「それ、家政婦とかじゃないの」
「そうとも言いますね」
「そうとしか言わないわよ」
「ですね」
けれど雇われている名目上は事務員なのだ。
「あたしはフリーよ。この間までは専業主婦をやっていたけれど」
「暫くは専業主婦を休業か?」
徒野の無遠慮な物言いに千日は妖艶な笑みを浮かべた。悪魔すら魅了出来そうな程に冷酷な。
「えぇ。夫に尽くすのは少し疲れちゃったわね」
「流石、毒牙の魔女だ」
「ふふ、褒めた所で何もないわよ」
千日が己の手のひらを眺める。
三人もの夫を殺害した、棘のある花。毒牙の魔女――千日紅。
彼女は、夫を保険金殺人目的で毒殺したとされている、疑惑真っ只中の人物だ。
類稀なる美貌で資産家の男に近づき結婚をし、殺害して遺産を奪う。
遺産目的だと最初から捜査線上に浮かびながらも証拠はなく、またアリバイがあったため当初は犯人ではないとされた。
しかし、彼女はその後同じ手口でさらに二人の夫を殺害し、三人合わせて一億円の遺産を奪ったとされている。
それでも証拠はなく、彼女が任意の取り調べを受けても自白はせず飄々と警察の手を交わす。
マスコミが彼女を犯人だと決めつけるような報道をしても全く意に返さず毒牙の魔女という呼称すら楽しんでいる素振りがある。
「でも、探偵ならあたしを捕まえたいと思うものじゃないの?」
千日が徒野を試すような口調で言った。赤い髪が前に垂れる。
「別に私は犯罪者を逮捕することに興味はないさ」
「あら? 意外ね」
そりゃ意外だよな。けれど、それが探偵としての徒野だ。
尤も、犯罪者を逮捕するのは警察の領分だろう。
「はー。毒牙の魔女が一緒ってある意味すげーよな」
真緒がけらけらと笑った。
此方も、毒牙の魔女が一緒な事実には、嫌悪していないようだ。
真緒と出会って数分もかからずメアドを交換できるコミュニケーション能力が、気にしないというスキルを宿しているのかは知らないけど。
「って、なんだよ。徒野。なんで意外そうな目をこっちに向けてくる」
「お前が毒牙の魔女を知っていた事実に仰天しているのだ。明日は隕石が降ってくるぞ」
「ひど! オレだってニュースくらい見るわ!」
「ではクイズ。赤いリボンの殺人鬼の犯行と見せかけて殺害された被害者の名前は」
「知るか! そもそも被害者の名前なんて一々覚えてねぇよ」
「ほら、やはりお前では駄目だ」
「ちょっとまて。今思いだしてやる」
一人腕を組んで唸り始めた。
思い出すのに集中している真緒をからかおうと思ったのか、徒野が背伸びをして、真緒の耳に息を吹きかけた。
「ひゃう!?」
可愛らしい声が聞こえた。
「…………」
数人分の沈黙。
真緒は顔を真っ赤にしながら徒野を怒鳴る。
「徒野! 何をしてくれるんだ!」
「いや……私がびっくりだ。腹チラ野郎が女子みたいな可愛らしい声をあげるなんて誰が予想出来ただろうか、いや出来ない」
「反語までしなくてもいいと思いますよ。此処は、面白いものが見られたという事実がわかったことだけにとどめておきましょう」
「徒野に負けず劣らず不知火も酷いなオイ!」
「犬みたいにぎゃんぎゃん騒がないのよ。五月蠅いわ」
「千日もひでぇ!」
真緒の抗議はどれもこれも受け入れられないようだ。
真緒は出会って怱々弄られキャラの地位を確立したらしい。心の中で拍手をしよう。
「で、真緒は一体何を普段しているのかしら?」
「オレは学生だよ」
拗ねながら真緒は答えた。そっぽを向きながらなのがまた弄りたい心をくすぶる。
「単位大丈夫か?」
真剣な表情で徒野が真緒に尋ねる。
「大丈夫だ! 単位落とす程、オレは馬鹿じゃねぇよ。出席だってちゃんと取っているんだ」
「出席は確かに三分の一以上取らないと試験を受ける資格がなくなるが、子供でも出席することは出来る。そんな簡単な事を堂々と宣言されても困るぞ」
「徒野はオレを虐めるのそんなに楽しい!?」
「あぁ。とっても楽しい」
満面の、至福だと言わんばかりのいい笑顔で宣言されて、真緒は肩を落とした。心持金髪の髪も垂れ下がった気がする。
「徒野さんと真緒さんは
「日ノ塚―! 頼むから四字熟語使用は控えてくれ! オレがわからねぇ!」
真緒が手を前に合わせて拝むように日ノ塚へいった。
「それは言うは易し行うは難しよ」
「んなわけあるか! どう考えたってやるの簡単だろ! あと四字熟語控えてくれっていったらことわざ使うな! 流石にそれくらいの意味ならオレだってわかるぞ!」
「冗談よ。でも、ダメ。わたしは、ことわざや四字熟語、故事が好きなのだから、その好きをわたしから奪うことなんて、言語道断よ」
「すみません」
真緒は素直に謝った。
好きで使っているのを奪うのは、真緒としても本位ではないのだろう。
あと、流石に簡単な――普段耳にするような類の言葉は僕同様わかるようだ。
そのとき、扉が開く音がした。
一斉に視線が入り口のほうへ向くと、二人の人物が並んでいた。僕は思わず目を丸くする。
一人は高校生くらいで、百五十㎝を少し越したくらいの小柄な少年か少女が不明な人物だ。
華奢な身体を隠そうとする抵抗なのかは不明だが、ぶかっとしたセーターを着ている。そのせいで余計に可愛さを醸し出していることになっていることを、果たして彼もしくは彼女は気づているのだろうか。
「……ボクは
声も中性的な感じがして益々性別を分からなくするが、恐らくボクといっているところからみて少年だろう。
今時僕っ子がいても珍しくないのだけれど、それに遭遇するよりかはボクという男の方が数はまだ多いはずだ。
「オレは、佐原真緒」
「真緒のことは真緒と呼ぶように」
徒野が割って入った。
「佐原でいいだろが! 徒野!」
「駄目だ。私が許さない」
「お前は何さまだ!」
「絶対君主様」
徒野は真緒と会話するのがお気に入りのようだ。
ひたすらいびられるだけで終わらないように気をつけろよ。御愁傷様。
その分、僕が会話にゆとりを持てるので心の中でなむあみだぶつーと唱えておこう。
「おいこら! 葛桜! お前心の中で笑っただろ!」
「心外ですね。心の中でお経を唱えていただけです」
「成仏しねぇからな!」
「で、キミたちは」
早乙女と名乗った少年または少女が口元に手を当てながら問う。手といっても袖で隠れていて、手は見えないが。
会話を脱線されたことに対してやや怒っているように感じられる。
「私は徒野。こっちの鳥の羽みたいな癖っ毛の男が」
「葛桜鏡です」
名前は名乗らせてもらおう。
徒野に葛と呼ばせる隙を見せるつもりはない。
「私は美人ですオーラ―を出しているのは千日紅。私は美人ですけど男ですオーラ―を出しているのは不知火礼司。男装したら似合いそうな女は日ノ塚沙奈だ」
酷い紹介だった。
いや、確かにその説明で通じるけど、果たしていかがなものだろうか。
特に千日と不知火に関してはナルシスト感が漂っている。
「ふーん」
興味なさそうに早乙女は頷く。
「で、そっちのにーちゃんは?」
真緒が彼を指差す。
「初めまして。私は
そう、僕が目を丸くした原因は相馬宗太郎――刑事(正しくは警部)である彼がいたことだ。
この間会った時と同じ、青のストライップが入ったワイシャツに、前のボタンを閉めず開けたスーツをきている。
仕立てがいいことは一目瞭然な――徒野に言えば、先入観からそう見えるだけだと笑われるだろう――お金持ちだ。
不可解なのは、刑事である相馬宗太郎が暗黒の館へ来た事だ。
訪ねたかったが、不知火が目ざとく僕と相馬の表情の機微を読み取った。
「お二人は知り合いで? 驚いていたみたいですが」
「私も知りあいだぞ。こいつは相馬宗太郎で、ボンボンの道楽息子だ」
酷い紹介の仕方その二を徒野は平然と炸裂させる。
「おい。道楽息子とは酷いな」
「事実だ。お前の趣味で私は儲けさせて貰っているのだから、道楽息子で間違いがないだろう」
「くそっ」
悪態を相馬は付いたが、演技かかっていてわざとだと気づく。
恐らく、僕に刑事がどうして? と質問させないために、徒野が先手を打ち相馬がそれに応じたのだろう。
何故、警察の人間であることを黙っていたいのかは、謎だがこの場では問えない。
相馬の視線が千日へ向いていることに気づく。
「何故……毒牙の魔女が此処に」
「面白くていいだろ。有名人と一緒だぞ!」
有名人という表現は、正解であり間違いな気しかしないが、そうか、毒牙の魔女がいるから相馬は刑事だと名乗らなかったのだなと理解した。
毒牙の魔女を逮捕したいのならば、刑事だと名乗らないほうがいい。刑事だと知られてしまえば、犯人しか知らないような情報を露としないように細心の注意を払うだろう。
けれど道楽息子であれば、うっかり喋ってくれる可能性もある。
なら、相馬は毒牙の魔女が暗黒の館にいるから来たのか? しかし、彼は赤いリボンの殺人鬼に興味を抱いている刑事なはずだ。
いや、食指が動かないとは言っても、刑事であることには変わりないから、毒牙の魔女を狙っていても不思議ではないのか。
「それにしても、彼女随分と可愛いですね」
不知火がわざととわかる笑顔を張り付かせていった。視線の先には早乙女がいる。
「あぁ!? ボクが彼女ってどいうこと!」
「おや、失敬。男でしたか」
確信犯だこいつ。
不知火は優男の仮面を被った腹黒悪魔だ。
性別を的確に見抜いて、しかも、早乙女の地雷を華麗に踏み抜いている。
「……ボクは男だ。女と間違えることは許さないよ」
人を殺せそうなほど、殺意を込めて早乙女は不知火だけじゃなく、この場にいる全員に宣言した。
可憐な容姿と裏腹な殺意に鳥肌が立つ。
「それにしても色々な人間が集まってくるものね」
毒牙の魔女といわれても動じない千日も、凄い人間だけどな。
さて――これで、椅子は埋まった。
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