第10話:漆原の歓迎
どうやら主催者の椅子が用意されていたわけではないようだ。
早乙女と相馬は開いている席に腰をかける。
いつ主催者である漆原あやめは姿を見せるのかと――思ったら、どこからともなく声が聞こえた。
『良く集まってくれたな。僕は心から君たちを歓迎しよう』
周囲を見渡すと、防犯カメラの横にスピーカーが付属していた。そこから声を聴かせているのだろう。
徒野と同じく上から目線な感じの声である。
僕といっているが、中性的な声を持つ早乙女とは違い女のものだ。
『僕は漆原あやめ。今回、君たちを招いた主催者だ。二泊三日のこの時間を有意義に過ごして貰いたい』
「有意義に何を過ごしてもらいたいんだ?」
相馬の眼光が鋭くなりながら、尤もなことを訪ねる。
『そう睨まないでよ。相馬。僕はね、試してみたいことがあったんだ。その実験に君たちが付き合ってくれればそれでいい』
「実験とは一体なんだ?」
『もう暫く待って来ればおのずとわかるよ。僕はね、楽しいことや面白いことが大好きなんだ。一つの場所に様々な人間を集めたらどのような化学反応を起こしてくれるか、それを高みの見物して、見ていたいんだよ』
酷く、性格が悪い。
『そのための手段は択ばず。そのための費用は厭わない、それが僕だ』
「……そう、つまり。あたしたちを帰すつもりはないってことかしら?」
千日が怜悧な瞳で、虚空を見つめる。
『正解! 君たちが入ってきた扉は閉ざされた!』
楽しそうな声に、真緒ががたっと音を立てて立ち上がり扉までかける。
開こうと精一杯の力を籠めるが、微動だに扉はしなかった。
そもそも千日が一方通行で出られないといっていたから、相馬と早乙女が入ってきてしまった時点で、開ける手段は無くたっていたともいう。
そのことに関しては、今更だが、誰も閉じ込められたとは思っていなかった。
しかし、この瞬間から、僕たちは部屋に閉じ込められてしまったと認識した。
このダイニングルームには、窓がない。暖炉があるが、脱出できるような作りになっているとは到底思えない。
虫が身体の中をはい回るような不快感がこみ上げてくる。
怪しいことなど、わかっていたことだから覚悟を決めなければいけないのはわかっている。
それでも――嫌なものは嫌だ。
最初、暗黒ではなく純白な外見にワクワクした気持ちはすでに消え去っている。
「あたしたちはいつ解放されるのかしら?」
『二泊三日泊まれば必然的に空くようにはなっているよ』
「なるほど、強制的にあたしたちは二泊三日させられるってわけね」
『そういうことだね。有意義な時間を送ってくれると僕は嬉しいよ』
千日の視線が一瞬影を覆ったが、まぁこんな場所に二泊三日もさせられるのだ、当然だろう。
『それぞれの個室は用意してある。開かなかった扉があっただろう? そこのロックは解除した。部屋は八、用意してある。部屋の作りは全て一緒だから好きなところを選んで使うといいよ。おっと、その前に昼食を食べるといい』
漆原が演出のためか指をパチンと鳴らした。
すると、ガタガタと変な音がすると思ったら――暖炉から何かが届いた。
相馬が立ち上がり暖炉を見てからこちらを、何とも言えない表情で見た。
「何があったのだ?」
徒野が問うと、暖炉の中から相馬はトレーを取り出した。
そこには――食事がのっていた。
全員微妙な顔をしたのがわかった。
「……なんで、暖炉から食べ物が出てくるのさ」
早乙女が口に手を当てながらいった。同感だ。
『ふふふ、技術を駆使して作ってみた』
徒野みたいな口調で言わないでください。
下らないものを作るなと、と徒野を殴りたくなる――徒野が作ったわけじゃないけど。
「……そんなことをしないで普通に運んできてくれてもいいじゃないですか」
『それだと隙ができる。面白くないのは望んでいないからね』
「なら暖炉じゃなくてせめてエレベーターっぽい作りでいいじゃないですか」
『それだと内装と不釣り合いだろ』
アンティークとして考えるのならば、部屋の内装的に暖炉は凄くいいとは思うけど、食べ物を届けるための暖炉ならば、場の雰囲気ぶち壊しもいいところだ。
あと、暖炉から届く食べ物って気持ち的な問題であまり美味しそうには思えない。
相馬と一緒に人数分届けられたトレーをテーブルの上に運び、手を合わせて恐る恐る食べたら意外や意外、美味しかった。
口の中がとろけるような触感は美味としか表現できない。
「……心境複雑です」
暖炉の中から出てきたのに、三ツ星レストランとは言わないまでも、一つ星くらいはもらえそうな味だった。
「美味しければなんでもいいじゃねーか」
真緒がほくほく顔で食べている。料理人を幸せにしてくれそうな顔だ。
「まぁ……美味しいのは事実なんですけれどね」
「でも、心境複雑よね。それにしても、こんな豪華な食事が出てくるってことは、漆原あやめは
日ノ塚が感情の起伏を感じさせない声色で、言った。
錦衣玉食の意味はわからないが、会話の流れから恐らく贅沢ができるほどとかそんな感じだろうと解釈する。
「日ノ塚は漆原あやめに会ったことはないのですか?」
「ないわ。手紙で此処へ呼び出されただけ」
「あたしもないわよ」
千日がいつの間にか料理を平らげていた。早い。
「私もないですね。どのような方なのですか?」
不知火が興味津々で問いかけてくる。
フォークとナイフを巧みに使い分けて、少しずつ料理を口に運ぶ姿は様になっていて、どこかの御曹司でも不思議ではない。
不謹慎ながら千日が狙いそうな相手だなと思った。
「漆原あやめか? 小柄な女だ。黒と彼岸花が似合いやつだったな。女としてみれば、綺麗な感じだ。日本人形と西洋の人形を和洋折衷したような雰囲気だ」
相馬が答えた。相馬は漆原あやめと会って直接ここへ来たようだ。
「ボクも会ったね。変わった人って感じだったよ。確かに彼岸花を背景に背負っていても不思議ではないね。身長はボクよりも小さかったよ、でも年齢は年上だね」
早乙女も会ったことがあるようで、漆原のことを告げる。
「へぇ。そうなの。あたしも手紙じゃなくて会ってみたかったわね」
手紙で要件を告げられた人と、実際に合われた人間の違いは果たして何だろうか。
食事を終えたので、暖炉にトレーを戻しておくとガタガタと音がしてトレーがどこかへ運ばれていった。
「……おい、葛。この中に入って運ばれて行ってみたらどうだ?」
「お断りします」
下手したら解体されて料理として戻ってきそうじゃないか。
そもそも僕には何かあったときにできる技術はない。
ピッキングもハッキングも機転もない。せいぜい、襲われたら襲い返せる武術には多少自信がある程度だ。
「仕方ない。部屋に行ってみよう」
「そうですね」
徒野の分のキャリーを押しながら、扉を開けて移動してみると廊下が左右に続いていた。
扉の向かい側のスペースは開いていて、金の額縁に入れられた肖像画が飾ってある。
「――これは、漆原あやめの肖像画だね」
早乙女が笑みを浮かべた。
漆原あやめの肖像画――油絵で描かれている。
肩で切り揃えられた艶やかな黒髪であることが、一目でわかるような流れる筆遣い。白い肌は不健康そうでありながら何処か浮世離れした美しさを伝えてくる。愛らしい円らな黒の瞳に、バストアップなので全容はわからないが恐らく白のドレスをまとっている。華やかな雰囲気と柔和に微笑んだ姿は、どこかのお嬢様のようだ。
「へぇ。可愛いじゃない」
「……お嬢様な雰囲気バリバリね。まぁそうじゃないと
覚めた態度をしながら、日ノ塚はいった。
「だから意味わかんねぇって……豪華絢爛以外」
ぼそりと真緒が他人に聞こえる独り言をいった。
向かって左側に部屋が四つ、向かって右側に部屋が四つあるようだ。
「ってか、なぁにこれ? 部屋番号滅茶苦茶じゃない」
腕を組みながら千日は眉を顰める。
扉の右上に部屋番号が振られているのが、それは千日が言うように滅茶苦茶だった。
前側左から、431号室、831号室――間に漆原の肖像画――23号室、4505号室、そして後ろ側左から、371号室、1564号室、ダイニングルームへの扉、5648号室、3720号室となっていた。
統一感も全くない。
日ノ塚は左側一番奥の部屋の前で一度立ち止まり
「好きな部屋を使ってといっていたから、わたしはこの部屋にするわ。構わないかしら?」
「別に構わないぞ。私は、お前の反対側――371号室を希望するけどな」
徒野が笑みを浮かべながら、371号室を希望した。
「じゃあ、僕はその隣……えっと1564号室ですね、そこがいいです」
得体が知れないところに泊まるのだ、せめて徒野の隣が良かった。
「オレはどこでもいいぜ」
「あら、真緒も徒野達と一緒がいいんじゃないの?」
千日が首を傾げる。千日と出会う前から真緒と一緒だったから元々の友人だと思われているのだろう。
「真緒となら同室でも構わんぞ」
「オレが御免蒙るわ! ストレス過剰で死ぬ!!」
真緒が全力で逃げて、選んだ場所は一番右側後ろの3720号室だった。
「ここにする!」
「私から逃げようとするとは真緒もいい度胸だな」
「ははは……真緒とは元々此処で出会ったんですよ」
前半は徒野の言葉に、後半は千日に向けて説明する。
「あぁ。そういえば学生で単位がどうたらと言っていた時、友人っていう内容じゃなかったわね」
「そういうことです」
「じゃあ私は、831号室を選ばせてもらうかな」
相馬がいった。僕と反対側の位置で、日ノ塚の隣だ。相馬も徒野の近くがいいのだろう。
「別に構わないわよ。不知火、と早乙女は希望あるのかしら?」
「じゃあボクは4504号室を選ばせてもらうよ」
早乙女は、一番右側手前を選んだ。真緒の反対側だ。
部屋番号が滅茶苦茶なせいで、位置を把握しにくいな。
「では、私は早乙女さんのとな」
「ゴメンだね」
「……では、真緒さんの隣、5648号室に」
早乙女は女呼ばわりした不知火のことをだいぶ嫌っているようだった。
「じゃあ、最後にあたしは空いている早乙女の隣23号室ね」
部屋割りは決まった。
左前から431号室日ノ塚、831号室相馬、23号室千日、4504号室早乙女。
左後ろから371号室徒野、1564号室葛桜、5648号室不知火、3720号室真緒だ。
重ね重ね繰り返すがめんどくさい部屋番号だ。
これは漆原がいう実験に関係あるのだろうか。
漆原が夕食は六時からと言っていたので、それまではそれぞれ自由時間を過ごすことに決めて、室内に足を踏み入れると、ビジネスホテルのような作りで、決して豪華ではないが生活するのには困らない感じだった。
簡易的だがキッチンまでついている。冷蔵庫の中を開けると、間食用のお菓子や、飲み物が入っていて、ご丁寧に酒まで用意されていた。ついついアルコール度数を確認してしまうと、三パーセントから高くても十パーセントまでで、低めで有り難かった。この程度なら数を開けても記憶が失うほど酔うことはないだろう。
シャワーはユニットバスで、クローゼットにはハンガーが数本。それと洗濯機までついている。どうせなら掃除機や雑巾も完備してほしかったが、それはないようなので、できる限り室内を汚すことがないように気を付けなければならない。
他には、ベッドにテレビ、机がおいてあり、机の端にはコンセントがある。
天上を見上げると、監視カメラが設置されていて、ビジネスホテルは撤回して監獄のようだと言いたくなる。
まさかユニットバスにまで――と思って周囲を念入りに確認したが、そちらはプライバシーの観点からか知らないが、監視カメラは発見できなかった。
流石にユニットバスにまで仕掛けられていたら監視カメラは破壊していた。
「ふあぁ」
欠伸が出る。
朝から運転をして疲れたのだろう。
徒野の元へ行くと、六時まで戻ってこられない可能性もあるし、少し仮眠してからにしよう。
僕はキャリーケースの中から服をとりだして皺になる前にハンガーへ掛けて、一通りのものを整頓してからベッドへ横になる。
眠気が次第に強まってきて、気づいたら眠りに入っていた。
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