第14話:実験の開始

 携帯のアラームがけたたましく鳴ったので、重たい身体を起こす。

 アラームを止めて、時計を確認すると六時だ。

 朝食は八時からと言われていたから、もう少し寝ていてもよかったことに気付く。

 普段は朝食の準備をするのに早く起きていたのでついつい同じ時間に目覚ましを合わせてしまった。


「まぁ、早起きは三文の徳ですよね……って、日ノ塚の口調が映ってしまったか……? まぁ、日ノ塚ほどすらすらとは言えませんけど」


 そんな独り言をいいながら、洗面台で顔を洗う。水が気持ちいい。

 冷蔵庫の中から、予め供えられていたペットボトルのお茶を飲む。

 着替えを済ませてから、時刻を確認するとまだ十五分しかたっていなかった。


「小説でも読むか……」


 キャリーから小説を取り出して読み始めると、集中していたようで気付くと朝食の時間ギリギリになっていた。


「しまった……」


 慌てて用意をしてからダイニングルームへ向かった。ダンスホールのような広さを有するダイニングルームは、八人全員揃っていても寂しさがある。

 とはいえ、日ノ塚と真緒がまだ到着していないので、僕を含めてこの場にいるのは六人なのだが。


「遅いぞ」

「徒野、おはようございます。小説を呼んでいたら夢中になっていたんですよ」

「それは仕方ないな」

「皆さんもおはようございます」


 椅子を引いて着席する。

 真緒はともかく、時間にきっちりした印象がある日ノ塚がいないのは珍しい――いや、夕食のとき時間ぴったりに日ノ塚はやってきたから案外のんびり屋なのかもしれない。

 八時になると、ガタガタと壊れそうな音を立てて暖炉からトレーが運ばれてくる。

 不知火がトレーをとって全員分席に並べてくれた。

 サンドイッチにコーンスープに生ハム、それに牛乳だ。

 時間を数分すぎてから真緒が慌ててやってきた。寝癖満載の頭を見るに寝坊したのだろう。


「やべぇ! はよ! ってあれ? 日ノ塚は?」


 真緒がきょろきょろと見渡す。


「日ノ塚はまだよ――嫌な予感がするわね。みんな、見に行きましょうか」

「そうだね。真緒はともかく、日ノ塚なら、時間ギリギリには来ても遅刻はしない主義だろうね」


 早乙女が朝には弱いのか欠伸をしながら緊迫感のない同意を示す。

 朝食は後回しにして、日ノ塚の様子を見に全員で431号室へ向かった。


「日ノ塚、朝よ。起きているのかしら?」


 千日がドアを数度ノックするが応答はない。


「私が見てこよう」


 相馬が率先して、扉を開けて室内に入った。千日の視線が、相馬を鋭く見ていた。


「――日ノ塚」


 かすかに相馬の声が聞こえたので、徒野と早乙女が素早く反応して室内へかける。


「……何か起きたみたいですね」


 僕の言葉に、真緒が頷く。


「だな。オレらも行くか」

「えぇ」


 千日、不知火、真緒と共に室内へ足を踏み入れる。

 部屋に全員が入ると窮屈だが、足の踏み場はまだある。


「日ノ塚」


 嫌な感覚が、全身を貫く。直感した。この感覚は、死の気配だと。

 赤いリボンを付けた姉が、死んでいた時と同じ気配が漂っている。

 恐るおそる周囲を見渡すと、ベッドに横たわって日ノ塚沙奈は――死んでいた。

 真っ赤に彩られたリボンが、日ノ塚の首に巻き付いて死んでいる。

 赤い、リボンの――殺人鬼が現れた。

 咄嗟に模倣犯の可能性を考えて、リボンを巻いた回数を数えてみたが、後ろから時計回りに四回巻きだ。

 流石に、僕の真贋ではリボンのメーカーまで判然としないが、似ている気がする。

 どうして、日ノ塚が殺されなければならない。

 日ノ塚が、女性だから、目をつけられてしまったのか?


「赤いリボンの殺人鬼が――この場にいるということか」


 不謹慎なまでに、相馬は口元に笑みを浮かべていた。

 それは、獲物を見つけた狩人の口。

 地の果てまで追い詰める決意が込められた瞳を横目に、徒野は腕を組んで冷静な瞳で日ノ塚の死体を嘗め回すように眺めていると思ったら、周囲へ視線をずらして何かを探しているようだ。

 つられて僕も日ノ塚の部屋を眺める。部屋の構造は漆原が言っていた通り、同じだ。

 几帳面な性格なのか、整然としていて、落ち着く部屋だった。

 ただ、ベッドに携帯と音楽プレーヤーが置いてあった。携帯は充電コードが繋がっており、常に携帯を弄っていた日ノ塚のイメージと重なって、凄く大切な宝物のように思えた。

 徒野は手提げ鞄に目を付けたようで、鞄の中身をひっくり返して、漁りだした。


「……徒野、何をしているんですか」


 財布を手にして、遠慮なく開けるさまは、強盗犯のようにしか見えない。


「何をって、身分証明書を探しているだけだ」


 免許証を発見して、見つけた徒野は一瞬口元を歪めたように見えたのは気のせいだろうか。


「何かあったんですか?」

「いや……日ノ塚は本名だったのを確認しただけだ」


 何処か歯切れが悪い気がしたが、免許証を横からのぞき込んでも別段、違和感のあるものではなかった。

 顔写真は、艶やかな黒髪に凛とした不愛想な表情は間違いなく日ノ塚本人だ。

 住所は北陸在住のようで、よく東京都まで来たなと思った。

 自己紹介の時言っていたように、年齢は二十歳で間違いないようだ。誕生日は六月九日とある。

 落ち着いた理知的な雰囲気から二十歳はサバを読んで実際は二十代後半でも驚かないぞと思っていたのに、嘘はつかれていないようだ。


「まっさか毒牙の魔女に限らず、赤いリボンの殺人鬼までいるとはなぁ……」


 真緒が手を頭の後ろに持ってきながら言う。

 そのとき、僕は違和感を覚えた。

 何が違和感なのだろうか、と周囲を眺めて理解した。

 皆、誰も、人が死んだ事態に驚きこそはすれ――怖がっていないのだ。

 次は自分かもしれないという死の恐怖がないとかじゃなくて、死体を見ても平然としているのだ。

 死に、慣れている。

 そんな印象が伝わってきた。

 ――まさか、毒牙の魔女や赤いリボンの殺人鬼に限らず、この場に集まった人間は全員殺人鬼なのではないか、外れてほしい予感が心に渦巻き、知らず知らずのうちに 汗が伝う。

 いやいや、まて。

 相馬は刑事だ、殺人鬼ではない。

 ましてや、赤いリボンの殺人鬼に並々ならぬ執念を燃やしている相馬が、赤いリボンの殺人鬼本人である可能性はない。

 それに、死に慣れているからといって、殺人鬼とは限らない。

 相馬のように刑事だったり、徒野のように探偵だったりする人間がいるかもしれないし、それらに限らず法医学者やエンバーマーといった職業についている可能性だってあるのだ。

 徒野が、死に対して淡々と行動ができるように。

 相馬が、死を見慣れているように。

 僕のように、事務員だけど徒野と付き合うことで見慣れてしまったように。

 だからこそ、慣れている=殺人鬼かもしれないと思うのは性急な考えだ。


「それにしても、随分と相馬と徒野は日ノ塚を調べますね」


 相馬が日ノ塚の髪に手を触れていたときだ、不知火の言葉に身体を強張らせた。


「私は探偵だ。事件が起きたら率先して調べるのは当然のこと」


 相馬に考える猶予を与えるためか、徒野が間髪入れず答えた。


「それもそうですね。では、相馬は?」


 疑いの眼差しが向けられる。


「……私は、今の会社に就職する前に徒野所で事務員として働いていたんだ」


 初耳だったというか、確実に嘘だ。


「成程、そうでしたか」

「あぁ。その時の癖で、つい」

「事務員なのに随分と熱心ですね」

「私は料理ができないからな。葛桜とは役割が違う」

「料理が出来ることが事務員の条件っていうのもおかしなものですけどね」


 くすり、と不知火は笑った。

 何か勘付いたかと思ったが、腹の底が読めない表情をしていてわからない。


「それに赤いリボンの殺人鬼が現れたんだ、素性を拝みたいと思うのは何も間違ったことじゃあるまい」

「でもおかしな話だよね」


 早乙女の言葉に、徒野以外の視線が集中する。

 徒野はプライバシーの侵害な勢いで携帯を除き見ている。圏外なのにも関わらず、暇さえあれば触っていたのが気になったのだろう。

 早乙女は面白いものを見つけたといわんばかりの瞳をしながらいった。


「七年間、性別年齢すら不明な、女性を赤いリボンで絞殺する殺人鬼として自由を闊歩してきた犯罪者が、犯人の限られた空間で、愚かにも殺人を犯すなんて随分とリスキーなことを――今回するんだね」


 ぞわり、と鳥肌がたった。

 赤いリボンの殺人鬼に対してではない。

 早乙女の、その灰色の瞳が怪しく輝いたのだ。

 ともすれば漆原と同じで実験を心から楽しんでいるようにとれる瞳が恐ろしい。


「それはそうだが、しかし日ノ塚を殺したかったとしたらどうだ? 赤いリボンの殺人鬼が殺害する条件――女性であることを満たしている」

「ボクが赤いリボンの殺人鬼なら、後日改めて殺すよ。日ノ塚のことを知ったんだ、何も容疑者が限られるこの空間で殺人をする意味がない。しかも、徒野は探偵だと名乗っている、探偵がいるような空間で、そんな馬鹿な真似をするとは思えないね。犯人を見つけて下さいって主張しているようなものだ」

「我慢できなかったんだろ。異常犯罪者に我慢がきくとは思えない」

「その可能性は否定しないけど、でもそんなマテのできない犬だとはボクには思えないね。我慢のきかない異常犯罪者なら七年間も捕まらずにいられるとは到底思えないし、デショ?」

「……そう言われれば、そうだが」


 相馬の表情に曇りが見える。

 犯人が限られる空間で、赤いリボンの殺人鬼が姿を見せたと知って、燃え上がる炎が爆発した。

 けれど、早乙女の言葉を否定できるだけの材料を持ち合わせていないのだ。

 模倣犯では相馬にとって意味がない。

 いくら捕まえた所で結局、本物ではないのだから。


「もっとも、どうしようもなく日ノ塚を殺したい理由があったならば、別だけどね。まーその場合、ボクなら赤いリボンの殺人鬼と思われない方法で殺害するけどね」

「よっぽど強い理由があるんだろ、赤いリボンじゃなきゃならないな。そうじゃなきゃ今までの被害女性全てを赤いリボンで殺す必要はない」

「まぁ、そうかもしれないね――カモフラージュじゃない限り」


 赤いリボンの殺人鬼が誰であるか不明である以上、結局相馬の言葉も早乙女の言葉も憶測でしかないのだろう。


「確かに、早乙女の言葉も一理ありますけれども、私としては相馬の意見を指示したいですね。赤いリボンの殺人鬼が何故この場所でということもありますけれど、それこそ漆原が関係している可能性もあるでしょう」

「……そうだね」


 不知火の言葉に、早乙女は同意する。

 漆原が――赤いリボンの殺人鬼と繋がっている可能性は大いに高い。

 何せ、明日の朝何かが起きるといわれ、実際に日ノ塚が殺害されるという事件が起こったのだから、手を組んでいるとみるのが普通だ。


「漆原が言っていたことは、これかもしれないが――しかし、警察が七年間逮捕できなかった存在を、個人が見つけられるとでもいうのか?」


 手を組んでいると、相馬は思いたくないのだ。

 赤いリボンの殺人鬼は七年間、警察の手から逃げ延びている殺人鬼。

 それをただの一般人である漆原が見つけられるわけがないと。


「相馬、どうしたのさ。警察を侮辱されて怒るなんてまるで警察みたいだよ」


 早乙女があざ笑うかのような声をかけてくる。


「別に怒っているわけではない。たが、現実問題警察という組織を持ってして見つけられないのをどうやって個人が見つけられる」

「蛇の道は蛇ってことじゃないの?」


 千日が腕を組みながら言った。


「まぁ問題は、この密室空間にあたしたちは閉じ込められているってわけで、二泊三日――明日にならないと、此処から脱出できないのよね」


 困ったわ、と千日は肩をすくめる。


「それまでに赤いリボンの殺人鬼が誰だか見つけ出してやるさ」


 相馬が悪魔も逃げ出したくなるような邪悪な笑みを浮かべた。


「そうしてほしいわね。赤いリボンの殺人鬼が、再び殺害するとしたらあたしや徒野が狙われるのは目に見えているわけだいし」

「そうですね……女性しか、殺害しませんものね、まぁ、早乙女なら女に間違われて狙われる可能性ありますけど」


 不知火が笑顔で、火に灯油を注いだ。

 早乙女が容赦なく蹴りを放つが、それを不知火は間一髪で避けた。


「おい、こんなところでファイトするなよあぶねーな」

「ボクを女扱いするやつを生かしておけと?」

「おい、殺すなよ」


 真緒が早乙女をなだめようとするが、真緒の身長も気に入らないのか早乙女は睨みつけて、それに怯み後ずさりをした。


「一足先に、僕らは廊下に出ましょうか」

「そうね」


 危ない火の粉は避けよう。

 一通り、相馬と徒野は日ノ塚の死体を調べて満足して戻ってくるまで、廊下で待機していた。

 廊下に相馬が出てくると、監視カメラがあるほうへ向かって叫んだ。


「漆原! どうせお前は私たちを見ているのだろう!?」

『見ているよ』


 返答はすぐさまあった。


「警察を呼べ。鑑識を入れて赤いリボンの殺人鬼をとっつかまえる」

『だーめ』


 ウインクしていそうな、可愛らしい声で漆原は申し出を拒絶した。相馬の歯ぎしりが聞こえる。


「どうしてだ!」

『僕が好きじゃないから、それに言ったはずだ。実験だとね。二泊三日ここにいればおのずと脱出できるんだから、そのあとは好きに警察でも呼べばいいよ』

「……なんだと」

『それまでは駄目だ。僕が君たちを一歩たりとも外へ出したりはしない』

「……ふざけているのか」


 相馬の怒気が怖い。


『ふざけていないよ。大真面目だ。……仕方ない。では、君を満足させるための譲歩を出してあげよう! それはそれで――面白いからね』


 高笑いが聞こえてくるような錯覚を感じる。


「譲歩だと?」

『そうだ。リビングに一旦戻るといい』


 漆原の言葉に従って、リビングへ戻る。


『玄関側の壁を見るといい』


 玄関側の扉がある壁を眺めていく。


「あぁ、なるほど」


 徒野が腕を組みながら面白そうに言った。

 続いて気付いたのは早乙女で、口元に手を当てていた。早乙女は口元に手を当てるのが癖なのだろう。


「そういうことか」


 相馬も気付いたようで――僕には何が何だかわからないけれど――壁の一部を相馬が触るとかぱっと開いたと同時に一枚の紙が落下してきた。

 紙は早乙女が拾い上げる。

 開いた壁を見ると、暗証番号を入力する機械があった。


「……そこに必要な番号を入力すると、あたしたちは外に出られるってわけね」


 千日の言葉に、だろうなーと真緒が頷いた。


『八桁の暗証番号を入力出来ると、扉は開かれる。そうしたら中と外の出入りは自由だ』

「ヒントも何もねぇのか?」

『ヒントは、早乙女君が拾っているじゃないか』

「早乙女、見せてみろ」


 相馬が手を差し出したので、紙を乗せた。


「なんだこりゃ?」


 相馬は眉を顰める。

 何が書いてあるのか気になったので横から覗こうとしたが、みんな一斉に相馬のほうへ詰め寄ったので渋滞した。


「順番に見せるから少し待て」


 相馬の言葉に従って、相馬、徒野、不知火、真緒、千日、僕の順番で紙を回してもらった。


「……なんですかね、これは」


 数字と絵がかいてある一枚の紙だった。


 松、梅、何だろう、何かの花。色は紫、花が書かれている上に丸い粒が数個ある。2、4、5

 0、3、藤、紅葉、7、4

 2、何かの花が二回目登場。絵は全く同じだ。9、柳(だと思う)、8、萩

1、3、バラ、3、萩、菖蒲

 9、柳、1、1、梅、あとなんだこれ……丘みたいなやつ

 3、5、菊、4、5、7

 8、9、3、藤、紅葉、1


 いくつか、理解できないのがあったので、隣にいる徒野に聞いてみた。


「徒野。何個か、わからないやつがあるんですけど……」

「どれだ?」


 わからなかったやつと、柳に自信がなかったので問う。


「紫は桐、丘みたいなやつは芒だ。あと柳であっているぞ」

「有難うございます」

「あと、もう一つ。どうせお前は間違えているだろうから教えてやる。その絵柄にあるやつ、薔薇じゃなくて牡丹だぞ」

「……え?」

「牡丹と薔薇の区別はやはりついていなかったか」


 徒野の口元が弧を描きだした。


「そうですよ、つきませんよーだ」


 思わず舌を出して抗議したくなったが、流石にガキくさいかと思ってやめた。

 間違いとわからなかったのを訂正して改めて見ると


 松、梅、桐、2、4、5

 0、3、藤、紅葉、7、4

 2、桐、9、柳、8、萩

 1、3、バラ、3、萩、菖蒲

 9、柳、1、1、梅、芒

 3、5、菊、4、5、7

 8、9、3、藤、紅葉、1


 となる。うん、わからん。

 それにても――これらの絵は何かで見たことがあるような気がするんだが、何だったか思い出せない。


「……これが、ヒントなのか?」


 全員暗号を見たのを確認した相馬が、漆原に向かって確認する。


『そうだよ。それを入力すれば、扉は開かれる。ただし、一度入力に失敗するとその後四十八時間は入力できなくなるけどね』

「なっ!?」


 相馬が驚愕するのも無理はない。

 四十八時間って二日じゃないか、つまり一度間違えたらほぼ二泊三日しなければ出られないことになる。


『ふふ、それじゃあ楽しんでいてくれ』


 本当に本当に楽しくて楽しくてたまらない、遠足前の子供のように無邪気な声だ。

 暗証番号を入力するのは、八桁の数字で、一か九までのボタンが並んでいる。

 相馬は懐から手帳を取り出して、ヒントの文字を一言一句間違えずに書き記した。

 徒野を頼るかと思ったら、頼らなかった。

 よほど赤いリボンの殺人鬼を自分の手で逮捕したいのだろう。

 紙に書き記した後、暗証番号を入力する機械の中に戻して蓋をした。

 蓋をしたあとの壁を見て気付いた。壁の模様が一つだけ大きいのだ。均等の中のずれが、そこには存在していた。

 だから徒野と早乙女、相馬はそこに何かがあるとわかったのだ。


「みたいやつは、ここにあればいつでも見られるだろ?」

「そうね。まぁ、あたしは暗号とかの類はお手上げだから他のみんなに任せるけど」

「オレも無理だなー」


 さっそく諦めている人が二人。

 真緒に至っては予想通りだが、千日は意外だった。


「あら、あたしが諦めるのは意外?」


 表情に出ていたようで問われてしまった。素直に頷く。


「正直でいいわね。別に、クイズ番組とかは好きよ。でも暗号の類を解きたいほどあたしは推理小説を読まないものでね。さっぱりわからないわ、だったら考えるのは得意な人たちに任せておけばいいでしょう」


 千日の視線が探偵である徒野へ向いた。

 徒野は暗号を解読しているのだろうか――と視線を向けたが、首を横に振った。


「流石に一瞬じゃ私だってわからないさ」


 言葉とは裏腹に理解しているのではないかと疑いたくなるいつも通りの自信に満ち溢れた顔をしていた。


「さて、どうする?」

「漆原に強制されているみたいでボクは好きじゃないけど、今のところ、従うしかないんじゃないかな? 爆弾魔がいて、この扉を爆破してくれるなら別だけど」

「私は探偵だから無理だな」

「探偵じゃなくても普通は無理です!」


 そもそも爆弾魔が紛れ込んでいてたまるか。

 早乙女め、可愛い顔して言うことが物騒だぞ。

 いるのは漆原と赤いリボンの殺人鬼だけで十分だ――いや、毒牙の魔女の存在も忘れていた。


「それ以前に、爆弾魔はこの場に呼ばないじゃないですか? 物理的に私たちを閉じ込めているのですから、それを突破できる要員を用意しているとは思えません」

「それもそうね」


 不知火の言葉に千日が同意する。僕も同意見だ。

 漆原は実験といっていた。

 恐らく、二泊三日は外に出さないといいながらも暗号を用意して脱出の通路があることもまた実験の一つなのだろう。

 漆原だけが楽しめる醜悪な実験。

 全く、何故こんな非道なる実験を心から楽しんでいるような存在を警察は野放しにしているのだろうかと、相馬を睨めつけたい心境に陥った。


『それじゃあ二泊三日――明日の夜六時まで楽しんでくれ!』


 喜々とした声でアナウンスされてから声は途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る