第23話:戻る日常
◆
「えぇ! 僕は気絶していたんですか!?」
事情を説明された僕は、徒野が耳をふさぐほどの大声で、叫んでしまった。
暗黒の館で、漆原あやめの死体を発見し、真緒が殺害されたのをモニターで確認したまでは記憶があるのだが、それ以降は全くの空白で、気付いたら見慣れた探偵事務所の自室で目を覚まし、痛みに呻くと、脇腹と左腕をナイフで刺されたかのような生々しい怪我の跡があった。
何が起きたのか理解できなくて、自室から飛び出し、事務所兼リビングでくつろいでいた徒野に詰め寄ったのが暗黒の館で二泊三日を過ごした翌日である今日だ。
開けっ放しの窓からは心地よい風が入ってきて、天候は記憶がないのを嘲笑うように眩しいほどの晴天だ。
夢オチを期待したが、残酷なことに日付は十月になっていた。
そして徒野の説明では、途中で僕は気絶をしてしまったらしい。
「あぁ、気絶してぐったりだったな」
「……えっと、真緒の死体を見て僕は気絶したのですか?」
「いや、違うぞ。事実を知った後気絶したんだ」
「事実とは」
「コピーキャットが不知火礼司で、あいつが日ノ塚と相馬、真緒を殺害した」
「不知火が……そんな……」
柔らかく優しい雰囲気を纏っていた不知火がコピーキャットだなんて信じられない思いだ。
「では、漆原は誰が?」
「漆原に関しては、早乙女が暗号を解読し解除して殺害した。自分を利用したのが許せなかったそうだ。早乙女は、名探偵ゆーちゃんだったんだ。プライドの高い奴だよ」
「……早乙女が」
「そう。私が探偵として、不知火が犯人であることを突き止めた。しかし、不知火は最後の抵抗で全員を殺害しようとした。千日が狙われたが、咄嗟に毒牙の魔女らしく、毒をばら撒いた。千日を庇おうと割って入ったお前は不知火にナイフで刺され、あまつさえ千日の毒を浴びて昏倒したんだ」
「毒って……」
「身体には害はそんなにないよ。千日が解毒剤も打ってくれたしな」
冗談かと思いたくなる内容だが、面白そうに徒野が語っているので、事実なのだろう。
どんな得体のしれない毒を浴びたのか怖いが、怖いからこそ聞きたくない。
「私が不知火を何とかして、暗黒の館を終わらせた。気絶したお前を運ぶの大変だったんだから感謝しろよ」
「徒野が全部終わらせてくれたのですね?」
「そうだ。私が探偵として終わらせたよ。尤も、私の雄姿をお前が気絶していたせいで記憶していないのは業腹だけどな」
「気絶したのは納得しました。しかし、どうして記憶までないのですか?」
「ん? 毒の影響だろ。薬によっては副作用で記憶障害を起こすものもあるわけだからな」
「……恐ろしすぎます……が、まぁ……スピリタスを飲まされなかっただけよしとします」
事件解決で酒盛りをした可能性は除外されたわけだから、それだけは良かったと前向きに考えよう。
「スピリタスを飲みたかったのか? いいぞ、買ってきてやる。ついでに、酒パーティーをやろう! レディー・キラーもたくさん用意してやるぞ!」
「だから僕は男ですって。酒パーティーはやりません。僕は徒野と違って、酔うのですから」
「つまんないな」
「もう」
徒野は愉快で、相変わらず楽しい。
徒野の雄姿を見られなかったのは残念だけれど彼女の傍にいる限り、機会はいつだってある。
だから、次に期待しよう。
「徒野」
「なんだ?」
「有難うございます。そして、お疲れさまでした」
僕は満面の笑顔を浮かべた。それにつられて、徒野も笑ってくれた。
「お疲れだ。葛の働きに、私がお礼を用意してやったぞ有り難く受け取るがいい」
いつも通りの上から目線で、徒野は薄いピンク色の包装用紙に包まれた手のひらに乗るサイズの四角い箱をプレゼントしてくれた。
開けてみると、焦げたクッキーが入っていた。
「有難うございます!」
口に含んだそれは、見事な程に美味しくなかった。
けれど、幸せな味がした。
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