第17話:最後の夕食

◆ 

 夕食の時間が近づいてきたので、部屋を後にして無駄に広さを感じる廊下を歩き、ダイニングルームへと入る。

 また誰かが殺害されているのではないかと僕は恐怖したが、夕食の時間になると全員が無事に集合して安堵する。

 暖炉が場の雰囲気を壊す音を鳴らして料理を運んできたので、トレーから受け取って人数分をテーブルに並べる。

 広々としたテーブルの上に置かれる料理の数が減り、椅子の空席が二つある事実が悲しさを物語っていて胸が苦しくなる。


「うひょ、漆原のアマは嫌いだけど、やっぱ飯だけは最高だよな!」


 真緒は料理を見て機嫌がよくなったのか、口笛を鳴らす。

 夕飯は霜降りステーキだったので、見た目からして肉が好きそうな真緒が興奮するのも無理はない。


「確かにそうね、豪華な食事にありつけるのは嬉しいわね」


 千日がマナーのお手本のような上品な食べ方で食べ進める。


「これは葛の料理よりうまいな!」

「もう夕飯つくらねぇぞ」

「酷いな! 丁寧な口調を剥がすことによりいっそう酷いぞ!」

「人の家庭の味と高級料理を比べられたら誰だってそうなりますよ」

「むむ、それもそうだな」


 徒野は納得してくれたので、今後も料理は作って差し上げよう。料理に関しては上から目線の態度でも許されると思っている。それに、料理を作ること自体は楽しくて好きだ。徒野の微笑ましいコロコロと変わる笑顔をふんだんにみられるし。

 誰がコピーキャットだか謎であり、全員疑って疑心暗鬼、虎視眈々と犯人を捜しているのだろうが、こうして一緒に食事を囲んで会話をしながら食べているのを見ると、不気味なほど平和な光景だと思った。

 僕自身もあまり不安はないから、平和に食事をとれるのだろう。何せ、どれだけコピーキャットが巧みに殺人を繰り返したとしても、徒野が、探偵である彼女が最終的に全てを余すところなく暴いてくれる。


「ふー! 満腹だぜ」

「真緒、腹を叩くとか、みっともないよ」


 早乙女が満腹になってちょっと膨らんだ腹を見ながら言う。


「そうですね。私も同意です」


 不知火もにっこりというと真緒がバツの悪い顔をした。それがおかしかった。真緒は鋏の殺人鬼なのに、こうして食事をしたり話している姿を見ると普通の大学生にしか見えない。

 どうして、真緒は猟奇的な殺人を繰り返す犯罪者になったのだろう。普通に生活するだけでは満ち足りなかったのか。


「それじゃあ食事も終わったし、あたしは部屋に戻るわね。また明日の朝会いましょう。明日になったら、あたしたちは外に出られるわけだから、皆不用心な真似は慎むことね」

「そうですね。下手な行動をするのは慎んだほうが、身のためだと思いますよ」

「特に真緒に対してあたしたちは言っているのよ、わかるかしら?」


 千日の妖艶な瞳が真緒を貫く。


「うるせー! コピーキャットは許せねぇに決まっているだろ!」


 金髪を振り乱しながら、真緒は落ち着いたいた瞳に怒りを宿した。


「これは、余計な口をきいてしまったようですね」


 不知火は肩をすくめる。確かに、千日と不知火が余計な忠告をしなければ、真緒は落ち着いたままだったのだろう。怒りに身を任せてガタンと乱暴に立ち上がり、大股で歩きながらダイニングルームを出て行った。八つ当たりか、バタンと扉を強く締めるもので、音がうるさい。


「本当に余計だったようね、でもそうでもしないとあの馬鹿は一人突っ走りそうじゃない」

「そうですね。誰が犯人であるか拘っているようでしたし。しかし、犯人も予想外だったのではないですか?」

「予想外……?」


 意味深な表情をする不知火に、千日が首を傾げた。


「えぇ。まさか犯人も、彼が鋏の殺人鬼としてあそこまで狼狽するとは予想外ではと思ったのです」

「それもそうね」


 当然の如く真緒が鋏の殺人鬼だとやはり露呈しているようだ。

 本人に知らせた方がいいのではと思う哀れ具合である。


「では、私も失礼しますね」

「あたしも行くわ」

「ボクも」


 早乙女が眠たいのか口に手を当て欠伸をしながら立ち上がった。ゆったりとした動作は、どこかおぼつかないような気がして構いたくなる。


「子供が夜遅くまで起きているのは感心しませんよ」


 不知火が優男の皮を被った腹黒さでからかうと、まどろんでいた早乙女の瞳が一気に冴えて眼球が飛び出すほどギロリと彼を睨みつけた。


「おやおや怖いですね」


 言葉とは裏腹に、柔らかな笑みを顔に張り付けたままの不知火に早乙女は舌打ちしながら横を通り過ぎてダイニングルームを後にした。


「あまり早乙女をからかうのはかわいそうよ」


 大人の態度で千日が不知火を注意する。


「これは失敬。彼の反応が楽しくてついつい調子に乗ってしまいます」


 二人はお似合いのカップルのような雰囲気をまとわせながら立ち去った。


「では、僕たちも部屋へ戻りますか」


 此処にいたところで、脱出はできない。暗号文を解読しなければならないが、徒野が何も話いないことはまだ暗号は謎のままなのだろう。


「そうだな」


 部屋へ戻り、シャワー浴びてから床に就く。明日になれば、外に出られる。二泊三日は短いようで長いし、外の空気を満遍なく吸いたかった。

 此処は牢獄のような息苦しさがある。

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