第18話:点と点を結んで

 夜中に目が覚めた。

 就寝したのは何時だったか覚えていないが、時計を見ると十二時を回ったところで、三日目に突入している。

 流石に日付が変わったら外に出ていいよーなんてサービスはないだろう。

 漆原がアナウンスするまで、きっと閉じ込められたままだ。

 目を瞑ったが、睡魔は訪れない。惰眠を貪ったせいかな、と思いながら徒野の部屋へ向かった。

 部屋に鍵がつけられれば良かったのに、鍵はつけられない。

 まぁ、コピーキャットは漆原あやめの手先なのだから、鍵がついていたところでマスターキーで自由に部屋を出入りできただろうから意味のないことだし、皆その程度のことは理解しているだろう。

 ノックをせずに部屋へ入ると、徒野は濡れた長い髪のままベッドに座っていた。

 こちらを一瞥すると、ニコリと笑う。


「これまでのあらすじ。漆原あやめの館へ二泊三日招かれた私たちは、そこで相馬宗太郎そうまそうたろう千日紅せんにちくれない不知火礼司しらぬいれいじ早乙女柚月さおとめゆづき佐原真緒さはらまお日ノ塚沙奈ひのづかさなと出会う。暗黒の館は、二泊三日しないと外へは出られない空間であった。密室に閉じ込められた私たちを待っていたのは、犯罪者の手法をまねるコピーキャットが、連続殺人を行うというものだった。最初に殺害されたのは、日ノ塚沙奈。彼女は赤いリボンの殺人鬼を模倣した犯人に殺害された。次の被害者は相馬宗太郎。鋏の殺人鬼を模倣した犯人に殺害された。そして、今晩夕食の席で霜降りステーキが振る舞われ、一時の平和な空間が訪れたのち、千日と不知火が真緒に余計なことをしないよう注意をしたせいで、鋏の殺人鬼である真緒は激昂して出て行った。さらに不知火が早乙女をからかったことで、彼もまた怒り心頭である。二人の人間が怒ったのち、千日と不知火はダイニングルームを後にするのであった。以上」

「なんで、あらすじを語っているのですか」

「お前がそろそろややこしいなと混乱しているのではないかと思って、奇麗に纏めてやった」

「アリガトウゴザイマス」

「とても感謝された気のしない礼だな!」


 徒野は頬を膨らませてそっぽを向いた。

 拗ねてしまったのだろうかと思うとおかしくて笑いがこみ上げてくるが、此処で笑ったら部屋から追い出されそうなので、やめておく。

 その代わり、ドライヤーをキャリーから取り出してコンセントをさし、徒野を手招きして此方へ近づかせた。

 ちょこんと椅子に座る姿は子供の面倒を見ている母親の心境だ。

 まだ髪は水が滴る程濡れていたので、ドライヤーは一旦机に置いて、タオルで水分を吸う。和柄ポーチからヘアオイルを取り出して、一度手に馴染ませてから髪を撫でるようにつけていく。

 ブラシで髪を梳かして絡まりが無くなったところで、ドライヤーを手に取り、乾かす。

 時折、頭を揺らす姿は猫を風呂に入れて乾かしているようで、好きだ。

 時間をかけて丁寧に乾かして、最後にもう一度ブラシで手入れをする。


「終わりましたよ」

「ん」


 艶やかな光沢をもつ漆黒の髪は手で掬うとサラサラと零れていく。


「三つ編みにしましょうか」

「そうだな、頼んだ」


 髪ゴムをブレスレットのようにつけてから、長い徒野の髪をおさげに三つ編みしていった。


「長くて綺麗な髪なんだから、しっかり手入れをしてくださいよ」

「いつもはしているだろう?」

「そうでしたっけ?」


 大半やらされている記憶しかない。果て、記憶違いだろうか。


「お前がいるから、ついついサボりたくなるのさ」

「徒野の面倒見るのに嫌気がさして出て言ったらどうするのですか」

「ふむ、それは困るな」

「好きな人が出来て結婚しますって事務所離れる可能性だってあるのですよ?」

「では、私と結婚するか、養ってやるぞ」

「前に結婚しませんかって言ったときは断ったくせに、随分都合のいい申し出ですね!」

「あの時は気分じゃなかった」

「では、今日は気分じゃないのでお断りします」

「むう。折角の私の申し出を無下にするとは、やっぱり養って下さい! って土下座しても知らんからな!」

「はいはい。で、何か考え事でもしていたのですか? 本も読まずに、寝るわけでもなく、ただ思案していましたよね?」

「あぁ、考え事をしていた。今までの出来事を全て纏めて、点を結んでいたんだよ」

「結論は出ましたか? 出たのならば、行きますか?」

「いや、明日の朝にする。漆原あやめに聞きたいこともあるしな、今日はもう少し思案してから寝るよ」

「わかりました。くれぐれも寝不足にならないように気を付けて下さい」

「はっ! この程度で寝不足になるものか、轍麻雀を今まで何度繰り返したと思っている」

「沢山ですね」


 そのたびに巻き込まれて睡眠時間を奪われるのだからたまったものではない。

 徒野程強くはないので、大体いつも負けてしまうのだ。


「だろ、だから問題ない!」


 えっへんと両手を腰に当てて徒野は宣言した。


「じゃあ、おやすみなさい」


 徒野の髪を乾かすために夜中目覚めたような気がしたが、まぁいいだろう。

 適度な運動にもなったことだし、眠気もやってくるだろうと判断して、部屋に戻ってからベッドへ横になったが睡魔が一向にやってこず、時刻が一時半を過ぎようとしていた。


「……本でも読むか」


 仕方ない、眠たくなるまで小説を読むかと、キャリーに入れておいた茶色のブックカバーがかかった小説を取り出し、読み始めた。

 失敗したな、と思ったのは三十分後のことであった。


「眠いのに……続きが気になって寝れない!」

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