第15話:鋏の殺人鬼

「くそっ。しかたねぇな、オレは部屋に戻るわ」


 真緒が舌うちしながら言った。


「全員一緒にいたほうがいいんじゃないですか?」


 不知火が心配そうな顔で真緒に言う。

 全員一緒にいたら犯人も思うように動けないだろう。


「はぁ? オレは赤いリボンの殺人鬼には殺されねーよ」


 男である真緒は、標的の外。だから自由に動くということか。


「真緒。男だからといって殺されないと鷹を括っているのは、愚行としか思えないぞ」


 相馬が注意をするが、声に言葉ほど説得力が感じられないのは相馬も単身で行動する気満々なのが伝わってきているからだ。


「では、赤いリボンの殺人鬼のことを考えて、徒野と千日は一緒に行動したらどうでしょうか? 一人より心強いと思うのですが」

「いいえ。大丈夫よ。あたしは一人でいるわ」


 千日が髪の毛を流すように触れながら不知火の申し出を断った。

 どうやらみんな一人行動が好きなようだ。まぁ得体のしれない殺人鬼が混じった空間にいたくないのだろう。


「徒野には申し訳ないけれどね」

「私は構わないぞ」


 徒野も徒野で自分は殺される心配などないとたかをくくっている態度だし。

 いつか痛い目を見ないように気を付けてくださいよ。

 相馬は手帳と睨めっこしながら自室へ向かおうとして壁に激突した。前をみて歩かないからだ。

 早乙女と不知火もやがて単独行動を始めた。二人はトレーの朝食を持ち出し部屋で食べるようだった。


「……こういう時って全員一緒にいるのが安全なんじゃないんですかね」


 ダイニングルームへ残った僕は徒野に向けて愚痴る。


「知っているか? こういうのを死亡フラグっていうんだ」

「知っていますし、いりませんそんなフラグよ、徒野」

「ふふ」


 嫌な笑いをするな。

 フラグは乱立させたくないに決まっているだろう。

 昼食は十二時から、それまでは部屋にこもって音楽を聴いていた。

 徒野の元へ向かってもいいのだが、一人になりたい心境だった。単独行動をした彼らのことをとやかく言えないなと笑う。

 赤いリボンの殺人鬼のことを考えると徒野を一人にするべきではないのだが、どうしても徒野は大丈夫だという信頼なのか先入観が安心を生み出している。

 矛盾だ、と思いつつも――その矛盾を許容した。


 昼食には少し早いが、ダイニングルームへ向かおうと、扉を開けるとタイミングよく隣の――徒野の部屋の扉が開いた。


「徒野、無事で何よりです」

「人の部屋を訪ねてこなかったクズが何を言っているんだか」

「もしかして拗ねているんですか?」

「いや、おかげで有意義な時間を過ごせた」

「おい」


 酷い雇い主だ。

 一緒にダイニングルームへ向かい入るとまだ誰もいない。

 最初は不気味でならなかったシリアルキラーの肖像画も慣れると何も思わなくなるから不思議だ。

 続いて早乙女がゆったりとした足取りでやってきた。


「やぁ、生きていたんだね」

「当たり前だ、人を勝手に殺すな」

「失礼失礼」


 徒野が憤慨だみたいな表情をとったが実際には全く憤慨と思っていない。

 早乙女が席につくと、千日がやってくる。

 女性である千日が殺害されていない事実に胸を撫で下ろす。


「とりあえず昼食では誰も殺されなかったということですよね」

「まだ早計デショ」


 僕の言葉を早乙女が何を言っているんだ、という目線で見てきた。


「だってそうでしょう? 赤いリボンの殺人鬼は女性しか殺さないのですから、千日と徒野が無事な以上」

「馬鹿だね。確かに、赤いリボンの殺人鬼の拘りは女性でリボンを巻き付ける絞殺だけど、それは赤いリボンの殺人鬼に限られる話、だよ」

「えっと……?」

「つまり、赤いリボンの殺人鬼だけがこの場にいるとは限らないし、そもそも漆原と手を組んでいるのが、赤いリボンの殺人鬼だけとは限らないってことじゃないの?」


 早乙女の言いたいことが理解できなくて首を傾げると、千日が丁寧に補足してくれた。


「それだけじゃないよ。赤いリボンの殺人鬼が本物とは限らない。偽物だった場合、手法を模倣しているだけ。だったら赤いリボンの殺人鬼と同じ方法で殺害するとも限らないデショ」


 にっこりと微笑む早乙女の姿は、男である事実を惑わされそうなほど、愛らしかった。

 だから、余計女性に間違われやすいのだろうなと実感する。

 尤もそんなことを言ったら、赤いリボンの殺人鬼とは関係ない犠牲者として僕の名前が出てしまう。


「確かにそうですね」


 赤いリボンの殺人鬼と同様の手法を使っていた以上、偽物だとは思わないが、他の人間も漆原と手を組んでいる可能性は多いにある。

 程なくして、不知火がやってきた。

 昼食の時間まで約三十分あるし――相馬はギリギリまで暗号解読を粘るだろうし、真緒は時間をオーバーしてからのんびりやってきそうだ。


「皆さんお早いですね」

「早めに来たら誰かいないかなって思ったのよ。単独行動もいいけど、お喋りだってしたいじゃない」


 千日の言う通り、それが理由で僕も早めに来たのだ。

 他の皆だって同じだろう。もしくは情報集めも兼ねているのかもしれないが。

 不知火が席に着くと、千日が頬杖を突きながら質問してきた。


「そういえば、赤いリボンの殺人鬼って、結構な人数を殺しているのよね? 女性で、赤いリボンで絞殺以外に何か特徴とかなかったのかしら?」

「年齢は二十代が多いってことも特徴ですかね?」


 確かそうだった気がする。

 相馬がここ半年以内に殺害されたといっていた女性のうち一人を除いて二十代だったし。


「まぁ。三十代や十代も殺しているといえば殺しているね。四十代以上の被害者は確かいなかったよ。瑞々しい女が好みなのかな。十代だとここ最近は殺害されていないけど、数年前に十八歳の少女が一番若い年齢で殺害されたね」


 早乙女が答える。スラスラと暗唱するかのような語りは徒野を彷彿させた。


「へぇ、早乙女は詳しいのね」

「ニュースでやっていたのを覚えているだけだよ」

「一番若くて十八歳ね……じゃあ日ノ塚は赤いリボンの殺人鬼に殺害される条件を満たしているのね。あたしもだけど」

「そうなりますね。確か、一番若い十八歳の少女が殺害されたのは……今から四年前でしたよね」


 不知火の言葉に早乙女と徒野が頷いた。お前らどういう記憶力しているんだ。


「元々、赤いリボンの殺人鬼が十代を殺した数は少ないよ。基本二十代が圧倒的に多いからね。ボクが記憶している限り十九歳の少女が七年前と六年前に二件、三年前にあるだけだったね」

「赤いリボンの殺人鬼はどうして女性を赤いリボンで絞殺するのですかね」

「赤いリボンと首を絞めるという行為が、その人物にとっては重要な意味があるんデショ」

「それは……そうでしょうね」


 早乙女の言葉を否定する要素はない。

 重要な――執着、いや妄信的な何かがあるからこそ赤いリボンの殺人鬼は、赤のリボンへ病的なまでに拘っているのだ。

 その後は、赤いリボンの殺人鬼から話は脱線して、日常会話になった。

 三十分の時間経過はあっという間で朝食の時間になったのが暖炉の音でわかった。

 もう暖炉から食事が運ばれてくるのも何とも思わなくなった。

 シリアルキラーの肖像画と同じで、慣れると違和感すら認識されなくなるということだろう。

 勢いよく扉が開く音がした。視線を向けると金髪がチャラチャラと揺れている。

 徒野にさんざんからかわれた、腹筋が割れていない腹が見えるようにボタンを閉じていない服は相変わらずだ。


「腹が減ったからといってかけてこなくてもいいだろう、真緒」

「うるせぇ! いい匂いがしたんだよ!」

「成程お前は犬だったか、だが残念ながら真緒と犬では犬のほうが賢いな」


 到着早々徒野にからかわれる真緒。

 ふと、そこで違和感にかられ、全員の視線がいまだ空席の相馬の元へ向いた。


「相馬が、真緒より後になってもこないなんておかしくないかしら?」

「それもそうですね……少し、様子を見に行きましょうか。相馬さんの部屋は確か、葛桜さんの向かいでしたよね」

「そうです」


 不知火が真っ先に立ち上がり、それに続くように僕らも立ち上がった。

 真緒は状況を理解するまで時間がかかったのか首を傾げて、出来立てだろう暖炉の中に入っているトレーと、僕らを交互に眺めていたが、相馬がいないことに気付くと昼食を後にしてついてきた。

 部屋の前で何度相馬を呼びかけても返答がない。

 身体中が嫌な感覚に苛まれる。

 これは、日ノ塚の時と同じだ。

 不知火が扉をゆっくりと開けると、血の匂いが漂ってきたのがわかった。

 おもわず鼻を抑える。

 徒野が最初に部屋へ入ると――相馬は床に倒れて殺害されていた。

 死体は鋏の力であらん限り身体が引き裂かれていた。切り刻まれ、血の海が一面に広がる。

 相馬の表情は、絶望と憎悪、憤怒が入り乱れていているのを、片方の瞳が映している。もう片方の瞳は抉られ、床に転がっていた。

 ――酷い。


「……鋏の殺人鬼ね」


 千日が声色を下げて静寂を破る。

 鋏で切り裂かれた、無残な死体。

 抵抗したあとが、部屋全体に残っている。

 部屋自体の作りが防音になっているのか、相馬が抵抗した声も、向かい側の部屋にいる僕の元まで届いていなかった。

 床に転がっていた手帳を拾い上げると、暗号解読に励んでいるのが、びっしりと埋められた文字や×印から伝わってくる。

 それだけじゃなく、誰が赤いリボンの殺人鬼であるか探そうとしていた捜査メモが書かれており、虚しさを誘う。

 相馬は、赤いリボンの殺人鬼を逮捕することが叶わず、鋏の殺人鬼によって殺害された。

 相馬の無念を思うと、胸が張り裂けそうに痛い。

 けれど、一つ判明した――漆原が手を組んでいた殺人鬼は赤いリボンだけでなかったということだ。

 男性だからと安心する材料にはならない。


「はぁ!? ふざけんなよ!」


 徒野が冷静に死体を見分していた時、真緒が激昂した。

 怒りに任せて、何もかもを破壊してしまいそうな勢いだ。


「ちょっと、落ち着いたらどうですか、真緒」


 不知火が真緒をたしなめようとするが、真緒の怒りは収まらないようだ。


「うるせぇ! こんなところで鋏の殺人鬼が出てくるわけネェだろ!」

「それは鋏の殺人鬼が誰だか知っていると言う発言ですか?」

「あっ、いやそうじゃねぇ! と、とにかくだ。こんな限られた場所で赤いリボンの殺人鬼と同様に、鋏の殺人鬼が殺人するわけねぇだろってことだ!」


 真緒の態度は明らかに挙動不審でおかしかったが、言葉が意味不明なわけではない。


「漆原と手を組んでいたのなら、その限りじゃないと思うわよ」

「んなわけねぇだろ!」

「――どうして、そう思うのかしら」


 妖艶な雰囲気にのまれたのか、真緒は言葉を詰まらせる。

 真緒は元々短気ではあるが、この挙動はどう考えてもおかしい。


「それとも、アンタには、これが鋏の殺人鬼の犯行じゃないとわかる証拠でもあるのかしら? だったら、あたしは教えてもらいたいものね」

「そ、そんなものは……ねぇよ。ただ、オカシイって思っただけだ。赤いリボンの殺人鬼が、鋏の殺人鬼を模倣した可能性だってあるだろ」


 視線を泳がせながらそう語る。


「そうね、その可能性もあるけれど逆の可能性だってあるわよ? そもそもが全員本物の可能性も、そして偽物の可能性もね」


 指先を唇に当てながら千日は微笑んだ。

 毒牙の魔女としてのこれが――立ち振る舞いか。

 結局、わからないのだ。

 赤いリボンの殺人鬼と鋏の殺人鬼がともに本物で、漆原と手を組んで殺人事件を起こした可能性。

 赤いリボンの殺人鬼が本物で、鋏の殺人鬼を模倣した可能性。

 鋏の殺人鬼が本物で、赤いリボンの殺人鬼を模倣した可能性――尤も、こっちのほうは低いだろう。

 巻き方が本物と同様だったため、赤いリボンの殺人鬼は本物とみるべきだ。

 そして、上記の理由と同様で可能性としては低いだろうが、両方偽物の――コピーキャットの仕業。

 どの可能性も零ではなく、可能性として存在してしまっている。

 そして、僕たちはどれが正しいのかわからない。

 徒野が相馬の死体を調べている――だから、僕は徒野が事件を解決してくれることを、願うしかない。

 相馬とは僕以上に親しい徒野は、彼が殺されて悲しくないのだろうかと思ったが、徒野ならば例え悲しかったとしても、悲壮な態度で相馬の死体を検分するだろう。

 そして、犯人を見つけ出してくれるに違いない。


「何か新しい発見でもあった?」


 早乙女が徒野に声をかける。


「別段、相馬の死体からは発見できないな」


 徒野は首を横に振った。


「そうだね」

「いったん外へ出るか」


 徒野の言葉に反対するものはいなく、廊下に出たところで真緒はそそくさと部屋へ歩き始めた。


「ちょっと、真緒。一緒にいないんですか?」

「あぁ? 誰かがコピーキャットかもしれねぇ胸糞悪い空間にいられるわけないだろ」


 機嫌が最悪に近く悪いようだ。


「それに、コピーキャットがオレを殺そうと襲ってくるなら、返り討ちにしてやるぜ」


 殺意の笑顔を見せられ、何も言えなくなる。

 真緒は鋏の殺人鬼を本物ではなく偽物だと決めつけているようだ。


「葛。私らも戻るぞ」

「ええっちょ」


 徒野に手を引かれて、僕は徒野の部屋へと連行された。


「ちょっと! いきなり部屋に戻ってどうしたんですか」

「ん? 別にみんなと一緒に仲良しごっこしている必要はないだろう。それに全員一緒にいないのならば、同じことだ」

「意味がわかりません」

「全員一緒にいるせいで下手にアリバイ工作でもされたら面倒だ。ならば、アリバイがない人間が多いほうがいい」


 よくわからないが、徒野がそういうのならばそうなのだろうと自分を納得させることにした。


「ところで……真緒は、その……」


 聞いてもいいものか迷ってしまうが、その迷いを見抜くように徒野が言葉を放つ。


「真緒は鋏の殺人鬼だ」

「ですよ……ね」

「馬鹿正直な取り乱しようは、間違いなく鋏の殺人鬼だという証拠だ。模倣されたから激怒したんだろ。現に赤いリボンの時は冷静だった、馬鹿だってわかるほどだ」

「……ですよね」


 真緒の異常な態度は、異様な激怒は、自分が本物であるにも関わらず偽物に真似されたから、それが許せなかったのだ。


「尤も、それが演技だとしたら――面白いけれどな」


 残念ながら本物なんだよなと徒野が肩を落とした。

 そこで面白がるなよ、そんな演技力を真緒が持っていたら徒野はよくてもこっちが困る。


「十中八九、真緒以外は全員鋏の殺人鬼が真緒だと気づいたな」

「真緒は誤魔化せたと思っているんですかね」

「思っているだろ、馬鹿だから」

「馬鹿ですね」

「馬鹿としかいいようがない。今まで警察に捕まらなかったのが奇跡だな。別に警察が無能というわけではなく、無差別殺人事件だったからだろう。指紋やDNAが検出されていたとしても、前科がなければ照会しようがないからな。それに、被害者と犯人に接点がない無関係な人間を選んで最初から殺害されていたのならば、ノーマークだ。いずれ逮捕されていたとは思うけどな」

「そうですね」


 残虐性から、赤いリボンの殺人鬼よりも鋏の殺人鬼は最近を賑やかにしていた。

 時間経過とともに逮捕されて、マスコミがこぞって彼の情報を手に入れようと躍起になったことだろう。


「相馬が殺された以上、逮捕はまだ先になるかもしれないけれどな」

「通報しましょうよ」

「通報するのは探偵の仕事じゃない」

「そういう問題じゃないでしょうが」


 探偵としての仕事すら選り好みしている徒野が、さらに選り好みをしようとしていた。

 別に真緒と知り合ったから庇いたいとかはなく、必要があれば、冷淡に真緒を切り捨てることができるだろう。

 そして、切り捨てた後で面白い奴だったのになと寂しそうに言うのだ。


「なら、お前が通報しろ。別に私やお前が通報しなくとも、他の誰かがそうだな――不知火や早乙女あたりが通報してくれるかもしれない」

「……いえ、真緒が鋏の殺人鬼であるのならば、警察に通報しますよ。例え相馬を殺害していなかったとしても、彼は何人もの人間を殺害している犯罪者なのですから」

「そうか、好きにしろ。私はどちらでも構わない。鋏の殺人鬼はDNAと指紋が採取されている、それを佐原真緒と照合すれば、言い逃れができない証拠になるだろう」

「えぇ」


 徒野と楽しそうに漫才をする姿や、無邪気な馬鹿な態度は明るくて心を楽しくさせたが、それでも真緒が鋏の殺人鬼であるのならば、知らなかったことにはできない。


「……相馬を殺害した犯人は一体誰なんでしょうか」

「コピーキャットだろ」


 徒野が断定した。


「鋏の殺人鬼をコピーしたのは、やはり赤いリボンの殺人鬼なのですか?」

「違うよ」

「じゃあ、赤いリボンの殺人鬼と、他のコピーキャットが」

「それも違う。葛。両方ともの殺害は恐らく同一人物で、そいつが両方の殺害を模倣したコピーキャットなんだ」


 徒野の言葉に衝撃を受ける。


「で、でも! 赤いリボンの殺人鬼は、後ろから時計回りに四回リボンを巻き付けて殺害する手法でしたよ!」


 だからこそ、相馬も僕も本物の犯行だと思ったのだ。

 早乙女は不服そうだったけれども、早乙女はそれを知らないからだろう。


「その条件は満たしている。だが、葛。言わなかったか? もう一つ――赤いリボンには条件があることを。それを、日ノ塚沙奈は満たしていない」

「えっ」


 確かに、徒野は相馬が偽物の赤いリボンの殺人鬼ではないかと怪しんだとき、相馬が帰宅した後言っていた。

 満たしていない条件はもう一つあると。

 しかし、それが一体何だというのだ?

 二十歳の女性だって赤いリボンの殺人鬼は殺害している、それ以前に十八歳、十九歳の女性だって殺害しているのだ。

 日ノ塚だけが例外になる要素はないように思える。


「だから、日ノ塚沙奈を殺害した赤いリボンの殺人鬼もコピーキャットなんだよ。相馬は最後の最後までそれに気づかなかったみたいだがな……馬鹿なやつだ」


 徒野は悲しんでいた。相馬が殺害された事実を。

 やはり付き合いがあったからこそ、殺害された現場では表情を変えず淡々と探偵としての仕事をしながら、心の中では馬鹿なやつだと悲しんでいたのだ。


「赤いリボンの殺人鬼が殺す女性の条件――相馬すら気付かなかったそれは、徒野だけが知っているそれは何なのですか」

「秘密だ」

「どうして」

「自分で思いついたらどうだ」

「……わかりました」


 これ以上問うたところで徒野は答えない。

 ならば自分で答えを見つけ出すしかない。

 尤も、赤いリボンの殺人鬼に執着していた相馬ですら、気付かなかった事実に僕が気付けるかどうかはわからない。


「まぁ。ヒントならばやろう、私と千日紅は条件を満たしている。しかし、日ノ塚沙奈だけは、条件を満たしていない」

「益々わかりませんね。……コピーキャットは、誰ですかね」

「私や葛は違う。真緒も犯人ではないし、殺害された日ノ塚や相馬も違う。ゾンビのように蘇ったらそれはそれで面白いとは思うが」

「不謹慎です。面白がらないでくださいというか、ゾンビなんてファンタジーの住民がいてたまるものか」

「だからこそいたら面白いと思うのだろう」

「全く、まぁ僕や徒野が違うのは当然として、真緒もそうですよね? あそこまで偽物に対して激昂する直情型の馬鹿だったならコピーキャットが勤まるわけないですものね」

「そうだ。私すらだましとおせる天性の才能に恵まれた演技じゃなかったらな」

「そうじゃないことを願いますよ」

「つまり、コピーキャットである候補は、毒牙の魔女である千日紅、高校生の早乙女柚木、長髪男の不知火礼司の三人というわけだ。あぁ、番外でこの屋敷を自由に動くことができる漆原あやめだな」

「……長髪男って他にネーミングセンスなかったんですか」

「美男子か優男、腹黒の不知火でもいいぞ」

「まぁ別に二つ名はどうでもいいのですが」


 そもそも早乙女なんて高校生でそのまんまだし。


「だろうな、二つ名に拘られても困る」

「そうだ、そういえば……日ノ塚はなんで圏外なのに携帯を使っていたのですかね? 携帯をプライバシー侵害しまくってみていた徒野は知っていますよね?」

「とても教えたくなくなる言いぐさだな。別に怪しいことはしていなかったよ。日ノ塚は趣味で小説を書いていたようだ。小説ならメール本文とかメモにかけるから電波があろうがなかろうが関係ないからな」


 成程。だから携帯をずっと弄っていたのか、疑問が一つ消えた。


「他に気付いたことはないのですか? 日ノ塚のことに限らず、全体のことで」

「例えば、コピーキャットはこの館にいる殺人鬼の殺害手法を真似しているとかか?」


 徒野が悪魔の微笑みを浮かべた。


「えっ。どいうことですか!?」

「本物の真緒がいる前で、鋏の殺人を犯したのだ。つまり、他の――今後起こるだろう殺人も、全てこの館にいる人間の殺害手法で殺されるということだ」

「――そんなことができるのですか!? 警察ですら、掴めていない殺人鬼をこの館に招くことすら現実的ではないのに! 一人ではなく複数を集められるとかあり得ない!」


 現実的なのはマスコミにもその顔を知られている、ある意味有名人である毒牙の魔女くらいなものだ。


「あり得るよ。同族の匂いをかぎわけることが出来る鼻があるんだろ」


 答えになっていない答えを、徒野は邪悪な笑みで断言した。


「……嫌な鼻ですね」

「蛇の道は蛇というだろう。同じ穴の狢、馬は馬方、餅は餅屋ならば、犯罪者には犯罪者だ。警察は犯罪者を取り締まる側で、同族ではない。同族ならではの犯罪者を見つけ出す手法が漆原あやめに存在していても、不思議だとは思わないね。それこそ、ファンタジーまがいの超能力を説明されても私は納得するよ」

「……わかりました。犯罪者をかぎ分けることができる鼻が漆原あやめにはあると、信じることにします」


 納得はできないが、徒野のことは信頼している。その徒野が評したことを疑う気はない。


「それにしても、なら何故僕たちは招かれたのです? 毒牙の魔女が犯罪者で、佐原真緒は鋏の殺人鬼で、仮に日ノ塚沙奈も、早乙女柚月も、相馬宗太郎も犯罪者だったとしても、相馬は刑事で徒野は探偵で、僕はその事務員だ、犯罪者じゃない。招かれる理由がないじゃないですか」

「いいや、招かれる理由はあるよ。漆原は言っただろう? 実験だと。ならば、犯罪者だけを集めるのではなく、彼女は刑事や探偵といった犯罪者と対をなす存在をこの、物語に詰め込んだのだ。あとは、漆原あやめの協力者だな。一つに混ぜたらどのような化学反応を起こすか、それを見たいのさ」

「……高みの見物をして、ですか」

「そうだ。自分は安全な場所から、地上を見下して滑稽に動き回る姿を堪能しているのさ」


 嫌な楽しみ方だ。

 まぁ、混じって見物しますというよりかはまだいいのかもしれないが。それだとコピーキャットのほかに漆原あやめの正体も探さなければならなくなる。

 尤も、漆原あやめの姿を知っている人間が複数いるのだからその手法は無理か、肖像画も飾られているわけだし。

 暗黒の館は、死をもたらす地獄だった、それが実感できるたびに、頭が痛くなる。

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