第3話:日常
◆
夢を見た。真っ赤なリボンが首にぐるぐると巻きつけられて呼吸が苦しくなる。
恍惚とした表情。
愉悦に浸るそれは死ではなく幸せの絶頂。
身体を切れ味の悪い刃物が貫く。内臓が引き抜かれ、小腸が鋏で寸断される。
真っ赤な炎が動かなくなった僕を燃やしていく。
――いやだ。僕は死にたくない。
――いやだ、死なないでくれ。
――誰だ、何を言っている?
思考が目まぐるしく動くと、世界は反転する。
「僕は――!」
叫び声とともに身体ががばりと動いた。瞳から広がる光景は見慣れた事務所だった。
「……夢か」
安堵する。冷や汗が身体を流れて気持ち悪い。
『赤いリボンの殺人鬼が――次のニュースです。放火犯として指名手配中だった男が逮捕されました。鋏の殺人鬼新たな犯行が発覚か。次は、鋏の殺人鬼の特集を行います。専門家は犯罪心理学の――』
ニュースの音を拾うことで、統一性のない悪夢を見ていた原因に納得した。
胸が苦しくて重たい。
人の睡眠中に悪趣味なニュースは流さないでほしいと八つ当たりしながら節々が痛む身体をほぐす。ソファーで寝ていたせいで痛むのだろう。
何故か、自室のベッドではなくソファーで寝ていることが多いから、この狭い空間を実は気に入っているのだろうが、ベッドで寝てほしいなーと寝る前の自分に抗議する。
「おはよう。よく寝たな」
声の主を見ると、仕事机の上に足を乗せ、偉そうに新聞を読んでいる徒野がいた。
「……そうですね、こんにちは」
壁時計を見ると、時刻は昼の一時だった。
これで夜中なら飛び起きたところだが、昼ならばまだ許容範囲だろう。
「全く。お前といったら、『女妖怪殺人事件』で疲れたからって爆睡し過ぎだぞ」
ネーミングセンスを疑う事件名を口にする徒野に対して、もっとまともな命名ができなかったのだろうかと思いつつスルーする。
「仕方ないでしょう。僕は徒野と違って健康的に睡眠をとらないと身体が眠くて動かないのですから、それにしても空気がじめじめしていますね……って! 雨が降っているのに窓を開けないでくださいよ、湿気が入ってくる!」
「えー風が入ってくると気持ちいいぞ」
「ダメです。ただでさえ梅雨の時期で湿気が多いのですから」
徒野に文句を言いながら窓を閉める。
窓から外を見ると、分厚い雲に太陽が隠されて薄暗い。
「そもそも起きるのが遅いお前が悪い!」
「ふてくされないでください。あと徹夜だったのですからこれくらいは許容してくださいよ」
徒野に付き合っていると徹夜をすることが多くて困る。
大半は事件ではなく、麻雀とかに付き合わされた結果なのだが、昨日は珍しく昼間から徒野命名『女妖怪殺人事件』で、出張していたのだ。
それを無事に解決して、ソファーで熟睡をしていたら昼になっていたというわけだ。
「それにしても……『鋏の殺人鬼』は、最近現れた連続殺人鬼ですけど、赤いリボンの殺人鬼は一体いつになったら捕まるのですかね」
テレビのリモコンを拾って、電源を切ってから徒野に会話の話題を振る。
鋏の殺人鬼は、今年になってから出現した猟奇的殺人鬼で、鋏で被害者の体内をミキサーするようにかき乱す残虐性と、無差別殺人であることから、世間を戦々恐々とさせている。被害者は一人増えた模様だから、記憶にある限り四人目だ。
「赤いリボンの殺人鬼は、約七年も連続殺人を続けられているのだから、鋏の殺人鬼が先だろうな」
淡々と徒野は答える。
赤いリボンの殺人鬼は、約七年間も警察に捕まることなく、女性の首に赤いリボンを巻いて絞殺する殺人鬼。犯行の痕跡を残さないため、未だ性別、年齢、その他諸々が不明の犯罪者。
その有名性から時折、偽物が表れては、本物か偽物か論争が巻き起こっている――本物だろうと偽物だろうと、逮捕されればどちらでもいいだろうと思うのだが、世間はそうではないようだ。
偽物が逮捕されるたびに、世間はがっかりしている。
「それに、鋏の殺人鬼は犯人と思しき証拠を警察は掴んでいるようだからな」
徒野はどこで仕入れたのかニュースでもやっていなかった情報を述べた。
まぁ、僕はニュース嫌いなので見ていない間に情報が出ていた可能性もあるのだが。
「どこで仕入れたんです、そんな情報」
「私の情報網は黙っていても入ってくるのだよ。鋏の殺人鬼は犯人と思しきDNAと指紋が検出されている。重要証言になる目撃者は出ていないが、防犯カメラの映像から、フードを被った体格からして男で身長は百八十センチ前後だということは、もう割れている。何時までも、鋏の享楽には浸っていられないだろうな」
殺人を享楽と不謹慎な表現をすることに関してはいつものことで注意はしない。
「早く、相馬あたりでも私に鋏の殺人鬼の依頼をしてくれないかな」
クリスマスが待ち遠しいかのような表情で徒野は言う。
「自分で探せばいいじゃないですか」
「それもそうだが――私は探偵だ。探偵が自分から調査することは数少なくしたい」
「数少なくって、あるにはあるんですね」
「あぁ。だが、鋏の殺人鬼は私が依頼されずに調査したいと思うほどの魅力がない」
「鋏の殺人鬼、涙目ですね」
「ふふふ」
「それにしても、雨だと洗濯物干せませんね……」
「洗濯好きなやつだな」
昨日は晴天だったため、洗濯物を干せたが、今日は無理そうだ。
早く梅雨は開けてほしいが、夏の季節は苦手なので夏を飛ばして秋になってほしい。
春や秋の季節は過ごしやすくて好きだ。
「ところで、徒野、片づけはちゃんとしてください」
指をさした先は徒野の事務机だ。
そこには雑誌がタワーを築く勢いで無造作に置かれている。寝る前にはなかったオブジェだ。
探偵としては、怜悧で聡明な頭脳を有しているし、推理力や一度見たものは忘れない記憶力もあり一流と言わざるを得ないだろうが、いかんせん日常生活能力は欠落している。
部屋の片づけは苦手で、出したら出しっぱなしだ。
僕が徒野に拾われたばかりのころなど、下着すら脱ぎっぱなしで目のやり場に困った。
それは連日連夜注意をしまくったおかげで、一か月後くらいには服の脱ぎ散らかしはあっても下着だけはちゃんとしまってくれるようになった。
「なぁ、面白いことを思いついたぞ!」
「絶対ロクでもないことでしょ」
「話題沸騰中の殺人鬼を一列に並べたら面白いと思わないか? それならば私が自ら調査して殺人鬼を集めてやる」
「全く思いません! 調査の無駄遣いです!」
やっぱりロクでもないことだった。
いや、正体不明の殺人鬼を見つけ出すこと自体はいいことなのだろうけれど、けれど徒野に任せていい結末になるとは到底思えない。
「恋する乙女のようにマスコミは集中するぞ」
「言っていることの意味わかりたくもありません。絶対依頼ないうちは調査しないでくださいよ。いや、あってもしないでくださいね」
目を輝かせている徒野の非凡な才能を知っているので、実際に動き出したら今話題の殺人鬼を一列に並べられそうで恐ろしい。
正体がばれた殺人鬼が、徒野と僕を口封じに共謀して殺害しようとしてくる可能性だって非常に高い。
いくらなんでも僕と徒野二人では対処しきれない事案だ。
「並べるとしたら誰がいいかなー」
「んなこと考えないでいいです!」
本当に、徒野はロクなことをしない。
「おい。首のリボンが解けかけているぞ」
「えっ!? あ、本当だ」
徒野に指摘されて首元に手を当てると、赤いリボンが解けかけていた。慌てて結びなおす。
「有難うございます」
「相変わらず、葛は赤いリボンにはご執心だな」
「当たり前です、このリボンは――姉の形見なんですから」
三つ年上だった姉は、いつも赤いリボンを髪に巻き付けてお洒落をしていた。
真っ赤なそれは姉の笑顔とともに、鮮明に僕の心に残っている。
姉が亡くなってから、僕は思い出として赤いリボンを首に巻いているのだ。
真っ赤な、赤いリボン。血のように赤く、けれど美しい赤。
男なのに赤いリボンを首に巻いているのは変だ、とたまに言われるが姉の形見だといえば誰もが追及をしてこない――徒野と、僕を赤いリボンの殺人鬼だと勘違いした記者以外は。
赤いリボンの殺人鬼ははた迷惑なことに、赤いリボンを使って女性を絞殺している。
そのせいで、首にリボンを巻いている僕が犯人ではないかと興味半分の三流週刊誌にスクープとして出されたことがあり、しかも直接取材を申し込まれた。
面倒な事態に発展して頭を抱えていると、徒野がヒーローのように現れて意地悪なくらい難しい専門用語を羅列して相手を追い詰めた。最終的には、泣かしてしまったので申し訳なく思う。
以降、平和な日々を取り戻してはいるが、いつかまた――僕を赤いリボンの殺人鬼だと勘違いする輩が表れるとも限らない。
それを考えると憂鬱な気分にはなる。
元来マスコミが嫌いなせいも、それに拍車をかけているのだろう。
赤いリボンを外せば、間違われることがないとわかっているが、外すことはできない。これは、大切な姉の形見なのだから。
「ところで、葛って呼び方止めません?」
「ヤダね。色々と呼び方を考えたり呼んだりしたが、
「なんでですか……。まぁ出会った頃は確かに、『あした』とか『ミラー』とか『かがみ』とか天気のように言い方を変えていましたけれど」
全部下の名前からとっているのはわかるが、
「その中で葛が最高だったのだ!」
胸を張って徒野は宣言する。
「僕としては嫌ですね!」
「仕方ない。新しい呼び名を考えてやる」
「ほんとですか!?」
「あぁ『まんじゅう』ってよんでやる」
「……葛でいいですよ」
「『鳥頭』でもいいぞ?」
「寝癖じゃありません、癖っ毛です」
鳥の羽のようだと比喩される癖がある黒髪に、血濡れた瞳のようだと気味悪がられた赤い瞳が僕の外見で特徴的と言えるだろう。
体重はBMIで言えばやせ形に分類される。
食が元々細いだけでなく太りにくい体質のようで、徒野が僕を太らせようと喜々として勝手に食事を持ってきても、微々たる変動がある程度で体型は変わらない。
「じゃあ『シュピーゲル』」
「なんですかそれ」
「鏡のドイツ語だ」
「わかりません」
「『みかが』でどうだ」
「逆から読まないでください。……はぁ」
「幸せが逃げるぞ」
「誰のせいですか誰の。それにしても、今日は依頼人来ますかね……?」
「事件が私を呼んでいればあるだろうな」
「所長のくせに経営する気ゼロですよね」
徒野探偵事務所には二人の人間が働いている。
所長兼探偵の徒野朔。
約五年前、彼女は僕を拾ってくれた恩人でもあるのだが、気持ちとしては子供の面倒を見ている気分である。僕の方が年下なのだが。
書類上は事務員として働いていることになっているが、事務員とは名ばかりで正しくは家政婦といったほうが正解だ。
主な仕事は家事全般。どこに事務員の要素があるのだろうと思わないでもないが、気にしたら負けだ。
「葛。昼飯が食べたい」
「はいはい、わかりました。昨日のご飯が残っているので、オムライスにしますね」
「やった!」
幸せそうに微笑む姿は愛らしく、心もほっこりとするのだが、徒野の外見に騙されているだけだと内心で繰り返す。
冷蔵庫の中から、冷ご飯を取り出して、電子レンジでチンをしながらオムライスに入れる。具材を切ってプライパンで温めて、ご飯を混ぜて味付けをし、最後に卵を乗せて手早く作る。徒野も僕も半熟卵が好きなので、程よいとろけ具合になるよう調節する。
ケチャップで『さく』と徒野の名前を描いてから、リビングの硝子テーブルに二人分並べた。
徒野は一人用のソファーに座り、僕は先ほどまで寝床にしていたソファーに座る。
「いただきます」
二人で手を合わせてから、少し遅めの朝食――もはや昼食であるが――を食べ始めた。
徒野探偵事務所は、東京の23区内にある駅から徒歩五分という立地に一軒家という親のすねを齧ったとしても、余程の金持ちじゃなければ無理そうな場所に構えている。
一階はガレージや物置となっており、階段を上った二階に玄関がある三階建ての白い綺麗な住宅だ。
三階は徒野の個室空間で、立ち入ったことがない。
二階の窓ガラスには徒野探偵事務所という看板が、遠くからでも見えるように貼られていて、探偵事務所と自宅を兼用している。
二階の玄関には鈴をぶらさげて来訪者があるとわかるようにしてある。生活空間と事務所を兼ねているので仕切りとして暖簾をかけている。
事務所兼リビングは、二十二畳の広々とした空間で、横長のソファーと一人掛けのソファーが二つ並んでいて、ソファーの間には硝子のテーブルがあり、オムライスはここで食べた。
その先には五十インチの馬鹿みたいにでかいテレビが陣取っていて、テレビ台の下にはプレーヤーが三種類並んでいる。
ソファーの後方には、徒野が椅子にふんぞり返って座っていることが多い、オフィス用のデスクと椅子があり、その前には来客ようの椅子が二つ並べられている。
他に本棚や観葉植物等がリビングには置いてあり、花台には花の代わりに昔懐かしい黒電話が鎮座しているのだが、その隣は携帯置き場なので、時代が滅茶苦茶だ。
リビングの奥には扉が二つあり、片方は徒野が寛ぐようで、もう片方は僕の自室としてあてがわれている。
風変わりな徒野朔が経営兼探偵兼所長の事務所は基本的に暇だ。
探偵としては非常に優れている徒野だが、人間性には問題があるし、依頼人に対しても基本上から目線で、怒って帰ってしまった依頼人も記憶している限りそこそこいる。
探偵といえばトレンチコートのおじさんを僕はイメージするが、徒野は二十歳前後の女性だから見た目から疑われたり舐められたりもする。
舐めた態度をとった依頼人は後々徒野に泣かされて、二度と敷居を跨がなくなってしまう。
何より、暇な原因は徒野が依頼を選り好みするのだ。
興味のない依頼は取り付く島もないほどあっさりと断る。
徒野が好む依頼は、殺人事件や不可解な事件であり、猫探しとかには興味が向かないのだ。
僕としては猫を探したいくらいなのだが、探してもらえたことは一度もない。猫可愛いのに。
オムライスを完食したので、皿を下げて洗い物を済ませる。済ませてから戻ってきてソファーにくつろぐ。
「今日も依頼人きませんねぇ」
「私は拘りある探偵だからな」
「ただの我儘っていうんですよ、それは」
「だって……一体どこに猫探しをして探偵としての面白みがあるのだ? 人探しをして一体何の面白みがあるのだ?」
しゅんと拗ねる姿は可愛らしいのだが、我儘である。
徒野朔の外見は、一言で表現するならば不安定。
大人びた表情をした時は、女性だと思うのに、子供みたいな表情をすれば高校生にも中学生にも見えるのだ。
表情や言動だけでなく年齢までもが掴みにくいが、平常であれば大体二十歳前後に見える。
小柄な体格と、足首まで伸ばした髪型はお人形のように整っている。
フリルがあしらわれた格好はお嬢様系と例えればいいのか、ゴシックアンドロリータ―と言えばいいのか微妙な境目を好んできている。
また、ベレー帽が好きなようで外出する際は必ずといっていいほど被っている。そのバリエーションは豊富でベレー帽屋が開けるほどある。
僕の自室にあてがわれる前の部屋はベレー帽倉庫だった。
徒野の性格は自信満々。自意識過剰ではない所が味噌だ。好奇心は旺盛で、知らないことがないのではと思えるほど知識がある。
「面白みで探偵やらないで、仕事してくださいよ」
「そうだな、金は大事だ。葛。少しどっかのキャバクラで仕事して稼いでこい」
「僕は男です!」
「何、接客業がしたかったのか!? 仕方ない。手術費用だしてやるから外国へいけ」
「その流れでどうやって事務だと思うのです!」
「男好きがいるかもしれないぞ」
「いるか!」
いたら最初からキャバクラじゃなくてゲイバー行くだろ!
「キャバクラだから女にしか興味ないと判断するのは早計だぞ」
「んなわけあるか! あぁもういいですよ。普通にティッシュ配りとかでいいじゃないですか」
途中で無理矢理話を変えなければ同じ話が無限ループのように続いて、気づいたら女装してキャバクラで働いてそうだ。
どこのキャバクラが女装野郎を求めているというのだ。
筋骨隆々とした外見ではないが、女装をしたら流石にばれる。声だって、高くない。
「大丈夫だ。私がしっかりそこいらの女に負けないくらい美しくしてやる」
表情から心を読みとったようで、胸を張って宣言されたが嬉しいわけがない。
「遠慮します」
「まずはメイク技術を学ばないとな。通信講座を用意しよう」
「そこからやるのですか!?」
「あぁ。俳優も驚きのメイクアーティストになってやる。そして葛でがっぽり設けるぞ、ふははは!」
「元手の資金かかりすぎです」
「昼夜関係なく働けば元が取れる」
「鬼」
「金は大事だろ」
「それはわかっていますけれど、それとこれとは話が別です」
徒野は金が大好きだ。
ケチとか金使いが荒いとかではないのだが、自分が気にいったものには金に糸目をつけない節があるので、普段は常識的な買い物をしている癖に、時たま数百万単位のものを一気に買ってきたりする。
どこにそんなお金があったのかは、聞くだけ恐ろしいので聞いていない。
臓器を売れと言われないだけよしとしよう、触らぬ神に祟りなしだ。
この間など、かの有名画家が描いた絵画という売れこみの絵画を三百万で購入してきたときは目玉がひっくり返るかと思ったが、何より驚いたのは
「この絵画、流石有名画家が描いただけあるって貫禄ですね」
ない知識を振り絞って褒めたのに、徒野は悪ガキのような笑みを見せて
「何を言っている。これは偽物だ。真贋の区別すらつかないのか、アホだな」
と笑顔で言ったので、ぶん殴ってやろうかと思った。
思いとどまって殴らなかったのを今では後悔している。
「偽物!?」
「正真正銘の偽物だ」
「偽物だとわかっていて三百万も出したんですか!?」
「あぁ、この偽物具合が気にいってな。本物を真似しようと頑張った努力は認めるが、偽物のサインは、止め羽具合が本物とは違う。色遣いも、本物が使っている素材とは製法が若干違うため、色味が異なるのだ」
「はぁあ!? 馬鹿じゃないんですか! 偽物なら、偽物って言えばもっと安く買えるに決まっているでしょ!」
「偽物だから安くしろなんて、偽物に失礼だ」
「店が儲けるだけです!」
「今頃店主はホクホクだな!」
「最悪ですね!」
そんなやりとりしたのが、記憶に新しくてため息が出る。
本物ならば額縁に入れて日に当たらなように配慮しなければと思ったが、偽物ならと日にガンガン当たる場所へ置いてやろうと思ってむき出しのまま、徒野のくつろぎ部屋の西日が当たるところに飾ってある。
文句を言われるかと思ったが、保存方法や観賞方法には頓着しないらしい。そう思うと偽物で良かったと思う。
これが本物で、本物だと知らず西日の所にむき出しのまま飾っていたらどうなることやら、そう考えると恐ろしい。
僕をからかうために本物を偽物といっているのではないだろうかという不安がたまに過るのだが、それこそ相手の思うつぼな気がして、西日から移動はさせていない。
「食後に何か面白いテレビでもやっていないかな」
徒野がテレビをつけると、丁度クイズ番組がやっていた。
「お、視聴者参加型とは製作者側もわかっているな。クイズに正解をしたら抽選で二名旅行券プレゼントだと! よし、やるぞ」
無邪気な子供のようにはしゃぎながら徒野はリモコンを構えた。
果たしてどんな問題が出るのかは興味があるので、僕もテレビを見る。
本当に暇な事務所である。
ただいま営業時間真っ只中だというのに。
『問題 仲間はずれはどれだ。
1.A×A=A◎
2.B×A=O◎
3.AB×O=O◎
4.O×B=O◎ 』
という画面が出題された。
徒野は一瞬で理解したようで、ボタンを弄っていつの間にか送信していた。
手際が良すぎる。
「これっていったい何ですか?」
どこかで見た羅列のような気もするが、後半の◎とかの意味がわからない。
「ヒントを教えてやる。A、B、O、ABといったらなんだ?」
「――血液型」
「そうだ。そこまで教えてやれば理解できるな?」
「つまり、これは両親の血液型で、そこから生まれる子供の血液型を示しているのですね?」
「そういうことだ」
丸を、二重丸で表現したのはOと被るからだろう。
「じゃあ、仲間はずれはB×A=Oですね」
「馬鹿か」
自信満々にいったら蔑むような視線をされた。
「えっ、違うんですか?」
「仲間はずれはAB×Oだ。メンデルの法則によってABとO型の両親から生まれるのはAかB型で、O型は生まれないんだ」
知らなかった。
てっきり、AB型とO型の親からO型の子供は生まれると思っていた。
だって普通そう思うだろ。Oって血液が入っているのだから。
「じゃあB型とA型の子供はO型の可能性があるってことですか?」
「あぁそうだ。ちなみに、B型とA型の両親を持つ子供は、どの血液型になる可能性があるぞ」
「知りませんでした」
「このくらい生物の授業で習うと思うが?」
「生物は習っていないので知りません」
徒野の勧めで通信制の高校には通ったが、それだって化学を選択したので生物は習っていない。
そうこうやり取りをしている間に問題が終了した。
当選者には電話を掛けるといっていたのでドキドキして待っていたが結局電話はならなかった。
「私が一番最初に送っただろうにどうして電話はかかってこないのだ!」
一番と最初を続けて強調していたが、速度を試す問題でもないから仕方ない。
「まぁまぁ抽選なんてそんなものですよ」
「ぐすん。私は旅行に行きたかったのだ。グアムいいな」
「パスポート持っているのですか?」
「当然だ。身分証明書として作った」
「じゃあ行って来たらいいじゃないですか」
「ん? なんだその口ぶりは。葛は行かないつもりなのか?」
「パスポートないですし」
「今すぐ作ってこい。身分を求められたときどうするんだ!」
「免許証を見せます」
「ちっ。まぁいい自腹じゃなくて当たったので行ってみたかっただけだ。葛が行きたいのならば連れて行ってやるが」
「僕は日本で十分です。あ、でもいつか北海道にはいってみたいですね。小樽で海鮮を満喫したいです」
「わかった。いずれ連れて行ってやるよ。しかしあれだな」
「なんですか?」
「死亡フラグみたいなセリフだな」
「どうせ死亡フラグを立てるならもっとカッコいいのがいいです」
「下らないセリフで散っていくとか葛らしくていいじゃないか」
「どんな印象ですか、まったく」
ため息をつきながらニュース番組が始まったのでチャンネルを変えると、仄々映画がやっていた。
「徒野、これを見ましょう!」
「別に構わないが、好きだよなお前」
「だって可愛いじゃないですか!」
食後の休憩ということで仄々映画にたっぷりと癒されて見終わったとき、タイミングを見計らったように玄関の鈴がなった。
「あの、すみません。依頼したいのですけれど」
落ち着いた女性の声が聞こえてきた。
「はい、少々お待ちください!」
僕は慌てて、のんびりしている徒野をせかして事務机に座らせる。周囲を見渡し部屋が綺麗かを確認する。オムライスはとっくに片づけを済ませているので問題はない。
よし、大丈夫だと判断してから、僕は暖簾を開ける。
「はい、こちらへどうぞ!」
営業スマイル満点で依頼主を迎える。
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