第5話:日常茶飯事

 時期が移り変わるのも早いもので、この間は桜が舞っていたかと思えば、雨に視界が覆われ、日に日に熱くなって夏になる。

 夏は嫌いだ。

 熱いから外には一歩も出たくない。

 クーラーがガンガン聞いた部屋でのんびりと部屋の片づけに精を出したいものだと思いながら掃除機をかける。


「相変わらずキレイ好きだな」


 徒野が椅子をくるくると回転させながら言う。

 遠心力で髪の毛も一緒に動き、画面から幽霊がはい出てくる夏の風物詩ホラーになるのでやめてほしい。


「ぐぇ……目が回った」


 回転が止まった椅子の上で徒野はぐったりとした。


「自業自得ですよ」

「三半規管を鍛えよう」

「どうでもいいです」

「テレビを見るか」


 徒野がテレビの電源をつけると、不快なことにニュース番組だった。


『赤いリボンの殺人鬼の被害者は、東京都に住む二十三歳の会社員女性佐々木希さんと判明しました』


 厚化粧をした甲高い声のニュースキャスターの音が嫌でも耳に入ってきて気分が悪くなる。

 急いでリモコンを奪い、テレビを消してリモコンの電池も抜いた。


「おい、そこまでするか」

「ニュース番組じゃない時間帯になったら入れてあげます」

「どんなだ、大体どの時間もニュースはやっているだろ」

「このチャンネルの、ですよ。つけたとき真っ先に音声が流れてくるのは、それなんですから」

「はいはい。あっ大変だ!」

「どうしたんですか」

「髪が絡まったからとってくれ」

「ガキか」


 足をバタバタさせて、うーうーと唸る姿は、まるで子供だ。

 男なのに母性本能でもくすぐられるのか、ついつい面倒を見たくなるのは、徒野がこんなんだからだろう。

 ため息をつきながら徒野の背後に回って、椅子へ器用に絡まった艶やかな鴉羽の髪を手で触りほどいていく。

 漫画の世界の住民かと思うほど長い黒髪をくるくると纏めているのだが、それでも偶に、椅子の金具部分に引っ掛けて痛い目をみていることがある。


「ほら、取れましたよ」


 引っかかった部分を優しくとり、髪の毛をさらりと流す。


「よし、よくやった。褒めて遣わす」


 徒野が猫のような金の色の瞳と視線が合う。


「それにしても、『赤いリボンの殺人鬼』って単純ですけどセンスある名前ですよね。いつも思っていたんですが」

「そのまんまの名称をどうやったらセンスがあるってなるのだ?」

「わかりやすくていいじゃないですか」

「赤いリボンを女性の首に巻き付けて絞殺するんだ、誰が考えたって赤いリボンの殺人鬼って名称になると思うぞ」

「それでもいいんです。そこだけはマスコミを褒めてあげてもいいと思うのです」

「随分と上から目線だな」

「徒野には及びませんよ」

「失礼な。私は上ではない。天空から見ているのだ」

「傲慢が原因で翼をもぎ取られて地上へ落下する羽目になったのですね、哀れ。二度と天界には戻れませんね」

「お前、時々辛辣だぞ」

「日々、徒野の圧政に耐えているのですから、ストレス発散ですよ」


 笑顔で答えると、徒野は微妙な表情をしていた。

 暇なので、買い物にでも行き食材の補充をするかと外を見るが、憎たらしいくらいの晴天の前では出かける気分にもならず、一日二日は持つだろうと判断し外出をやめた。

 室内で有意義な時間を過ごそう、どうせ今日も今日とて依頼人など来ないだろうと高をくくる。

 最後に依頼人がきたのは七月頭だったから二週間前だ。

 さて、掃除でもするかと思ったが、掃除をしたばかりでやることがなかった。手持無沙汰だ。


「……何かテレビやっていますかね」

「お前、ニュース嫌だとかいいながらテレビを求めるなよ」

「仕方ないじゃないですか、暇なんですから」

「キャバクラで」

「働くかボケ」


 リモコンに電池を入れて、素早くチャンネルを変えると、鴉特集というのが目に入ってきた。


「へぇ……鴉って全部同じようにしか見えなかったんですけど、日本には主にハシブトガラスとハシボソガラスがいるんですか。どっちも黒にしか見えないんですけど?」


 興味をそそられたのでこの番組にしようと決めたのだが、残念なことに鴉特集も終わりの方だったようで、すぐに別の話題へ切り替わってしまった。


「残念、見分け方とか特集するかと思ったんですけど、終わっていたみたいですね」

「嘴に違いがあったりするが、簡単に見分けるなら泣き声だな」


 流石博識の徒野だ。鴉の見分け方まで知っているとは。


「泣き声?」

「あぁ。カーカーとかカァカァと濁っていないのがハシブトで、濁っているのがハシボソだ」

「名前も泣き声も似ていてでも紛らわしいですよ」

「よし、今度鴉探検にでもいくか」

「お断りします。なんで花見は断ったくせに、鴉探検には乗り気なんですか……それより徒野は雑学クイズ番組にでも出場してみたらどうですか?」

「テレビで顔出しとか嫌だ」

「徒野ならクイズ王として一攫千金も夢じゃないと思うんですけど」

「それでも嫌だ。大体、私が出たらほかの挑戦者に申し訳ないだろう」


 どうあがいても自信だけは崩されないようだ。

 どうしたらそこまで自信満々な性格になれるのか、少しだけその性格を譲ってもらいたいくらいだ。

 徒野ならば他人の意見に唯々諾々と従うこともなく、自分の存在を強固として崩さず個性として社会から浮いた存在でありながらも、迫害されることなく暮らしていくことができるのだろう。


「他に何か面白そうなのやってないんですかね」


 グルグルとチャンネルを回す。


「そうだなぁおっ『鋏で内臓をずたずたにするという』ってテロップにあるから鋏の殺人鬼特集だぞ、これにするか?」

「却下です――あ、『間抜けなコンビニ強盗その結末は!?』ってこれにします!」

「お前も俗物だよなぁ」

「俗物ですから」

「普段はニュース大嫌いとかいっているくせにな」

「こういう間抜けで笑えるのは愛嬌があるからいいんです」

『このコンビニ強盗は元店員で、金出せと迫った時に、日下君!? と店員に声で誰だか判明され、逃走するもその後逮捕されたと』

「うわっ。馬鹿だ」


 頬が思わず緩む。

 こんなバカなニュースばかりならば楽しくていいと思うのだが、そうじゃないのが残念だ。


「楽しそうだな」

「流石に自分が雇われていたところへ強盗しにいったら、新参者以外ばれるでしょ」

『しかも、この犯人は十年以上コンビニで働いていたベテランで、辞めたのはつい一週間前だそうです』

「それ新人に当たる確率の方が低いじゃないですか! あははっ」

『次のニュースは、死体アーティストが新たな作品を発表その被害者は』


 間抜けなニュースが終わったのでチャンネルを移動すると猫特集がやっていた。


「猫ですよ、猫! 次はこれを見ましょう!」

「お前、ホント猫が好きだよな。というかテンション高くて気持ち悪いぞ」

「猫かわいいですよね。そうだ、徒野。事務所で猫を飼いましょうよ。面倒は見ますから。そしてテンション高くて悪かったですねー」

「ダメだ」

「どうしてですか」

「私の髪を遊び道具だと勘違いされる」

「勘違いされたことあるんですか」

「ある」


 そりゃ、足元まであるような長い髪じゃ、猫も勘違いしたって仕方がない。

 すなわち猫は悪くない。


「仕方ないですね。でも、猫飼うのは諦めませんから」

「諦めろよ」

「闇討ちして徒野を坊主にする方を頑張ります」

「噛みつくぞコラ」

「酷い」


 ソファーに寝転がって、猫特集を満喫することとした。

 一時間ほど猫特集が続き、猫にたっぷりと癒されたら眠くなってきたが、まだ癒しの番組は終わっていないので頬が緩む。

 あくびが自然と出る、ソファーの適度な硬さが心地よい。


「お前はベッドを与えてやっていると言うのにソファーで寝るのが好きだな」

「ベッドは寝心地が良すぎるんですよ」


 心地よすぎて一日でも二日でもまるまると寝ていたくなる。

 ちょっと寝苦しいくらいの方が好みだった。


「まぁそんなことはどうでもいい。早く私に晩御飯を作れ」

「明日の朝まで我慢したらどうです? ダイエットダイエット」

「私にはダイエット志向も、健康志向もないから無問題だ。食べたい時に食べたいものを食べる。というわけで晩御飯はまだか」

「面倒なんですけど」

「本音を漏らすな。働け」

「料理人として雇われているわけじゃありませーん」

「いいから早くしろ。じゃないとお前が寝ている間に呪詛を唱えてやる。とびっきりの悪夢が見放題だぞ」

「はいはい。わかりました、じゃあ作りますよ」

「オムライスがいいぞ」

「わかりましたって」


 猫特集観たかったのに、妨害されたので録画ボタンを押した。

 徒野が寝静まった後にでものんびり観よう。

 事務員として雇われているのに、やっていることは大半が徒野の生活能力が欠如したものを補うための行動だ。

 掃除洗濯をして、料理を作って――専業主婦のようだ。


「徒野。もう面倒なんで結婚して養ってくれません?」

「えー。お前を嫁に貰う気はない」

「専業主婦のような行動をしている自覚はありますけど、婿に貰ってくださいよ」

「私より稼ぎのない婿はいらん」

「ってか主夫もいるんですから、女が主婦ってのは男女差別ですかね?」

「ジェンダー問題としたら問題かもしれないが、どの道私がお前と結婚するつもりがあったら主婦として見るから、主婦で正解だ」

「主夫にしてくださいよ」


 音で発音しても一緒だから紛らわしいけれど、徒野が主夫として見てくれないことはわかった。


「ってか徒野は生活能力が欠如しているのに、出会う前はどうやって生きていたんですか」

「ん? 出前出前出前出前ハウスクリーニング出前ハウスクリーニングで生きてきたに決まっているだろ。あぁ家政婦を雇ったこともある」

「少しは自立しろ」

「そんなことよりオムライスを作れ」

「はいはい」


 一緒に作りましょうって誘おうかと思ったが、どうせ料理をするつもりはないだろうし食材を無駄にされても困るので、オムライスの準備を始める。

 ご飯は昨日の残りの冷ご飯を温めて作ればいいか。

 さらにご飯を載せて、最後に卵をかぶせて、ケチャップで『あだしの』とひらがなで描いて上げれば完成だ。

 徒野はオムライスが好きなので、ご飯が残ると大抵オムライスを要求される。


「ふむ。やはり美味しいな!」

「ありがとうございます。と、口にケチャップついていますよ」

「むむ。とってくれ」

「はいはい」


 専業主婦で夫に尽くしていると言うよりも、幼稚園の子供を育てている気分になりながら、顔を突き出す徒野の口についたケチャップを布巾でとった。

 この日、依頼人はやっぱり来なかった。

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