第12話「我儘と進言」
「参りましたねぇ。伝令、臨時隊長へ報告。敵侵入。労働、低層区危険。敵はいくつもの路地に浸透しており、総数不明。至急対処求む。走れ!」
場所は中層から低層へと向かう階段の一番上。ジロ班長含む封鎖班の10名はそこから下の低層区、その先労働区を視界に収めていた。
近い低層区は建物であまり見えないが、遠くの労働区は路地という路地にゴブリンらしき姿が見て取れる。距離があるため、おそらくではあったが各所から黒煙が上がり始めている事から間違いないだろう。と、下士官マーティとジロ班長は顔を見合わせていた。
「嘘だろ。やべぇよ、家が!」
「やーめろ坊主」
走り出そうとしたヘンリーをマーティが止めた。肩に置かれた手を弾き、ヘンリーはマーティを睨み付ける。
「ふざけんなよ! あそこには妹たちがいるんだ! 助けに行かなきゃやべぇだろ!」
「落ち着けって言ってんだ。お前ひとりで行って何になる」
「だから、皆で行くんだろ!」
「バカが。お前の家族を助けるために、俺らが動くわけねぇだろ」
「はぁ? なんだよそれ。なんのための守備隊なんだよ。俺らを守るのが、あんたらの仕事だろ!」
「お前らだけじゃねぇさ坊主。俺らは街の全員を守るのが仕事だ。今最も守るべきなのは避難所のある神殿、ひいてはそこへの道だ。南門が落ちたなら、東に向けてた防衛線を書き直さなきゃならん。ってことは、敵の手に落ちた地区に人をやる余裕はねぇんだよ」
「まじかよ。信じらんねぇ。何言ってんのか全っ然わかんねぇ」
なおも食い下がるヘンリーに、マーティは胸倉を掴みあげ凄んだ。
「お前の都合とお前の世界だけじゃねーんだよガキんちょ。じゃぁ何か? 神殿にお前の妹が避難していたとして、神殿の守りをやめて敵の元へ行くって言いだした奴がいたら、お前はそれに従うのか? どうなんだ坊主よぉ」
「二人ともストップ。ヘンリーは志願してここにいるんでしょう? 確か、そうでしたよねぇ。なら堪えなさい。あなたを助けるために我々はいるんじゃない。今この時も、あなたの妹より小さな子が他の場所で殺されてるかもしれない。それらが広がらないために我々はここに居るんです」
ジロはいつもと変わらない態度で二人を止めた。ヘンリーにはそれが余計気に食わない。言っていることは正論だが、今聞きたいのは正論ではなかった。
子供扱いされて諭されるのにも苛つけば、自分のどうにもならない気持ちにも苛ついていた。
「ちっ、話になんねぇ。俺らだけでも行くさ。そうだろオルフ!」
「僕だってすぐに行きたいよヘンリー。当たり前だろ。でも、僕ら二人だけで行っても、力がないんだ。悔しいけど、死体を二つ増やすだけで、何もできない。それに、マーティさんの気持ちも考えて。マーティさんだって、子供が二人もいるんだよ? 労働区に。一度頭を冷やして、どうすれば良いか考えよう」
オルフは冷静にそう言った。手を顎にあて、真剣な表情で街を見下ろしている。
「お利口な答えだなオルフ! 見損なったぜ。いいさ、俺だけでも行ってやる」
「落ち着きなって」
「はっ、オルフは親父さん露店に居たもんなぁ! だから落ち着いてられ」
ヘンリーの台詞は遮られた。目を瞬いて、一瞬理解が遅れる。鉄の味がした。見れば、オルフが手を振りぬいた姿勢で止まっている。
「ヘンリー、怒るよ? 僕だって、レティアや君のお父さんお母さんは大事だよ。そりゃ、ヘンリーの気持ちには負けるかもしれない。それでも、そういわれるのは心外だ」
「いってぇ。殴ってから言うなよ」
「それはごめん。でも考えがあるんだ。ジロ班長、提案です。どう転んでも防衛線は書き直すと思います。敵の浸透は現在も進行しており、こちらの本隊はすぐに動けません。早急に動く必要があると考えます。ここで伝令を待っていては後手に回ってしまう。誘導班が志願を集めているので、書き直しの防衛陣地を作る人員は足りるでしょう」
「つまり?」
「僕らは先行して、労働区と低層区のつながりを絶ちます。貯水槽を破壊しましょう。低層区の奴ですが、労働区は水はけが悪く、特に境目は壁の付近、城だった頃の名残で溝になっていたはずです。そこを沈めれば後続の敵は鈍るでしょう。少なくとも時間は稼げます」
「……驚きましたねぇ。オルフ君、君は隊長に座学も? 先程のヘンリー君への攻撃と良い、なかなか見所があるようですねぇ。ヘンリー君、落ち着きました? 隊を動かしたいのなら、このくらい言ってください。子供じゃ、ないんでしょう?」
ジロは表情を変えず、横目にヘンリーへと視線を送る。ヘンリーの方は頭を力任せに掻き、大きなため息をついてから顔をあげた。その顔に先程までの焦りは見えない。
「わっかりましたよ。どうせ俺はオルフに比べりゃガキですよ」
「マーティ、意見は?」
「妥当な案だ。敵に飲まれるくらいなら、その方がいいしなぁ。低層区は、うまく浸透したゴブリンを排除できれば取り戻せるかもしれん。労働区は無理だが」
「決まりですねぇ。では、我々は動きましょう。他の封鎖班メンバーも集めます。さーて、忙しくなりますよぉ」
班長は頬を張り気合を入れた。何人かに指示を出し、散っている他の封鎖班メンバーを集めるよう人を走らせ、広場へも新たな伝令を向かわせる。
「悪かったな。さっきは、助かった。手間かけさせちまった」
「いいよ」
ばつの悪そうに、ヘンリーはオルフへ頭を下げた。オルフに殴られた頬が赤くなってはいたが、体格のよくないオルフの拳はそこまでダメージになっていないらしい。
「でも流石オルフだな。あんなの思いつかねぇって普通」
「やめてよ。レティアたちを助けるために必死に考えたんだ。それだけだし、自分の我儘で隊を動かすのには変わりないよ。マーティさんの家族は、考えてられなかったし。この作戦をやるということは、確実に労働区は捨てられるってことだもの。聞こえは良いけど、僕は。労働区を、捨てさせたってことだ。マーティさんの前で、それを進言したんだ」
表情を曇らせ、オルフは下を向く。
「オルフ……。お前は気にすんな。お前は俺のためにやってくれたんだ。そうだろ? いや違うな。お前だけじゃない、俺らの我儘だ。二人のものだ。それに。それに、俺は感謝してる」
「え?」
「ああ言ってくれて、ありがとうな。お前がいなかったら、俺は。俺は一人で」
「ヘンリー。絶対助けようよ。レティアも、おじさんもおばさんも」
「ああ、二人でやろう」
二人は頷き合い、再びゴブリンたちが浸透しているだろう先を見て気合を入れた。必ず助けるのだと。
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