第38話「大将戦」

 ウォルターは踏み込めずにいた。何度かの剣の応酬をグランとの間に繰り広げてはいたが、少し離れた位置から狙ってくる弓手が狡猾でなかなか決定打を撃ちこめない。

 膂力は当然相手が上で、体格もヒトの大人に近いグランの相手は夜で力が増し、スージーの術で底上げをしているウォルターにしても厳しいものがあった。


 グランの握った小ぶりの剣はあまりにも速く、通常の反射神経では対応できそうになかった。

 感度を上げ、闇の中で剣の初動をしっかり見極めなければ避けられない。受け太刀をしようものならおそらく武器が壊される。そう思えるほどの音がしていた。


 グランも愛用の武器というわけではないせいか、軽すぎる武器はコントロールがしにくいようだった。お互いにそんな中で斬り付け合い、避け続けている。


 ウォルターはこれに加えて横合いからの矢にも反応しなければならないのだから、厳しい戦いが続いていた。正直、闇の展開は弓手とグランの連携を阻害する程度にしか役立っていない。


 スージーは後方のマーティを治療しながら、見ることのできない攻防を睨んでいた。闇の中で敵将と一対一なのは良いとして。外からの弓手まで相手にしているとなると、どうしたって心配である。


 感知術で敵将らしき反応を追って来てみれば、大規模な捕虜集団がまさに襲われようとしているところだったのだ。

 ウォルターに術をかけたあと、側面へ移動しての奇襲を考えていたのだが、まさかゴブリンが何の威嚇もなしにマーティを殺しにくるとは考えていなかった。


 その自分たちの甘さを噛みしめながら、スージーはマナを練ってはマーティの傷口へと送り込んでいる。


 矢は全部で四本。肩、背中、わき腹、臀部に刺さった矢のうち、まずいのは背中とわき腹のもの。特に、深く刺さったわき腹のものは臓器をいくつも傷つけ、背中のものは横隔膜を貫通して肺に突き刺さっていた。


 横隔膜から矢を抜きながら、ピンポイントで空洞となった肉の部分を治療していかねばならない。とりあえず呼吸関係と重要な箇所だけを済ませて、自分もウォルターの援護に行かなければ。そうスージーが思っていると、どこか間の抜けた声が微かに聞こえてきた。


「ボス~。武器。武器」

「持ってきた。重い。疲れた」

「指切れた。血止まらない」


 スージーに声の主は見えなかったが、闇の中で声が遮断されていたウォルターにはその姿が良く見えていた。


 弓手の後方から三匹がかりで、大きな鉄塊である鈍器を持ってくるゴブリンたち。あれを渡されるのはまずい。

 ウォルターは即座にそちらを始末しようと、グランを無視して踏み込んだ。同じく闇にいたグランも声は聞こえていなかったが、ウォルターのその動きに愛用の武器が届いたことを知る。


「させんぞ戦士よ!」


 横殴りの剣が振られ、ウォルターはそれを避けるしかなかった。剣術ではない、鈍器の代わりに剣を持っただけ、という言葉そのままの攻撃。


 刃であるのだからその切っ先、刃側を用いて引き抜かなければ斬れることはない。そういう意味では、グランの攻撃はぶつかったところで斬れはしないのだろうが、その力任せの一撃はまともに食らえば骨も肉も持って行かれそうな勢いである。


 ウォルターが距離を取った隙に、グランは鈍器を持ってきた部下たちのもとへ走り出した。ウォルターも一瞬それを追おうとしたが、すぐに標的を変える。


 ウォルターが狙う先、それはこちらの出鼻を挫こうと弓を構えていた布かぶりの弓手だ。布かぶりもウォルターの狙いに気づき、グランを追わせない牽制の射を止め、相手を殺すための狙いをつけた射に変える。


 一瞬盾を無理にでも持って来れば良かったとウォルターは思ったが、相手の第一射を凌ぐために集中。

 向こうには人影程度にしかこちらは見えていないはずなので、正面に構えてしまえば武器の位置を悟られることはないだろう。


 武器の構えから遠い箇所に射られては流石に対応できないが、武器のそばに飛んできた矢なら能力向上をしているウォルターにも対処ができた。


 鈍器を手にしたグランを相手にしながら弓手からも狙われては勝てない。鈍器を取りに行くグランを追うより、弓手の始末を優先したのはそれが理由だった。


 布かぶりは溜めずに第一射を放つ。一直線に飛んでくる矢は剣の目の前。慎重にタイミングを見てそれを弾いたウォルターは、第二射が来る前になりふり構わず距離を詰めるため走り出していた。布かぶりもそれを見ながら矢を番えて、弓の弦を絞る。


 剣すら構えず走ったウォルターだったが、弓が引き絞られたあたりで矢への対処のために速度を緩めて武器を構えなおした。

 ゴブリンの方も先ほどの動きから考え、距離があれば剣に防がれてしまうし、近づけ過ぎれば斬り殺されかねないと見て慎重になっている。


 お互いの隙を探して距離を測りあう両名だったが、グランが戻ってくるまでの時間しかないウォルターはどうしたって進むしかなかった。


 焦れたウォルターが再び前進し始めたところで、布かぶりは矢を放つ。しなり、回転しながら飛ぶ矢はウォルターの眼前へと迫った。

 線ではなく点が大きくなるような、そう見えるほど正面から飛んでくる矢。それを蒼き眼でとらえたウォルターは首を傾け、剣を上げて対応。


 寸前で刀身が掠め軌道をずらされた矢は、ウォルターの頬を引き裂きながら後方へと飛んで行った。飛び散る皮と血肉。ウォルターは左頬の衝撃に構わず弓手へと走った。


 近づいてくるウォルターを前にゴブリンは矢を番えるのを止め、弓本体による殴打に切り替える。


 走り込んだウォルターに横から薙ぐように弓本体が繰り出された。しなりながら向かってくる弓の両端には、小さいが金属刃がくくりつけられている。

 手前で受ければ屈折し、弾力によって曲刀のように通過してくる。そうウォルターは見切り、走り込んだ勢いのまま跳んでこれを避けた。そのまま前蹴りの要領で足をゴブリンの顔面へと突き出す。


 弓を振り抜いたゴブリンは、迫る足裏に身を捩ることでやり過ごした。振り抜いていた弓をもどしつつ、振り返るゴブリン。しかし、上を飛び越えるように後ろへと着地したウォルターが、振り向きざまに繰り出した剣が速かった。反転する遠心力を乗せた一撃。


 ウォルターの片手剣、その両刃が弓手の首へと吸い込まれ、骨と筋を綺麗に切り裂いたのと。グランが鈍器を部下から受け取り、振り向いたのはほぼ同時だった。


 ようやく愛用の武器を手にしたグランは、振り返った先で貴重な弓手の首が飛ばされるのを目撃する。


 戦士至上のゴブリンたちの世界で弓手は少なかった。遠距離は卑怯というほどの風潮ではなかったが、いくら狙撃の腕前が良くても接近戦の力がなければ評価が低く、そんな価値観の中では成り手も、弓の作り手すら育たない。


 そんな中でやっと見つけて育て上げたというのに。この街には育てた布かぶりが何匹も潰されていた。


「貴様ぁ! 貴重な弓手をよくも殺してくれたなぁ」

「確かに、弓を使うゴブリンはこれまで見なかったな。貴重とは、良いことを聞いた。次からは真っ先に殺すことにしよう」


 ウォルターは闇を解き、剣を振って弓手の血を払いながらそう言い放つ。それはグランを挑発するためのものではあったが、同時に本音でもあった。


 街の攻略にもしゴブリン側がまともな弓部隊を揃えていたらと考えるとぞっとする。槍で抑えて焦らし、突出したら剣で狩るという戦法は相手に弓がいないから可能だっただけだ。


 南門の奇襲で見せられた、森を抜けての進軍は人間の部隊には真似できない。装備をつけたまま森を抜け、間髪入れずに攻め込むのは難しい。

 ヒトなら森を抜けた先で隊列を仕切り直し、疲労を取らねばならないからだ。集団による衝突力を失っていては軍である意味がない。


 だからこそ南への警戒は薄かったのだが、その点ゴブリンは関係なく森を踏破し、そのまま攻め込めるようだった。

 昼からこっち、ゴブリンどもには良いように攻められっぱなしであり、ウォルターは相手をより大きな脅威に感じていたが。


 どうやらまともな教育が難しいのと、弓の不足が弱点としてあるようだ。おそらく明確な攻撃術士もいないのだろう。

 規格外の布かぶりによる潜入で乱されることはあっても、軍としての総合力ならば問題なさそうだ。そう考え、ウォルターは饒舌に語る。


「お前ら、確かに数と膂力に組織力が加わって厄介にはなったが。まだまだ兵種が足りんな。砲兵もなさそうだし、それでどうやって北の砦を落とすつもりなんだか。まぁ、お前や布被りみたいな強化された戦士は、うちの人間兵器に近い存在のようだが。それにしたって圧倒的に足りんな」


「何が足りないってぇ言うんだ戦士」

 グランは鈍器を肩にかけ、そう問いかける。対するウォルターは笑みを浮かべ、剣の切っ先をグランへと向けて挑発的に返していた。


「力だよ間抜け。うちの人間兵器なら一騎当千だ。お前は強いが、一個単位の戦闘力として見れば人間兵器の足下にも及ばない。ゴブリンという種族はまだまだヒトには勝てん。諦めて退いたらどうだ?」

「ほざけ。お前こそ、良い種馬になりそうだぞ」

「種馬?」


 グランの発した単語に剣を向けたまま首を傾げるウォルター。意味はわかっても、この場に合った言葉とは思えない。何かゴブリンの間で別の意味が込められているのだろうか。


「優秀な子を産むためのオスの家畜を、お前らはそう呼ぶのだろう?」

「あまり聞かんな。帝国に馬は少ない。その言葉、どこで覚えた?」

「知る必要はねぇな」


「なら死んでくれ」

「やれるもんならやってみやがれ」


 グランは重心を低くして肩にかけた鈍器を両手で持つと、肩の筋肉を張ったまま動かなくなった。

 ウォルターは相手に動きがないのを見て、向けていた剣を地面へと突き立てて足元に転がっていた弓と矢を素早く拾い上げる。


 戦士としての果し合いに付き合う義理はない。布かぶりに通用しない飛び道具だったが、この距離で動こうとしない相手に使わない手はないだろう。ウォルターは弓を構え、二本の矢を番えると手早く狙いをつけていた。

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