第33話「行動開始」

「げほっげほっ」

 何度目かの吹き込みで、スージーが水を吐きだした。ウォルターはその水を顔でまともに受けたが、咳き込みながらもスージーが目を開けるのを見て、身体を退かして隣へと座り込んだ。


「ようやくお目覚めか」

「へ? はれ? 先輩?」

「呆けてないでしゃきっとしろ。それに今は隊長だと何度言わせる気だ。傷は応急処置をしておいたが、血が足りてないかもしれん。気をつけろ」


 頭を上げ、胸元のはだけを咄嗟に直していたスージーは、そこまで言われてはたと気が付いたのか腕や脚の傷跡を見て事態を把握した。傷は溶接したかのような不恰好な形ではあったが、一応ふさがっているようである。


「これはとんだご迷惑をって眼鏡がない」

「肥溜めの底だ諦めろ。それで、何があった。オーランドたちは無事か?」

「そ、そんなぁ。予備は自宅にしかないですよ見えません。えっと、襲ってきたのは一匹だけでしたから大丈夫かと。めいびー。あの、一緒に流れてきた一匹は?」


「あそこに沈んでるよ。ずっとうつ伏せだし、死んでるだろ。まぁあの糞尿の中を確認しに行く気はしないな」


 ウォルターの淡く光る眼は、水中でぴくりとも動かないゴブリンの姿をとらえていた。もはや水流の勢いは弱まり、幕の術も途切れている。


「ああよかった。あの双剣使いでしたよあいつ! なんですかあいつは。すっごい強かったんですけども」

「一緒に流れてきた剣を見たから知ってる。あの強さは別格だな。なんらかの強化を受けているのかもしれん。俺らでいう人間兵器ほどではないが」


 そう話していると、偵察に出ていたヘンリーが戻ってきたのがウォルターの眼に映った。流石にこの暗がりではスージーたちはまだ気付いていないようだったが、ウォルターは出迎えるために立ち上がろうとする。


「あ、待ってくださいよ隊長。あの、もしかしてですけど。血を?」

「いや全く。人工呼吸だよ。全然目を覚まさないから口が疲れた」


「え。それって、え?」

 目をぱちくりと呆けた顔に戻ったスージーを放置し、ウォルターは立ち上がってオルフたちへと向かう。スージーは唇に手を当てて何事かを考えているようで、すぐに動こうとはしなかった。


「どうだった?」

 ウォルターはオルフとマイに近寄ってからヘンリーへと声をかける。そこではじめてお互いの位置がわかったのか、オルフもマイもヘンリーの方を見て、対するヘンリーもウォルターたちの方にやってきた。


「なんか騒がしいことになってて、ゴブリンは皆そっちにかかりっきりみたいっす。どうも捕虜が集まって暴れてて、今にもぶつかり合いそうな感じでした」

「戦ってる? 逃がすだけならともかく、戦いになったら俺らだけじゃ厳しいな」

「でも先生、戦いが起こるなら。敵将の暗殺はやりやすいんじゃないかな」


 オルフが考えながら言葉を発する。確かに騒ぎに乗じるというのは悪くない話ではあったが、それは敵将が事前選定した場所で休んでいてくれればの話だ。この騒ぎで相手が現場に出ていたら話が変わって来る。


 とは言え、そうした突発的な何かはウォルターの想定内でもあった。敵陣で防備を固めた将軍を相手にすることもあったのだから、その程度の差は問題ない。問題なのはオルフたちの方だ。


「俺らはどちらにしても変わらんさ。だがお前らはどうする。捕まっている捕虜を助けるだけならともかく、そんなぶつかり合いに出て行っても三人じゃどうしようもないだろう」

「かと言って見捨てらんねぇよ先生」

「そう、だよね。ここで見捨てたら、何のために来たのかわからないし。マイとヘンリーの力で粘って。その間に先生に敵将を倒してもらうしか」

「そうなる、か。黒沼、意見は?」


 押し黙っていたマイにウォルターは聞いた。そんな場へ突っ込めば、無事で済む可能性は低い。

 人間兵器であるマイは最悪命を落とすということはないとしても、確認だけはしておきたかった。同時に、人間兵器としての力を持つマイなら、何か別の手段があるのではないかという期待もあった。


「探さなければいけない捕虜がまとまっているのはむしろ好都合。オルフの言う通りこれは好機。ただ力が使えない以上、鹿波舞は接触による穢れくらいしかアヌラグロワールの特性は使えない。出来るのは一般的な上位術士くらいのこと」


「それでも上位って、結構な力ですよそれ」

 そこへ服を絞り終え、革鎧をしっかりと着込んだスージーが胸元を抑えながらやってきた。


 半分睨むようにウォルターを見ているようだったが、その様子が見えるのもウォルターだけである。が、当の本人は眼鏡がないせいで目を細めているんだろう程度にしか考えず、気にしていなかった。


「ともかく。俺たちはこの隙に敵将を探す。仮眠でも取っててくれれば楽なんだが。まぁ、仮に陣頭指揮を執っていたとしてもこの暗がりだ。俺の術なら気づかれることもないだろう。狙撃が出来れば一番楽なんだが、あいつら飛び道具への反応がおかしいからな。とにかく、お前らは捕虜に加勢してなるべく時間を稼げ」


「狙撃は、マイのあの術で飛ばしてもダメかな。武器とか、ヘンリーの左腕を飛ばすとか」

「ん。術の特性がわからんが、どうなんだ?」


 水を向けられたマイはすぐに首を振った。影でヘンリーが少しだけ呆れたような顔をしていたがウォルター以外は気付かない。


「あれは正確には単純な射出ではないし、おそらく防がれる。物理エネルギーが乗るわけでもない。それと、その反応速度の関係で一つ提案。布かぶりたち、先ほどの会話で合点がいった。何らかの術か、生命力を直接身体能力にしている可能性がある。魂が独特の揺らぎ方をしていた。もしそうなら敵将も常時発動しているはず。ヘンリーを殺しかけた奴は同じような揺らぎ方をしていた。術感知能力があるなら探知できるかもしれない」


 身体強化の術。先ほどスージーが皆に施し、下水突破に役立ったのもその一つではあった。

 スージーの使ったものは方法が確立されて技術として教えられ広まっているものだが、たゆまぬ鍛錬の結果身についたもの、あるいは種族特性によるものなら無意識下で発動し続けているはずだ。


「スージー、できたな?」

「え。そりゃ普通の術を感知する技術はありますけど。そのゴブリンの術が生来の種族特有のものだったりしたら、難しいですよ。めいびー」


「難しいじゃない。やるんだ」

「言われると思ってました。知ってます知ってました。ええっと、隊長の術は五感を殺しますけど、術の探知は中からでも使えるんですよね?」


「ああ。だから俺も眼が通る」

「なら隠れながらでもいけますよね!」


「決まりだな」

 ウォルターたちはお互いに顔を見合わせ、しっかりと頷き合った。やれるだけのことをやる。ここからの行動で、この街の行く末が決まるのだ。


 ただ目の前にある一縷の望みに必死なだけで、誰も街を救うだなんて大層な事を考えてはいなかったが。それでも、それぞれがそれぞれの決意を胸に動き出していた。

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