第07話「最初の小競り合い」

 ゴブリン二匹は左右へ分かれていた。右と左から囲むように仕掛けてくるつもりらしい。そうウォルターは考え、これまで相手にしてきたゴブリンとの差を感じ取っていた。

 走っていった馬も、それらが斥候だった場合のことも、今は考えている余裕はないかもしれない。


 片手剣の握りを確かめる。盾を背中から左手に回している猶予はない。久々の強敵に神経を集中。

 動かないウォルターに、ゴブリンたちは同時に地面を蹴った。片方が切り伏せられても、片方が相手を殺せば良い。それがこのゴブリンたちの流儀だった。


 同時攻撃。刃を繰り出されてからでは厳しいが、ヒトとゴブリンのリーチ差はヒトが有利だ。ウォルターはまず右を見ていた。

 集中してゴブリンの動きを見る。踏み出された脚、震える筋肉と揺れる太もも、二の腕の肉。


 それらからおおよその剣の軌道を見切り、視線を左へ。右手は視界の外、見えてはいないが先程予測した剣撃の場所へと剣を動かす。

 長年の鍛錬を経て、見ていなくても想定した場所へ剣をやることはできる。問題は見切りとタイミングが合っているかだ。


 右手を視界外で動かしつつ、左の動きに合わせ剣を避けるため体を捻っていく。革鎧は直撃を耐えられないが、逸れた剣くらいなら防げる。

 剣の腹や、引きのない刃でなめした革は破れない。わざと、突き出された剣の腹へ体当たりをするように革鎧で当たる。


 衝撃と金属音。振られた剣は右の短剣を捉え、左の攻撃は革鎧を響かせる程度に終わる。何とか二匹の剣を捌ききったウォルターだったが、右は態勢を崩したものの、左は逸らされた剣に構わずウォルターの左脚へ組み付こうと手を伸ばしてきていた。

 まとわりつかれれば左を引き剥がそうとしても右の奴に、無視すればそのまま左の奴に殺される。


 ウォルターは返す手で片手剣をひきよせ、そのままの勢いで柄頭を組み付き始めた左の脳天へとぶち当てた。

 硬い頭蓋を打つ衝撃。片手剣は跳ね上がり、左のゴブリンは手がゆるむ。その跳ね上がった片手剣の反動はそのままに柄頭を左手で包み、ウォルターは飛びかかりつつあった右のゴブリンへ剣先を突き出した。


 諸刃の剣先は、難なく右ゴブリンの尖った鼻へ直撃。まるで瓜を突いたかのように、軽い手ごたえで剣先はゴブリンの頭蓋へと侵入していった。

 鼻の軟骨を削り、柔らかい脳まで入った剣先。それが反対側の骨にぶつかる衝撃を感じると、ウォルターは突きのために添えていた左手で持ち手をしっかりと握り込んだ。そして渾身の力を持って、左のゴブリンへとその剣を振った。


 右ゴブリンの頬骨と眼窩を破壊しつつ、飛び出した剣先は脳髄や血を引きながら、左ゴブリンへと迫る。

 脳天への衝撃で朦朧としていた左ゴブリンは咄嗟に手をかざし防御しようとするも、先の衝撃で手が緩み、その手にあったはずの短剣は地へと落ちていた。


 振り抜かれた剣はゴブリンの腕では防ぎきれなかった。腕を両断されつつ首筋から頬、胸のあたりに剣を埋め込まれたゴブリンはその衝撃に弾き出され、くるくると回転しながら道の端へと放り出された。


「ふーっ」

 ウォルターは大きく息を吐いて緊張を解す。しかし余韻に浸っている暇はない。


 一瞬倒れ伏しているユンに目をやったものの、すぐに諦め東門を目指して走り出した。走りつつ、背中の盾を外して左に持つのを忘れない。


~~~


 広場をぐるりと囲う道路のうち、西側の縁石に座る二人の青年の姿があった。


「うーん、まずくはなかったけどさぁ。やっぱパエリア、食いたかったよなぁ」

「そりゃそうだけど。結構おいしかったよね。野菜と煮込んだお米はそこそこだったけどさ。ヘンリーのところで焼いたお米のスナックみたいなやつは良かったかな」


「まぁ、なんつーの。うちの窯の力じゃね?」

 オルフはヘンリーの主張はおいておいて、先程食べてきたロナン肝いりパエリア、の代替え品であるメニューを思い起こしていた。


 結局具材は届かず、ロナンはありもので煮込んだ米と、米を潰して焼いた軽い添え物で何とか体裁を保っていた。

 本来は魚貝の旨味がたっぷり出るはずが、野菜中心な具に塩味で整えただけなので米自体はそこまでインパクトもなく無難な仕上がり。添え物の方はそれを受けて何かできないかとロナンが苦肉の策として焼いたものだった。


 この地方はパン至上主義なところがあり、同じ穀物なのだから挽いて焼けばなんとかなるという強引な発想で行われた試みだった。

 だったのだが、当日急に風車で挽くのは時間もかかるうえ小麦と違って議会に取られる手数料も多い。


 最終的に炊いて潰して一口大の生地にしてから、ヘンリーの父であるパン焼職人ハウエンへと土下座したのだった。


「まぁ冗談はさておき。香辛料が利いたんじゃねーかな。味にインパクトがないとか言って、魚貝に使うはずだった金で奮発したらしいじゃん」

「鷹の爪、だっけ。普段はあまり味わえないという意味では、魚貝に負けず劣らずだったよね。煮込んだ方の米が味は良いけど主張が少ない感じで、焼いた方の香辛料ガツンとした味と調和したのかも」


「うんよくわかんねぇけど、とにかくそこそこだった。だから俺はパエリアが食べたい」

「そこは同意だけど。そんなこと言ったって、どうしようもないよ。未だに港から来ないんでしょ? 荷馬車」


「遅れてるだけなら、午後から到着してパエリアが振る舞われるなんてことも、あるんじゃね!」

「いやいや。今更新しい魚貝が届いても、香辛料奮発したから厳しいんじゃない?」

「それはどうかなオルフ」

「なんでそんな得意気なの」


 ヘンリーのにやりとした笑顔にオルフは溜息を吐いてしまう。だいたいこういうヘンリーの思い付きはいつも理論が飛躍しているのだ。


「聡明なオルフともあろうものが発想力が足りてないぞ! 届いた魚貝は結局使わないと腐っちまうだろ? そうなったらロナンだって困る。つまり使う。ということはパエリアだ」

「何その結論ありきの持論。奮発した分パエリアで取り戻そうとする、くらい言ってよ」

「それだ! 流石俺。オルフが理屈で得る前に直観がそう告げていたんだな」


「はいはい。まぁでも、仮にそうなったとしても、ヘンリーは午後手伝いで動けないんじゃなかったっけ。僕も昼からは父さんが靴の調整と磨きの出店をやるから、確保しておくとかも無理だよ?」

「なんだって。そこをオルフの知恵でなんとか」


 その先に思考がいっていなかったヘンリーは一瞬だけ沈み、そのへこみが嘘だったかのようにすぐさまオルフを拝み始める。


「いやいや。僕に一体何を期待しているのか知らないけど、まぁそうだね。ロナンさんのところに行って、取っておいてもらえるよう交渉するとか?」

「それだ! 流石オルフ。オルフやったー!」

「割と普通の提案だと思うんだけど」


「ともかく、一度先生に荷馬車来たか聞いてみようぜ」

「そうだね。そのあとロナンさんのところに行ってみる感じで」

「了解参謀」

 ヘンリーは勢いをつけて立ち上がると、オルフへと手を差し出した。


「え?」

「脚にきてんだろ? 朝の鍛錬から歩きっぱなしだからなぁ」

「ああうん。ばれてたか。ありがとう」


 オルフはその手を掴み、自身の体を引き上げた。鍛錬で毎朝走らされているとはいえ、長距離はまだまだ体にこたえる。これが慣れてくるのはいつになるだろうか。


 はやくヘンリーの手を借りなくても並べるようになりたい、とオルフは一人考えていた。

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