第06話「臨時指揮」

「すみません。僕が見たのはそのゴブリンだけで。と、ともかくヒエンさんと、おそらくですがニコさんはもう」


「嘘だろ。おいおい、ゴブリンなんかに冗談だよな」

「ってことは東門が危ういってことか? 確かにあの門は閉じられそうにないし、右壁も木造の急ごしらえのまんまだけどよぉ」

 コルの報告に広場は浮足立った。


 あの後装備を整え、コルの到着を待っていたスージーは、コルが着くなり報告をさせていた。議長は未だ来ず、先ほどの自分たちのように事態を楽観視しているのだろうとスージーは考えた。


「コル、もう一度確認です。そのゴブリンは馬とヒエンの亡骸を利用して門中へ侵入、他を無視してあなたを狙ってきたと」

「はい。あんなゴブリン初めて見ました。いつもの、黄色頭じゃなくて、赤い顔でピアスみたいなものまでつけてて」

「武器も棍棒ではなく、金属の?」

「そうです。あれは、剣だったと思います」


「ふーん。なんかいつもとちょっと違う感じなんだなぁ」

 コルの報告にスージーは黙り込んだ。


 周囲の隊員は死者が出たことに関しては動揺しているようだったが、未だゴブリン相手ならと緊張感がない。

 スージーだけは士官学校で簡単に習っていたため、コルの話が本当なら攻めてきたのはこの国のゴブリンではないかもしれないと考えていた。もしそうならば簡単な襲撃だけで終わるとは思えない。


「……相手のゴブリンは東大陸の奴だと思われます」

 考えながら話す臨時隊長の表情は硬かった。


「え? 東大陸っていうと、エクリプセって国なんでしたっけ」

「はい。そうですやばいです。この辺の集落規模じゃなくて、国を築いているゴブリン達です。それが海を渡ってわざわざ来たのなら、ちょっと襲撃とかそういうレベルじゃないはずです。うん。はい。っていうか。まずいまずい。コル、本国へ連絡を。“遠キえにしノ宝球”の使用を許可しますよ。文面は、エクリプセ強襲。至急人間兵器アヌラグロワール送レ。で、お願いします」


「わ、わかりました」

 言われたコルが走り去ると、その場は静寂に包まれた。軽口を叩いていた隊員もお互いの顔を見合い、事態の深刻さを理解しようとしている。


「ところで人間兵器ってなんすかー?」

 そんな中、一人落ち着いているのかわかっていないのか、バリーが暢気そうに声を上げた。


「ええっと、簡単に言うと帝国が開発した超つよい術士ですよ。他種族が絶対避ける禁忌をいくつも積み込んで、一人で数百の敵を倒す存在にされた人です。帝国の象徴。これがなければ人類は貧弱のまま絶滅してたとか何とか。ま、間に合えばいいなぁ。めいびー。う~~ん。隊長のばか! こんな時にこの場に居ないなんて! もうもうもう!」


「スージー臨時隊長、落ち着いてくださいよー。そんな強いのが来るなら大丈夫っすよー」

 スージーは頭を掻きむしりその場にしゃがみ込んでしまうも、バリーの台詞を自分に言い聞かせ、その姿勢で指示を続けた。


「それまで私たちが生き残っていれば、ですけど。バリー、議長を連れてきてください。ほんと、結構まずいです。きちんと、絶対。無理矢理にでも連れてくるようにお願いしますよ」


「わっかりましたー!」

 小さくなっている臨時隊長から漏れる声に、バリーは軽く頷き、間延びした返事をすると走ってテントから出て行った。


「はい。決めました。えーっと、えーっと。東門は守り切れません。めいびー。はじめから放棄して主街道を封鎖、敵進撃路を限定しましょう。そしてそして、遅延行動! 人間兵器到着まで私たちは盾です。時間稼ぎのことだけを考えて、前に出ない! 部隊を遅延班と、封鎖班、住民誘導班の三つに分けます。演習時のA班、前!」

 掛け声と共に、数人の隊員が前へと出る。


「少ない! なんで!」

「臨時隊長、残りは今巡回中です」


「ならばA班は住民の誘導を! 可及的速やかに皆を西の神殿へ。班内で、散った隊員にこのことを伝える係と分けて指揮してね班長! それで、この場に一番数がいるのはどの班!?」

「Cです」


「ならば、あなたたちは一番大変な役目です。東門の救援に行き、隊長たちを援護。時間を稼ぎながら後退お願いします! あなたたちの頑張り次第で、住民が救われるかどうかが決まります。今からB班に封鎖する地点を指示しますので、班長はそれぞれよく確認して、自分から封鎖地域に迷い込まないように気を付けて!」


 スージーは言い切ると共に立ち上がり、祭り案内用に貼ってあった地図をボードから引き剥がすと、運んでおいた作業台へと広げた。


「あー、何をしとるのかね」

「議長さん連れてきましたー」

 そこへ、バリーが街の区会議議長であるロマノフを連れてきた。


 ロマノフは少し赤くなった顔で目をとろんとさせており、宴会途中で連れ出されたからか、不機嫌だという意思を隠そうとしていなかった。胸元まで伸びた真っ白な髭をいじりながら、この場の臨時隊長であるスージーを睨み付けている。


「議長、今からお祭りは中止で。住民および祭りの客人を緊急避難させますので」

「はぁ? 何を言っておるのかね。今は大事な祭りの最中だぞ? たかがゴブリンごときで。ふん、あの口の減らない隊長はどうしたんだ」


「隊長は現在交戦中ですよ。それに、今回のゴブリンはいつものゴブリンではありません」

「あー、なにかね。ゴブリンちゃんに種類があるとは、おじさん知らなかったなぁ」

「はぁ、あの議長。ほんとほんと、遊んでる場合じゃないので。えっと、バリー、水かけてあげて?」

「はい? え、なんで俺なんですかー」

「はやくはやく」


 手をひらひらさせて応じる臨時隊長だったが、本来は無視してでも事を進めたいところだった。

 とはいえ議長は議長。街の取り決めを区画ごとの代表が集まり決める、その長なのだから。緊急事態の連絡網や発言力はやはり欲しかった。


「だいたいこういう時のための守備隊だろうが。それが、いざ必要な時に、無理なので祭りを中止しろだぁ? な、なんのためにこれまで無駄に予算を食ってきたと思ってるんだ全く」


 捲し立てる議長の後ろに、水桶を持ったバリーが立った。立ったものの、本当にやってしまっていいのかと目でスージーへと訴えかけている。スージーは幾分も待たず、即刻やれと頷いた。

 バリーが目を瞑り、ままよと放り出した桶の水は、議長の背中から肩を回って側面まで直撃。背から入っていく冷や水は、ほろ酔いの議長を震え上がらせた。


「な、な、な。なんてことをしてくれたんだ! このセーターは水を吸ったら縮んでしまうんだぞ!?」

「議長さん議長さん。緊急事態ですよ。私が悪かったです。攻めてきたのはゴブリンじゃありませんでした。隣国のエクリプセです。かなりやばいですよ。せいぜい盗賊相手の守備力しかない私たちでは国の攻撃なんて防げません。残念ながらこのままだと全滅です。めいびー。というわけで、私たちは全力で殺されながら時間を稼ぐので、そちらも本気で避難誘導お願いします」


 顔を半ば青ざめさせながらスージーは言った。まだ確認なんて取れていない、ただの推論でしかないのだとしても。


「は? なに? 隣国?? エクリプセってどこだ。私は知らんぞ」

「海を越えた先です」

「なぜ海の先の国がこんなところを。確かかね?」


「さぁ。わかりません! が! それだけ大規模な侵攻ということでは?」

「バカな。ほ、本当の本当に、隣国なのか? だいたいゴブリンの見分けなんてつくのか?」


 最もだと思った。誰も確認なんて取っていない事だし、自分も半信半疑ではあった。けれど。


「確実なことなんて言えませんよ議長。でもでも、朝から港と連絡がつかなかったのはご存知ですよね。港との街道を見に行った隊員が二名殺されたうえ、その亡骸を利用した偽装までして門に近づいてくるなんて、普通じゃないですよ。普通に考えたら、港はもう落ちているかと。港の次にこの街を押さえ、北の要塞攻略の足掛かりにするつもりでは?」


「……なぜ、今日なんだ。よりによって」

「祭りなら、備蓄品もぜいたく品も多いから、じゃないでしょうか、めいびー」


「そうは言っても、そんな。大勢が食べてしまうじゃないか、なぁ?」

 そう言う議長は間違いであってくれ、とすがるような目つきでスージーを見ていた。対するスージーは、狼狽する議長を見る事で不思議と先程よりも落ち着いてきているのを感じる。


 厳密に言えば、今入っている情報はコルの証言だけである。けれど、朝から音沙汰がなかった港や、ウォルター隊長が指示を出す余裕がないという事実。

 それらを踏まえ、確認をとっている時間があったら言いくるめてでも手遅れになる前に動こうとスージーは決めた。誤報で済めばそれがいい。


「ええっと。言いたくはないですが、ゴブリンはヒトも食べますよ。なんと生です」

「……」


「事態の深刻さがわかって頂けましたか?」

「あ、ああ。ああ……ああ。十分、わかった」

「ならこちらで、封鎖区と誘導路の設定を開始しても? いい?」

「頼む。あ、ああいや。私は用事を思い出した」


「ダメです議長。あなたは今期の議長で、各区画への連絡網の使用権と発言権がありますので。頑張ってください。私たちも頑張りますので。頑張ってくれないと、皆死んじゃいますよ。大丈夫大丈夫。援軍が来るまでの辛抱です。……めいびー」


 スージーは議長に言い含め、地図へと向き合った。自分が士官学校でおざなりにでも習ってきたことを必死に思い返す。

 こちらへ赴任してから、ほとんどが隊長頼りで思考を放棄してきたことを悔やみ、唇を噛みしめた。


 もう少し真面目に普段から取り組んでいれば、今の判断があってるのかどうか自信を持てたのだろうか。

 スージーは頭から血の気が引いているのを感じ、さらに手の震えを気づかれないよう必死に力を込めた。

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