第08話「守備隊の動き」

「下がってくださいオーランドさん。戦闘班に付いていくなんてダメですよ!」

「聞けないねスージー。作戦立案には口を挟まなかったけど、私だって意地があるんだ」


 広場のテントでは大声をあげる二人がいた。周囲の隊員はどうにかなだめようとしているが、女同士の戦いに割って入れるような隊員はいなかった。


「あなたたちを守るのが私たちの仕事ですよ。今はとにかく移動をお願いします。神殿でだって、あとあと怪我人や辛うじてたどり着く人だって増えますし、増えたあとに指揮を執るより、先に受け入れ体制を確立しておいた方がスムーズです!」


「けどね。私だけ悠々と先に避難しろなんて、聞けるわけないじゃないさ。それに、聞いた話じゃ医者の手が足りないんだろう? 西の時には私だって戦地へ行ってたんだい。看護に毛の生えた小娘よりはマシさね」


「もう! そうやって話を誘導しようとしてもダメなものはダメですよ。オーランドさんが治癒術士なら私だって考えますけど、違うでしょう!」

「なんだい使えるよ」


 事も無げに言うオーランドにスージーは固まってしまう。自分が治癒術を学ぶのに何年かけたことか。


「ええ! 許可証は? 学校は? 上位術式を一般人が使ったら厳罰ですよ!」

「そんなこと言ってられないのが戦場だろう。西のオークと何年戦ってきたと思ってんだい。現場はそんな規則より使えるように叩き上げる方が大事なんだよ」


「あー、もう。わかりましたわかりました。治癒術が使えるなら、戦場に居てくれたほうが助かります。かなり。でもでも、命の保証はしかねますのであしからず!」

「指揮官がしみったれてんじゃないよ! 上に立つ気があるなら言葉に気をつけな」


「やです指揮官。隊長はやく戻ってきて欲しい!」

「情けないこと言うんじゃないよ、まったく。神殿にはうちの看護師を送りな。あいつはまだ若いし、戦いに巻き込まれちゃ寝覚めが悪い」


 鼻を鳴らすオーランドにスージーは恨みがましい視線を送る。出来ることなら指揮官の役割を放り出したい程の重圧を感じているというのに、こうされると放り出すことも出来ない。


 もしかしたらそれが狙いなのだろうかとまでスージーは考えて、頭を振った。


「さっき自分はそんなみっともない真似できないと言っていたにも関わらず、他人にはさせようというのは如何なものでしょうか!」

「うるさいね。私は身よりもないし、もう十分生きたよ」

「だから、そういう風に言われたら反論できないじゃないですか!」


「反論できなくしてんだろ? 小娘は弁を鍛えな」

「あー、もうもうもう。わかりましたから! では戦闘班に同行をお願いします」


「戦闘班!?」

 言い争いが集結すると思ったのも束の間、テント内に大きな声があがった。


 スージー含む全員が何事かとそちらを見れば、丁度テント内へと足を踏み入れたまま固まっているヘンリーとオルフの姿があった。


「戦闘班ってどういうことですかスージーさん! ゴブリン? この間連れて行ってくれなかった殲滅戦の生き残りが居たってこと!?」

 ヘンリーは目をキラキラさせてスージーへと詰め寄った。スージーは目の前で目を輝かせる青年に、ひきつった笑みを浮かべる。


「ヘンリー、今は作戦会議中ですから。話はあとあと。ほらほら、出て行ってください」

「でもここ詰め所ってだけでなく一般開放してある案内所でもあるじゃん」

「やめなよヘンリー。何だか大変そうだよ?」


 見かねたオルフがヘンリーの腕を掴むも、先のゴブリン殲滅作戦で置いて行かれたと不満を漏らしていたヘンリーは止まらない。

 鍛錬を受けているとはいえ、正規の隊員ではない子供を隊長が連れて行かなかったのは当然のことなのだが、ヘンリーは納得していなかった。


「俺も連れて行ってくれよスージーさん」

「ダメに決まっています! 隊員でもない子供を連れていくわけがないじゃないですか」

「オーランドさんは連れて行くんだろ?」


「……A班、C班、行動開始をお願いします」

 スージーはヘンリーを無視し、編成を終えた戦闘班と住民誘導班に指示を出す。


 目の前で無視された形となったヘンリーは一瞬目を伏せるも、唇を引き結び、すぐに顔をあげた。


「スージーさん頼むよ! 今度特上の甘煮蒸しパン持っていくから!」

 物で釣るヘンリー。その提案に、急な戦闘態勢で頭を切り替えていたスージーの動きが止まった。


 ああ、こんな胃の縮む思いから解放されて甘いものを食べたい。スージーは心からそう思い、言葉が漏れた。


「甘煮、蒸しパン……」

「ああ! 蜜漬けのフルーツもつけるぜ!」

 ヘンリーの自信満々でいて場違いな宣言に場が静まった。


「それは、是非お願いします。が、別にそれ抜きで手を借りたいことがありました。B班、二人をお願いできますか」

「ほんと? スージーさん流石! やっぱ美人はやることが違うなぁ」

「えぇ! 本当に行くの?」


 喜ぶヘンリーと、驚きの声をあげるオルフ。対照的な二人の反応に隠れ、スージーはB班の班長になるべく戦場とは遠い位置で手伝わせるようにと言い含めた。


 B班の役目は道の封鎖である。AとCが時間稼ぎと東門付近の住民を避難させている間に、いくつかの小路を封鎖してCと住民が撤収後に主要路も封鎖するのが仕事だった。

 そこからはAが後退しながら時間を稼ぎ、Bの作った封鎖路を防壁として抗戦。Cはその隙に中央付近の住民から順に避難誘導を行う。


 Bは作業が終わり次第AかCに合流となるが、今はそこまで頭が回らないし、不確定要素が多すぎるためスージーは思考から除外した。


「と、いうわけで二人にはB班の指揮下に入って頂きますよ。あと、入るからには命令をしっかりと聞くように。はい。行動開始!」

「了解しましたスージー臨時隊長! 必ずやゴブリンをこの手で仕留めてやります!」

「わ、わかりました!」

 掛け声と共に、ヘンリー、オルフを含んだB班はテントから出て行った。


 残されたスージーは大きなため息をつくと、広げられた地図に目を落とし震える手で東門をなぞった。

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