第14話「援軍は?」

「伝令。封鎖班は低層区の貯水槽を破壊し、労働区との通路水没を狙います。しかるのち、低層区へ入り、可能な限りゴブリンの掃討を行う。とのことです」


 広場テント周辺では慌ただしく人々が行き来していた。避難所で募った志願者を集め、編成している最中でもあり、東と南の誘導や封鎖と、西の避難所とで伝令や雑務で走り回る隊員たちもいる。


「二連続で伝令? 勝手なんですから。悪くは、ないですが。可能な限りって、それって街中で動き回るってことですよね。連絡つかなくなるってことじゃないですか。もう、ジロ班長も思い切った真似を。実質こちらとしては使える駒がひとつ減ってるし。対処はいいけど、せめて連絡方法をしっかり! マーティさん仕事してー!」


 テントの中では相変わらずスージーが頭をかかえていたが、志願者や装備の管理、糧食の運搬など雑務を指示する補佐がまわりに数人増えていた。


「隊長、嘆いてないでこっちも聞いてくださいよー」

「バリー、私は臨時です。それで、隊長はなんて」

「東門、演習場放棄。広場へと撤収。広場の要塞化を具申。だそうっす」

「具申って、隊長の方が階級上ですよもう!」


 頭の中でこれからのことを整理しつつ、スージーは志願兵の人数や装備の数、糧食の配分など、補佐が算出した表に目を通す。通しながら、次々に来る報告への対処にも追われていた。


「はい次は!」

 そんな中、テント内へ入ってきた気配にスージーは確認もせず報告するよう声をあげた。

 言われた相手は伝令にしては声の落ち着いた、吐息のような、そんな淡々とした声でスージーに応える。


「アヌラグロワール【黒沼】着任。しました。条件付は住民を守れ。です。こちらの指揮下に入る。ます。あなたが指揮官?」


「臨時ですって! ってえ?」

 驚いて顔をあげたスージーは、そこで初めて相手が伝令ではないことに気が付いた。


 声の主は小柄で、肩ほどの黒髪が艶やかに濡れ光り、櫛をよく通したような綺麗な揃え方をした女の子だった。

 すぐぼさぼさになるくせ毛なスージーにはその髪がまぶしく見えたが、彼女の額にあった歪な半月のような、数字の9のような石、勾玉に目がいく。次いで、その下にあったくりっとした大きな眼がこちらを見つめているのに気がついた。


「ええっと、あなたが人間兵器さん?」

「はい。イスハルト帝国所有アヌラグロワール第43号。略式ネーム、黒沼の鹿波舞。です。あなたの指揮下に。イスハルト帝国第三司令リットン・トゥッラの命令で加わる」


 睫毛が長い子だなぁとスージーはぼんやり思った。突然の来訪者に様々な思考が中断され、束の間の休みに脳がストライキを起こしたかのように回らない。


「へー、あんたが人間兵器なんすねー。見えないなぁ。というか、カナミマイって変な名前っすねー。俺はバリーってんだー」

「はい、いいえ。名はマイ。シリーズネームがカナミ。です」

「シリーズネーム?」


「ファミリーネームでしょうか。めいびー。帝国は管理のため姓という制度を導入してますから。こちらではまだまだですけどって違う! あなたいつの間に来たんですか! ってことは援軍? どこ!」


「はい指揮官。援軍はない。です。私は魔導砲で滑空された」

「え、ええっと。ごめんちょっと意味がわからない。もっとわかりやすく言って」

「はい指揮官。無礼を。鹿波舞は話すのが苦手。です」

「そこは良いですが、どうして援軍がないの!」


 スージーの混乱が増していく。自分たちは援軍到着までの間持ちこたえるために動いていたというのに。


「現在帝国は西国境で勃発した紛争に手いっぱい。更に、ここから北ベルク要塞も現在ゴブリンと交戦中。規模から察するにあちらが主攻で、こちらが助攻と判断。よってまずは要塞の防衛をし切らなければ、軍勢を派遣することも不可能。以上のことから、こちらは防衛に徹するように、と」


「まってまってまって。守備隊なんて名ばかりの、たった60名ほどで、ゴブリン数百の攻撃を耐え抜けと、そうおっしゃられる?」

「はい指揮官。その、鹿波舞から言えることは以上。です。がんばりましょう。ね?」

「そんな小首を傾げられても! られましても! 圧倒的に人手が足りないんですってば」


 スージーは青い顔をして地図に突っ伏した。帝国の基本は街ごとの連絡線を強め、襲撃点は耐え忍び、援軍が打撃を行う事になっている。

 西はオークの襲撃が多く、各街道が街を繋いで大きな防衛網を機能させることができた。


 攻撃専門は精鋭で負け知らず。新兵も防衛により損耗少なく経験値を積める。はずだったのだが。

 東側は最近併合したばかりなのもあって、基本教義を適用するには街道の質も数も足りず、この街の頼みは北要塞だけだった。


 その要塞からの援軍が見込めないとなると。スージーはすべてを投げ出して故郷に帰りたくなった。

 故郷じゃなくても良い。帝都に戻って学生時代に戻りたい。何も考えずについて行くだけで良かった頃が良い。


「もうもうもうもう!」

「なにごとだ。そんな大声をあげて。隊長ならもっと毅然として振る舞え」

 テントにウォルターと数名の隊員が入ってきた。鎧にはいくつか血が飛んでおり、東門での戦闘がうかがえる。その顔は戦闘の興奮からか、目がぎらつき、額には汗が光っていた。


「ああああああ、せ~ん~ぱ~い~」

「今は隊長だ。で、状況は?」

 よろめきながら寄って来るスージーの肩に手を置き、ウォルターは周囲を見回す。そして、勾玉があしらわれた外套をかけた少女へと目を留めた。


「黒沼の姫か」

「ウォルター・カイル。トゥッラ司令はあなたに戻れと言っている。これを」

 マイは懐から手のひら大の青く透き通った石を取り出すと、ウォルターへと差し出した。


「一段落したら連絡を」

「縁ノ宝球は神殿だ。あとにしろ。で、スージー落ち着いたら説明をくれ。お前以外に誰かが情報をまとめているならいいが、そうじゃないならしっかりしろ。南門が落ちたならすぐ動かなきゃならない。わかるな?」


「はい~~」

 半べそをかいているスージーをなだめ、どうにか地図前へと引きずったウォルターは、ピンの状況を見て腕を組んだ。中央付近の避難は済んでいるようだったが、労働、低層区の赤ピンと封鎖班水没作戦という走り書きに目を留める。


「ともかく南の手当てが必要だ。黒沼、出てもらうぞ」

「指揮官契約は彼女とした」

 マイは目をぱちくり、隣で項垂れていたスージーを指さした。示されたスージーは目を丸くして叫ぶ。


「臨時って言ったのに!」

「スージー諦めろ。戦闘解除まで上書きはできん。封鎖班の作戦に乗っかるぞ。志願者で広場の防備を固めつつ、戦い慣れた守備隊が前へ出る。水没がうまく行っていれば、住民救出もある程度できるだろう。黒沼の力次第だが、性能説明を。スージー指示出せ」


「うう。マイさん、性能説明を」

「はい、いいえ指揮官。アヌラグロワール第43号の説明には、発令者であるリットン・トゥッラ司令の立ち合いが必要。です」


 その言にウォルターは憮然とした顔となってしまう。今はそんなことを言っている場合か、とまで思ったが兵器は反乱を怖れての条件付けが厳しく組み込まれているはずだった。そのことを思い出し、一層顔を歪めてしまう。


「どんなものかもわからない兵器をどうやって運用しろと?」

「鹿波舞は砲撃、狙撃仕様。乱戦や直接戦闘は不向き。殺傷力だけで見ればアヌラグロワールの水準では高位」

「まぁ、時間もないか。スージー、ここは任せる」


「えぇ、隊長が引き継いでくれるんじゃ!」

「じゃぁお前、現場で戦いながら指揮執れるのか?」

「ですよね。知ってます。知ってました。ははは」


「黒沼に俺の下に入るよう指示を」

「はぁ。マイさん、現場ではウォルター・カイル隊長の指示に従ってくださいお願いします」

「はい指揮官」


 ため息をつきながら半ば自棄気味に指示を出し、スージーはまた地図を前に残されることとなった。


 ようやく隊長が来たからには、自分は専門の治療方向に専念できると思っていたのに、今では完全にオーランドがその役だ。

 広場に戻ってきたオーランドは、東での負傷者を治療しており、時折テントの中にまでその声が聞こえてくる。


 あちらに戻りたい、と思いながら新たなピンを手に取り、補佐が出した表を睨んだところでスージーは自分の手がもう震えていないことに気が付いた。


「ふー、正念場、ですね。……めいびー」

 そう呟いて気を取り直したスージーは、臨時隊長としての職務を再開した。

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