第15話「封鎖班の攻防」
「右、来ますよぉ!」
路地にジロ班長の声が響く。五匹のゴブリン相手に、ジロの封鎖班は八人という人数で挑んでいた。陣形を組み、槍で牽制して懐に突出して入ってきた相手を剣で狩る戦法だ。
剣でゴブリンと相対しても渡り合えるマーティたち三人を攻撃手として、不慣れな隊員であるヘンリーとオルフら新兵の三人に槍を任せ、後方で弓手をしつつ全体のタイミングや声かけをジロが行っていた。予備の一人は後方を警戒しつつ、ジロのサポートを行っている。
「オルフ、動きが鈍い! もっと早く動け!」
「は、はい!」
マーティは剣を振り、入り込んできたゴブリンを弾きだした。槍の動きが鈍いと、ゴブリンを仕留めるより守るのが優先された。
「はいそこ、足を止めない。後退しながら戦わないと、すぐ囲まれちゃいますねぇ」
「うっす」
「実戦の動きは圧倒的にヘンリー君ですねぇ。なかなか良いコンビじゃないですか」
「言ってる場合じゃねぇぜ班長。貯水槽は何とかなかったが、戻るのも一苦労だ」
ジロの班は貯水槽の破壊に成功していた。もともと人気のない方面で、破壊してしまえばあとは勝手に流れて低い労働区に行くため、そこまで難しいものではなかった。
問題は音を聞きつけて、周辺に浸透していたゴブリンが寄ってきたことだ。
単独で突出している今、足を止めて囲まれると嬲り殺しになる。おまけに連絡も取れないため、一本先の路地がどうなっているかもわからない。
そちらから回り込まれるだけで囲まれかねないというのは心臓に悪かった。市街戦のやりにくさというのを嫌でも痛感させられ、下士官としてマーティはひよっこのお守りに全力を注いでいる。
「後方で交戦音!」
後方警戒とジロの補佐をしていた隊員が声をあげた。ジロが言われて耳を済ませれば、後方が何やら騒がしい。
「一足先に確認してきてください」
「わかりました」
補佐の隊員を走らせ、ジロは壁をよじ登っていたゴブリンを弓で射った。体重がヒトより軽く、腕力があるため人間では考えられない動きをたまにする。
とはいえ、弓の前で壁を登るのはおつむが足りていなかった。ゴブリンはゴブリン。槍で牽制して焦らすと、連携を無視して飛び込んでくるあたり料理しやすくはあった。
「布かぶり。きた」
「お前ら。終わり」
ゴブリンたちが攻撃をやめ下がっていく。入れ替わるように、ボロ布をかぶって長剣を肩に担いだゴブリンが前へと踏み出してきた。
ジロは登場など無視し、弓を射る。
放たれた矢はまっすぐにボロ布をかぶったゴブリンへと迫った。が、当たると思った瞬間、剣の一振りで弾かれ矢はあらぬ方向へと飛んでいった。
「冗談、でしょう?」
「戦士。群れる。なぜ」
布をかぶったゴブリンは何かを言った。問いかけ、のようではあったが。矢を剣で弾くような奴をまともに相手するわけにはいかない。ジロは即座に判断。相手がすぐに仕掛ける気がないうえ、一対一を望むならやることは一つ。
「マーティ、殿を! 全員後方へ退避!」
「え?」
「いくぞオルフ!」
反応が遅れたオルフの腕を掴み、ヘンリーは後方へと走り出す。ジロたちも走り、マーティだけがゴブリンを見、構えたままの後退を始める。
「逃げる? 戦士違う? なら、死ね」
突如、布をかぶったゴブリンが地を蹴りマーティへと迫った。後退しながらは無理と判断してマーティは足を止め身構える。
走り込んでくるゴブリンは長剣を肩に担いだままだった。マーティは走って来る相手に合わせ、突きを繰り出す。
突き出した守備隊のサーベルは、長剣の柄で横に逸らされた。片刃の刀身は肩に担がれたまま、手首だけで刃を横に突かれた。
驚く間もなく、ゴブリンは次の一歩で左手を柄に添え、両手握りで肩から刀身を振り下ろす動作。マーティは弾かれた剣を戻しきる猶予はないと見て、手首を返し咄嗟にサーベルのアームガードを引き寄せた。
金属の軋む音と血が飛んだ。振り下ろされる長剣を、戻しかけたサーベルのアームガードで受ける形となった。
薄い金属板のアームガードはひしゃげ、そのまま右手の指を巻き込みつつ、握りの部分に長剣の刃が食い込んだところで攻撃は止まる。
腕力はあれど体重はなかったか。相手が人間の両手握りだったら、おそらく防ぎきれなかっただろう、とマーティはどこか冷静な頭で思っていた。そして、膝をつき手のひらから衝撃を受けきった姿では、次の手を防げる気がしなかった。
「ゴブリンが、ここまでやるとは」
「オデ強い。お前もなかなか。戦士。なぜ逃げた」
「後ろの子は戦士でないんでなぁ。守るのが戦士だろう?」
「違う。戦うのが戦士。強いが偉い」
「ってことはてめぇがボスか」
「違う。ボスもっと強い。でかい。頭良い」
「もっと、かよ」
長剣を受けた姿勢のままマーティは歯を食いしばった。戦闘の余韻が薄れ、少しずつ手の痛みが響く。手だけでなく、受けた腕全体にガタがきているかもしれない。
「布かぶり。そいつ。食べる?」
「食べよう。強い肉。強くなる」
戦闘が終わったとみて、周囲で見守っていた他のゴブリンたちが集まってきていた。
「戦士と子供。生きたままだ。捕まえる。ボスの言いつけ」
「えぇ。またそれ。布かぶりうるさい。血うまそう」
その姿勢のまま、ゴブリン達が言い争いを始めたのを聞いてマーティは耳を疑った。問答無用で殺して食べているわけではないのか。そう思った途端、脳裏をよぎるのは自分の子供たちのことだった。
「黙れ。こいつ捕らえる」
布かぶりのゴブリンが周囲を一喝し、長剣が引き抜かれた。二本ほど、指先が地面へと落ちるのをマーティはぼんやりと見つめていたが、頭への突然の衝撃で視界は真っ黒になった。
「マーティが!」
「後ろを見てる場合か! 走れ!」
路地の突き当りを曲がる時、視界の端にマーティが倒れ伏すのを見たオルフが思わず叫んだ。すかさず隣を走っていたヘンリーがオルフを急かす。
「くそ、あんな奴らに。レティアをやられてたまるか。ちくしょう。親父、母さん」
「ヘンリー」
「行かなきゃ。ジロ班長、俺ら」
ヘンリーが班長へ声をかけようとしたところで、先行していた隊員が通りの先から現れた。走りながら合流し、班は先へと進む。
「班長、この先でうちの封鎖班七名が交戦しているのを確認しました」
「状況は?」
「ゴブリン30ほどが住民を運んでいたようで。そこに攻撃を仕掛けたようです」
「く、30に7でどうする気ですか」
「見ていられなかったんですよ! 彼らの家族だってここには居るんです!」
悔しそうに報告してきた補佐役の隊員が叫ぶ。その気持ちは痛いほどわかったが、それでもとジロは考えを巡らせる。
「どちらにせよ放っておけませんねぇ。先程の布かぶりに追い付かれたら全滅ですが。どう思いますオルフ君」
「え、僕ですか?」
「君以外に誰がいますか」
「背後か側面から奇襲して、隙を見て全員で離脱するくらいしか。抗戦しても、布かぶりや他のゴブリンが来たら、今の人数だと無理だと思います」
「ではそれで。ヘンリー君、言いたい事もわかりますが、助け出すにもある程度人数が居なければ無理だって、先程の戦闘でわかったでしょう? 無理や我儘だけで物事は動かないんですから、今はダメです。いいですね?」
ヘンリーは黙り込んだまま反論はせず、ただ槍を握りしめていた。
「では先程と同じ戦法でいきます。マーティが欠けた分、剣の二人にはきついとは思いますが、踏ん張って。それと、抗戦や救出は後回し。今は部隊を助けて、いったん退く時です。合図で広場の方へ逃げますからねぇ。そのつもりで」
班員が頷き、陣形へと散りながら進む。後方警戒の一人は先程のゴブリン集団が来るのではないかと警戒しているが、その姿は見えない。
曲がり角の先で壁際へと追い詰められている隊員たちの姿が見えた。槍で何とか牽制していたが、押しつぶされるのも時間の問題と見てわかるほどにゴブリンの数が多い。
あれにたった七人で突撃したとして、果たして包囲を崩せるのだろうか。オルフは自分の案が皆の命運を握っていると思うと、どうにも落ち着かない気分だった。
さらにゴブリン達の背後には捕まった住民たちの姿と、糧食を運んでいたのか荷車が二つ。そこには首同士を鎖で繋がれた何人もの住民が見える。
全員座り込み、これから繰り広げられるだろう、隊員たちの死を感じてか俯いて固まっている。
「なかなか、厳しい状況ですねぇ。とはいえ、悩んでいたら後ろのが来る。皆さん、覚悟はいいですね?」
班員の顔を見回し、もう一度覚悟のほどを確認したジロ班長は最後にヘンリーを見つめた。
少し不満気だったものの、ヘンリーは目の前の人を助けるという思いが勝ったか、静かに頷いて見せる。
「行きますよ」
飛び出すジロたちの班はそのまま走り、敵ゴブリンの背後へと向かう。捕まっていた住民たちの横を抜ける班員たち。俯いていた住民たちは血や汚れにまみれた顔をあげ、助けが来たのかと口々に叫んだ。
「助けて! 助けてー!」「お願い」「頼むから」「いやー、行かないで!」
その悲痛な声を、必死に振り絞っている声を、隊員たちは無視して走る。目指すはこちらに背を向けたゴブリンたち。
隊員たちは歯を食いしばり、あるいは下唇を噛み、武器を握りしめ、その想いを目の前のゴブリンたちへと叩きつけた。
オルフやヘンリーたちの振るう槍が無防備なゴブリンの背中を突き破り、二匹、三匹と巻き込んで振り回される。
こちらに気づき、槍持ちへと迫ろうとしたゴブリンを剣撃が襲う。振り返り、声をあげようとしたゴブリンをジロの矢が射抜く。
ジロ班の攻撃で、ゴブリン集団の意識が割れた。中間あたりのものは、後ろを向くべきか迷い、その気配に前にいたゴブリンたちも揺らぐ。
その隙を、必死に抗っていた壁際の隊員たちは見逃さない。すぐさま槍を突き入れ、集団の突破を目指す。
いきなり勢いづいた前と、奇襲されている後ろ。ゴブリンたちは混乱し、されるがままに打ち倒された。
それが立ち直るまでの間が、封鎖班が生き残るための猶予だ。壁際の隊員たちも、突入した隊員たちも、必死にかき乱して突破できる穴を作る。
「今です!」
壁際の隊員たちがどうにか突破口を作るのを見て、ジロは叫んだ。同じ方向へと隊員を走らせようと手を振って指示を飛ばす。ゴブリンたちも攻撃が緩んだのを感じ、逃がすまいと動き出した。
踏み出した隊員たちの背中に、捕まっている住民たちの声が飛んだ。頭では、足を止めたら数で負けている分押し潰されてしまうと。
そうはわかっていても、全力であげられる金切り声のような、命を振り絞った悲鳴は耳だけでなく心に響いた。
「助けてよ!」「嫌! 行かないで!」「待って! お願いだから!」
「お兄ぃ!」
微かに聞こえたその声に、ヘンリーの足が止まった。
「ヘンリー!? 何を」
後ろを走っていたオルフが気づき、ヘンリーを走らせようとするが。
「お兄ぃ! お兄ぃ! レティここなのよ! 嫌だよ! 行かないで!」
その声がオルフの耳にも届く。
「二人とも何を!」
ジロがそれを見て焦るが、こちらは足を止めない。
「ヘンリーこれ! こっちに抜けるよ!」
「……! ああ、行くぞオルフ!」
オルフは即座に槍を捨て、落ちていたゴブリンの剣を拾うとヘンリーに渡した。自身は誰のものかわからない四角い盾を拾い、ジロ班長たちとは違う方向へと走り出す。
盾を引き寄せ、体当たりで無理矢理道をこじあけようとするオルフ。相手がジロたちを追おうとしているのもあってか、横からぶつかった衝撃でゴブリンたちはよろめいた。突き進むオルフに、追い掛けようとするゴブリンをヘンリーが剣で追い払う。
「あの二人は! もう少し走って反転! 陣形を組め!」
ジロ班長は合流できた隊員と、合わせて12名で陣形を組むことにする。さきほどの混乱で一方的にゴブリンを倒せたことから相手の練度は低く、やれないことはないと考えた。
布かぶりが来たとしても向こう側。見えた段階で撤退すれば問題ない。何よりあの二人の勝手を叱らなければならない。
「流石オルフ。ここで見捨てては、いけねぇよなぁ!」
「当然!」
どうにか包囲を抜けだしたオルフとヘンリーだったが、四匹のゴブリンがそのあとを追ってきていた。盾のオルフと、剣のヘンリーは壁を背にどうにかゴブリンと対峙している状況だった。
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