第21話「作戦会議」

「敵将を討つための討伐隊を編成する」

「隊長、本気っすか? ただでさえ守りが薄くて肝を冷やしてるっていうのに」


 片腕のラウロが真っ先に声をあげる。場所は広場南の商人ギルドの会館だ。のちのちは隊員たちの休憩所にする予定の場所で、今は商談などで使われる広めの一室を使って秘密の作戦会議が行われていた。


 集まっている面子は、ジロ、ラウロ、スージー、ウォルターの四名。ウォルターの急な発言に、事情を知らないラウロは難色を示している。


「確かに、援軍なし。人間兵器も使えない、となると。もうそのくらいしか手はないっすけど。あまりにも無謀では?」

「いやぁラウロ大丈夫じゃないですかねぇ。なんたって隊長は、月夜の死神と呼ばれるお方ですから?」

「やめろその名は。恥ずかしすぎる」


 ジロがからかうように言い、ウォルターが顔をしかめて手を振った。


「いえいえ隊長は立派な死神ですよ。闇夜に紛れて、敵の名だたる将軍のみを殺して戻る。なんて、オークには畏れられた存在ですです。もっと自信を持ちましょう」


 楽しそうに言うスージーに、ラウロは困惑気味の視線を向ける。うさん臭すぎる。というのが正直な感想だった。

 ラウロは唸りながら腕を組もうとして左腕がない事を思い出し、宙を泳いだ右腕を誤魔化すように腰へと当てて言葉を繋ぐ。


「事の真偽はともかく、作戦があるんすよね? いくらなんでも戦いに慣れたメンバーが二人も脱落してる中、敵陣に突っ込むのは自殺行為っすよ」


「そこでちょっとした術を使う。まぁ死神の種明かしだな。俺が夜限定で使える術が二つある。まず暗闇を作る術。これは中の者の五感を鈍らせ、目を利かなくするものだ。夜中ならば、勘の良い奴でも術だということにすら気づかない。もう一つはどんな暗闇でも目だけは昼のように見えるようにする術。この二つを駆使し、俺はまぁ、将の暗殺じみた真似をしてきたわけだ」


 ラウロは術について詳しくない。これも胡散臭いとは思ったが、判断がつかなかった。


「なるほどねぇ。そいつは、確かに。やられた側からすれば恐怖でしかないですねぇ。隊長は怖いお人だ。ところで、それはスージー嬢に教えれば使えたり?」

「それは無理です。めいびー。隊長のは、特殊というか、血筋というか。そういう奴なので、技術、とはまた違いますよ。いえ、技術ではあるんですけど、前提としての能力がないとというかですね。うん、まぁ、そんな感じです」


「しかし、それでもっす。交戦地域の低層区と敵陣の労働区を進み、姿もわからない敵将を討ち取って戻ってくるだなんて、無理があるかと」

「そこでスージーの出番だ」


「へ?」

 急に話を振られたスージーは目を丸くして自分を指差した。ウォルターは何事もなかったかのように、同じ調子で再び言う。


「そこでスージーの出番だ」

「なんで二回言うんですか! ってえ? 私も行くんですか? 行ったって戦えないですよ。めいびー、じゃない。戦えません。絶対! あとゴブリンに呪詛の印があるなら治癒術士としてすら役立たずですよ!」


「ははは、俺とお前の仲だろう。今更隠したって無駄だ。治癒術の延長だが、肉体活性で肺機能を強化できる。それを利用して地下水路。水中を潜っていく。これで直接労働区へ行けるだろう。それと、敵将はおそらく捕虜救出時にいたでかい奴だ。周囲に指示を飛ばしていたのが住民からの聴取でわかっている」


 ウォルターの説明にスージーは唸ってはいたが、自分の中でここに残って胃を痛めるのと、隊長の指揮下で判断が正しいか悩まないで済むことを天秤にかけてから結論を出した。

 たとえ危険でも指示に従って自分本来の職務が出来るのならそれが良いと。


「なるほど。それなら」

「というわけで、司令部の指揮は任せるぞラウロ」


「は? いやだって」

「というわけで、司令部の指揮は任せるぞラウロ」

 再びウォルターは同じ調子で繰り返していた。


「いや、俺は士官じゃないっすよ! 今夜だって、オーランド婆さんが言うには熱が出るから気をつけろって忠告されてるんすよ?」

「これですよ。知ってます。知ってました。ラウロさん、諦めが肝心ですよ。こうなった隊長は、何を言っても無駄なのです」

「いや~大出世ですねぇ。おめでとうございます」


 慌てて言うラウロ。しかしあとの二人、スージーは大きく頷きながら。ジロは心底楽しそうに。新任臨時隊長へ言葉を贈っていた。


「ふんばれ。今晩中にはけりがつく。というか、つかなかったら全滅だ。二人ともちゃんと食って精をつけておけ。頼れるのはお前らだけだからな」

 ウォルターがそう締め括り、ラウロの肩を叩いた。コルに半分スープをやってしまったラウロは少しだけそのことを後悔し、角刈りの頭を掻きながら腹をくくる。


「うぃっす。先生持ってきたぜ」

 言いながら部屋へ入ってきたのは箱を抱えたヘンリーだった。その後ろに続いてオルフとレティアも中へと入り、オルフはジロを見て、レティアはラウロを見て声を上げる。


「あ、ジロ班長。あの時はその……」

「ああ! ラウロおじちゃん腕がないのよ!」

「なにぃ! ラウロ兄ぃ大丈夫か!」

「こらこら、騒ぐのはあとにしろ。ヘンリー、箱を開けてみろ。あと黒沼はどうした」


「ここに」

 扉の外で待っていたのか、マイは顔だけを見せて答えた。ウォルターはマイを手招きし、扉を閉めさせる。


 言われたヘンリーはその場で箱をおろし、留め具を外して蓋を開け始めた。他の面子もそれぞれオルフはその間にジロの元へ、レティアはラウロの元へ行き話し始めている。


「あの、どうして彼らを?」

「名目上は連れて行くことになってるが、流石にな。しかし最初から蚊帳の外にしとくと喚きそうだから、安心させておいて置いていく」

「私も私も」

「お前は駄目だ」


 ウォルターはスージーの頭に軽く手刀を落とし、ヘンリーへと近寄った。ヘンリーは箱から取り出した鉄製の手甲、ゴントレットを手にしていた。

 前腕部用のヴァンブレイスも箱の中には見える。手甲は甲を保護する板金と、よく鞣された皮手袋で出来ており、指部の板金は人差し指と中指の途中までしかなかった。


「俺のお古で悪いが、合わせてみろ。幸か不幸かは置いておいて、お前のその状態を戦力として使うにはうってつけだろう。左の手袋を指だけ取り外せるようにオルフに加工してもらえ。右で防ぎ、左で触れる。まぁ防ぐにしても、直撃は流石に折れるかもしれんから武器を持った方がいいし、本来インファイトは避けたほうがいいがな」


「はぁ~、あれこれ考えるんだなぁ。結構、重いっすね」

「贅沢言うな。んで、黒沼は呪い以外に術は使えるのか?」

「当然。43号は適正の関係上、術に長けた者が候補とされた。鹿波舞はその中でも指折り」


 ウォルターはそれを聞いて少しだけ安堵した。敵将が陣取りそうな場所はだいたい検討がつくし、スージーの力で下水を通って秘密裏に入り込むのも難しくはないだろう。ただ、その間広場の防衛が持つのか気がかりだったのだ。


 マイに術者としての力があるなら大きな戦力となるだろう。これでひとまず、何とかはなりそうだ。


「ふむ。ジロ、どう思う?」

「地下水路を通るなら槍は持っていけませんねぇ。剣で戦うにはオルフもヘンリーもまだまだ未熟ですし、圧倒的に前衛不足では?」


「バラして向こうで組み立てるってのは、流石に無理か」

「そりゃ無理ってもんっすよ隊長。素材の強度と加工する時間がないっす。帝国の長槍部隊みたいなこと考えてるんすよね? 結合部の金具が再現できません」


「というより、交戦状態になった時点で失敗じゃないかな。敵地だし、見つかって囲まれたら終わりのような」


 オルフのその発言に会話が止まった。ウォルターたちとしては、まったくもってその通りなのだが、そもそも連れて行く気がないので返答に詰まる。


「ま、その通りだな。今度ばかりは、途中で捕虜を見つけても飛び出して行くようなことはしないでくれ。まずは敵将を倒す。これが優先事項だ」


「はい」「うぃっす」「わっかりました」「了解です」

 ウォルターのまとめに、それぞれが頷いた。

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