第03話「ゴブリン」

*第03話から残酷描写及び暴力描写があります。

*ハリウッド映画が大丈夫な方なら大丈夫だとは思うのですが、ご注意頂ければと思います。


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「だから、食うなって言ったろう。脳なしどもが!」

 しわがれた声がその場に響き渡った。大きな声を水袋に通して鳴らしているような、そんな印象。それでいて太鼓のように腹へと響く大きな声だった。


 声の主グラン・クルエルダーは左手で頭を抱えて、目の前の馬鹿共をどうしようかと一瞬思案し、すぐに右手の鉄塊をそのうちの一匹に振り下ろすことで解決した。


「ヒギギ、だってボス。なんだって取れたてうまい。決まってる」

 目の前で仲間が潰され、赤い水風船でも割ったかのような状態になっているにも関わらず悪びれた様子のない弁明が続く。


「何度言やぁわかるんだ。ガキは奥地の狼が高値で買うから、商人に糧食と交換と言ってるだろう。ヒトの肉なんざ、一匹あたりが少なすぎるんだ。同じ金でどれだけの芋が買えると思ってる?」

「芋飽きた。悲鳴楽しい。ひっぱる脚と一緒。肝取れる」

 グランは今口を開いた部下に、右手の得物を振り下ろした。


「これだからゴブリンは嫌いなんだ」

「ボス。ボスもゴブリン。仲間」

「一緒にするんじゃねぇ!」


 そこは荷上場となっている大きな倉庫だった。焼いた煉瓦を組んだしっかりとした造りで、扉は鉄で出来ている。

 本来ならば荷揚げに賑わっている時刻のそこには、見渡す限りゴブリンと呼ばれる種族しかいなかった。煤と垢にまみれた赤黒い肌をし、人の子と大差がないほど小柄な存在。


 ヒトと違うのは横幅だったがそれは脂肪というわけではなく、横に広い骨格にがっしりとした筋肉が詰まっているということだった。そのためゴブリンは見た目に反し、強い腕力や膂力を持っている。


 現在物資置き場として仮利用している倉庫で、ゴブリンの将グランはため息をついて愛武器である鈍器を壁へと立てかけた。


 それは人の脚ほどの太さを誇る鉄塊だった。円筒状の本体に潰れた刃が螺旋を巻くようにつけられている代物で、持ち手にいくほど細くなり握りには鮫革が巻かれている。

 本来は敵を骨ごと砕き皮膚を切り裂くためのものだったが、今は仲間の血で濡れ光って床に血だまりを作っていた。


 どうしたものかと思案していると、虫か何かの声のように小さく液体をすすっているような耳障りな音が、いくつもグランの耳に届く。

 見れば一瞬存在を忘れていたが、部下たちが手を付けた子供の生き残りが何人も隅で蹲っていた。なるべく小さく見せようというのか、一つに固まって泣いている。


 グランはまるででかい鳴き袋だなと思ったが、これらは今や商品だと考え直した。

「おいガキども。大人しくしておけばすぐには殺さねぇ。せいぜい部下に食われないように、そのまま大人しくしとくんだな」


「ジェーン、ジェーンは……!」

 塊から声が聞こえ、小さな手が突き出てきた。


 グランがその手の先を見やると、部下が手をつけたうちの一体が床で真っ赤になって転がっているところだった。

 どうやら脚を力任せに引き抜かれ、根本から臓腑のいくつかがこぼれているらしい。これは商品価値がないと判断したグランは、まだ声をあげていたそれを手早く隅に押しやると、残った部下に声をかけた。


「調理班を呼べ。小便が混ざったらまずくなる。洗え。それと、次商品に手を出したらお前ら全員晩飯の仲間入りだ。いいな?」

 グランはもう一度悪びれない部下に念を押し、その場をあとにした。


「イワン、種馬はどうだ」

 グランは外で待っていた、副将であるイワンに声をかけた。イワンも他のゴブリンと大して変わらなかったが、少しだけマシな頭を持っていたため重宝している存在だった。


「強そうな戦士、捕らえた。でも不能? 種出さない」

「使えないのは肉にしろ。まったく、部下も族長もバカばかりだ」

「今の発言。やめとけ。族長怒る」

「聞こえやしねぇよ。本土だろ爺様は」

「お前、敵多い。告げ口される」

 グランは舌打ちし、手を振ってイワンを種馬小屋に走らせた。


 ゴブリン族はバカばかり。言いつけや補給を理解せずに手をつける部下もバカだし、強い相手と血を交えれば一族が強くなると思っている族長たちもバカだ。

 その結果生まれたのが自分なのも、自分が成功すれば成功するほど、族長が人のオスを捕らえて来いというのも、グランにとっては何もかもが滑稽だ。


 そしてそれらを滑稽と思える頭があること自体が恨めしかった。


「ボス。ボス。馬来る。どうする」

「馬?」

 ボロ布をかぶらせ、道を見張らせていたゴブリンのうちの一匹が走り込んできた。


「恰好と数は?」

「鎧つけてる。戦士。ふたつ」

「伝令。広場で隠れろ。見張り、弓持って待機。逃げたら殺せ」

「アイサー」



 港街は正門から進むとすぐに広場があり、そこからいくつかの主要路へと分かれる造りとなっていた。グランやその部下は広場付近の家や路地に身をひそめ、馬がやってくるのを待った。


 やがて見えてきた馬は二頭。どちらも住民が見当たらないことに戸惑っているのか、その進みは遅かったが、違和感が確信に至るまでにはまだ猶予がありそうだった。


「手斧」

「アイサー」

 グランは部下からヒトが使う小さな斧を受け取ると軽く重さを確かめてから振りかぶり、馬に向かって投擲した。


 軽い風切音とともに手斧は馬一頭の後ろ脚へと直撃。馬は大きな声を上げて前脚を振り上げ、予期せぬ動作についていけない乗り手を振り落して走り出した。


「うわ!」

「な、なんだ!?」


「殺すな。捕まえろ!」

 グランの掛け声によって家や路地に隠れていたゴブリンたちは一斉に飛び出し、困惑する馬と乗り手に襲い掛かる。その数15ほど。


 馬に乗っていたもう一人の男は、ゴブリンの姿を見てすぐに馬を反転。門に向かって一気に速度をあげて走り出した。

 それに対し、手近にいた二匹のゴブリンが馬の脚にまとわりつこうと飛びかかるも失敗。地面を転がって悪態をついて馬を見送った。


 馬から振り落とされていた男は立ち上がり剣を抜いたものの、すぐにゴブリン数匹に組みつかれて押し倒された。

 身長だけで見れば、数人の子供にじゃれ付かれているようにしか見えない図となったが、腕と脚には短剣が突き立てられ、悲鳴が漏れている。


「足首の腱切れ。殺すとボス怒る。怒るとまずい」

「ケン? どこ? わかった。脚全部刺せば良い。簡単」

 言った一匹が楽しげに短剣を男の右脚へ何度も振りおろし始めたところで、グランがその一匹の頭を掴みあげた。


「やめろバカが」

「ボス。馬戦士逃げた。まずい」

「弓が居る。問題ない」


「ボス流石。流石ボス」

「お前らが脳なしなんだ」

「脳ってなんだ? うまいやつ?」

「アレなら食った。だからオデある。お前食ってない。オデ、脳ある」

 好き勝手に騒ぐ部下を無視し、グランは倒れている男へと伸し掛かった。


 他のゴブリンより体格に優れているグランだったが、それでも人間の大人と比べると少し背丈が低い。こうでもしなければ威圧的には振る舞えないのだからノッポの人間相手は面倒くさい。


「お前、次の街から来たのか? 様子はどうだ?」

「くっそ、畜生。なんなんだお前ら。ゴブリン?」

「ああ、むかつくことにゴブリンだ。タネ付はお前らだがな」

「お前ら一体……。鉄の鎧? この辺のじゃないのか!?」


 手足を抑えられ、腕に数か所。脚にはいくつもの刺し傷を負った男は、脂汗を額に浮かべながら血走った眼を走らせていた。呼吸が安定せず興奮した様子だったが、グランは構わず、男の腕についた傷へと指をねじ込んだ。


「質問に答えろノッポのアヌラよ。何しに来た」

「くそくそくそ、誰がゴブリンなんかに。流暢に話しやがって。不細工な面して、ヒト様の言葉を喋ってんじゃ……ぐあああ」

 グランは部下から手渡された短剣で、騒ぐ男の耳を落とした。


「凹凸のないのっぺりとした気持ち悪りぃ顔に言われたかねぇな。種の違う相手に、情けをかけられるなんて思うなよ戦士」

 グランは言いながら何でもない事かのように、手慣れた速さでもう片方の耳と鼻を削いだ。切断面は白かったが、すぐにいくつもの血玉が浮かび上がり表面は真っ赤に染まる。


「くっそくそが。俺は荷馬車が来ないから見て来いって言われただけだ。なんでこんな目に」

「そうか。まだバレちゃないか」


「言ったんだから、助け、いやせめて楽に、ごほっごほっ」

 男は鼻から流れた血が気管に入ったのか激しくむせ始め、せき込んでその血を飛ばす。


「きたねぇな。もうだめか。殺していいぞ」

 グランが退くと、我先にと部下たちが男へ群がった。


「イワン、部隊を集めろ。奇襲だ」

「ボス。弓手が。馬戦士殺したって」

「ああ、いい。逃げたら殺せと言っておいた。馬が生きてたら連れてこさせろ」

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