第19話「今後の方針」

「連れてきまし」

「お兄ぃ起きたの!?」


 数分でジロは戻ってきて、その言葉と身体を弾き飛ばすようにレティアは大きな声をあげながら走り込んできた。

 ジロの腹を横から押しのけて、小柄な姿を現したレティアは兄ヘンリーが立っているのを見て、その胸へと飛び込んだ。


「お兄ぃ、お兄ぃ、良かった。良かったのよ!」

「あ、ああ。レティア、お前こそ無事で良かった。どこも怪我してないか?」

「うん。うん。大丈夫なのよ」


 自分の胸に顔を押し付けてくるレティアに、ヘンリーはやっと安心することができた。起きてから妹が無事とは聞いていたが、やはり自分の目で見ないとどこか落ち着かなかった。

 とはいえそんなダサいことは言いたくなかったし、今も飛びつかれて腹部や脚が痛んだものの、なるべく悟られないようにしているヘンリーだった。


『フン。14にしては幼いな。さて、43号。お前が説明してみろ』


「まずヘンリー。あなたは死んだ。死んでいる。アヌラグロワール43号の能力は呪い。魂を穢し、祟られし力。東方の国宝、すべてを呪って死んだ姫の眼球。


 一度呪われた魂は穢れに飲み込まれる。その死からは逃れられない。逆に、呪われた者は他の死因で死ぬことはない。それと、この輪廻の勾玉。これの力で呪いを止めている。これも東方で祀られていたもの。


 あなたは、そのままでは死ぬところを呪いによって死が固定された存在。よって、呪い殺されることが決まっている。だから他では死なない。首を落とされても死ねない。ただし、この勾玉から離れ過ぎると持たない。そして鹿波舞は一度にひとつしか呪えない」


 マイが淡々と語る内容に、理解が追い付いている人間は少なかった。ウォルターとスージーは知っていたのか少しだけ顔を伏せ、オルフは理解が及んだのか口を震わせている。

 当の本人、ヘンリーは何を言われているのかよくわかっておらず頭をかいていた。


「あー、あの。なに? 一気にそんなこと言われても。俺、バカだからさ」

『左腕の包帯をとってみろ青年』

「腕の、包帯?」


 ヘンリーはのんびりと腕の包帯を留めていた結び目を解き、ぐるぐると巻かれた布地を外していった。

 まだ痛むことは痛むが、それよりも痒みが勝ってきていたため外せるなら文句はなかった。ふと、鈍器を受けた時は折れたと思っていたのを思い出す。


「なんだ、これ」

「お兄ぃ……! そ、それ大丈夫なの?」


 包帯の下から出てきたのは、半分ほど肉が落とされ、骨が露出しきっているにも関わらず何事もなく動く左腕だった。

 そしてその先、腕と比べればほぼ無傷だったはずの指先が、黒く染まっていた。隣で見ていたレティアは不思議そうに、その黒いものへと手を伸ばす。


「触らせるなヘンリー!」

 ウォルターが駆け寄り、ヘンリーの左腕を掴んで上へとひっぱりあげた。その勢いに、ヘンリーもレティアも言葉が出ない。ウォルターの表情はあまりにも真剣だった。


『その黒いものが穢れだ。気を付けろ。それが触れた者は死ぬぞ。しかし、呪いをこんな風に使うとは考えてもみなかったな。まぁ効率が悪いから普通やらんか。

 というわけで、今や君は死なない身体と、触れるだけで殺すことができる立派な人間兵器の仲間入りだ。残念ながら大軍相手に戦えるアヌラグロワールの名に連ねることはできんが、立派な化け物だろう』


 興味深そうに言うリットンは淡々と続けている。ウォルターにはその声色が少しだけ楽しそうにも聞こえた。


『そして問題だ。私としては43号の力があれば、ゴブリン900匹くらいどうにかなると踏んでいたのだが、その奇跡の力は今君が独占する形で命を繋いでいるわけだ。このままでは街は守れん。どうするかね?』


「そんな、こと。言われても」

 ヘンリーはまじまじと、自らの左手を眺める。自分の手なのに、自分の手とは思えない。腕も悲惨過ぎて現実味がなく、どこか嘘っぽい。


『君に責任はないさヘンリー。君は気絶していたのだ。なに、いいじゃないか。本来はあそこでお別れのはずだったのだ。ここで話しが出来ただけ、広場に居る大勢に比べれば幸せだっただろう。そして君がここで死んでくれれば、これから先、彼ら彼女らのように辛い思いをする人々を、かなり少なくすることができる。だからお願いだ。ここで死んでくれ』


「リットン司令。もし彼が今死にそうで、呪いで命を繋ぐというのなら、俺は彼に死を受け入れさせたでしょう。ですが、今彼は立っている。すでに終わったことだ。そのあとに、彼を殺してどうこうしようというのには賛成できない」


 ウォルターの食い下がりに、リットンは鼻をならして応える。


『私だって鬼じゃないさウォルター。だからこうしてお願いしている。いたいけな子供に死んでくれとな。43号の力だって無料じゃないんだ。多くの研究と犠牲。そして東方遠征の成果物で成り立っている。少なくとも、その国民の血と汗に見合うだけの威力が43号には求められているわけだ。その力で命を繋ぐというのなら、それ相応の戦果を出してもらわねば困る』


「穴埋めをしろと?」

『これからのことだウォルター。状況はわかった。志願者を含めても数百がいいところのお前らが、援軍も43号の力もなく、900を超えるゴブリンを撃退しなければならない』

「援軍は本当にないのですか」


『43号だけでも破格だ。北方地域に繋がる要塞の方が重要度は高い。本来なら、そこは見捨てる手筈だったが。なに、調べてみれば手塩にかけた部下が、そこで隊長をしているというではないか。お前が居なければそこは見捨てられていた。これ以上を望むなら、展望を示せ」


 にべもなく突き放したもの言いに、大きな反応があった。それはウォルターでもヘンリーたちでもなく、部屋の隅。設置された長椅子を揺らす勢いで、議長であるロマノフが立ち上がる音だった。その顔は赤く、興奮しているのか唾を飛ばしながら捲し立てる。


「ちょ、ちょっとまってくれ司令官さん。わ、私はこの街の議長を務めているロマノフというものだ。黙って聞いていれば、あんまりじゃないか。我々が何のために帝国領に入ったと思っているんだ。派遣された守備隊は役立たずで、おまけに援軍も来ないとは酷過ぎる。あんた、この街に死ねと、そう言っているのか!」


『死ねと言われるだけありがたく思え。政敵に噛みつかれないよう、努力はしましたが間に合いませんでした、で済まされるところだったのだ。来るはずのない援軍を待ちながら殺されるところが、街を捨てる選択が出来るのだ。喜べ』


「ふ、ふざけるな。そんなのあんたらの都合だろう。勝手なことを言うな!」

『ふざけてなどいない。街の周辺、港も要塞も重要だ。よって、そこのゴブリンどもの駆除はする。駆除はするが、今ではないというだけだ』


「今だ! 今まさに、この地には助けを求める帝国の民がいるのだぞ!」

 ロマノフは指を突き付け、リットンを睨みつけた。対するリットンは面倒くさそうに、わざとらしく大きなため息をつく。


『では問おう。その地域で軍を展開するには、北方の山脈を越えるか、船で輸送するしかない。貿易地の首根っこを守る要塞なら、多少の出費もしよう。だが急速に街まで補給線を伸ばすとなると、当然船だ。

 大型船舶をいくつも通し、維持せねばならない。そして北はホビットどもがいる。奴らの港を経由しなければならないということは、それだけ税がかかる。そこまでして、そんな飛び地を守る価値がどこにある?』


「この街に価値がないだと……!」

 言われたロマノフは顔を真っ赤にしていたが、リットンが気にした様子はない。


『そして先程役立たずとお前が言った守備隊が居なければ、とうの昔に全員ゴブリンどもの夕餉にされていただろう。そのことすらわからないのなら、この場で発言しようとするんじゃない』


 リットン司令は語気を強めた。表情はあまり変わらなかったが、その口調と目が議長であるロマノフを蔑んでいるのが、ウォルターにはわかった。

 言われた議長も向けられたものに気づいたのか、悔し気なうめき声を発し、長椅子へと戻る。


 そんな中、どこか落ち着いた、さっぱりとした口調でヘンリーが一歩前に出た。戸惑っていたのが嘘だったかのように、その目は力強く、丸石に映ったリットンへと向けられている。


「よくわかんねぇっすけど。俺は900のゴブリンを殲滅しなきゃいけないんすか」

『フン。良い面だ。ウォルター、冷静になれ。この小僧の方がマシに物事を捉えている。なにもこいつに900殺して来いと言ってるわけじゃないんだ。月夜の死神よ。お前の得意分野だろう?』

「夜襲での将討伐、ですか」


『これからは夜の眷属の時間だ。今回のゴブリン遠征はその数が脅威なのではない。あのゴブリンが、これだけの規模の作戦を仕立て、その数に決まりを守らせ、食料や武器を、かかる日数まで計算して手配し実行する組織力。


 挙句東門で300のゴブリンを待機させる指揮力。これが問題なのだ。細々としたゴブリンなど問題ではない。北要塞にも当然出向いているだろうが、そちらのだまし討ちからの囮部隊、南への隠密からの奇襲。それだけのことをやってのける将が、その街には来ているはずだ。それを狩れ。それだけだ』


「なるほど。おっけー先生。難しい話されたけど、なんだ簡単じゃねぇか。やってやろうぜ」

 ヘンリーは楽し気に、左腕へ包帯を巻き直していた。色々なことを言われたが、気にしたところでわからない。


 死なないのか死んでいるのか、自分の身体のことも、頭でなんか理解できやしない。自分はオルフほど頭の出来がよくないのだから、と割り切ったヘンリーは、やることがはっきりしたせいかすっきりした顔でいる。


「まったく、お前って奴は。度胸があるのかないのか」

 ウォルターはため息をついて観念した。そしてこんな事態になってしまった責任を感じてか、この子たちだけは守ろうと心に決めた。


「頼もしいってことで、いいじゃないですか隊長。これはもしかすると化けますよ。めいびー」

「へ、ヘンリー、僕」

「お兄ぃ。本当に大丈夫?」


「平気平気。流石に死ねって言われた時はびびったけどな」

 三者三様の感想を述べる中、ジロは頬をかき、ロマノフは歯を食いしばり悔しさに震えていた。

 それらを見て、ひそかにほくそ笑んだリットンは、音もなく丸石から消える。


「ヘンリー、あまり離れない。勾玉が呪いの進行をおさえている。忘れないで」

 出て行く守備隊員と子供三人に、放置されていたマイが続いた。

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