第40話「人間兵器の使い方」
後ろからの殺意がウォルターの背中を貫く。来る、と感知能力か本能か感じ取ったウォルターは咄嗟に横に転がった。
その背中を、グランの鈍器が掠めていく。風圧と、肉を削ぐ痛みがウォルターの背中を叩いた。受け身から立ち上がり、飛びつくように落ちていたゴブリンの剣を拾い上げたウォルターは、ようやく振り返ってグランと対峙した。
「傷をつけたぞ戦士よ。あとは出血で体力を持って行かれるがいい」
「それはどうかな。呪詛の印は確かに傷の治癒は阻害するが、夜の俺には通じん」
「なんだとぉ?」
ウォルターはわざと向こうの戦意を削ぐために、軽く半身になって背中をグランに見せていた。頼みの綱というほどではないにしても、武器のひとつが通用しないとなれば多少はプレッシャーとなるだろうという判断だ。
ウォルターの背中は、鈍器についていた螺旋状の刃によって表皮と肉が少し抉られてはいたが、そこから流れる血は流れ落ちずに留まって、傷口を塞ぐかのように揺れていた。
「闇を使い、眼が蒼い。おまけに血を操るたぁ、てめぇ吸血鬼ってやつだなぁ?」
「半分だけだ」
ウォルターはゴブリンの剣をもう一本拾い、二刀流でグランへと走った。
間合いに入るや否や振り下ろされる鉄塊。ウォルターはそれをまともには受けず、左の剣で少し触れるくらいに軌道をずらす。
火花が散り、鉄塊は地面へと叩き込まれた。ウォルターはその結果を待たず右に踏み込んで、グランの左側から右の剣を振り上げる。
身を後ろへと反らし、上がってくる剣先をぎりぎりでかわすグラン。身を後ろに傾け、体重と背筋で鈍器を引っ張りあげてから、身体ごと時計回りに回転させた。
グランは回転によって遠心力をつけた鈍器を自身の左にいたウォルターへと振るう。ウォルターは後ろに跳躍しこれを回避。
眼前を通り過ぎる鉄塊。抉るような風圧を感じたウォルターは、胸元に走った痛みに顔をしかめた。
着地した先で見れば、胸元の革鎧が切り裂かれてうっすらと血が滲んでいる。その血も表面に留まってはいたが、今のはおそらく斬撃を飛ばすさっきの技。
あそこまでの溜めがなくても、軽い射程ならば出せるということか。ぎりぎりの見切りは危険だな、とウォルターは考えながら左腕を振った。
流石に触れるくらいでも、片手であの鈍器に触れた衝撃は響くようだ。ウォルターの左腕は軽く痺れていた。
「もうあの闇は使わないのか吸血鬼よ」
「半分だって言っただろう。お前にはあまり意味がなさそうだからな」
「半分か。そういう意味ってんなら、俺も半分人間だぞ吸血鬼」
「お互い、因果な血を持ってるみたいだな」
「違いねぇ」
闇の展開にも少量だがマナと集中力を要する。弓手との連携を阻害するためにもさっきは使っていたが、今グラン相手に使っても今度はオルフたちの状況がわからなくなるデメリットのほうが大きい。
グランとウォルターは獰猛に笑いあってはいたが、隙なくお互いの出方を窺っていた。
~~
「先生、吸血鬼だったの?」
「正確にはハーフ。父親が吸血鬼で、ある村を壊滅させた悪鬼。吸血鬼は討伐され、その時ウォルター・カイルも保護されたと聞いている」
驚きの声をあげたオルフに、すかさずマイが言う。その目はウォルターとヘンリーの攻防を追いかけて忙しく動いていた。
「マイさん人の個人情報を勝手に漏らすのはどうかと!」
「吸血鬼と思われる方がウォルター・カイルにとって心外なのでは?」
「それは、確かにそうかもしれませんけども。それを決めるのは隊長ですよめいびー。っと、戦う準備できました。あとあと、なんかゴブリンの人質を見つけました。どうしましょう」
「ゴブリンの人質?」
「ですです。どうやらマーティさんが捕まえた敵の副将らしいです」
スージーが引っ張ってきた鎖を引き上げると、オルフの目の前へ鎖で縛られた格好のゴブリンが一匹転がって来た。拘束された赤い顔のゴブリンは、口に詰め物をされたうえ紐で固定され、苦しそうに涎を垂らしている。
「マーティさん無事だったの!?」
「え、はい。辛うじて。応急処置はしましたので、一応」
「良かった。えっと部隊を前に。ヘンリーと交代。ヘンリーには戻ってもらう。いくら触れれば殺せると言っても、対処され始めたら厳しい。十分時間は稼いだし、ちょっと考えがある」
「変態オルフ、次は何を考えた?」
少しだけうんざりした顔で、マイはオルフに非難がましく言っていた。そして帰ってきた言葉に動きが止まる。
「使うんだよ。君たちを」
事も無げに言うオルフの表情はこんな状況だというのに、落ち着き払っていた。
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