第31話「出陣前」

「捕虜の抵抗だぁ? イワンの奴ぁ殺されたか。肝心な時に使えねぇ。いや捕虜の縛りが適当過ぎるのか。お前らきちんと足の腱切ったんだろうなぁ?」


 部下からの報告にグランは苛立った声をあげていた。場所はマーティが捕まっていた民家の中である。抜かれた杭や打ち殺されている部下たちを検分していたところ、駆け込んできた部下がそう告げたのだ。


 グランはイワンの行方を追っていて、腕のある戦士を見に行ったという手がかりからこの場に来ていた。入ってすぐ鼻をついた血の臭いと現場の様子から、捕虜が逃げたのは明白で、問題はイワンの行方であったのだが。


「イワンの死体がねぇな。連れて行かれたかぁ?」

「イワン、すぐ告げ口」


 脇に控えていた布かぶりが周囲を見ながら言った。報告に来たゴブリンは未だ戸口でグランの対応を待っている。


「あり得るな。なまじ腕っぷしがねぇ分、やばいとなるとすぐ臆病になりやがる。だが、あいつの算術がないと軍の足は鈍っちまう。生きてるなら回収だ。で、捕虜どもは何してんだぁ?」

「あいつら、鍋のそば。暴れてる」

「なんだ。逃げてねぇのか」


「あいつら、足だめ。おそい」

「ならなんで戦ってんだぁ? 隠れて逃げりゃいいだろう。抵抗してる中にガキは?」

「いない。あいつら戦士。戦士戦う」


 グランは少し考える。抜かれた杭と、捕虜が吊るされていただろうあたりを見て、おそらくこの捕虜は腱をやられていないと推測した。

 人間は単純に戦うためだけに向かって行きはしない。特にイワンを殺さず連れて行くような奴だ。


「念のため外周を回り込んで行くぞ。あの辺はかがり火から遠いからなぁ。おい、俺の武器を持ってこい。あと部隊をまわせ」


 グランは戸口で待っていた部下に指示を出し、布かぶりを引き連れて民家をあとにした。


~~~


「何してんだいあんたらこんなところで」


 広場北で行われているゴブリンとの睨み合いから東、守備隊の演習場へと続く一画で、オーランドは呆れた声を出していた。


 ウォルタースージー、オルフ、ヘンリー、マイ、コル、バリー、レティア、オーフェンという面々が狭い路地に集まっているのは、ひどく場違いに見える。


 ここは住宅でない北区から始まる下水管が最初に下へと入ってくるあたりであり、一応はこの位置からなら直前に下水管に汚物を流す場所はないため、水流は綺麗なはずの場所だった。とは言え、事情を知らないオーランドにこの場所の重要性はわからない。


「あー、その。おじゃましてます?」

「オーランドさんこそどうしてここに?」


 人当りの良いスージーとオルフがこれに応えるが、他のメンバーは押し黙って作業を行っていた。

 ウォルターとバリー、コルが点検用の下水管蓋をどうにか開けようとしており、マイはその上流側の管に何やら細工をしているようだった。いずれもわざわざ持ち込んだのか、かがり火を頼りに暗い中で手を動かしている。


「どうしてって、そこは私の家だよ。医療品も清潔な布地も足りなくてね。せめて自前でもって皆で取りに出てるところさね」

「あ、オーランドさん。俺覚えてないんすけど、あの時は、ありがとうございました」

 そこへヘンリーが頭を下げつつ近寄った。


「あんた。その腕、どうしたんだい。せっかくせめてもって骨繋いでやったっていうのに」

「これは。あー、色々あったんすよ」


 ヘンリーは切断面が包帯で巻かれた肩先と、首から吊るすようにしている手甲が装備された左腕を見て、ばつの悪そうな微妙そうな顔を作った。オーランドは訝しげにそれを見ていたが、詮索せず首を振った。


「やれやれ。あんたの骨継には結構なマナを使ったっていうのに。ヘンリー、繋げる時は持ってきな。そこの小娘どもより綺麗に繋いでやるよ」

「ああ、ありがとなオーランドさん」


 ヘンリーは自分の左腕を見て、それが繋がってまた使えるようになるのかは甚だ疑問だったが、オーランドの気持ちを受け取ることにした。吊るされ、真っ直ぐに固定された左腕はもはや自分の腕という実感が薄い。


「オーランド、あなたのマナが必要」


 そこへ作業を終えたマイが近寄ってくる。額には少し汗が浮かび、術式を下水管に描くという行為が大変だったことをうかがわせた。


「なんだい藪から棒に」

「あの術式、想定よりマナを使う。こちら側でマナを注ぎ込み続ける人が必要。あなたが適任」

「何言ってんだい。私だってずっと治癒術使ってへとへとだよ。それに、私より適任があそこにいるじゃないか」


 オーランドはオーフェンが確認していた皮生地の大きな幕に、何やら念じているスージーを指さして言った。対するマイは静かに首を振る。


「彼女も現地へ向かう。ここに残る術士はあなただけ」

「どういうことだい? 説明しなよ。私が、今後の治療を放り出してまでそんなことをする理由をね。まぁ、この面子だ。何となくはわかるけどね。でもね、何となくで命は賭けられないさ。私のじゃない。患者のだよ」


「あー、オーランド。そのことについてなんだが」

 蓋を外し終わり、まくっていた袖で額の汗を拭いながらウォルターはオーランドたちの元へとやってきた。コル、バリーはその場に座り込んで息を整えている。



「そんなことになっていたのかい。それにしたって、この子たちが行く必要はないじゃないか」


 ウォルターから一通りの説明を受けたオーランドはきつい目を返していた。内心では子供たちを連れて行きたくないと考えているウォルターはこれに言葉を返せない。

 返答に窮したウォルターを見て、それを庇うようにオルフとヘンリーはオーランドに詰め寄った。


「でも、僕の案なんです」

「俺だって他人事には済ませらんねぇよ」


「その結果、どうなったかわかってんだろ? その腕を見てみな。また繰り返すつもりかい? 全員頭を冷やして考えな。ウォルター、あんたはいいよ。その腕で何度も同じようなことしてきたんだ。いざとなれば術で誤魔化して逃げることもできる。けど、この子らは違うだろう。


 スージーだってそうだ。司令への建前なんか捨てちまいな。ゴブリンとまともに戦うこともできないこの子らを連れて行ったって、下手したら足手まといだ。止めるべき時に止められないなら、先生なんて偉そうな肩書背負うんじゃないよ」


 オーランドの言葉にその場が静まった。ウォルターは何も言い返せず。オルフとヘンリーは俯き、レティアは心配そうにその二人を見つめ、マイは表情を変えず成り行きを見守っていた。


 スージーは焦っているのか、どうすればいいのかと目をいったりきたりさせ、コルも顔を青くし、バリーは興味なさそうに下水管の中をのぞいて顔をしかめている。


「まず、二人はどうしたいんだい?」

「なんだいオーフェン。あんた父親だろ。だったら止めてやんなよ」


 進み出てきたのはオーフェンだった。微笑みを浮かべ、険しい顔のオーランドに向き合うオーフェンはひとつ頷いて続ける。


「そうですね。父親だからこそ、この子たちがどうしたいのか、それを聞いてから決めたいと思っています。オーランドさんやウォルターさん、二人に思うところがあるように、この子たちにだって思うところがあるはずです」


 オーフェンは後ろからオルフとヘンリーの肩に手を置き、まずはオルフに問いかけた。


「それで、オルフはどうしたいんだい?」

「僕は。僕は……。いざというとき、あの時。ヘンリーがやられそうな時、足がすくんで動くこともできなかった。それが、自分で許せない。少しでも役に立ちたくて。レティアを救おうと作戦を思いついて、それが採用されて。やればできると思った。でも、動けなかった。戦えるようになりたい」


「行かなかったら、どうなると思う?」

「置いて、いかれる気がする。もう二度と、ヘンリーの隣に胸を張って立てないような、そんな気がする」

「オルフ、お前……」


 オルフの言葉に思わず口を開いたヘンリー。オーフェンはそのヘンリーに目を向ける。


「ヘンリーはどうだい?」

「俺は、オルフほど考えてないっす。ただ、この身体のことは自業自得だと思うし、むしろチャンスをくれたレティアとオルフ、それとマイさんには感謝してる。で、司令って人に色々言われたってのもあるかもしれないけど、それ以上に。俺は、レティアに母さんと親父を連れて帰ってきてやりたい。


 まだ生きてるかも、わかんねぇっすけど。それに正直、この身体を使って敵のボスを倒すとかは、無理かなって思ってます。オーランドさんの心配はありがたいっすけど、死ぬかもしれないとしても、俺はやれることをやりたいっす」


 オーランドはそれを聞いても表情を動かさない。腕を組んだまま、厳しい顔でヘンリーへと問いかける。


「死ぬかもしれないって、本当にその意味がわかってんのかい? あの子を、レティアを今度こそ一人にするかもしれないってことだよ?」

「必ず、帰ってきます」

「出来もしない事を。オーランド、あんたこの子たちにこんなこと言わせて、どうする気だい。見てみなよこの顔、決意が固まっちまったよ」


「何となくで命は賭けられない。私はオーランドさんの言ったそれに賛成です。だから、この子たちにも一度きちんと意志を形に出しておいて欲しかった。そして間違っていなかったと思っています。あんな目にあってなお、この子たちは安全地帯で待っていることを選ばなかった。そんな二人を私は凄いと思うし、尊重したい」


「はぁ……あんたらバカばっかだよ。ったく仕方ないね。バカの尻拭いはいつだって女なんだ。死んだら承知しないからね。ほら、マイとか言ったね。どうすればいいか教えな」


 オーランドはマイの肩を叩き、下水管へと進んで行った。後ろについていきながら、マイはちらりと、オルフとヘンリーを見る。


「オーランド、最初から手伝う気だった。茶番?」

「ばか言ってんじゃないよ、人聞きの悪い。ただ、誰かが言わなきゃならないなら、私の役目だろうと思っただけさ。ウォル坊はまだまだだね」


「変人ばかり」

「ふん、良いから教えなよ」

「ここ、この術式はわかる? 始発点にマナを二度叩きつけると発動。左手はこっち。ここでマナを一定量で送り続ける」


 下水管に向かう二人と、オルフとヘンリー、レティアと話しているオーフェンを見て、見ているしかできなかったウォルターは頭をかいた。


「父親ってのは凄いもんだな。俺は何も言い返せなかったよ」

「人生経験で負けるのはしょうがないですよ。めいびー」

「生意気言うな」


「なんですかなんですか。かわいい後輩が気を遣っているというのに、その物言いは」

「くっつくな。おいバリー、コル。お前らはそろそろ戻って、ラウロとジロを助けてやってくれ。この状況で仮眠しろというのも酷かもしれんが、あの二人休めてないだろう」


 腕にくっついてきたスージーを振りほどき、ウォルターは隅っこに座っていたバリーとコルへと声をかけた。

 コルは反応しなかったものの、にやつきながらウォルターとスージーを見ていたバリーはすぐに返事をする。


「そりゃ無理っすよ隊長ー。こんな状況でぐっすり眠れるなら、どっか精神やられてまーす」

「お前寝てただろさっき」

「そりゃ俺っすからー。コルの反応が普通なんっすよー」


 バリーが隣で俯いたコルを無遠慮に指さしながら言う。ウォルターはコルに気づき近寄った。そういえばラウロからコルのことを少し聞いていたのを思い出す。


「大丈夫かコル? お前は荒事に向かないんだ。避難所の方に行ってもいいんだぞ」

「いえ、大丈夫です。僕も、同じなんだなって」

「同じ?」

 ウォルターが聞きかえしたところで、オーランドが大声を上げた。


「あんたら、準備はいいかい? 発動したらさっさと飛び込んでくれなきゃ、私のマナが持たないからね。直前で抜けたことを言うんじゃないよ?」

「隊長、その盾は置いていかないと、流石に沈むんじゃないかと。めいびー」

「ああ、確かに。バリー、陣地に持って行ってくれ。使えそうな奴がいたら使っていいぞ」


「盾の使い方なんてわかる隊員いるんすかねー」

 ウォルターは盾をバリーへと渡し、脱いでいた革鎧を着こむ。スージーもその隣で外していた革鎧の結びを締め直し、全員へ術をかけるため下水管前へと移動した。


「レティア、ごめんな。俺は行ってくるよ」

「いいのよ。レティは出来た妹だから、お兄ぃのわがままを笑って送り出すくらいの器量はあるつもりなのよ。だから、絶対、戻ってきてね? 約束、なのよ?」

「ああ、その時は親父も母さんも一緒だ」


「オルフ、お兄ぃは抜けてるから、お兄ぃのこと頼んだのよ?」

「え、うん。任せて」

「おいおい。ま、行ってくるよ」

「行ってらっしゃいなのよ」


 笑いあうレティアとオルフを前に苦笑したヘンリーは、右手でゆっくりとレティアの頭を撫でていた。

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