ソウル・ド・アウト ~妖滅霊装奇譚~

brava

第1話プロローグ ~六年前~

視界を埋める白い霧が、彼が経験した『世界の崩壊』だった。


 いつも通りの、平穏な日常の筈だった。

 それが、次の瞬間には、全てが白に怪しく淀んでいた。

 感覚さえ遠くに消えていくような、そんなおどろおどろしい白い霧。

 彼の住んでいた町は、突如として、その悪しき霧に飲み込まれた。

 耳を澄ませば、悲鳴が聞こえる。


 命が消える音だ。

 霧の中には、『何か』がいた。

 人の身では推し量れないほどに、おぞましい『何か』が。


 禍々しき存在が、そこにいるのを感じる。舌なめずりをして、自分を観察している。

 白い霧は、まるで生物の口の中にいるようなおぞましさだった。 

 彼は、名前を呼んだ。

伊吹いぶき……」

 ここがどこかも、現実かも分からない。

 だけど、隣にいた少女の存在だけは感じたかった。

 遠くの悲鳴が、また一つ、また一つ消えていく。彼女の声ではない。そう断じる。だけど、絶対に、彼女のこんな声を聞きたくない。

 そう思う意志が、彼女が、自分自身が、白い靄に溶けていく。

 希釈していく。消化されるように、ゆっくりと、白に沈んでいく。

 体内に潜り込む白が、自分を内側から犯しているようだった。

 それでも、それを吸い込む。これでもかと、目一杯。

 彼女の名前を、叫ぶために。

「伊吹! 伊吹っ!」

 迷子なら、探さなければ。怪我しているなら、助けなければ。寂しがっているなら、慰めてあげなければ。

 ――彼女を、救わなければ。


 ただ、彼女の為に。

 彼は、そこに何の躊躇や疑問も抱かないほどに、彼女の事を想っていて。

 だからこそ、それしか考えられなくて。感情の震えが止まらなくて。

 意味の分からない事実と余りの不条理に、目頭を濡らして。

 その熱さが、彼をうつつに留めさせた。

「伊吹ぃーーーーーーーー!!」

 名前を呼び、叫び、白をかき分け、もがいて涙し。


 そして、少年は。

 ――『ソレ』を、見つけた。


 ――これが、彼の世界の崩壊。

 二十一世紀に、突如として起きた、未曽有の天変地異の一つ。

 『大崩落』として語られる世界の革変の――少年が感じた実感と事実。


 彼が次に目を開けたときには、全てが終わっていて。

 彼は『生き残り』と呼ばれていて。

 世界はまるで、カラカラに乾いてしまったように。飢えた大地が嘆くように。

 少年の見上げた夜空には、天を真っ二つに引き裂く、巨大な裂け目が生まれていた。


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