第12話 貧乏神の憂鬱
その三日後。
女子更衣室のぞきを通じて、人間と妖怪の溝が、男女ともに埋まった。
新たに男女間に溝が出来てしまったが、しかし、意外なことにその溝は心太が思ったよりも深くなかった。
翌日、男子が女子に謝ると、
「まったく男ってやつらは……」
そうぼやく程度で許してくれた。
涼風が怒る女子をなだめてくれた、と乃恵から聞いた。
感謝してもしたりない。双子や美咲さんたちと笑いながら話をする涼風を見つめて心太はそう思った。
教室を見回す。
広樹と怪斗が一緒に「理想のカップ数」について話していたり、雨小僧の降太と唐傘の司が明彦と「一番グッとくる女子の仕草」について話している姿が眼に入る。
妖怪と人間の溝を埋めることに成功したのは間違いなかった。
——しかし、乃恵は一人のままだ。
心太はさらに視線をまわして乃恵を見た。
彼女は自分の席に座ってうつむいている。
ここ数日、乃恵はずっと落ち込んでいる。心太が話しかけると気丈に振舞うが、落ち込んでいる。
その原因を乃恵は話してくれないが、貧乏神であることが原因のようだった。
乃恵は先日の「のぞき」騒動での心太の怪我を自分の責任、と思っている節があるようだった。
そんなことまったくないと思う。けれど、それを否定する証拠と呼べる物もない。
『運が悪い』
という状況を引き起こす貧乏神、という力の難しさをようやく心太は理解した。
そこで心太はもう一人、クラスに打ち解けていない人物を見る。それは座敷童の古家透子さん。彼女も自分の机に座ったまま、動こうとしない。
座敷童。
それは、取り憑いた家に福をもたらす存在であると同時に、彼女が去った家は滅びると言われる両面性を持つ存在。
——彼女がクラスと関わらないのは、乃恵と同じ理由かもしれない。
そうだとすれば、彼女は乃恵の力を気にしたりはしないだろうし、乃恵の方だって気にしないだろう。
よし、ともう一度自分の中でその考えを反芻した心太は、それを実行に移すことにした。立ち上がり、古家さんの席へと歩み寄る。
「ちょっといいかな?」
うつむいたままの彼女の前の席に腰掛ける。
「俺、委員長の柳田心太」
って、前にも自己紹介したよね、と心太は笑う。しかし、彼女は無反応。完全に無視してくださった。
今までにも彼女にこうやって話しかけて無視されたが、そのときはここで引きさがっていた——だが、今日は引かない。
「この前はごめんね、女子更衣室に入っちゃって……、怒ってる?」
「…………」
「さ、最近、いい天気だよね。だんだんあったかくなってきて、授業中とか眠くならない?」
「…………」
「そ、そうだ、古家さんは座敷童だよね。座敷童って——」
スッ、彼女は突然立ち上がった。そして早足でどこかへ歩いていく。
「え? あ、ちょっ――」
完全に拒否されてしまったようだ。
しかし、心太はくじけなかった。むしろやってやろうじゃねえか、と心に火がついた。負けられないのだ、乃恵のためにも。
****
その日から、心太は古家さんへ何度も話しかけた。朝、学校へ来てからHRが始まるまで。授業間の十分程度の休み時間。昼休みには彼女の前でお弁当を食べた。放課後に帰る前にも話しかけた。
しかし、
「……はあ」
ため息をつく。古家さんは何を話しかけても無視、無視、無視、無視、無視、無視、無視、無視……。しかし、それでもいくつかわかったことがある。
彼女は妖怪やその力についての話をすると嫌がる。
そういった話題を振ると彼女はすぐに席を立ってしまう。
——誰とも関わらないのは能力を意識しているから。
おそらく以前予想した通りだと思う。
さらに、ここ数日で進歩したこともある。
彼女は最初、話しかけ始めのときは、話題が何であれ、すぐに心太の前から立ち去ってしまった。しかし、二日三日と続けていくうちにあきらめたのか、心太が話をしていても、妖怪の力とか、そういった話題を出さない限りは席を立たなくなった。
無視されていることに変わりはないが、大きな進歩だと心太は思っている。
彼女も、一人でいたいわけではないのだろう。
——やっぱり、この子なら乃恵と仲良くなれるんじゃ……。
心太はそうしてさらに頻度を上げて、古家さんに話をかけた。
****
夜、布団の中で乃恵は眠れずにいた。
ここ数日の心太の行動に、乃恵の心は複雑だった。
心太が古家さんに話しかけに行くのは、彼女がクラスに打ち解けていないからだろうと乃恵は思っている。
涼風や心太と話が出来る自分と違って、彼女は誰とも話をしないから、心太は心配して話しかけに行っている、と。
けど。
だけど。もしかして、と考えてしまう。
もしかして、彼女が座敷童だから? と。
座敷童が憑いた家は裕福になる。離れれば不幸にするとも言われているが、要するに彼女は福の神と同じだ。
今の乃恵と対極の存在。
——心太さんは、自分に減らされた分の福を補おうとしているのでは?
そんな思いが、乃恵の心を締め付けた。
そんなはずない。心太はそんな人じゃない。
そう思っても、無視され続けても執拗なまでに古家さんに話しかける心太を見ていると、どうしても、胸が苦しくなる。
幼い頃、心太にもらったものを小箱から取り出し、握りこむ。
心太が自分に話しかけてくれないことが、泣きたいほど苦しい。もちろん、家の中や登下校のときに心太は話してくれる。いつもどおりに話してくれる。
でも、学校で、自分がひとりぼっちのとき、話しかけてくれていた心太が、今は他の人に話しかけている。同じようにひとりぼっちの人に。
——心太さんが離れてしまったら、私は、私は……。
そうやって乃恵は、泣き疲れて眠るまで、ずっと泣き続けてその夜を過ごした。
翌朝。乃恵は目覚ましの音で目を覚ました。時計を見ると、セットしてあった朝五時。
「……う〜ん」
目覚ましを止めると寝返りを打つ。
起きなければいけないが、どうにも目が開かない。
いつもの乃恵ならこの時間に起きることは苦痛ではない。しかし、今朝は違った。昨夜は悩んで泣いてしまって寝付けなかったのだ。眠ることが出来たのは、午前三時を過ぎたくらい。
——あと、五分、あと五分だけ……。
そう思いながら、むぐむぐと枕に顔を押し付けてポジションを確保する。うとうとと乃恵の意識は夢の中へと落ちていった。
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