第9.5話 心太とクラスメイトたち

 

***心太と毛羽毛現***


 新しいクラスで学級委員を任された心太は張り切っていた。

 とにかくいろんな妖怪と仲良くなりたい、そう思っていた。

 特に心太が今一番気になっているのは、入学式の時にも見た毛羽毛現けうけげんである。


 毛羽毛現の名前は、有賀白ありがしろさんという。

 性別はよくわからない。多分、男の子……?

 毛羽毛現というのは、毛むくじゃらの妖怪だ。ぱっと見、モップのもこもこ部分だけが動いているように見える。


 言い伝えによれば、毛羽毛現というのは、家の床下や水回りなど湿ったところに生息する妖怪で、その妖怪の住む家は病人が出るとされ疫病神の一種とされている。また、めったに人目につかないので「希有希現」とも書かれるそうだ。

 その見ることの稀な生き物が目の前にいるのだ。

 話しかけずになんとする?

 

 ——それに。


 心太は思う。


 ——疫病神の一種とされている毛羽毛現なら、乃恵と仲良くなれるのでは?


 そんなことを考えつつ心太は廊下を歩く白の後ろをつけていた。

 木製の床は白のもさもさの足ではツルツルすべり歩きにくいらしく、数歩ごとに足下がすっぽ抜けて転んでいる。


 ——かわいい。恐ろしくかわいい。もふもふしたい。あぁ、もふもふした。


「ふふ……ふふふ」


 小さな声で不気味に笑いながら白の後ろをこそこそと心太は歩く。

 白が階段を上がりはじめた。ここでもツルツルと滑って、落ちやしないかとひやひやする。


 つるっ——


「おっと危ない!」


 思ったそばから階段から転がり落ちてきた白を、心太は素早くキャッチ。


 ——あぁ、想像以上にふわふわの毛並み……カシミアみたい!


 心太はカシミアをよく知らないけどそう思った。


「大丈夫?」


 腕の中の白に心太は尋ねる。


「あら、助かりましたわ」

「へ?」


 予想外の言葉に心太は驚いた。まさか毛羽毛現がしゃべるなんて思っていなかった。しかし、考えてみれば他のクラスメイトはしゃべっているし、学校生活を人間と暮らす上でしゃべれないのは困るだろう。


 ——ということは、管路さんもしゃべれるのかな?


 そう思いながら、心太はもう一つ気になったことを尋ねる。


「有賀さんって……女の子?」


 白の声音としゃべり方は、確かに女の子のものだった。


「まぁ、なんて失礼な! わたくしを男だと思っていたんですの?」


 白がそのふわふわの毛並みの中から、つぶらな瞳をキッと細めて心太を睨んだ。


「ご、ごめんなさい」

「こんなにも清く美しいわたくしを男の子だと!?」

「そ、そうだよね! こんなに美しい毛並みでめちゃくちゃかわいいのに、そんなわけないよね!!」

「あら……なかなか見所のある人間じゃないですの。さすがにそんなにストレートに褒められると照れますのよ」


 おほほ、と白は笑った。


「というか……あなた、誰かと思えばクラス委員の柳田くんでしたわね?」

「うんうん、俺が柳田心太です」

「妖怪が好きとかいうたいそう趣味の悪い人間だとか」

「えええ!? 確かに俺は妖怪が大好きだけど、そう思われてるの!?」

「ふふ、まぁ、そうですわね」


 白はうろたえる心太をからかうように笑った。


「そういえばあなた、先ほどから私のことをつけてきていましたけど、なにかようですの?」

「え? 気づいてたの? なら声かけてくれれば良いのに」

「そりゃあ、あれだけ堂々とつけてこられたら気づきますし……気味が悪くて声をかけたりしたくなかったんですの……というか、あなた、いつまで私を抱き上げているんですの? しかも、妙なさわり方をして……」

「あっ、ごめんごめん!」


 ついついそのふわふわの毛並みを堪能せんとしていた心太は腕の中の白に謝り、彼女を床に下ろそうとする。


「下ろさなくてもいいですわ。折角ですからこのまま上の階まで運んでくださいな」

「わ、わかった!」


 意外なことにお嬢様気質の白に面食らいながらも心太は階段を上がる。


「で、なんの用でしたの?」

「いや、用ってほどでもないんだけど……」


 まさか女の子だとわかった白に、『もふもふさせて欲しかった』なんて言えない。しかも、それは現在進行形で達成されてしまっている。


「白さんは、上の階になんの用が?」

「上の階には水道があるでしょう? そこでお水をいただきたいの」

「あぁ、なるほど!」


 そこで、心太はハッと気づいた。しかし聞いて良いのかダメなのか迷い——


「あのさ、気を悪くしないでもらいたいんだけど。毛羽毛現って妖怪は——」

「しませんわ」

「え? 俺まだなにも聞いてないんだけど」


 きょとんとする心太に、白はフン、と鼻を鳴らす。


「お手洗いの水を飲むのか? って聞きたかったんでしょう?」

「え、ああ、うん」

「その質問。これまでに何回もされてますの」

「そ、そっか、ごめん」

「しかたないですわ。そういう話を残したヤツが悪いのですし……そういうモノも中にはいますわ」


 ですが、と白はいう。


「私は絶対にそんなことしません。ついでにいうと、私は疫病神なんかではありませんのよ? 安心してくださいね」

 

 毛羽毛現が疫病神とされるのは、トイレの水を飲む=悪い菌を運びこむと考えらていたからだ。

 だから、綺麗な水しか飲まない彼女は疫病神にはならないのだそうだ。


「え、ああ、うん」


 乃恵のことの当てが外れた心太は、あいまいな返事をしてしまう。

 ちょうどそこで上の階へとつくと、白は心太の腕の中からぴょんと跳ねて床へと降り立った。


「運んでくれたこと、感謝しますわ」

「失礼なこと聞いてごめんね」

「かまいませんのよ」

「それならいいんだけど……」


 すっきりしない顔の心太に白は、ふふ、と笑いを浮かべた。


「もしも気にするというのなら、これからも今回のような時には私を運んでくださいな」

「喜んで!」


 心太は満面の笑みでそう答えた。

 こうして心太は、白の階段移動の際の運び役を任されることとなった。



***心太と雪女***



 ある日のお昼休み。


「あのぉ、柳田くん? ちょっといいかしら?」


 いつものように、弥津斗や乃恵とお昼を食べようと思って動こうとした心太はその前に声をかけられた。


「なに? 雪代さん」


 相手は後ろの席の雪代雪菜ゆきしろゆきな。雪女である。

 雪女というのは雪国の妖怪で、その美貌で男を虜にして、相手の生気を吸い取って殺してしまうと言われる恐ろしい妖怪だ。

 雪菜もその例にもれず、とてつもない美人である。


「あのぉ、今日は私。お昼を作ってきたんです。この間のお詫びと思いまして……」

「え、そんな!」


 しかし、実は情に厚く生気を吸ってしまうのは体質による不可抗力、とする話もある。

 心太も一度生気を吸われたのが、そのときは不可抗力、といった感じだった。

 死なずに済んで本当に良かったと今更思う。

 だが、あの事故は心太が悪かったのだ。彼女が気に病む必要はなにもない。


「お嫌でしたか……?」

「まさかそんな滅相もない! 嬉しい限りだけど、この間のは俺の方が悪かったし、気を遣わせて申し訳ないなって思って……」

「いえいえ、いいんですよぉ。私も驚いてついつい生気を吸ってしまったので」

「そうだ、それ。聞いてみたかったんだけど!」


 心太の瞳がランランと輝く。


「生気を吸うのって、自発的なの? それとも、意識と関係なく勝手に吸っちゃうの?」

「うふふ、興味津々、といった感じですねぇ、照れちゃいますぅ」

「うんうん、興味津々! 教えて教えて!」


 喜び興奮する心太に、雪菜は微笑む。


「あらあら、では、お昼をご一緒しながらでどうでしょう?」

「もちろん、喜んで!」


 そういって心太は、自分の椅子に反対向きに腰掛け、雪菜と向き合った。

 鞄の中から、乃恵の作ってくれたお弁当を取り出す。

 お昼を作ってくれたのはありがたいが、心太にはこの乃恵の作ってくれたお弁当がある。


 ——どうしよう? さすがに二人前は入らないよなぁ。いや、ここは気合いで食べるしかないか!


 心太のそんな気持ちが表情から読み取れたのか、雪菜はにこりと笑っていった。


「安心してください。柳田くんがいつもお弁当を持参しているのは見ていたので、私はお味噌汁とデザートをお持ちしました」

「えっ、ホントに!? ありがとう!」


 そういうと雪菜は鞄から大きめの水筒とプラスチック製の器を取り出し、器へとお味噌汁を注いだ。

 はいどうぞ、と心太に手渡す。


「ありがとう! あぁ、良い匂い」

「柳田くんのお弁当、いつも和食のようだったので、お味噌汁にしてみました」

「うんうん。そうなんだよね、乃恵は和食が得意でさ……いただきます! うん、おいしい!」


 うれしそうにそう話す心太に、雪菜は微笑む。


「それはよかったです」

「乃恵のお味噌汁もおいしいけど、雪代さんのもすごくおいしいよ!」

「うふふ、柳田くんはホントダメダメさんですねぇ」

「へ?」


 突然にけなされて心太はひるんだ。


「女の子の前で、他の女の子のお話は禁句ですよぉ」


 特に比較するようなことしたら絶対にいけません、と雪菜は指を立てた。


「あ、はい。ごめんなさい、わかりました。気をつけるね!」


 慌てて背筋を正して答える心太にくすりと雪菜は笑う。


「まぁ、相手が意中の人の場合ですけどね」

「へ?」


 心太に答えず、雪菜は自分のお弁当を開けて箸を持ちながらいった。


「いえいえ〜。それよりも、雪女の生態について知りたいんでしたよね?」

「はい! それすごく知りたいです!」


 勢い込んで答える心太に、雪菜は、良いお返事です、と先生ぶる。


「まずさきほどの質問にお答えすると、生気を吸うのは『ある程度』自分で制御できます」

「ふむふむ! その『ある程度』っていうのは?」

「そこはかなり個人差がありますが、そうですね……例えば」


 ちょっと失礼します、といって雪菜は心太の手を取った。

 白魚のようなきれいな指のひんやりとした感触に心太の心臓がドキンと鳴る。


「これぐらいでしたら、吸わないようにできますね」

「な、なるほど!」

「……怖かったですか?」


 心配そうに尋ねる雪菜に心太は頭を思い切り横に振る。


「いやいや全然大丈夫! ただ、雪代さんみたいな美人に手を握られてちょっとドキドキしちゃっただけ」

「あらあら、そんな美人だなんて」


 うふふ、と照れながら雪菜は話を続けた。


「今いったように、こんな風に手を握るぐらいでしたらコントロールできますけど、例えば……直接、もっと広範囲に肌と肌を重ねたり、粘膜と粘膜を合わせたりしたら、ちょっと我慢できませんねぇ」

「そ、それってつまり……」


 心太の顔が赤くなる。


「はい、つまり、せ——」

「わわわわわ!」


 心太は声をあげてその続きを言わせまいとする。が、雪菜の口はとまらず、


「接吻、です」

「わあああ……って、接吻?」


 拍子抜けした顔の心太に、雪菜は笑った。


「はい、英語で言うとキスですね」

「な、なるほど……キスね……あはは」

「あらあら、柳田くんはなにを想像したんでしょう? 教えてくださいな」


 上目遣いでそう迫る雪菜に心太はたじたじになる。


「い、いやぁ……別に……」

「うふふ、教えてくださいよぉ……そしてよかったら、私と試してみますかぁ?」

「えっ!?」

「うふふ、冗談です」


 色っぽくそう笑う、大人な雪菜にからかわれる心太だった。

 雪女に魅入られた男は死ぬという伝承を忘れてはいけない。




***心太と歩美***



「ちょっと心太。顔貸しなさい」


 ある日の朝。心太が席で弥津斗と前日のテレビについて話していると、突然幼馴染みの歩美がやってきてそういった。


「なに?」

「ここじゃしずらいから、教室の外に行きましょ」

「?」


 首をかしげながら弥津斗を伺う心太。


「ほら、行ってこいよ」

「うん、わかった。ありがとう。行こう、歩美」


 弥津斗に促された心太は、歩美とともに廊下へと出た。

 歩美は廊下を進み、少し人気のないところまで進むと、くるりと反転して心太を見据えた。


「心太……あんた今、福家さんと同棲してるってホント?」

「ブッ、な、なんだよそれ!」


 心太は唐突な歩美の発言に思わず吹き出した。


「きったないわね。なるほど、やっぱり本当なのね」

「まだなにもいってないだろ!?」

「言われなくてもその反応でわかるわ。どれだけ幼馴染みやってると思ってるの?」


 溜息交じりの歩美に心太は口をとがらせる。


「つっても最近はいうほど絡んでないだろ」

「……まぁ……そう、ね」


 心太にはなぜか歩美が少し落ち込んだように見えた。しかし。


「でもまぁそれはいいのよ! そんなことよりも同棲よ同棲!」


 それを打ち払うように歩美は強くいった。


「ええと……歩美は、俺が乃恵と一緒に住んでるのかどうかを確かめたかったの?」

「そうよ……なんで? なんでなの?」


 わーいじゃぱにーずぴーぽー、と叫びだしそうな迫力の歩美に圧されながら心太は答える。


「なんでっていわれても……乃恵のお家は昔から代々家に憑いてるんだって。だから——」

「違う! 聞いたわよ。別に、福家さんが心太の家に住む理由はないって」

「あぁ、それはなんか、乃恵の家から学校は遠いらしくてさ。だから、置いて欲しいって」


 心太の答えに歩美は唇の端を上げた。


「あんたホントにお人好しね」

「なんでだよ」


 歩美の言葉に心太はムッとする。


「それ信じてるの?」

「信じてるさ!」


 はぁ、と歩美が不快溜息をついた。


「他のクラスメイトはどこに住んでるか知ってる?」

「え?」


 言われてみれば心太はそのことは知らなかった。鞍馬さんが龍宮さんの家に住んでることだけは知っているが、他の人が全然しらない。


「……し、知らないけど、みんな家があるんじゃないの?」

「そうらしいわ。けど、それは人間の世界とは違う妖怪の世界にあって、各自の家から学校へ来るのは、特別なルートが作ってあるからどんな離れた家でもすぐに通えるようになってるそうよ」

「そ、そうなの!?」


 その事実に驚くとともに心太はもう一つ驚いていた。


「っていうか歩美、そんな話どこから……?」

「担任の桜庭先生に聞いたの。あんたが福家さんと住んでることもね」


 なるほど、そうなのか、と心太はうなずいた。


「心太さ、あんたは妖怪のことやたら信じてるけどさ。騙されてるんじゃない?」

「そんなことないよ!」


 すぐさま否定する心太に歩美はいらつく。


「だって現に福家さんは嘘ついて、あんたの家にいるわけじゃない」

「そ、それは……多分なにか理由があるんだよ」

「どうかしらね? っていうか貧乏神が家にいるなんて普通に考えてイヤでしょ? あんたはなんでOKしちゃったのよ!」

「いや、それも良い経験になるじゃん? 色々データとかもとれるし」

「ったくこのバカ! 大バカ! それでもしも死んじゃったらどうするのよ!?」


 ——本当になんでこのバカはこんななんだろう。こっちがこれだけ心配しているのにまったく伝わらない。


 歩美は力が抜けていくのを感じながら、それでも心太に言わずにはいられない。


「その根拠は?」

「乃恵の力は弱いから、貧乏神の力っていっても、タンスの角に小指ぶつけやすくなるとかそんなことだって本人から聞いた!」

「だ・か・ら! それが嘘だったらどうするの、っていってるの!」

「俺は信じる」

「っ……!」


 心太のまっすぐな目に歩美は、


「わかった。もう知らないわ。勝手にしなさい」 


 ふん、とそっぽを向いて歩美は去って行った。

 しかし、そういった割に彼女はたびたび心太に話しかけてくるのだった。



***心太と弥津斗***



「ねぇねぇ弥津斗。昨日の人間のバラエティ番組に、猫娘のミー子さん出てたの見た?」


 ある朝のこと。

 心太は弥津斗に前日の夜放送されていたテレビのことを話していた。

 その番組には、妖怪代表として妖怪放送協会(YHK)のアナウンサーである猫娘のミー子が出演していた。

 これも人間と妖怪の共生の一環らしい。


「あぁ、なんか出てたらしいな。俺は見てないけど」


 肘をついて本を読みながら、興味なさそうに弥津斗は答えた。


「そっか。あのさ、ちょっと気になったんだけど弥津斗は猫又だから、ミー子さんと知り合いだったりするの?」


 本から目を上げて弥津斗は心太を胡乱げな目で見る。


「猫又だからって全部の猫娘を知ってるわけじゃないさ。人間だって、全部の人間を尻はしないだろう?」

「そっかぁ、そうだよねぇ」


 うんうん、と頷きながらメモを取る心太に、弥津斗はポツリとつぶやく。


「けど、ミー子は知ってるっていうかアレは俺の姉貴だ」

「マジで!?」

「マジ」

「お〜〜〜〜!!」


 心太を謎の感動が襲った。そっか、そっか、と頷く。


「いいなぁ、きれいなお姉ちゃんとかホントうらやましい」

「はぁ!? いいわけねぇだろ姉なんて!」


 褒めたつもりが切れられて心太は戸惑う。


「え、な、なんで?」

「そうか心太、おまえ一人っ子だったな」

「そうだけど……」


 そうかそうか、と弥津斗は腕組みをして頷いた。


「おまえは『姉』とはどういうものだと思う?」

「え、お姉ちゃんのイメージ? ええと……」


 心太は、視線を宙にさまよわせる。


「きれいなお姉ちゃんでしょ? やさしくてー、家庭的でー、俺が勉強で分からないところとかあったらやさしく教えてくれてー、ご飯作るのも上手でー、恋愛相談とかにも乗ってくれてー」

「ストップ、大体わかった」


 指折り数える心太を弥津斗は止める。


「要するに『やさしさの塊』ってことだな?」

「そうそう! そんな感じ!」

「ない」

「へ?」


 断言する弥津斗に、心太は間の抜けた返事をする。


「姉が弟にやさしいとかこの世に存在し得ない」

「そ、そんなことないでしょ?」

「姉って言うのはな、悪逆非道の限りを尽くす暴君なんだよ」

「暴君」

「メロスじゃなくても激怒する」

「メロス知ってるの!?」

「今読んでた」


 なるほど、弥津斗の手元をみると確かにその本は「走れメロス」だった。


「じゃなくてな。それはいいんだよ心太。今大切なのは、姉がどれだけ、どれだけ悪辣な存在かっていうことだよ」

「た、例えば……?」


 恐る恐る心太が尋ねると、弥津斗は遠い目をした。


「そうだな……例えば、分けて食べるタイプのおやつは必ず姉が独り占めしていたり」

「弟にちょっと多くくれたりするんじゃないの!?」

「自分の嫌いな食べ物のときは、俺の好き嫌いにかかわらずムリヤリ食べさせられるけどな……」


 他にもあるぞ、と弥津斗は続ける。


「この間なんか、家に帰ってきてから『アイス食べたくなった』とかいって俺に買ってこさせたり」

「自分でいけば良いのでは?」

「こんなにかわいい女の子が一人で外にでたら危ないじゃない、だって。ようは弟はパシリなんだよ」


 そんな、と心太はつぶやく。


「まぁでもたまーになにか買ってくれることがあるんだけど、それも当然なにか仕込まれてて……コーラ買ってきてくれたと思ったら、中にメントス仕込んであって開けた瞬間爆発したり……」

「ひ、ひどい!」

「しかもそれをゲームやってるときにされたせいで……」

「まさか、ゲーム機が?」


 こくり、と弥津斗は頷いた。心太にもそのつらさはわかる。姉はいないけど、ゲーム機が壊れたときのつらさなら理解できる。


「なんてことを……」

「そして泣く俺を見て大爆笑して笑い転げて、『ちゃんときれいに掃除しなよ〜』っていって去っていったり』

「せめて掃除手伝ってよ……」

「あげく、親には俺が悪いことにされて怒られるんだ……」

「…………」


 もう心太にはかける言葉がなかった。まさか姉とはそれほど恐ろしい存在だなんて思ってもいなかった。


「しかも! 姉貴は! 見た目と外面がいいから! 世間はすっかり騙されてちやほやして! 姉貴は家の中ではホントひどいぞ!? 寝間着代わりにボロボロになった中学時代のジャージをいまだに着てるし、髪の毛額のところで椰子の木みたいに縛ってるし、化粧してないからほぼ別人だし……」

「わかった、わかったよ弥津斗。ごめんな、ごめんな」


 発狂せんばかりの勢いでまくし立て、ついには男泣きをはじめた弥津斗の背中を心太はポンポンやさしく叩いた。


「だから、姉に幻想なんていだくな……いだくなよ心太」

「うん、わかった。わかったよ」


 二人は、ひしと固く抱き合った。


「ところでさ、弥津斗」

「なんだ?」


 涙を拭って弥津斗は聞いた。


「今度、ミー子さんにサインもらってきて!」


 おまえ今の話聞いてた!? と弥津斗に心太が怒鳴られたのはいうまでもない。



******



 こんな風にして、心太は妖怪たちとなかなかに仲良く学生生活を送っていた。

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