第13話 貧乏神の焦燥
「…………、……、」
誰かが自分のことを呼んでいる気がする。誰だろう、眠りを邪魔するのは。もっと寝たいのに——そう思い、頭から毛布を被る。
「乃恵? 朝だよー」
ガバッ、と乃恵は跳ね起きた。
そう自分を起こす心太の声に焦り、時計を確認する、時計の針は六時四十五分を指していた。
完全に寝坊してしまった。
「乃恵? そろそろ起きないと遅刻しちゃうよー」
「は、はい!」
戸の向こうからの心太の声にあわてて答える。
「朝ごはんできてるから、居間で待ってるね」
心太はそう言うと、居間の方へ移動していった。乃恵の顔から血の気がサッと引いた。
——ど、どうしよう……こんなときに寝坊なんて。
うぐ、と乃恵は毛布を抱え込み顔を押し付ける。ガタガタと乃恵は小さく震え始めた。
——私は、家事をしているからこの家においてもらえてるのに……。
ううう、と乃恵は漏れ出る嗚咽を毛布を噛んで抑えこんだ。ひっく、ひっく、としゃっくりが出る。
嗚咽をこらえる乃恵をよそに、無常にも朝の時間は過ぎていく。七時半には家を出なければいけないことを考えると、泣いている時間はない。
乃恵は涙を拭い、髪を簡単に梳かしてゴムでしばり、制服に手早く着替えた。流石に寝巻きのまま心太の前に出るのは恥ずかしい。そして、心太と会わないように気をつけながら部屋を出て洗面所で顔を洗う。昨夜から泣きはらして赤くなった目元をどうにかしたくて、冷たい水で必死に冷やすが、時間が無いことにはどうしようもない。気休め程度にマシになったはれた目を伏せ、乃恵は居間へと入っていった。
「おはよう」
「お、おはようございます……す、すいません! 私、すっかり寝坊してしま——」
心太へとあいさつを返しつつ、食卓の上を見た乃恵は声がでなくなった。
トースト、ベーコンエッグ、サラダとコーンポタージュスープ。きちんとした朝食が二人分置いてあった。
——心太さん、料理できるんだ。
当たり前と言えば当たり前である。乃恵が来る前も心太は一人で生活していたのだから、これぐらいのものは作れる。
乃恵の心臓ががぎゅっ、と握りつぶされた。乃恵は必死に頭を下げる。
「ほ、本当にすいません!」
「え? いいよいいよ、そんな気にしないで」
さ、食べよ! 心太は乃恵に席につくよう促した。
「……は、はい」
落ち込んだ乃恵も席につく。
いただきます! と元気にあいさつする心太にあわせて乃恵もあいさつする。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
心太は乃恵にそう笑いかけると、パクリとトーストを食べた。パクパクとどんどん食べていく。乃恵もベーコンエッグに箸をつけた。黄身が半熟になっている。それを口へと運ぶ。
もぐもぐと食べながら、涙がこみ上げてくる。
——私、別に何の役にも立ってない。心太さんは自分でこれだけちゃんとした料理を作れるんだ。それなのに私は、料理だけが私に出来ることなんて思って……私の必要はもともと。
「……っひ、っ……」
「の、乃恵?」
朝ごはんを食べながら突然泣き出した乃恵に、心太はあわてた。
「ど、どうしたの? もしかして……泣くほどまずかった!?」
心太の言葉に乃恵は首をブンブンと横に振った。
「えーと……」
心太は乃恵が寝坊したことをこれっぽっちも悪く思っていない。むしろ、これまで家事を完全に任せっきりにしてしまったことを反省していた。
「す、すいません」
乃恵が声を上げた。
「ちょ、ちょっと驚いてしまって」
「あぁ、うん、あるよねそういうこと」
あるある、とよくわからないまま、とにかく落ち着いてもらおうと心太は同調する。
「これからは、週の半分は俺も作るからさ」
「え……」
乃恵は、それを『おまえは、いらない』といわれたのだと解釈した。
そこから先の心太の言葉はあまり耳に入ってこなかった。
「す、すいません」
ただ、心太の言葉に、その言葉を返すことしかできない。
「すいません」
乃恵は、自分の気持ちが沈むのをどうにかこらえながら、朝食を食べるのだった。
****
その後いつも通りに登校して、乃恵が自分の席についたとき、涼風がおはよう、と声をかけてきた。
「おはようござます」
乃恵がそう言いながら顔を上げると、涼風はビックリして、
「の、乃恵さん、……どうしたの、その目……」
「あっ、や、やっぱり目立ちますか……?」
赤く腫れた乃恵の目に涼風は驚いたのだ。
乃恵は不安そうにつぶやき、心太を見た。心太は朝から古家さんに楽しそうに話しかけている。
涼風は乃恵の視線を追いかけ、その先にいる心太に気づく。
「柳田くん?」
「あ、いえ、心太さんは別に……」
「……どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないんです。むしろ、なんでもなかったというか……」
要領を得ない乃恵の言葉に、涼風は怪訝な顔をする。
「ごめんなさい、私は大丈夫です」
「そう?」
乃恵に申し訳なさそうにそう言われてしまうと、それ以上追求することもできない。
チャイムが鳴り、朝のHRの時間がきてしまった。
どことなく不安を覚えながらも、涼風はその場を離れていった。
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