第19話 貧乏神の懺悔


 ——なんで。どうして。

 

 その言葉だけが乃恵の脳内を駆け回る。


「心太さんが死ぬって、どういうこと!?」


 取り乱す乃恵の肩を押さえ、姉は告げる。


「心太くんに憑いてしまった『呪』が想像以上に強くてね……父さんや母さんにも解けないの」

「そ、そんなわけないでしょ!? だって、私だよ!? ずーっと落ちこぼれって言われてきた私の力がそんな強いわけないじゃない!!」


 神の行使する力は、そのモノの持つ力によって大きく変わる。

 落ちこぼれと呼ばれ、力がないといわれてきた乃恵に、両親を超える力があるなんて、そんなことは信じられなかった。


「そうね……私だって信じられない。でも、事実なの」


 乃恵の家族にとっても想定外の出来事だった。乃恵が心太に呪いをかけてしまった、と聞いたときは焦りこそしたが、それはまだ想定内。

 心太の怪我も大したことはなく救えるはずだと、誰もが思っていた。


「ねぇ乃恵。これは、とても言いにくいことだけど……あなた、本当に自分を呪ったの?」


 姉の言葉に、乃恵は目を大きく見開いた。


「……お、お姉ちゃん、私が心太さんを呪った、って思ってるの?」

「えぇ残念だけど……その可能性も考えているわ」


 乃恵が、心太のことを呪っていて、それが彼にかかったのだとしたら……この強さも理解できる。

 呪いとは、そういうものだ。


「……っ!」


 乃恵は強く首を振った。


「私が、心太さんを呪うなんて、そんなこと! そんな……」

「よく思い出して、乃恵。あなたは、本当に自分を呪っていた? 心太くんのことを考えてはいなかった?」

「そんなわけない!」


 乃恵はあの時のことを思い返していた。透子の言葉によって、あのときの乃恵は自分を呪っていた。


 ——なんでこんな風に言われるんだろう。


「私が貧乏神だから悪いの」


 ——そうだ、私が責めていたのは自分自身だ。


「私が呪ったのは私」


 ——クラスになじめない私が悪い。貧乏神の私。


「そんな私を受け入れてくれた心太さんに感謝こそすれ、呪うなんて」


 ——彼が優しいのは、私が妖怪だから。


「心太さんはみんなにもやさしくて」


 ——心太さんにとってやさしいのは当たり前で、私だからじゃない。


「だから、私にもやさしくて」


 ——心太さんは、古家さんをあんなに気にかけるんだろう。私は特別じゃないのに。


「心太さんは……」


 ——心太さんは、私のことを嫌いになったのかな。


「心太さんは……」


 ——心太さんなんて……。


「違う……違うの……私は……そんな……こんなこと……」


 ——心太さんなんて、いなければいいのに。


「——!!」

「乃恵!?」


 乃恵は、突然立ち上がると、自室へと駆け込んだ。


「乃恵! 乃恵!?」


 自室に入った乃恵は、入り口の鍵を閉める。


「違う……違う……私じゃない……私は……私は……」


 ——私は心太さんを呪った。

 

「違う……違う!」


 乃恵は自室の布団にしがみつき、顔を押しつけて、違う、違う、と涙をこぼす。


「乃恵! ここを開けなさい、乃恵!」



「良く聞きなさい……このままだと、心太くんは死んでしまうわ! 呪いを解けるのはあなただけなのよ!!」


 呪いは、誰にでもかけられるが、解く方法は限られる。

 それをかけた本人が解くか、それをはるかに上回る力で解くしかない。

 本人が解く場合にも、正しい方法と力がなければ不可能である。


 ——無理だ。自分には呪いを解くなんて……無理だ。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

「乃恵!」


 ガンガン、とドアを叩く音がする。


「乃恵、乃恵、お願いだから出てきて! 乃恵!」

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」


 乃恵は涙でぐちょぐちょになった布団に顔を埋めて、ひたすらそう謝り続けた。




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