第18話 貧乏神の後悔


 心太が病院へと運ばれた後。

 心太の血でまみれた乃恵は、葛野葉先生によって自宅へと返された。

 真っ暗な部屋で乃恵は一人うずくまっていた。

 病院へとついて行くことはしなかった——出来なかった。

 これ以上、自分が心太の運を奪うことがあってはいけない、そう思った。

 

 心太の容態はあまり良くない、と先ほど葛野葉先生から電話がきた。


 ——万が一の覚悟もした方がいい、って。


 そのことを聞いた乃恵はすぐさま実家に連絡をした。

 福の神である姉が病院へと駆けつけてくれることになり、乃恵に出来るのは心太がこれ以上悪くならないように、ただ祈るだけだった。


 それから五時間。

 乃恵はずっとここに座っている。

 ぎゅっと乃恵は自分の膝を抱える腕に力を込めた。


 ——私のせいだ。私のせいで心太さんが……。


「……ッ、ヒ…………ヒッ、……ンッ……ク、…………ッ」


 顔を膝に押し付ける。下唇を切れるほど噛みしめ、嗚咽をこらえる。 

 自分を責める乃恵に先生は、


「それはだよ」


 と乃恵を慰めるように言った。その言葉が乃恵をさらに苦しめた。


 ——私が、そばにいたから。


 自分が貧乏神だと、乃恵はちゃんとわかっていたはずだった。

 今回のようなことが起こる可能性もわかっていた。

 今回のような事故がなくても、自分のせいで心太が病気になったり怪我をする可能性が高くなることを知っていた。


 ——バカだ、バカ……本当のバカだ私は。


 わかっていたはずなのに、それなのに。

 心太があまりにも普通に接してくれるから——忘れかけていた、いや……目をそらしていたのだ。

 自分が貧乏神であるという事実から。自分が不幸を振りまくという事実から、逃げていたのだ。

 

 ——のぞき事件の怪我の時に、もうわかっていたはずなのに。こうなるかも知れないって……それなのに私は。


「……ッ……、ンッ……」


 わがままだった。わがままを言ってしまった。みんなと同じような生活がしてみたいと。学校に通ってみたい、誰かと友達になりたい。心太と、一緒にいたい。そう思って、こうなるかも知れないとわかっていたのに、わがままを言ってしまったのだ。


 そして、許されないわがままを言ってしまったことで、心太の命を危険にさらしている……もしも、彼がいなくなったら——


 コツン。


 頭にぶつかった、覚えのある感触に乃恵はハッとする。

 

「管路さん……」


 気づけば、また自分の周囲に黒い霧が発生していた。慌てて乃恵は気持ちを立て直してそれを払う。

 

「管路さん……心太さんは、助かりますよね?」


 乃恵は不安を声に出して、やかんを撫でた。管路さんはなにもいわず、されるがままにされていた。


 にわかに、家の表が騒がしくなった。

 バタバタと走る足音がする。

 

 ——誰だろう、でも、もしかして心太さんになにか……?


 不安に思いながらも、乃恵は動くことが出来ず、その場に座り込む。

 足音は徐々に近づき、


「乃恵っ!!」

「お姉ちゃん……!」


 部屋へと飛び込んできたのは、乃恵の姉だった。

 姉は心太のもとに駆けつけてくれて、乃恵が奪ってしまった『運』を心太に授けているはずだった。

 その彼女がここにきたということは……姉の表情にただならぬものを感じて乃恵は息をのんだ。


「お、お姉ちゃん、心太さんは……?」

「今はまだ大丈夫よ」


 ——今は。


 その言葉に乃恵の心臓がぎゅっと締め付けられる。


「乃恵、良く聞いて」

「……な、なに?」


 姉は深刻な顔をしていった。


「心太くんはこのままだと……死んでしまうわ」


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