第17話 そして事故は起こる

 

 透子に言われて、校舎裏へと向かった心太は、そこでベンチの下にうずくまる乃恵を見つけた。

 乃恵の足下から黒い霧が湧き上がり、それが彼女を覆い隠そうとしていた。


「乃恵!?」


 ——これはヤバい。


 理屈ではなく、直感で心太はそう感じた。

 乃恵の周囲を漂う黒い霧はこれまでにも何度か見ていたが、これまでとは比較にならないほどそれは濃く、淀んでいた。

 徐々に乃恵の全身を覆い始めるその霧に、心太は焦り呼びかける。


「乃恵! 乃恵、大丈夫!?」


 しかし、乃恵の返事はない。


 ——これ、触って大丈夫なのか?


 多分大丈夫ではない。本能がそう告げていた。しかし、


「っ、乃恵!」


 心太は纏わりついてくる霧を無視して、乃恵の身体を揺さぶった。

 乃恵の目が心太を捉えた。


「っ!?」


 彼女のその目は、虚ろで、真っ黒に染まっていた。

 心太は怯みながらも、乃恵に呼びかける。


「しっかりして! 大丈夫!?」

「し……、心太……さん?」

「乃恵! 乃恵!」


 ふっと、彼女の瞳に光が戻った。


「あれ……心太さん?」

「よかった」

「どうして、あれ? 私……」


 きょとんとした乃恵は、自分が心太に肩を抱かれていることに気づいて慌てた。


「わ、わ、し、心太さん……え?」


 そして同時に気づく。彼の身体に、黒い霧が纏わり付いていることに。


「心太さん、どうして——」


 言いかけて、心太の様子から悟った。

 これは自分のせいなんだと。


「す、すいません!!」


 謝りながら、心太の身体についたそれを必死に払う。


「だ、大丈夫だよ」

「そんなわけありません!」


 言いながら涙がこぼれる。

 この黒い霧黒い霧の正体は『呪い』だ。

 乃恵が自身に対して発した「私はダメなんだ」という言葉が、繰り返され蓄積され呪いとなってしまったもの。

 

「だ、ダメです……こんなにさわりが」


 心太の右手首には、黒い霧に侵食された跡が残っていた。それは、彼が呪いを受けたことを示している。


「大丈夫、大丈夫。それよりも、乃恵が無事で良かった」

「そ、そんなことよりも! 心太さんは!? どこか具合は悪くありませんか? なにかおかしな所は!?」

「大丈夫だって」

「心太さんの『運』がなくなってしまったんですよ!?」


 慌てふためく乃恵に心太は、大げさだなぁ、と笑う。


「大げさではありません、本当に、本当になんともないんですか!?」

「ホントホント。だって、運がちょっとなくなるぐらいでしょ?」


 以前乃恵は言っていたことを心太は思い出す。


 ——タンスの角に小指をぶつけたり、カップラーメンにお湯を三割入れたところで魔法瓶が空になったり。


「心配ないよ」

「で、でも……」


 そういう心太だが、乃恵は不安を拭いきれずにいた。


「大丈夫、大丈夫。でもちょっと疲れたかな」


 そういって心太はベンチへと腰を下ろした——パキッ。


「あれ?」


 

 腰掛けたベンチの足が折れ、心太はバランスを崩して後ろへとひっくり返り。

 

 心太は後頭部から落ちていき。

 

 転んだ先には、こぶし大の石が落ちていて。

 

 心太の頭は、その石へとぶつかって。


 ——ゴッ。


 じわり、と心太の頭部から赤い血がどんどん広がっていく。


「心太さんっ!」


 駆け寄った乃恵は心太の身体に触れようとして、その手を慌てて引いた。


「心太さん! 心太さん! 心太さん! 心太さん! 心太さん! 心太さん! 心太さん! 心太さん! 」


 乃恵が必死に呼びかけても、心太は目を開かない。それでも乃恵は心太の名前を呼び続けた。

 乃恵の悲鳴にかけつけた教師や生徒によって、救急車が呼ばれ、心太はすぐに病院へと運ばれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る