第5話 入学式、百鬼夜行


 門を入ってすぐのところで受付をしていた。

 一学年に三クラス、心太のクラスは一年は組(今時いろは順)。乃恵も同じだった。

 これは偶然ではなく、心太の家に憑いている、という理由で二人は一緒のクラスである。

 これは他の妖怪たちも同じで関係のある生徒と妖怪が同クラスに分けられている。妖怪と人間が早く打ち解けられるように、との配慮だった。


 受付を済ませた二人は入学式の行われる体育館に入った。


「うおぉぉぉっ!」


 心太が叫んだ。

 目の前に広がるのはパラダイスか桃源郷とうげんきょうか、とにかく楽園パラダイスだった——


「うふっ、うふ、うふふふふ」


 でへっでへっ、とまるで女子更衣室をのぞいている変態のような顔で心太は笑う。残念ながらそんな光景は目の前に広がってはいない。


『百鬼夜行』


 目の前の光景をあらわすのに最適な言葉はそれだろう。

 唐傘お化け、一つ目小僧、鬼、河童、天狗、一反木綿、ぬりかべ、方車輪、ろくろ首、狐火、そのほかにも大小さまざまな妖怪がそこにいた。


「……う……ううううう……うっひょぉぉぉっ!」

「あっ、心太さん!」


 乃恵の制止も聞かず、勢いよく駆け出した心太は――


「ンガッ」


 ゴツン、と目の前に降ってきた何かに額を全力でぶつけた。


「いっ――――ってぇ」

「大丈夫ですか?」


 しゃがみこんで頭を抱える心太に乃恵が駆けつけて心配そうに聞いた。


「……う、うん。平気」


 頭を打ってやや正気に戻った心太は降ってきたものを確認――それは『やかん』だった。

 あの、お湯を沸かすときに使うあの『やかん』である。それが天井から吊るされていた。


「まさか……やかんづる?」


 心太はつぶやいた。やかんづる、というのも妖怪の名前だ。主に夜に森の中を歩いているとやかんがぶら下がっている、という妖怪である。ぶら下がっているだけで人間に危害を加えることもない……と心太は以前読んだ本の内容を思い出した。


 ぷつん。がちゃん。


 音を立てて、目の前のやかんが床に落ちた。壊れた様子はない。


「…………」


 心太がぶつかった拍子にやかんに結ばれていたつるが切れてしまったらしい。

 心太は、やかんを持ち上げて、じっくりと観察する。

 見た目は本当に普通のやかんだ。いろいろ触ってみて、蓋を開けようとしたがびくともしない。意地になって蓋を開けようとしたとき、


「わっ」


 やかんがぶるっと震えた。どうやらあけるな、という意思表示らしい。


「あの、心太さん?」


 乃恵に声をかけられて心太は自分が床に座り込んでやかんを弄り回していることに気づいた。まわりからの視線を感じてあわてて立ち上がる。


「あははは、いいやかんだよね」


 恥ずかしさをごまかすようにそう言って、やかんの取っ手を切れたつるに結びつけた。


「ぶつかってごめんねー」


 謝りながらやかんを撫でる。そんな心太を乃恵は心配そうな目で見つめた。まわりにいる妖怪たちも似たような目で見ている。


 ——もしかしたらこれはただのやかんで、誰かがいたずらで吊るしただけなのかもしれない、という可能性に心太はようやく思い至った。


「い、行こうか!」

 

 心太は裏返った声で乃恵を促した。

 一年は組の席に乃恵と心太はつく。

 席に指定はなく、二人で並んで座った――席が指定されていないのは、妖怪の中にはイスに座れないような身体のものもいるからである。


 まわりには人間と妖怪が半分ずついて、心太はうれしさに笑いが漏れそうなのを我慢して震えていた。

 それを気味悪そうに後ろの人が見ていたが、気づいてはいない。


 そして、入学式が始まった。


「えー、新入生のみなさん。おはようございます。ただ今から、市立高天原高校第一期入学式を開始します。みなさん御起立ください」


 司会役の先生が式を進めていく。その内容自体はどこにでもあるようなものだった。

 いろいろな人間のお偉いさんが「妖怪と人間の共生のために~」と言った内容のあいさつを繰り返す。

 人間と妖怪初の共学高校ということもあってか、政府要人らしき人たちばかりのあいさつだ。

 ながったらしいあいさつは一時間以上続いた。新入生や保護者、教職員までもがうんざりしてしばらくしたころ、ようやく最後のあいさつとなった。最後のあいさつは、人間ではなく妖怪の代表によるあいさつだった。


 出てきたのは、テレビにも出ていたぬらりひょん。


 彼の登場に会場が沸く……ことはなく、心太だけが心の内で盛り上がっていた。


「おほん、新入生諸君、ならびにご父兄の方々。本日はご入学まことにおめでとう。この高校は――」


 ぬらりひょんのあいさつもそれまでのお偉いさんと同じようなものなのか、とみんなが落胆したとき、


「――なんて堅苦しいあいさつはもううんざりしておるじゃろうから割愛させていただこうかの」


 ふぉっふぉっふぉ、とぬらりひょんは笑った。生徒だけでなく保護者や教職員からも拍手が上がる。


「うむ。わしが言いたいのは一言じゃ。みんな仲良く、楽しい学校生活を送ってくれたまえ」


 以上じゃ、とぬらりひょんはあいさつを締めくくった。会場中から盛大な拍手が上がる。

 それを心太は恍惚とした表情を浮かべて見つめていた。


 ——ああ、いいよぉぉ。すごいヨォォ。妖怪と人間が一緒に拍手してるっ! すばらしいよぉぉ!!


 そんなことを思いながら。

 ぬらりひょんが舞台から降り、一同で国家を斉唱し入学式は幕を閉じた。



 生徒は教師に先導され、各クラスへと移動する。

 心太たちも一年は組に移動した。

 校舎は妖怪たちの好みに合わせ、わざと年代物の学校のように作られている。しかし、新築なので中はピカピカだ。

 そんな校舎の廊下を歩きながら、心太はふとすると暴れだしそうな自分を抑えるのに必死だった。


 ああ、目の前を歩いている毛むくじゃらの妖怪。こいつは毛羽毛現けうけげんじゃないか! 


 真っ白な長い毛を持つ大型マルチーズのような妖怪を見つめ、心太は思った。


 ああ、もふもふしたい! すごくあの毛でもふもふしたい! 


 この毛羽毛現、トイレの手洗い用の水を飲む妖怪で、この妖怪が家に憑くと病人が出たりする、いわゆる疫病神で汚い印象のある妖怪だ。

 だがそれを知りつつも心太は、もふもふしたかった。

 自分の手で毛羽毛現の毛並みを確かめて見たかった。

 目の前をとことこ歩く毛羽毛現を見つめる心太は不自然に前傾姿勢。口元からはよだれがぬらぬらたれている。


 ああ、ダメだ。抑えないと。初対面でいきなりむしゃぶりつくなんて失礼なことしちゃダメだ。飛びついちゃダメだ。飛びついちゃダメだ。飛びついちゃ――


「あの、心太さん大丈夫ですか? 具合が悪いんじゃ……」


 乃恵は恐る恐る声をかける。心太の様子が異常なことが乃恵は心配だった。

 もしも心太が体調不良ならそれは間違いなく自分のせいだ。貧乏神と一緒にいるせいだ……。

 そう思い、乃恵はきゅっとスカートを握り締めた。

 乃恵は唐突に不安になった。やっぱり貧乏神の自分が他の人と一緒にいるなんて無理なんだ、迷惑をかけて困らせてしまうだけなんだ。やっぱり私は――


「まさか! もう元気ビンビンだよ! 人生で一番元気です!!」


 落ち込みかけた乃恵に心太はギラギラ輝く目で答えた。血色もよく、漲っているのが一目でわかる。


「…………そ、そうですか」


 尋常ではない心太の様子に乃恵は寒気を覚えながらも、安心していた。

 もしも自分のせいだったら……そう考えそうになり、乃恵はその考えを振り払った。


 一行はクラスへ到着。

 教室の中に入ると、今度は出席番号順に席を指定された。二人は離れた位置に座ることになる。クラス全員が座り、担任の先生が教壇に立つ。


「みなさん、入学おめでとうございます。今日からこのクラスを担当する桜庭美里さくらばみさとです! よろしくね」


 20代後半の人間の女の先生が明るくあいさつをする。


「えーと、この学校はですね、みなさんも知っての通り『妖怪と人間の共学』ということで、いろいろなことが普通の高校とは違うけど、その辺はおいおい説明するとして、まずは自己紹介をみんなにしてもらおうかな? まず、こちらの彼が副担任の葛野葉幸太郎くずのはこうたろう先生です、じゃあ先生どうぞ!」


 彼女は教壇の脇に控える男性を教壇に上げた。


「あ、えーとご紹介に預かった葛野葉幸太郎です。僕は主に妖怪学を担当します。どうぞよろしく」


 二十代半ばの好青年と見える彼はそう頭を下げた。その拍子にふさり、と彼の金色に輝く尻尾が揺れた。

 ……おお、と教室の主に人間がどよめく。

 心太は机をガツンと拳で撃った。怒っているのではない、喜んで興奮しているのだ。


「ああ、忘れてましたけど僕は狐の妖怪です、その辺も含めて改めてよろしく」


 明るい嫌味のない笑顔で葛野葉先生はぴょこんと耳を立てた。


「はい、幸太郎先生は狐の妖怪だそうです。みなさん知ってましたか? 私は初耳です!」


 そう言うと桜庭先生は教卓をバンバン叩いて顔を伏せた。


「うう……期待してたのに! 新任の男の先生がタイプかも!? って思ってたら副担で、お近づきになれるかも……って思ってたのに!!」


 御年二十九歳の独身女性教諭にはいろいろあるのだ。それを学生たちもそっと察した。

 しかし、察しない男が一人。


「あ、ちなみに新婚で子供が先月生まれました!」


 左手の薬指に輝く指輪。それを示し更に裏ポケットから写真を取り出し、みんなに見せる葛野葉先生。


「ほら、これ僕の子供。見て見て、かわいいでしょ?」


 一番前に座る女子生徒に幸せそうな表情で見せ付ける。女子生徒はどう反応して良いのかわからずにと若干引き気味にうなずく。


「桜庭先生はお子さんいらっしゃるんですか!?」

「あ……は、ははは……う、うぅぅぅ」


 桜庭先生は力なく崩れ落ちた。こらえていた涙が頬を伝う。


 ……最近、女友達の某実名推奨SNSが子供の成長日記ばかり。しかも一人じゃない。数人の友人がだ。

 「早く結婚しなよ」というメッセージが裏に込められている気がして最近はもうサイトにアクセスすらしない。その私に、結婚どころか彼氏すらいない私に……子供って……うう、うううぅぅぅ……。


 泣き崩れる桜庭先生と、笑顔で写真を見せつける葛野葉先生に、生徒達は不安になった。クラスに暗雲がたちこめる。


「はい!」


 その空気を裂くように声を上げ桜庭先生復活。独り者暦五年は伊達ではない。

 このぐらいのダメージ何度も受けている。そうそうへこんじゃいられない。ぴちぴちお姉ちゃんはがんばるぞ♪


「はい! みなさんいいですかぁ? これから配布物配りますよぉ!」


 痛々しいほどのポジティブシンキングで立ち直った彼女はきゃぴきゃぴと仕事を進める。


「…………」

「あれれ~? 返事が聞こえないぞぉ?」

「…………お、おお~!」


 生徒達はあまりの痛さに胸を痛めつつ、声を上げた。

 にこにこ笑顔の葛野葉先生がプリントや教科書を配る。そのプリントや教科書について桜庭先生が説明していった。それらが全て終わると、


「じゃあ、みんなにも自己紹介してもらおうかな……妖怪のみんなから先にしてもらえるかな?」


 見た目だけだとわからない人もいるから、と付け加え彼女は出席簿を確認。


「まずは……大神美咲おおがみみさきちゃん」

「ん? あたしか?」

「特技とか趣味とか好きな食べ物とかもいってね」


 立ち上がったのはセーラー服を着た長身の女生徒。


「あたしは大神美咲。狼人間だ。特技は、えーと、丸太裂き。趣味は歌うこと。好きな食べ物は生肉だ。よろしくな」


 美咲はそう言って八重歯を見せて笑った。茶色の尻尾と耳がゆれる。耳と尻尾がなければ人間と見分けはつかないカッコイイ、ポニーテールの女の子だ。

 丸太裂き、とは丸太を爪で切り裂くことだろう。

 妖怪生徒から拍手が上がる。人間は丸太裂きとか生肉という言葉に引き気味だ。

 心太の口からため息が漏れる。

 

 ――ああ、あの耳、尻尾、牙、ううぅ触りたい。丸太裂きって爪で裂くのかなあ。ああ、俺の身体を裂いて欲しいぃぃぃ。


 それを想像した心太は紅潮して美咲を見つめた。美咲は背筋にぞっとしたものを感じたが、理由がわからずそのまま着席。鳥肌がたった腕をさすった。


「次は、宇月降太うづきこうたくん」


 はい、と答えて立ち上がったのは小柄な少年。

 詰襟だが、頭に傘を被っている

 ――ダンッ!

 心太は机を叩いた。


 か、彼は! 雨降り小僧じゃないか! あの、雨の神様である「雨師」の弟子の、雨降り小僧じゃないか!


 ぶるぶると震え心太は身をよじった。


「え、えええと、ぼ、僕は宇月降太、雨降り小僧です、特技は雨を降らせること。趣味は傘集めです。好きな食べ物は……ええと、水羊羹です。よ、よろしくお願いします」


 照れているのか傘で半分顔を隠している降太は、心太の立てた音にビクビクしつつあいさつを終えると座った。生徒から拍手が上がる。


「はい、じゃあ次は。唐沢司からさわつかさくん」


 桜庭先生の声に、クラスの後方に立てかけられていた傘がぴょんと動いき、ばさっと傘が開いた。


「おいらは唐傘お化けだい。特技は人を驚かすこと、趣味も同じだい。好きな食べ物はおにぎり。よろしくな」


 一本足で一つ目、口から赤い下を出した唐傘お化けの司はそう言った。典型的な妖怪にクラスがざわめく。

 近くに座っていた女子生徒はビックリしてイスから転げ落ちた。それを見て司はうれしそうにケタケタと笑った。

 そのとき心太は——茫然自失の状態だった。


 まさか、まさか唐傘なんて、そんな王道がクラスメイトなんて。


 よだれが彼の口から一筋たれる。司が席に着くと、少し遅れてまばらな拍手。

 

鞍馬涼風くらますずかさん」


 立ち上がった女子生徒は一見普通の人間に見える。獣耳が無ければ尻尾も無いセーラー服の少女。彼女はなんの妖怪だろう? と心太は朦朧とする頭で考える。

 雪女、女郎蜘蛛、山姫、橋姫、川姫、見事に化けた狐や狸か。それとも――


「鞍馬涼風です。特技は武芸全般、好きな食べ物は和菓子です。私の趣味は――」


 そこで言葉を区切ると同時に、彼女の背中から真っ黒の翼が現れた。黒い羽が教室を舞う。


「空中散歩です。烏天狗と呼ばれています。どうぞよろしくね」


 涼風は肩にかからない程度の真っ黒に艶めく黒髪をゆらした。


 ――天狗か!


 心太は心の中で叫ぶ。

 しかも鞍馬といえば、牛若丸を鍛えたことで有名な烏天狗である。

 涼風の羽が一枚舞って心太の机の上に落ちた。心太はそれを手に取り、はあはあと息を荒くする。危険な表情で大切そうに羽を撫でポケットにしまい込んだ。幸いなことにそんな心太にみんなは気づかない。

 比較的人間の容姿のままの美少女に男子から熱い拍手の中、彼女は着席。


「次、古森怪斗こもりかいとくん」

「ようやく僕の番だね」

 

 呼ばれた少年はやたらと大仰な仕草で立ち上がった。


「ふっ、僕が古森怪斗、天下に名高き吸血鬼さ。特技は女性をリードすること。趣味は女性と甘い時間を過ごすこと。好きな食べ物は美しい処女の生き血だよ。僕に惚れると火傷じゃすまないから気をつけてくれたまえ」


 どこからか真っ赤な薔薇を取り出した彼はそれに口付けをすると宙へ投げた。美男子と言い切れる容姿をしているが、クラスメイトはドン引きだ。女子生徒まで引いている。怪斗はそれに気づかずにキザな仕草で席に着く。

 だが、ただ一人彼にお熱の生徒がいた……言うまでも無く心太である。


 ああ、吸血鬼だって! なんてカッコいいんだろう、あの八重歯を肌に突きたてて血を吸うのかなあ? 出てきた血をぺろぺろ舐めるのかなあ? ああ、俺も吸われてみたい。


 どんどん心太が見られない状態になっていく。


「次は、福家乃恵ふくやのえさん」


 はっ、と心太は我に返る。乃恵の番はしっかり聞かなければ、と立ち上がりかけたモノを制し、彼女の方へ身体ごと振り向く。


「はっ、はい!」


 裏返った声で返事をして立ち上がる乃恵。

 彼女は緊張していた。はじめての学校、はじめての教室、はじめてのクラスメイト。

 乃恵は深く深呼吸して気持ちを落ち着け、話し出す。


「す、すいません! ふ、ふふ福家乃恵です、特技、っていえるほどではないですけど、家事は出来ます。しゅ、趣味は……家事は好きです。えええと、それと。あ、す、好きな食べ物は、今川焼き、です。す、すいません。そ、それと、わ、私は――」


 きゅっ、とスカートを掴んで乃恵はいった。


「――び、貧乏神です。すいません。よ、よろしくお願いします……」


 尻すぼみに言いつつ、ぐっと深く頭を下げる。その拍子に深く下げすぎて机に頭を打ってしまった。


「……………………」


 クラスは沈黙している。乃恵は顔が上げられなかった。そんな中、


「あはは」


 小さく笑い声を上げながら大きな拍手をする人が一人。乃恵は恐る恐る顔を上げた。その拍手をする人物は心太。

 釣られるように教師と生徒数人がまばらな拍手を送る。

 乃恵は心太に救われた、が、落ち込んでいた。


 ――やっぱり貧乏神を歓迎してくれるなんてこと、あるわけが無いんだ……でも、頑張らなきゃ。


 乃恵はクラスになじめるように努力しようと、決意を新たにした。

 心太は拍手がまばらなことに気づいたがそれほど深く気に留めなかった。

 怪斗や司の時にも拍手はまばらだったからだ。


 しかし乃恵のときは『妖怪からの拍手がなかった』ということに心太は気づかなかった。


 乃恵が着席したのを見届けて桜庭先生は次を呼ぶ。

「はーい、じゃあ次は瀬川瑞希せがわみずきさん」


 桜庭先生に呼ばれて次に立ち上がった女子生徒はセーラー服を着ている。頭にはちょこんととがった獣耳。着いた尻尾は狸に近い。


「瀬川瑞希です! ボクはカワウソ、特技は変身することだよ! 趣味はお笑い! 好きな食べ物はすき焼きでっす! どうぞよろしくね♪」


 心太の身体をビリビリと衝撃が駆け抜ける。


 ——狸でも狐でもなく、カワウソ!! 日本ではカワウソはもう絶滅したと言われていて、カワウソの妖怪も見ることはもうできないと思っていたのに! これは歴史的な発見では!?


 心太がイスを蹴り倒して立ち上がろうとした瞬間、桜庭先生が次の人の名を読んだ。


「はい。次は、管路湧(かんろ ゆう)……さん」


 もしかして「くん」かしら? と首を傾げながら彼女はクラスを見回す。が、誰も答えない。間違えたかな、と名簿を確認する。しかし名前はちゃんとあっている。

 ――誰だろう? クラス全員がそう思ったとき、それは起こった。

 ひゅー。


「ンガッ」


 天井から落ちてきたものが立ち上がりかけた心太の頭部を強打した。

 その衝撃で心太は大きく後ろにのけぞり後方へと倒れた。その中、心太は確認する。


 ――ああ、さっきのやかんづるじゃないか。もしかしてこいつもクラスメイト? 

 

 そう思いながら、後頭部を後ろの机へ打つ覚悟をし目をつぶる。が、

 もにゅ。

 心太の頭は何かやわらかいものに包み込まれた。

「あらあら?」


 声が聞こえて心太は目を開けた。そこには美少女の顔がドアップであった。

 え?

 と心太は彼女と見つめあいながら考える。


 ——この頭の乗っかっている柔らかい机は……机じゃないよね?


 見つめあう彼女が頬を染めた。そこで心太は自分の状態を把握――


「ご、ごめん!」


 あわてて立ち上がろうとするが、彼女の胸で支えられているだけの心太は起き上がろうとして逆にのめり込んでしまう。


「あらあら、うふふ」


 彼女は恥ずかしそうにそう笑うと、胸に埋まる心太の頬に手を当てた。

 長い白髪はくはつをしている彼女の肌はその髪以上に白く、そして冷たい。触られているだけで体温が奪われていくのがわかる。


 ——あ、あれ、力が入らない?

 心太の目の前が徐々に霞んでいった。


「し、心太さん!?」

「ちょっと、柳田くん!?」


 心太の意識はぷつんと切れた。

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