第6話 あなたは委員長に任命されました
目を覚ますと心太はベッドの上にいた。
目を擦りながら起き上がり、あたりを見回す。
「……保健室?」
カーテンで仕切られているが、どうやらここは保健室のベッドの上らしい。
壁にかけられた時計を確認すると六時を過ぎている。教室にいたのは三時頃だったから、三時間以上寝ていたらしい。
ベッドの下に置かれていた上履きを履くと、心太はカーテンを開けた。
「お。お目覚めだね?」
「あ、心太さん。具合はもう大丈夫ですか?」
カーテンを開けた先では乃恵がイスに座っていた。向かいには葛野葉先生が座ってお茶を飲んでいる。
「え、あ、はい。どうも。大丈夫です」
「そうか、それはよかった」
葛野葉先生は変わらない笑顔で、しかし、ほっとしたように言った。
「雪代くんに精気を吸われて倒れたんだ、覚えているかい?」
「あー、なんとなく……もしかして、彼女は雪女ですか?」
「うん、彼女は雪女の
少し吸われただけだから命や健康に問題は無いから安心していいよ。と葛野葉先生は付け足した。
「ああ、やっぱり」
心太はあごに手を当てて納得したようにつぶやいた。
――なるほど。雪女に精気を吸われるってああいう感覚なんだな。うんうん、良い経験だ。
「彼女もとっさのことで悪気はなかったんだ。許してやってくれるかな?」
顔を赤くし拳を握り締める心太を見て、彼が怒っていると勘違いしたのか、葛野葉先生は謝るように心太に言った。
「え? 許すってなにをですか? 僕はお礼を言いたいぐらいなんですけど! というか、是非お礼を! 精気を吸ってくれてありがとうと! 是非、是非!」
そう叫ぶ心太に葛野葉先生はあっけに取られた。彼が笑顔以外を人に見せるのはめったにないことだ。
「あの、心太さん。その、みなさんもうお帰りになったんです……」
ヒートする心太に乃恵が言いにくそうに話しかけた。
「え、うそ」
心太は信じられないというように愕然とした顔になった。彼が保健室に運ばれてからすでに三時間以上。生徒どころか、先生の大半ももう帰ってしまっている。心太の目覚めを待つ乃恵に、葛野葉先生は付き合ってくれていたのだ。
「じゃ、じゃあ、その毛羽毛現とか、他の妖怪さんたちの自己紹介とか……それは、もう……」
「は、はい……終わっちゃいました」
——なんということだ、せっかくのチャンスを逃すなんて。
乃恵の言葉に心太は頭を抱え込んだ。
そんな心太の様子に戸惑いつつ葛野葉先生は、そうだ、と話を切り替えた。
「柳田くん、きみは福家さんと一緒に暮らすというのは本当かい?」
突然の話題の転換に戸惑いながら心太はじたばたをやめて起き上がり、うなずいた。
「え? あ、はい」
「そうか」
「ごめん、福家くん。ちょっと外してもらってもいいかな?」
葛野葉先生は乃恵に席を外してくれるよう頼んだ。乃恵は素直に従って廊下へと出て行く。
心太が眠っている間、乃恵は葛野葉先生に話していた。……自分はやっぱり迷惑ですよね、と。貧乏神が学校なんかに来てごめんなさい、と。
葛野葉先生は心太と乃恵が一緒に暮らすことを知っている。貧乏神と人間が一緒に暮らすというのは妖怪にとっても信じがたいことだった。それはさっきのクラスの反応を見てもわかることだ。妖怪からも避けられる貧乏神と暮らそうとする心太と、彼は話がしてみたかった。だから、こんな時間まで付き添って残ったのだ。それに確かめておきたいこともあった。
「きみは、貧乏神がどういう存在なのかきちんと知っているかな?」
心太と二人きりになった葛野葉先生は、真剣な表情で聞いた。
「え、まぁ、はい、一応」
「貧乏神とは、周囲の運気を奪ってしまうんだ」
「そうみたいですね?」
「きみは、そんな貧乏神に取り憑かれることをよしとするなんて、ちょっと信じられなくてね」
「ええ、それは……そうですよね」
貧乏神がそばにいる、といわれて喜ぶ人間はまずもっていないだろう、と自分を棚に上げて心太は思う。
「運がなくなる、というのは極端ないい方をすれば、死が近くなる、ということをきみはちゃんと理解しているかい?」
「死が……?」
死、という単語に心太はぎょっとする。
「そうだ。例えば、いつもなら転んでも軽い怪我で済むところが、運がなかったせいで打ち所悪く死んでしまう、だとか……貧乏神に憑かれるということは、そういう可能性が上がるってことだ。まぁものすごく極端な例だけどね」
「……」
「心太くんは、妖怪に対して好意的だと思っているからこそ、そこを軽く考えて、傷ついて欲しくないと思ってね……それに、きみが傷つくことは、乃恵くんが傷つくことにもなるから」
言われて心太は、ハッとした。
もしも、自分が怪我をしたら、乃恵はそれを自分のせいだと責めるに違いない。しかも、それが彼女のせいか、違うのか……誰にも証明はできない。
「ごめん、追いつめようと思ったわけじゃないんだ」
心太の表情が硬くなったのを見て、慌てたように先生は、柔らかい表情を作った。
「それよりも、さっきは助かったよ」
「さっき、ですか?」
「乃恵くんの自己紹介のとき、きみの拍手があって。本当にありがとう」
貧乏神、といったら妖怪の中でも敬遠されている。その彼女がクラスで浮いてしまうのは目に見えていた。
乃恵の自己紹介に対するクラスの反応は予想通りだった。
教師である自分が拍手をしても生徒達の乃恵への印象は良くはならない。そんなときに同じ生徒である心太が先立って拍手をしたことは大きなことだったのだ。
「勝手な言い分で悪いんだけど、これからも乃恵くんのこと、よろしく頼むよ」
「え……? あ、はい」
戸惑ったまま心太は答えた。心太は貧乏神は妖怪にも避けられる、という話を知らない。乃恵はそんなこと話さないし、彼女が言わなければ他に言う人もいない。
だから、心太は先生の言うことを完全には理解しないまま、うなずいていた。
「それともう一つ、お願いがあるんだ」
改まった姿勢をくずし、もとのやわらかな笑顔に戻った葛野葉先生に、なんですか? と心太はやや警戒気味に尋ねる。
「出来たら、きみに男子のクラス委員長をやって欲しいんだ」
「へ?」
葛野葉先生は心太が気絶した後もクラスの様子を眺めていたが、クラスの生徒達はずっと打ち解けないままだった。
初日だから仕方がないと言えばそうだが、自己紹介が終わり、帰り際になっても、妖怪と人間で会話をしているところはどこも無かった。
「クラス委員長は、クラスのまとめ役だからさ。両方と話が出来る人じゃないと困るんだ。その点、きみならぴったりだと思うんだけど……どうだろう?」
女子のクラス委員長は妖怪の女の子に頼む予定だよ、と先生は付け加えた。
「委員長とかやったことないですけど……そういうことなら。はい。引き受けます」
心太は二つ返事で引き受けた。理由は言うまでも無い。委員長同士、という正当な理由を盾に相手の妖怪と話が出来るのだ。断ることなんて出来やしない。
「ありがとう。クラスのこと、それから乃恵くんのこと、よろしく頼むよ」
葛野葉先生はそう言うと心太へ向けて手を差し出す。
「はい!」
心太はその手を握り、力強く答えた。
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