第26話 幼馴染みのメンツ


「それなら、会いに行くしかないだろ」


 弥津斗の言葉に心太は頷く。


「——ちょっと待ちなさいよ」


 そのとき、病室のドアがガラガラと勢いよく開けられた。


「え……歩美?」


 ——なんでいるの?


 幼馴染みでクラスメイトの近頃全然関わっていなかった遠藤歩美が、そこには立っていた。


「心太……今私がどうしてここにいるんだ、って思ったでしょ」

「い、いや、そんなことは……ご、ごめんなさい」


 瞬間つり上がった眉に心太は思わず謝る。


「ったく……うちの親からの差し入れ持ってきてあげたのよ」


 不機嫌そうな顔をしてそういうと彼女は紙袋を差し出した。中を見ると、心太の好きな彼女の母親が作ったクッキーが入っていた。


「うわぁ、懐かしい……ありがとう!」


 このクッキーは幼い頃、心太が彼女の家に預けられたときに食べさせてもらった思い出の品だ。

 歩美は少しだけ表情を緩めると、話を続けた。


「ねぇ、さっきの話だけど。そっちの八木くんだったわよね……さっきの話、どういうつもり?」

「どういうつもり、って、どうもこうも聞いてたんならそのままだよ」

「なに考えてるの?」


 歩美はつり上がったきつい目をさらにつり上げる。


「なんでそんな煽るようなこというのよ、心太は死にかけたのよ!」

「んなこといったって、本人が会いたいっていってんのに止める道理があるかよ!」

「そもそものそれがわかんないのよね……ねぇ心太。アンタ正気?」

「え?」


 二人の言い合いをよそに、差し入れにもらったクッキーをぱくつこうとしていた心太はきょとんとする。


「アンタ、あの子のせいで死にかけたのよ? そこんとこわかってる?」

「それは……もちろんだよ」

「嘘ね。わかってない。アンタは全然わかってない」


 心太には確かに死にかけた自覚がなかった。

 本人にしてみれば、うっかり転んで寝て起きた、感覚的にはただそれだけのことである。

 生死の淵をさまよったという実感はまるでなかった。

 それを見透かした歩美の言葉に心太は黙る。


「心太のお母さん、心配して泣いてたわよ」

「うん……」

 

 そのことは、目覚めたときに知っていた。心太が起きたとき、母親は心太をなじりながらも目にはうっすら涙を浮かべていた。


「心太のお母さんだけじゃない。うちの親だってそう。それに広樹も……私だって、本当に心配してたんだからね……」

「ごめん」

「謝るなら、なんで妖怪のところにいくのよ! いいじゃない、行かなくたって。誰も困らないし、丸く収まるでしょ!?」

「……ごめん」


 いつの間にか目に涙を溜める歩美に、心太は戸惑いながらも、それでも言うことは変えられなかった。


「ふ、ふざけんなバカ! ……そもそも、どうやって会いに行くのよ! 誰も彼女の住んでるところを知らないじゃない!」

「うん」


 ——それでも、行く。


「それに、会ったところで学校をやめたことはなくならない」

「うん」


 ——それでも、会わないと。 


「なんで……なんでアンタは……!」


 言葉にしていなくとも、心太の目からそのことが歩美に伝わった。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人は黙り込み、誰も動かず、気まずい沈黙が流れた。



「お取り込み中、ちょっといいかの?」

「うわっ」

「!!」

「!?」


 突然、老人の声がかけられて、三人は驚く。

 その声の主はいつからいたのか、心太のベッドの上に座っていた。


「話は聞かせてもらったぞい」


 そういった老人、それは——


「ぬ、ぬらりひょん!?」


 テレビに出演していて、入学式のときにも見た、あのぬらりひょんだった。


「おぅおぅ、覚えてくれているとは嬉しいのう」

「な、なんでここにあなたがいるんですか?」


 歩美は、笑うぬらりひょんにたじろぎながらも尋ねた。


「あー、実はわしが今日ここに来たのはなんというか……妖怪のせいで人間が傷ついた、というのはよろしくなくてのぉ」


 妖怪と人間の共生に、文句をつけたくて仕方ないやつらがごまんといんじゃよ、とぬらりひょんは笑った。


「ふむ……わしは、遠回りにいうのが苦手でのぉ、単刀直入に言ってしまうが、今回の件はとっても困るんじゃ」

「す、すいません……」

「ということで、少年。キミが貧乏神に呪われて怪我をした、というのはなかったことにしてもらいたい」

「へ?」


 なかったことにしてもらいたい、というその言葉に三人は目を丸くする。


「そ、それって——」

「もしかして——」

「うむ。平たくいって、もみ消しじゃ」


 歩美と弥津斗が言いかけて飲み込んだ言葉をぬらりひょんは当たり前のようにいった。


「少年だけではない。今回のことは、になかったことにしてもらうつもりじゃよ」


 その言葉に心太はハッとする。


「待ってください、全てなかったこと、ってことは……乃恵の退学は……?」


 心太の言葉に、ぬらりひょんはにんまり笑った。


「そうじゃのぉ。事故が起こってないのに退学なんてされては、余計な火種になりかねんからのぉ。それももちろん取り消しじゃ」


 やった、と喜びの声を上げる心太に、ぬらりひょんは続ける。


「それから、もう一つ。これからわしは、このことを伝えに福家さん家にいくんじゃがの……ついてきたい人はおるかの?」


 ぬらりひょんはそういうと、パチンとウインクをした。

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