第25話 暗中模索



「また明日、学校で会いましょう」


 黙りこくる心太に、元気出してね、と言った涼風は黙ったままの透子とともに帰って行った。

 一人になった病室で、心太はぼんやりしていた。


 本当は、最初に手紙を読んだときから、乃恵がいなくなることをどこかで感じていた。

 だから、走って追いかけようとしたんだ。

 でも、結局、倒れて気絶してこのていたらく。

 現実逃避にオレオを食べてみたけれど、涼香に現実を突きつけられてあっけなく終わった。


 ——どうしたらいいんだろう。


 自分がどうしたいのか、なにができるのか、なにをしていいのか。すべてがさっぱりわからない。

 

 乃恵の置いていったビー玉をベッドサイドの棚から取り出し、手の中でもてあそぶ。

 これは昔、自分が乃恵にあげたものらしい。

 自分は乃恵と昔に会っていたそうだ。


 ——そんなこと、全然知らなかった。


 手紙を読んだ後、母親から話を聞いて、なんとなく思い出したが、はっきりとは思い出せない。


 ——なんで乃恵は最初に言ってくれなかったんだろう。忘れられているのがわかっていたから、言い出しにくかったのだろうか。多分そうだろう。でも、ちょっとぐらい言ってくれても良かったのに。


 ビー玉をぐりぐりと握りながらそう思う。


 ——聞きたいことはたくさんあるけど、もうそれはできない。


 そう思うと、急に胸が痛んだ。

 乃恵との生活を思い返す。

 学校がはじまってから、乃恵とは一番そばにいて一緒の時間を過ごしたけれど、自分は乃恵のことを全然知らない。

 彼女のこれまでがどうだったのか、とか、なにを考えていたのか、とか、全然わからない。

 そのことが、今更ながら……本当に今更ながら感じられた。

 後悔先に立たず、とはよくいったものだ、と思う。


「はぁ……」

「なんだよ、溜息ついて」

「わっ、弥津斗……いつからそこに!?」


 心太が気がつくと、ベッドの横の椅子に猫又の弥津斗が座っていた。 


「いつからって……今普通に入ってきただろ」

「そ、そっか。気づかなかった」


 心太の答えに弥津斗は、ったく、と溜息をつく。


「で、どうだよ調子は」

「あぁうん。体調はなんともないよ。明日から学校にいくよ」

「そっかそっか。それはよかった」

「うん……」


 元気なく頷く心太に、で? と弥津斗は尋ねた。


「溜息の理由はなんだよ? 話してみろよ」

「……実はさ」


 そういって心太は、涼香と透子にいわれたことを話した。


「で、まぁ、どうしたらいいんだろ……って思ってさ」

「なるほどなぁ」


 頬杖をついて弥津斗は頷いた。


「弥津斗はどう思う? やっぱり、乃恵が学校やめるのは仕方ないって思う?」

「まぁ、そこは仕方ない、って思いはするな」


 そもそも、と弥津斗は続ける。


「妖怪と人間の共生、ってときに一番問題視されてたのは今回みたいに『妖怪が人間を傷つける可能性』だ。だから学校に限定して共生をはじめたり、学校に通う妖怪も安全なヤツを選んでたりするんだからな……それをぶち壊しちまった福家が学校にいられなくなるのは……当然、っていい方は良くないけど、わからなくはない」


 人間の学校で言えば、暴力事件を起こしてしまった生徒が自主退学するようなもんだ、と弥津斗はいった。


「でも、乃恵は別に事件を起こそうと思って起こしたわけじゃないよ?」

「それは関係ない、事件が起こっちまったのが問題なんだよ」

「そんなこと……」


 やっぱり誰がみても、乃恵が去るのは仕方のないことなんだ、と心太は落ち込んだ。


「でもな」


 弥津斗は人差し指を立てていった。


「おまえが福家にたいしてどうするかは、そのこととは一切関係ない」

「え?」

「だから、今のはあくまでも『学校』とか『お役所』とか『世間』とか、そういう視点からの意見。今大事なのは、、だろ?」


 弥津斗は立てた指を心太に向ける。


「誰がなんて言おうと、おまえがどうするかは、おまえの自由だ」


 それを止める権利は誰にもねぇ、と弥津斗はいった。


「なぁ心太。おまえはどうする……どうしたい?」

「俺は……俺は……」


 心太は、思いを口にする。


「俺は、乃恵に会いたい」

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