第24話 ビターハート



 病室のベッドで心太はオレオを食べていた。


 オレオはおいしい。オレオは正義だ。これがもうすぐなくなるなんて間違っている……と思っていたけど、どうやら販売は続くらしい。安心だ。

 心太はオレオを分解してクリーム部分だけを先に食べて後からクッキー部分を食べるのが好きだった。


 オレオ。


 カカオの匂いが食欲をそそり、やめられないとまらない。気づけば一袋食べきって477kcal。軽くお茶碗二杯分のカロリーになる。


 病室で心太は一心不乱にオレオを食べていた。

 心太が気絶した時から三日が経過している。

 病室でベッドから転げ落ちて意識を失った心太は、それからまる一日眠り続け、昨日、目を覚ました。

 そして一晩経った今日、ひたすらオレオを食べている。

 

 ——乃恵はいなくなった。


 母親から聞いた話では、心太が気絶している間に彼女は荷物をまとめて実家に帰ってしまったそうだ。


「情けないわねー」


 目覚めて早々の母親の一言だ。

 不甲斐ないのは、心太自身一番わかっている。その傷口に塩を塗る発言に心太はイラだち、同時に自分にもイラだっていた。

 そしてイライラを解消するためにオレオをバカ食いしている。


「そんなに食べて、太るわよ?」


 心太が三袋目のオレオを食べきり、四袋目を開けようとしたとき、そう声がかけられた。


「鞍馬さん……!」


 烏天狗の涼風が、おじゃまするわね、といいながら病室に入ってきた。心太の表情がぱっと明るくなった。


「どうぞどうぞ」

「お見舞いに来たんだけど……体調はどう?」

「体調はもう全っ然平気だよ、今日で退院して明日から学校に行く予定」

「そう、それならよかった」


 笑顔を見せる心太に、涼風はほっと安堵する。


「乃恵さんのことは……残念だったわね」

「うん、家にはもういれないって……」

「そう……でも、仕方ないわね」


 人を傷つけてしまってはね、と涼風は言った。


「うん……でも、明日学校で会ったら、説得しようと思うよ」

「え?」


 心太の言葉に、涼風は驚きの声をあげた。


「どうしたの?」

「心太くん……聞いてないの?」

「なにが……?」

「その……乃恵さん、学校をやめるって」

「え?」


 気まずそうに言った涼風に、心太は口をぽかんとあけた。


「え、なんで……だって……え?」

「ごめんなさい、私てっきり知ってるのかと思って」


 心太はぐるぐるする頭で考える。

 乃恵からの手紙を思い出す。

 その手紙に書かれた「実家に帰る」を心太は、自分とは一緒に暮らせない、という意味だと捉えていた。

 まさか学校をやめるだなんて思っていなかった。


「なんで乃恵が学校をやめるの!?」

「ちょ、や、柳田くん落ち着いて——」

「当たり前でしょ」


 涼風につめよる心太に答えたのは別の声だった。


「ふ、古家さん」


 涼風と一緒に来ていたのか、ドアの所に背をあずけ、かったるそうにしながら透子が続けた。


「妖怪が人間を呪うことは当たり前のことだけど、共生しはじめた矢先にそんな事件起こしたら、そりゃあ、学校をやめることにもなるわよ」

「そ、そんな……」


 うろたえる心太に、透子は冷たく言い放つ。


「私はこれで良かったと思うわ。あの子のためにもね」

「なんで!?」

「これ以上学校にいたってあの子が傷つくだけでしょ? それなら最初から通わない方がいいわ」


 透子の言い分は正しい気がした。

 これまでの学校生活も、乃恵にとって楽しいものだったのか、心太にはわからない。


「で、でも……!」


 そう言い切る透子に、心太は助けを求めて涼風を見た。


「……私も、その方がいいと思う」

「鞍馬さんまで!?」


 裏切られた気持ちの心太の目を、涼風はじっと見つめた。


「私、柳田くんにいったわよね。乃恵さんが『神』だってことを甘くみてはダメって」

「そ、それは……」


 確かに涼風にはそう言われていた。今回の事故は、それをしっかりと受け止めなかった自分にもあると心太は思った。


「本人が望む望まないに関わらず、今回のようなことを引き起こす力を持っているのよ……今回はあなたは死なずに済んだ。でも、次はわからない。そうなったときに乃恵さんはどう思うかしら」


 言われなくても心太にはわかった。

 その時に乃恵が一番自分を責めるだろう事は。

 現に今だって、そのために、彼女は去って行ったのだから。


「だから、残念だけど、仕方がないの。これはお互いのためなのよ」


 涼風の言葉に、心太は黙ることしかできなかった。

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