第23話 手紙

 

 心太は夢を見ていた。

 それは幼い頃の夢だ。

 まだ小学生に上がったばかりのころ、家の門のところで泣いてる女の子がいて、心太はその子に声をかけた。

 『父とはぐれた』と泣く彼女に泣き止んで欲しくて、一緒に遊ぼう、と心太はいった。

 その言葉に女の子は泣き止んでくれたけど、なかなか笑ってくれなかった。彼女を笑わせようと、心太はいろいろな遊びを提案した。だけど、どうやっても彼女は笑ってくれなくて、そのうちに彼女の父が迎えに来た。

 別れる前、心太は彼女にビー玉を渡した。

 当時の自分にとっての一番の宝物だった大きくて綺麗なビー玉。

 彼女は驚いたように目を丸くして「ありがとう」とお礼を言ってくれた。照れたように笑いながら。初めて見せてくれた笑顔がうれしかったことを心太は覚えている。

 不意にその少女の笑顔が、誰かと重なった気が心太はした。

 しかし、幼い心太にそれが誰かはわからない。とにかく彼女が笑ったことを喜びつつ心太は彼女に言った。


「またね」


 彼女は困ったように笑いながら、うん、とうなずいただけだった。

 心太は少し寂しく思いながらも、笑顔で手を振った。

 彼女も心太に手を振ってくれた。

 じゃあね、と笑顔で別れたはずの心太の耳に、彼女の涙で濡れた声が届いた。


「さようなら」

 


 ***** 



 心太が目を覚ますと、ベッドの脇に人が座っていた。太陽の日差しがまぶしくてぼやけた視界の中、彼女を確認する。


「……のえ?」


 徐々にハッキリとする視界の中、心太は、う、と眉をしかめた。


「残念、母さんでした」


 学校で先生を「お母さん」と呼んでしまったとき以上に恥ずかしい上に申し訳ない。もちろん乃恵に。

 心太は顔を手で覆おうとして右腕がうまく上がらないことに気がついた。全身を覆う倦怠感。他の部分も上手く動いてくれない


 ——そっか俺、怪我したんだ。


「……あれ、なんで母さんがいるの?」


 心太は純粋な疑問を投げかけた。ぼけているわが息子に、はあ、とため息をついてから母は心太に説明した。


「あんたが死にかけてる、って言われて飛んできたのよ」


 まったくもう、心配かけるんじゃないわよ。と母は心太の頭を撫でた。

 うっすらと涙を浮かべた母親に、心太は、ごめん、と謝った。

 次に続ける言葉も見つからなくて、母から目をそらし壁にかけてある時計を見た。午前十時を指す時計に、心太はふと思い出したことを聞いた。


「それで、乃恵は?」


 怪我とかしてなかったよね? と心太は聞いた。


「……ええ、大丈夫。さっきまであんたのそばについててくれたのよ。今は荷物をまとめているわ」


 そっか、よかった。と心太はつぶやいた。そんな心太を見つめた母親は、懐から一通の封筒を取り出した。


「これ」

「?」


 心太はよくわからないままそれを受け取った。これはなに? と聞く前に母親は、


「じゃあ、母さん先生呼んでくるから。大人しくしてなさいよ」


 絶対に動いたりしちゃダメよ。走ったりしたらダメだからね、動いたら張り倒すから、と動くわけもない心太に妙にしつこく釘をさして、じゃあね、と行って母は病室を出て行った。


 ——なんなんだ、一体?


 心太はいぶかしみながらも封筒を開けた。

 全身がうまく動かないため非常に時間がかかったが、なんとか開ける。

 中には手紙となぜかビー玉が入っていた。

 同封されていた大きなビー玉を疑問に思いつつ、とりあえず心太は手紙に目を通す。


 その手紙は、乃恵からのものだった。

 その文章に目を通した心太は——ガタンッ!


 急に起き上がろうとして、バランスを崩しベッドの脇に転がり落ちた。幸いなことに麻酔がまだ効いているらしく痛みはあまりない。

 気だるい身体に力を込めて立ち上がろうとする。だが、やはりうまく身体が動かない。

 生まれたての子鹿のように、心太はベッドの縁を掴みガクガクと震えながらなんとか立ち上がろうとして——ガクン。


 膝が抜けて、床に転がる。

 頭を打ったのか、急に起き上がったからか、ひどいめまいがした。


「くそっ……くそ……」


 全身から力が抜けていくのを感じた。


「の……乃恵……」


 心太はそのまま意識を失った。


 乃恵からの手紙には次のように書いてあった。

 

 

 心太さんへ。


 怪我は大丈夫ですか? 今回は私のせいでひどい目にあわせてしまって、本当にごめんなさい。心太さんの命が助かって、本当によかったです。


 突然ですが、私は実家に帰ろうと思います。心太さんのおかげで、どうにかなるかと思ったけど、やっぱり貧乏神は貧乏神。これ以上迷惑をおかけすることはできません。


 心太さんには本当に感謝しています。私を家に置いてくださったこと、涼風さんやクラスの方を紹介してくれたこと。私のご飯をおいしいと言ってくれたこと。

 そのほかにもたくさんのことを、ありがとうございました。言葉では言い表せないぐらい感謝しています。本当にありがとうございました。


 それから、ごめんなさい。私は、心太さんのことを呪ってしまいました。

 心太さんは、私のことを考えていろいろなことをしてくれたのに……私は、そんなあなたを呪ってしまいました。どんな言い訳もできません。


 本当にごめんなさい。


 いつもいつも、助けてもらうばかりで、なにも出来なくて、ごめんなさい。


 同封したビー玉は、昔、心太さんに頂いたものです。

 心太さんは忘れてしまったかもしれませんが、私たち小さいころに一度、会ってるんですよ? 


 今まで、このビー玉に私はとても助けられてきました。

 でも、私にはもう、持つ資格がないのでお返しします。


 本当はもっと恩返しもしたかったんですけど、私には出来ませんでした。

 勝手なことばかりでごめんなさい。怪我がはやく治ることを祈っています。


 短い間でしたが、お世話になりました。本当にありがとうございました。

 

 さようなら。

 

 

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