第30話 我が家の貧乏神様


 ピピピピピピピピ——。


 一週間後。

 日曜日の朝七時。

 目覚ましのアラームで心太は目を覚ました。


 数日の間に立て続けに頭を打ったので大事をとって各種検査をおえ、心太は、昨日ようやく自宅に戻ってきた。

 久しぶりの我が家でくつろいだ心太は、改めて乃恵がいなくなった家にさびしさを感じてなかなか寝付くことができなかった。

 いつもよりぼやけた頭で起きた心太は、少し腫れぼったい目を擦りながら一階へと降りていく。


「おはよう」


 トントントン、と包丁の規則正しい音と、味噌汁のいい匂いが漂ってきた。寝ぼけたまま彼は台所に立つ母親にあいさつ——そのときに心太は気付いた。

 母は昨日の夜、仕事先へ帰っていったことを。自分は今日から一人暮らしに戻ったことを。


「お、おはようございます! 朝ごはん、今出来ますから」


 心太の声に振り返った人は、そう言って頭を下げた。


「……乃恵」


 心太は彼女の名前をつぶやく。信じられない気持ちだった。もう会えないのだと思っていた。彼女は去ってしまったのだと、そう思い込んでいた。


「どうして……?」


 目を丸くした心太の言葉に、乃恵は照れたように笑う。


「……え、えへへ……だ、だって、心太さんが……」

「俺が……?」


 思い当たる節がなく、首をかしげる心太に乃恵の表情が変わった。


「し、心太さん……も、もしかして覚えてないんですか?」

「……そ、そんなことないよ?」

「…………」


 あはは、とごまかす心太に、乃恵は冷たい視線を向けていたが、はぁ、と一つ溜息。


「まぁいいです。いいんです……がんばりますから」

「……?」


 理由はわからない。

 けれど、とにかく乃恵が戻ってきてくれたのだ。

 そっか、と心太はつぶやいた。そっか。そっか。と、噛みしめるように何度もつぶやく。


 妙な恥ずかしさとうれしさに、心太は笑顔になっていた。心臓がドキドキとして、壊れそうだった。


「乃恵、おかえり!」


 高まる気持ちを抑えられず、心太は乃恵を正面からギュッ、と抱きしめた。


「し、心太さん!?」


 戸惑ったような乃恵の声が耳にくすぐったい。心太はもっと彼女を強く、強く抱きしめる。


「し、心太さん、……く、苦しいです……」

「ごめんごめん!」


 笑いながら心太は彼女を放す。


「俺も、料理手伝うよ。いや、手伝わせて!」


 心太は張り裂けそうなほどの笑みを浮かべた。


「はい、よろしくお願いします」


 乃恵は照れながらそう、うなずいた。

 その胸元には、紐に通された大きなビー玉が輝いていた。


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ハロー、人間のみなさん。今日から私たち妖怪はあなたたちと一緒に生きていきます。 晴丸 @haremaru

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