第15話 座敷童の溜息


 同時刻。

 乃恵は、校舎裏の隅に置かれたベンチに一人座っていた。

 ここは建物の影になっていて、誰もこないからゆっくりと過ごせる。なかなかなじめない学校において、最近見つけた乃恵のお気に入りの場所だった。

 今日のお昼は、コンビニで買ったサンドイッチ。

 いつもは心太の分と合わせて自分で作るが、今日は寝坊してしまったためその時間がなかった。

 心太も朝食に加えてお弁当を作るところまでの余裕はなかった。

 乃恵は、心太に余裕がなくて良かった、と思う。

 もしも、お弁当まで作られてしまっていたら、私にはあの家にいる存在価値がない。


 ——そもそも、私には彼のそばにいれる理由なんてなかった。


 自分は貧乏神なのだ。

 彼に親切にされて、勘違いをしていた。

 彼の親切は別に『私だから』ではない。彼は『私が妖怪だから』優しいだけだ。

 それを勘違いして、浮かれて、上手くやっていけるかも、なんて思ってしまった。

 

 ——私は、要らない子なんだ。


 がさっ、と物音がした。

 その音に驚いて、乃恵が視線を向けると、


「古家さん?」


 苦虫をかみつぶしたような顔をした古家透子が、倒れたペットボトルに手を伸ばした姿勢で、木陰にたたずんでいた。


「い、いつからそこに……?」

「……あなたが来る前から」


 まったく気がつかなかった。

 ペットボトルを拾った彼女は、はぁ、と溜息をついた。


「貧乏神にそんなに近くで落ち込まれると困るんだけど」

「す、すいません、すぐに移動します」


 乃恵は急いで片付けようと荷物をまとめる。


「別にいいわよ。人気ひとけのないところをわざわざ探して来たんでしょ」

「……で、でも」


 ぶっきらぼうないい方の透子に乃恵はおずおずと申し出る。


「どうせ、私には影響ないし。どうしてもっていうなら、私がどこかに行くわ」

「い、いえ! そんな……」

「オドオドオドオド、鬱陶しいわね」

「す、すいません……」


 しゅんと小さくなる乃恵に、いちいち謝るんじゃないわよ、と透子はつぶやく。


「鬱陶しいといえば、あんたの家主。あいつもすごいウザいんだけど」

「し、心太さんは、古家さんのことを気遣って!」


 心太のことを悪く言われて乃恵はカッとなり、つい強い口調でいってしまった。


「バカなの?」


 しかし、それをものともせず冷たい声でそう言われて乃恵は息をのむ。


「あいつは、私のことを考えてなんかないわよ」

「そ、そんなことないです! 心太さんは、古家さんのことを心配して——」

「バカなの?」


 さきほどよりも強く、醒めた目に身がすくむ。


「す、すいません……」

「だから。バカなの?」

「え……」


 乃恵には透子がどうしてそんな風にいってくるのかわからなかった。ただ謝ることしかできない。


「あなたのこと責めてるわけじゃないのに、謝ってどうするのよ」

「す、すいま——」


 言いかけて乃恵は言葉を飲み込んだ。


「そうやってるから、貧乏神に堕ちるのよ」

「…………」


 なにも言い返せなかった。その通りだとわかっているからだ。


「あなたは別に悪いことをしてるわけじゃない。それなのに、いちいちいちいち自分が悪いんです、みたいなビクビクオドオドした態度してるの、すっごくムカつく」

「はい……」

「ま、私も似たようなものだけど」


 だからなおさらムカつくのよね、と彼女はぼやいた。

 古家透子は座敷童である。

 座敷童は、住み着いた家に福をもたらすが、同時に彼女が去ったときその一族は滅ぶといわれている。富とわざわいそのどちらももたらす存在だ。


「あることないこと自分のせいにされるのは、わかる。それに落ち込むなともいわない」


 肩を丸める乃恵に、透子は言う。


「けどね、自分のせいかもわからないことを先回りして謝って、謝ればいいとか……そういうのやめなさい」


 びくり、と乃恵の肩が震えた。


「私に言えるのはそれだけ……じゃあね」


 その言葉の意味を理解できないまま。どうしてそんなことを言われるのか理解できないまま。

 乃恵は、一人涙を流した。

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