第8話 新しいクラスはとても楽しいです


 心太は目覚まし時計のベルが鳴る前に目を覚ました。

 現在、五時三十分五秒前、四、三、二、一――ピピピ、鳴った瞬間にベルを止める。ベッドから降りた心太はぐっと拳を握り締め、気合を入れる。

 ——よし!

 これから自分はミッションに取り組まねばならない。

 その重大なミッションに当たるため、まずは身支度を整える。

 寝癖を手ぐしで直す。パジャマのしわを直す。ここで下手に整え過ぎてもいけない。これから行うミッションには「自然さ」が何よりも重要なのだ。あくまで自然に見える程度に直す。

 備え付けの姿見で確認。目ヤニがついてた。取る

 ——よし!

 心太は階段を普通に下りる。その間に呼吸を整え、これから自分のすることを脳内で復唱。階段を降りきった。ミッションスタート。


「おはヨう!」


 居間に入った心太は台所にいる乃恵に元気よくあいさつした。


「オ、おはヨうゴザいます!」


 やってきた心太に、乃恵は噛みながらあいさつ。声が半分裏返っている。心太は続けて言った。言ってはいけない一言を避けるように言葉を選び、


「き、昨日はよく眠れた?」

「は、はい!」


 今更だが、心太のミッションを確認しておこう。彼のミッションは「昨夜のできごとをなかったように振舞う」ことだ。

 昨日の夜、気まずくなってしまった二人は、ぎこちないまま各々眠りについた。

 今朝のうちに二人の関係を自然な状態に戻さなければ、これからの生活が危うい。


「し、心太さんはどうでしたか?」

「う、うんうん、よく眠れた。チョーぐっすり」


 乃恵も緊張していた。どうやって心太と顔をあわせようか、ずっと考えていた。心太の足音が聞こえたときから心の準備をしていた。だから、心太の発言に沈黙することなく答えることが出来た。


「の、のど渇いちゃったなぁ、お茶、お茶飲もう」


 心太は聞かれてもいないのに言いながら、居間のテーブルの上に乗ったやかんを手にする。湯飲みに中身をついで——


 あれ? 出ない。そもそも家にこんなやかんあったっけ? というか、この取っ手についた紐は——


「……や、やかんづる」


 心太は声を絞り出す。これはあれだ。昨日のやかんづるだ。昨夜から疑問だったんだが、どうしてさも当然のように家にいる(ある?)のだろう。


「あれ……管路さん?」


 心太の声に気づいた乃恵が居間をのぞいて言った。


「管路さんって?」


 心太は昨日の自己紹介の時に失神してしまったため覚えていないが、このやかんづるは彼のクラスメイトだ。


「あ、こちらクラスメイトの管路湧さんです」


 そのことに気づいた乃恵が管路さんを紹介する。


「へー、そうなんだ。俺は柳田心太。よろしく」


 そう言って撫でながら、心太は「でもどうして家に?」という疑問を隠せなかった。


「……多分、心太さんの心配をしたんじゃないでしょうか?」

 朝食できました、と運んできながら乃恵が言った。


「ほら、管路さんがぶつかって心太さんが気絶しちゃったから、それを気にして……」


 朝食を並べ終える。メニューはご飯と豆腐のお味噌汁と焼き魚だ。漬け物も用意してある。


「あ。ありがとう」


 乃恵にお礼を言いつつ、心太はやかんづるに「そうなの?」と確認した。くいくい、と注ぎ口を縦に振って管路さんは肯定。


「そうなんだ。それはわざわざどうも。なんともないから大丈夫だよ」


 そう答えつつ、心太は管路さんを撫でる。

 なんとなくこの丸み具合が触ってて気持ちいいのだ。管路さんは心太の手に擦り寄るように身体を揺らした。


「ふふ、心太さん気に入られたみたいですね」


 乃恵は微笑みながら言った。その微笑には、心太と自然に会話できることの喜びも混ざっている。


 管路さんは私たちがスムーズに会話できるように出てきてくれたのかな? 

 

 昨日のこととあわせて乃恵は思いつつ、心太の手から離れこちらに寄ってきた管路さんを撫でた。


「そうかな? 乃恵になついてるように見えるけど?」


 心太もほっとしていた。なんとかスムーズな会話ができるようになった。やかんづるに感謝だ。


「それじゃあ、乃恵が作ってくれたご飯が冷めないうちに。いただきます!」

「はい、いただきます」

 

 管路さんはそんな二人をテーブルの上でくるくるまわって眺めていた。



*****



 朝食を終え、支度を整えた二人は学校への道を歩いていた。

 管路さんは例によって、気づいたらいなくなっていた。心太は一緒に登校してやかんづるの移動方法を見たかったので少し落ち込む。


 通学路を乃恵と並んで歩く。もう気まずい空気はどこにもない。学校についたら、管路さんにちゃんとお礼を言おう、二人はそれぞれの心の中でそう思っていた。

 学校に着いた二人は下駄箱で上履きに履き替え、クラスへと向かった。


「……う。ちょっと緊張してきた」


 クラスの前の廊下で心太は乃恵にそうつぶやいた。


「え?」

「いや、……俺、まだ自己紹介とかしてないし、気絶して運ばれたから悪目立ちしただろうし」

「そう言えば、柳田くんにはまだ自己紹介してもらってなかったわね」


 乃恵に話しかけたつもりが、違う人に答えられたので心太はビックリした。背後からかけられた声に振り向くと、そこにいたのは担任の桜庭先生と副担任の葛野葉先生。


「あ、おはようございます」


 乃恵が二人に気づきあいさつした。心太も頭を下げる。


「おはよう。柳田くん、体調は平気?」

「あ、はい。問題ないです」


 それはよかった、と桜庭先生は心太の言葉に安心したようにうなづいて、そういえば、と聞いた。


「柳田くんが男子の委員長やってくれるって本当?」

「はい。そのつもりです」

「そう! じゃあ、朝のHRで紹介するわね。そのときに自己紹介もしてちょうだい」


 さあ、もうすぐHRだから入って入って、と先生は二人をうながす。追い立てられてクラスに入り、心太は入り口すぐの自分の席に座った。乃恵もクラスの後ろの自分の席へと歩いていく。


「よろしく頼むね」


 ドアの横に立った葛野葉先生が、そう心太の耳元でささやいた。はい、と心太はうなずく。


「はーい、みんな、おはよう! HRをはじめるから席についてー」

 桜庭先生は教壇に立つとみんなに呼びかけた。


「はい、じゃあこれから朝のHRをはじめます」


 みんなが席についたのを見て、連絡事項を話していく。一通りの連絡を済ませたところで桜庭先生は心太をちらっと見た。


「はい、それと一つお知らせです。このクラスの学級委員を決めるのに、最初の委員長さんは先生から指名したいのですが、いいですか?」


 まだみんなお互いのこと知らないから、推薦とかは難しいよね? と先生は聞いた。みんな自分が指名されなければいいなあ、といった表情をしている。


「そう、ありがとう。じゃあ男子は柳田くん、女子は鞍馬さんにお願いするわね」


 二人にはもう了解はとってあるから。と言って、彼女は二人を前に呼んだ。

 心太は立ち上がり、クラスの前に立った。

 隣に鞍馬さんがやってきて心太に「よろしくね」と笑いかけたとき、心太は弾みそうになったが、それを必死に押さえ、よろしく、と裏返った声で返した。


「じゃあ二人とも、あいさつをどうぞ」


 鞍馬さんからお願い、という先生に、はい、と彼女は答え、教壇に登る。


「鞍馬涼風です。私もまだわからないことばかりだけど、任されたからには精一杯やるつもりです。よろしくお願いします」


 にこっと笑って彼女は頭を下げた。クラスから拍手が沸く。彼女が教壇から降りると、次は心太の番だ。


 ——緊張してきた。


 心太はドキドキするのを必死に抑えた。正直、誰かをまとめるとか、こういうのは自分には向いていないと思う。女子の委員長が妖怪だからってことであっさり引き受けてしまったが、さっそく後悔している。


「柳田くんは自己紹介もまだだから、それもお願いするわね」


 いまさら悩む心太をよそに先生は心太を壇上に促す。そのとき、入れ違いで壇から降りた涼風が心太に「頑張って」と小声で言った。


 ——うん、俺後悔しない。


 心太は教壇に上がった。クラスを見渡す。このとき心太はクラスメイト全員の顔をはじめて見ることができた。そこで気づいた。


 ——あ、このクラス人間もいるんだ。


 このクラス(どのクラスもだが)は、妖怪と人間の比率がおおよそ二対一になっている。人間の方が少ないのは、人間が早く妖怪になれるように、との考えからである。

 元々、妖怪たちは人間の存在を知っていたし、彼らは人間を見て生活してきたが、人間はそうではない。妖怪の存在を知らずにこれまで育った。

 心太のような例外を除けば、大半の人間は妖怪を恐れている。彼らにも早く妖怪の存在を本当の意味で知ってもらい、受け入れてもらうために、政府は妖怪の方を多くしたのだ。

 クラスメイトに人間がいる、その当たり前のことに今更気づいた心太はさらに、その人間の半分は知り合いであることに気づき、ほっと胸をなでおろした。

 心太は軽くなった口を開く。


「柳田心太です。心が太いと書いて心太です。ところてん、ではありません。ところてんと呼ばないでください。心は太くないので落ち込みます」


 照れたように笑いながら心太は自己紹介をした。クラスメイトがくすくすと笑う。妖怪のクラスメイトからも笑いが取れたことに安心しつつ、心太は続けた。


「僕は昔から妖怪が大っ好きで、本当に大好きで、ずっとずっと、妖怪はいるんだ、って信じてました。だから妖怪のみんなとクラスメイトになれて、一緒に学校生活を送ることが出来て本当にうれしいです。委員長をするのは初めてで、不手際だらけだと思うけど、頑張るのでよろしくお願いします!」


 思い切ってそういいながら心太は頭を下げた。パチパチパチ、とクラスから拍手が上がる。


 ——すごいなぁ、心太さん。


 心太に精一杯の拍手を送りつつ、乃恵はそう思った。

 あんな風にウケを狙った自己紹介をして、もしも変に思われたら……と考えて自分には絶対に出来ない。


「はい、じゃあこれからはこの二人に学級委員をお願いします、みんな二人にもう一度拍手」


 先生に言われ、みんなは二人に大きな拍手を送った。


「はい、じゃあ早速だけど学級委員の仕事をしてもらおうかしら」


 二人が席に戻ったのを見届けて先生は微笑みながら言った。


「鞍馬さん、HRをしめるあいさつをかけてちょうだい」


 はい、と答え涼風は号令をかけた。


「起立——礼」


 ありがとうございましたー、と間延びしたあいさつがされ、HRは終わった。



「柳田くん、ちょっといいかしら?」


 HRの後の休憩時間、心太は涼風に話しかけられた。突然の妖怪からアプローチに驚きながらも心太は答える。


「も、もちろん」


 心臓がバクバクする。そんな心太を見て、クスッと魅惑的な笑みを涼風は浮かべた。


「授業の号令の順番を決めておきたいんだけど」

「お、俺はどっちでもいいけど?」

「そう? じゃあ、終わりのあいさつをお願いしてもいいかな?」


 うん、と心太はうなずいた。


「じゃあ、お願いね」


 そういって笑うと彼女は自分の席へと戻ろうとして、


「それと――」


 思い出したように振り返り心太に言った。


「――さっきの自己紹介、よかったわ。特に、妖怪大好き、ってところはポイント高かったわよ」


 パチリ、と心太にウインクを決めると、そのまま席に戻っていった。


「……おお」


心太はダブルパンチを受けて震えていた。かわいい女の子にウインクされたというだけで心太的には破壊力抜群のパンチなのだが、その上彼女は烏天狗。もう股間を踏みつけられるようなショックを心太は味わった。


「おーい、心太」


 放心状態の心太に男の声がかけられた。呆然としつつ振り向くと、相手は「うわっ」と心太の顔を見て悲鳴を上げた。「汚ねえなあ。よだれたれてるぞ」と心太に注意した男子、心太は彼を見て放心状態から我に返った。


「あ。広樹ひろき」 


 よだれを拭いつつ、ビックリしたように相手の名前を呼ぶ。彼は真田さなだ広樹。心太が小学生のころからの友達だ。


「……おまえ、今まで俺がクラスメイトだって知らなかっただろ」

「そ、そんなわけないだろ!」


 心太はバレバレのうそをついた。さっきまでクラスメイトに人間がいることすら忘れていた心太である。

「ったく、薄情な奴だな。まあ、妖怪好きのおまえじゃ、しょうがねーとは思うけどよ……」

 

 そう言って真田は教室を見回した。彼は妖怪たちで溢れる教室を見て、ふうとため息をつき肩を落とした。


「ん? なんで落ち込んでるの?」


 心太はため息をつく真田を心底不思議そうに眺めた。

「……なんで、ってそりゃおまえ妖怪だぞ? 見ろよ、あれ。唐傘お化け。動くんだぜ?」


 こそっと、心太にだけ聞こえるように耳打ちし、気味悪そうに真田は唐傘お化けの唐沢司を眺めた。


「うん……いいよねえ。スバラシイヨねえ。人間型の妖怪よりもやっぱりああいうほうがそれらしくってこう、ビンビンにクるよねえ~」


 恍惚とした表情で心太は言った。それを見て、真田はあきらめたようにつぶやく。


「……まあ、おまえはそんなんだと思ったよ」

「へ?」


 いや、こっちの話。と言いつつ、真田は心太に言った。


「それよかさ。おまえ学級委員になったんだから、他の人間にもあいさつしとけよ? つーかとりあえず、歩美あゆみにだけはしとけ。あいつおまえが無視したって——」


 バン、と机を突然叩かれて真田は口をつぐんだ。やっべーと小さくつぶやき、そそくさと逃げる。心太は机を叩いたツインテールの少女に目を向けた。


「あ。歩美」


 心太は歩美も一緒のクラスだったんだ、とつぶやく。彼女の名前は遠藤えんどう歩美。心太の幼なじみだ。

 家が近所で親の仲もよかったので、小さいときは親が留守のときによく彼女の家に世話になった。しかし遊んでいたのは小学校の高学年になる前ぐらいまで。それ以降は遊ばなくなった。その程度の幼なじみだ。


「ちょっと心太! もしかして今まで私がクラスメイトだって気づいてなかったんじゃないでしょうね!?」


 もともとややツリ目である目を更に釣り上げて彼女は心太を睨んだ。


「イ、イヤ、ソンナコト、アリエマセンヨ?」

「……っとに、もう! あんたは! 昔っから、妖怪妖怪妖怪妖怪、言ってたけどさ、私のことぐらいちゃんと気づきなさいよね! もう!」


 頬を膨らめて怒る彼女に、心太は、ごめん、と素直に頭を下げた。その心太に、まったくもう、と呆れたように毒づきながら彼女は聞いた。


「ねえ、あんた最近、ちゃんと食べてる? コンビニ弁当とかカップ麺で済ませてないでしょうね?」


 幼なじみの付き合いで、彼女はたまにそんなことを気にしてくれる。その程度の会話はするが、作ってくれるとか、そんなことはない。


「うん。それは平気」


 ちゃんと食べてるよ、と心太は答えた。ここ数日は毎日、乃恵が作ってくれている。それも三食全部だ。心太は、幼なじみとは大違いの乃恵に改めて感謝した。


「……そう、ならいいけど」


 口を尖らせてなぜか不満そうな歩美を疑問の目で見る心太。そこで授業の予鈴が鳴った。


「学級委員、しっかりやりなさいよ」


 そう言うと彼女は席に戻っていった。ふう、と心太はこっそりため息をついた。

 歩美はいつもツンケンしているから、話していると緊張してしまう。

 小さいころはそんなことなかったのに。そう心太が物思いにふけっていると、背後から声をかけられた。


「あの、柳田さん。よろしいですか?」


 その声に心太は振り向いた。今日はやけに話しかけられるな、と思いつつ、はい、と答える。


「昨日は、申し訳ありませんでした」


 そこにいたのは白髪の美少女。昨日心太を気絶させた人物だ。

「雪女の雪代雪菜ゆきしろゆきなと申します。昨日は本当に、ごめんなさい」


 彼女はそういうと、深々と頭を下げた。いやいや、と心太は恐縮する。

「むしろいい経験だったから。気にしないで」

「あら、そんな……」


 恥ずかしそうに彼女は胸を腕で隠した。彼女の大きな胸は腕で圧迫されたことによって逆に強調されてしまっている。


「え!? いや、その! そうじゃなくて」


 彼女の誤解に気づき、あわあわとあわてる心太。だが、胸のことではないと否定しつつも、溢れんばかりの胸元に視線がいってしまっては説得力は皆無だ。


「私の方こそ、いい経験でした。殿方を抱きとめるなんて初めてで……よろしくお願いしますね、委員長さん」


 うふふ、と穏やかに微笑む雪菜を見て、昨日の胸の感触を思い出した心太は言い訳をすることもできず、あうあう、とうめいた。そのとき授業開始のベルが鳴る。


「はーい、授業始めるわよー」


 そう言って桜庭先生が入ってきた。心太は誤解を解くことができないまま、授業を迎えることになった。



****



「俺は八木弥津斗やぎやつと。猫又だ」


 次の休み時間、改めて雪菜の誤解を解こうとした心太は、そう隣の席の男子から声をかけられた。


「え?」


 それまで彼を普通の人間だと思っていた心太は驚きの声を上げる。彼は猫耳が無ければ、尻尾もない。


「普段は邪魔だから隠してるんだ」


 その心太の気持ちが顔に出たのか、弥津斗は心太に猫耳と学ランの裾から尻尾を見せた。普段はコンパクトに折りたたんでいるらしい。さらに彼はポケットに突っ込んでいた手を心太に見せる。彼の手には肉球のようなものがついていて、彼が手を握ったり開いたりするたびに、爪が伸び縮みしていた。言われて見れば、彼の瞳も猫のように鋭い。


「よ、よろしく!」


 心太はドキドキしながら弥津斗に手を差し出した。肉球の感触を確かめたい、と思いながら。


「……妖怪が好きだって言ってたの、本当なんだな」


 弥津斗は心太の手を握り返しながらそうつぶやいた。

 弥津斗はまさかこの手を見て、握手を普通に求められるとは思っていなかった。「妖怪が好きだ」なんて言ってもミーハーなもので、実際にこの手を見たら恐がるんだろう、恐がったら引っかいてやろうか、などと弥津斗は思っていたため、肉球や爪を恐れなかった心太に、正直驚きを隠せなかった。

 人間に妖怪を恐れる人がいるように、妖怪の中にも人間をよく思わないものもいる。


「うん! だから、八木くんもよろしくね!」


 やっぱり肉球だ~、猫の手と一緒だ~。と思い幸せな気持ちになりながら心太は答えた。


「……弥津斗でいいよ」


 心太のあまりの警戒心の無さに、毒気を完全に抜かれてしまった弥津斗はそう答えた。


「んじゃ、俺も心太で」


 そう言いながら心太はぷにぷにの肉球の彼の手をふにふにと握った。さらにその手に頬擦りをして――


「気持ち悪いことすなっ!」


 手を振り払われ、ぺちっ、と突っ込まれる心太。そのツッコミにも心太は感動。またも重症な笑みを浮かべた。


「…………」


 それを見て弥津斗は……ああ、こいつは本物だ。と妙に背筋を寒くしつつ思ったのだった。

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