「カクヨム10年の歩み」特別座談会【第6回カクヨムラジオまとめテキスト】

カクヨム10周年を記念し、「カクヨムラジオウィーク」の最終日に開催された、「第6回カクヨムラジオ~カクヨム10年の歩み~」の内容を特別公開します!
初めて語られる秘話や熱いエピソードを通して、カクヨム立ち上げの時期から現在に至るまでの10年の歴史を紹介しています。

開催日時

2026年3月19日(木)21時〜(カクヨム運営公式Discordサーバー)

出演者

河野葉月(カクヨム編集長)
宮川夏樹(角川スニーカー文庫編集長)
石田(カクヨムUGC責任者)
松崎(カクヨムネクスト責任者)
※2026年3月19日時点の役職です。

①はてなと二人三脚の開発、そしてローンチ当日の「炎上」

河野:本日のカクヨムラジオは「カクヨム10年の歩み」をテーマに、角川スニーカー文庫編集長の宮川さん、カクヨム運営メンバーの松崎さん、石田さんとともに、サイトの歴史を振り返りたいと思います。いきなりですが、司会を松崎さんにバトンタッチしていいですか?

松崎:私はちょうど5年の折り返しぐらいからカクヨムに関わりましたので、今日はリスナーの皆さんと同じ目線で、河野さん、宮川さん、石田さんに色々質問していきたいなと思っております。
 じゃあ、まずカクヨムが産声を上げて始まった頃の話を伺っていきます。宮川さんは、当時サイトの立ち上げに関わっていたんですよね?

宮川:角川書店に入社したのが2014年で、スニーカー文庫編集部に配属になりました。入社後、今の「KADOKAWA」という会社になって、そこからライバル編集部であったファンタジア文庫だったり、MF文庫J編集部だったり、ファミ通文庫編集部などなど、そういう数多のレーベルが一つの組織として統合して、今の「エンタテインメントノベル局」という組織ができたんです。

松崎:すぐに大きな変化が訪れたのですね。

宮川:そこから半年ぐらい経った後に、「これだけ大きな組織になったし、小説投稿サイトも自分達で作ってみようか」ということを局長と部長が企画しまして、それに関わる兵士が招集されたんですよね。そのうちの一人がカクヨムの初代編集長の萩原猛さんでした。萩原さんは当時ファンタジア文庫の副編集長で、富士見L文庫を立ち上げて編集長をやってて、カドカワBOOKSも立ち上げて編集長をして、それを全て一人で兼任されているという、本当にすごい方でした。

松崎:現在はTales & Co.の社長もされている方ですね。

宮川:あと一人、エンタテインメントノベル局で「お前もやれ」と誘われたのが私です。私は当時、そんなにウェブ小説のこと詳しくなかったような気がするんですけど、多分、ニコニコ動画で流行っていたボカロ楽曲を小説化したり、フリーゲームの『青鬼』や『ゆめにっき』を小説化したり、プロゲーマーの梅原大吾さんと仕事してたりしてたから、多分なんとなく「こいつ、UGCのカルチャーに詳しそうなやつだな」と思って貰えていたのかもしれません。
 偉い人ばかりが集まったチームだったので当時、私は一番若手としてカクヨムという新しい船を作る木を運んだり、釘を打ったり、そんな雑用をするポジションでしたね。たまに意見も求められたりもしたので、「キャッチコピー目立つようにした方がいいんじゃないですか」とか「Web小説コンテストの設計こうしたら」とか、アイデアのいくつかを採用してもらえて嬉しかった記憶があります。

松崎:今のカクヨムにも残っている部分ですね。宮川さんのアイデアが取り入れられていたとは驚きです。

宮川:局長と部長と萩原さんの三頭体制で議論して、機能要件や開発設計を社内で作り、色々な開発会社に見積もりを取りました。最終的には当時の社長だった川上量生さんが「はてながいいんじゃない?」と言って、決定したと記憶しています。

松崎:鶴の一声があったのですね。はてなさんとすごいスピード感で作ったと聞いています。

宮川:着工から10ヶ月くらいで、あっという間に完成しました。2016年2月29日にローンチしたのですが、当日の朝方までやり取りが続いていたんです。KADOKAWA側から「この要件を満たさなきゃ出す意味がないです」みたいな火の出るようなメールを送ったと思ったら、それに対して、はてなさんがすぐに「こういう風に整理していきましょう」と打ち返したり。発注側と開発側でめちゃめちゃ熱いやり取りが高速でされていて(新しいサービスってこうやって産まれるんだな……)と感動して見ていた記憶があります。

松崎:ローンチ時で印象に残っていることはありますか?

宮川:ローンチ後いきなり、すごい話題作が出てきたんです。その内容というのが、社内の実情を綴った投稿作品でして。で、当時局長が「ここに書かれている内容は本当か!? トラブルあった部署に確認しろ!」となって、確認しまして…。

松崎:本当だったんですよね。

宮川:はい。この話、もう少しだけ続きがあります。そうこうしている間に、社長の川上さんが、パニックになっているエンタテインメントノベル局の様子を小説にしてカクヨムに投稿したんです。「うちの社長がわざわざネットに炎上ネタを書き込むわけがないハートフル物語」という作品です。我々も小説投稿サイトの運営が初めてなので、こんな時にどうしたらいいのか分からない。削除すべきか否か話していると、川上さんが「いやいや、こういうの消さない方がいいでしょ」と言って、今もこの作品はカクヨム上に残っています。今思えば、センシティブな問題をフィクションとユーモアに包んで出すと、正面から語るより却って本質が伝わるということを、あの時に川上さんから学んだ気がします。まさか10年後の自分がそれを真似するとは思っていませんでしたが。
 そうした経緯があって、カクヨムという船が出港し、河野さんと石田さんが入社され、私は「よし、お前は帰ってもいいぞ。お疲れ!」と言われ離脱したという流れでした。

松崎:河野さんと石田さんは、このお誕生日の次の日に入社されたんですよね。

河野:翌日の3月1日付で入社し、カクヨム編集部に配属されました。当時はライトノベルの各編集部と同じフロアにいて、私と背中合わせに座っていた偉い人が炎上の件で謝っている電話を聞きながら、「大変なところに転職してしまったんだな」という気持ちでKADOKAWA生活をスタートさせました。その後、色々な仕事をしたんですけど、始まった当初はもっぱらカスタマーサービスのルール作りをしていました。

松崎:走りながら作っていくような感じだったんですね。石田さんはどうでしたか?

石田:先ほどの暴露話が投稿されたのがローンチ当日だったので、まだ入社していない状態で「次に入社するところの仕事が燃えてるな」という感じでした。炎上の件以外にも、立ち上げ当時は大混乱期で、大変なことがたくさんありました。オープンする前から「二次創作を募集します」とか「KADOKAWAが総力を挙げて頑張りますよ」みたいなプロモーションをしていたので、ユーザーの皆さんの期待が非常に高かったんです。で、オープンしたら、皆さんの期待とちょっと違っていたのか、「なんだ、ここは俺たちの期待と違う場所じゃないか」みたいな空気になりまして。

松崎:そのギャップを埋めるのは大変ですよね。

石田:ユーザーさんに対応するためのルール整備が業務の大半でした。我々としてはルールを決めていないけど、明らかにこれは不正だよな…という事案に対処するために、会社に泊まってリアルタイムで状況を見ながら対応したこともありました。

松崎:今だったら絶対にやらないような対応ですね。

石田:あと、本当に機能が足りなかったんです。今は当然あるランキング機能ですが、当時は小説投稿が始まっているのにランキングを出せていない状況で…。スプレッドシートにあるデータから僕がHTMLを書いて、手元でランキングページを作って公開していました。

②パワーで乗り切った第1回カクヨムコンと、商業化第一号の秘話

松崎:5年目くらいで私が入った時には、この部ってものすごい整然とした組織で素晴らしいと思ったんですけど、やっぱり一番最初はそういう感じだったのですね。運営として初期で思い出に残っていることだと、河野さんはいかがですか?

河野:私はカクヨムWeb小説コンテストです。プレオープンの時に投稿された作品は全部カクヨムコンの応募作品になるという立て付けを宮川さんたちが作ってくださったので、そのパスを受けて編集部に選考シートを展開するところから私の仕事でした。

宮川:編集部の人たち、怖かったですか?

河野:怖かったです。何しろ来たばっかりですし、しかも生まれたての小説サイトのために編集者に努力させるというスーパー難易度の高い仕事をパワーで乗り切る必要があったので。当然、パワーだけではできないので、私は多分2016年はまっすぐ前を見て歩いた時間よりも、頭を下げて歩いた時間の方が長かったんじゃないかと思います。

松崎:第1回目だと、受賞作のPRにも力を入れたんじゃないでしょうか?

河野:みんな気合が入っているので、「受賞作をとにかくプッシュすべし」「カクヨムとしてやれることを全部やれ」みたいなことを言われて、営業担当がどなたかも知らないのに、判型もレーベルも違う作品群を集めて書店展開しなければならなかったんです。けど、編集部の人たちも忙しそうで、「忙しい中でなんでこれをやらなければいけないんだ」みたいな空気も感じて。

宮川:編集者あるあるですよね。

河野:でも、ちゃんと頭を下げたら、下げた分だけみんなちゃんと協力してくれました。あの年はビッグサイトで広告を出したり、書店でもちゃんとフェアを組んだり、カクヨムマガジンという販促用の電子書籍も私が作ったりしました。

松崎:この時期のカクヨム作品で、河野さんにとって思い出深い作品ってありますか?

河野:これは「カクヨム100名作」のインタビュー(前編後編)でも語ったので、ぜひ読んでいただきたいです。そこで取り上げた作品群はいずれもすごく思い出深いですし、運営の本当に苦しい時期を支えてくださりました。

松崎:石田さんはいかがですか?

石田:カクヨムに投稿された作品から編集部が声をかけて書籍化になった最初の作品は非常に思い出深いですね。『幼馴染の自動販売機にプロポーズした経緯について。』という初期の人気作品でして、初代カクヨム編集長の萩原さんは同時に編集者でもあったので、「これは本にするべきだ」と言って、書籍にして送り出したという流れでした。
 ものすごく記憶に残っているのが、出すのを決めた時にオフィス内で萩原さんと担当営業の方が「これはカクヨムから声をかけて書籍になる第一号。Web小説とかカクヨムの今後を担う大事な作品。ここから新しいジャンルが生まれるかもしれない。だから、みんなでちゃんと売ろう!」みたいな話をしていて。めちゃくちゃ熱いやり取りをしているなと思ったのと、そういう思いでピックアップされたのがカクヨム発の商業化第一号というのも非常にいい話だなと。

③Web小説の常識を変える挑戦「ロイヤルティプログラム」

松崎:大変だった立ち上げ期を経て、サイト4年目に大きな転換点として「カクヨムロイヤルティプログラム」の導入がありました。他に大きな小説投稿サイトがある中で、チャレンジングな試みだったのかなと思うんですけど、そのあたりは担当していた石田さん、どうですか?

石田:カクヨムを運営していく中で、まだまだ挑戦していないことをカクヨムが率先して積極的に挑戦しないといけないと感じていました。今決まっている常識というよりは、カクヨムがこれからゲームチェンジャーにならないといけない、Web小説の先頭を走るような存在にならないといけないと考えていたのがきっかけです。

松崎:自分たちのサイトはもとより、カクヨムがWeb小説の世界も変えられるか、みたいな決意があったのですね。

石田:ロイヤルティプログラムは2019年10月にリリースされた機能ですけど、実は着手は2018年春でした。なので、ほぼ1年半かけた企画だったんです。まず何をやるかという話から始めたんですが、プロジェクトに参加していたメンバーに中国語話者がいたので、中国のWeb小説の事情を詳細にリサーチしてもらって、日本語に翻訳してレポートしてもらいました。中国で活躍しているWeb作家さんはこういう方針で、こういう手段で活躍しているのか…じゃあ、日本ではどうするか?みたいな。様々な可能性を模索していました。結局、広告収益を還元するという方法に着地したんですが、今度はどうしたらそれを実現できるのかという話でまた時間をかけて…。

松崎:その苦労の結果、本当にそこで爆発的にサイトが急成長しましたね。ちょうど、コロナ禍に突入した時期でもありました。その時の巣ごもり需要みたいなのもありましたか?

河野:あの時期はすごくアクセスも増えましたし、PVも増えた実感があります。メモに「第6回カクヨムWeb小説コンテストが応募数日本一に」という情報があるのですが、これは石田さんが一生懸命やっていました。

石田:僕が担当したカクヨムコンは第3回、4回、6回で、その最後の回ですね。毎回、自分が担当する時に進化させようと思っていて。「そういえば、KADOKAWAって小説編集部だけじゃなくて、コミック編集部もあるじゃん。参加してもらおう」という感じで作りました。それで非常に応募数が増えて、ありがたかったなと覚えています。

松崎:この時期に外せないのが、スニーカー文庫の作品で、『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』と『スーパーカブ』です。同時にアニメの放送がありました。宮川さんはその時スニーカー文庫の編集者でいらっしゃったと思うんですが、カクヨムをどういう風に見ていましたか?

宮川:その頃の私はもう自分がカクヨムに関わっていたことをすっかり忘れていて、とにかくヒット作を作りたい、編集者として一角の存在になりたいということに頭がいっぱいでした。当時の編集部は私にとって、少年漫画みたいな世界だったんです。編集部の中には仲間がいて、師匠みたいな人もいて、そして私にとってのライバルも編集部にはいたんですね。
 そのライバルは、一目見た時から才能が迸っている編集者でした。今も大活躍されている方なのですが、その方が『ひげを剃る』と『スーパーカブ』をカクヨムで発見し、作家さんと二人三脚で本にして世に出したんです。この二作は2017〜18年頃のライトノベルの中で明らかに異質な雰囲気があって、造本を見て戦慄しました。これは凄い、と。実際に本が出たら朝日新聞の書評に取り上げられて、『ひげを剃る』も次々と重版されて……すごすぎると思ったわけです。これは敵わない、と膝から崩れ落ちる思いでした。同じ編集部なのに、凄い作品が出てショックを受けるって変ですよね(笑)、でも、そういう感覚だったのです。
 どちらの作品もアニメ化して、作家さんたちも輝いて、すごい編集者も育って、それらを通して「カクヨムって、すごいな」と思って見てましたね。

松崎:私もカクヨムに異動して最初の仕事が『ひげを剃る』と『スーパーカブ』のアニメ化のインタビュー記事を作るというもので、その編集者にコメントもらったりインタビューをしたりして、刺激を受けたのを覚えています。

④撤退の危機を乗り越え、編集部とタッグを組んで挑んだ「カクヨムネクスト」

河野:松崎さんはそれまで文芸編集者で、当時はそんなにカクヨムのことを知らなかったそうですね。

松崎:エブリスタさんと一緒にコンテストをやったりしていたので、いわゆる小説の新人賞じゃないルートからどんどん新しい才能が出てきているんだなということは分かっていて。ただ、その現場がこんなことになっていて、カクヨムから年に100冊単位で本が生まれて、アニメ化までされているという、物量とスピード感が全然違うことに驚きました。

河野:松崎さんが加わってからの大きな出来事として、カクヨム7年目の2022年に「カクヨムサポーターズパスポート」が始まりましたね。

松崎:サポパスはすごいディープな打ち合わせで、みんな毎回会議の後はヘトヘトみたいな感じでしたね。ロイヤルティプログラムに次ぐ新しい収益化の手段って何だろう、という部分をメンバーやはてなさんと膝詰めしたのがとても記憶に残っていますし、それによって新しいカクヨムの楽しみ方が広がったなと思っています。

河野:そして、カクヨムネクストですね。

松崎:KADOKAWAには編集者がたくさんいるのだから、PGC(プロの作るコンテンツ)で作品への課金にも挑戦できたらいいよねという、河野さんがずっと温めていたプランに、私が合流するような形でカクヨムネクストのプロジェクトが立ち上がっていった流れでしたけど、あれも本当に大変でした。

河野:大変でしたよね。2024年にスタートしたんですけど、その2年前にはもう話が始まっていました。有料で小説を読むというモデルには色々なサービスがチャレンジしていて、でもどこもうまくいっていない状況で、「こんなモデルケースどこにもないよね」みたいな感じでした。一方で、私たちカクヨムとしてはサポーターズパスポートで手応えがありましたし、絶対に成功するはずという確信を持っていたのですが、それをうまく伝えるのが難しくて、もがき苦しんでいました。あまりにもがき苦しんでいて諦めないものだから「もうしょうがないね」って会社からGOが出て、そこで宮川さんが登板したんです。

宮川:時間が経つのは早いですね。

河野:この企画は絶対に編集部と二人三脚でやらないとうまくいかない。編集部側の担当を宮川さんがしてくれて、「一緒にやっていきましょう」というところまでが私の仕事で、そのあとは松崎さんと宮川さんが一生懸命やってくれました。私はもう後方支援者として腕組みをするみたいな、そういうポジションで。

松崎:それも丸2年となりましたからね。本当に早いです。先日も48時間全話無料というキャンペーンでたくさんの方が読みに来てくださって、またそれで会員にもなっていただいて、感謝しかないです。あの時に「もうひと思いに、一切合切、やめてしまった方がいいんじゃないか」とまで思い詰めていた自分に、「こういう景色が待っているんだよ」と教えてあげたい気持ちです。 それから、サイトの大きな出来事として、去年の3月に「魔法のiらんど」との合併がありました。

石田:魔法のiらんど自体はそもそも別の会社が立ち上げたサービスで、紆余曲折を経てKADOKAWAに合流したのですが、25年くらいの歴史があります。ある時にカクヨムを運営する部署と一緒にこのサービスも見ましょうということになり、そこで色々と整理をしました。カクヨムは若干男性多めで、女性が少なめ。なので、これからの成長を考えた時に、もっと女性に使ってもらえるようなサービスになりたいと考えていました。魔法のiらんどは非常にブランド力が高いし、女性に強いので、それなら2つのサービスを一緒にした方がいいのではないかということで、合併するという形になりました。

松崎:合併で印象深かった出来事はありますか?

石田:サービスが終了すると、一緒にコンテンツもなくなってしまうことが結構あると思うんですけど、魔法のiらんどには日本のインターネットの歴史の中で大事なコンテンツがいっぱいあると思っていまして、それがカクヨムと合併する時に失われてしまうのは惜しいなと感じていました。「魔法に掲載されているレジェンド作品は絶対に残した方がいい」ということで、メンバーで作者さんにコンタクトを取り、「カクヨムにお引越ししていただけませんか?」というお願いをしました。
 ご承諾をいただき、結構な数をカクヨムに残すことができて、この遺産みたいなものを引き継ぐことができて、非常によかったなと思っております。魔法合併の一番の思い出です。

松崎:振り返ると本当に色んな歴史がありましたね。10年間でカクヨムから書籍化やコミカライズを経験した作者さんの数は、なんと900名以上になるみたいです。これは本当にすごい数ですよね。

河野:この間、商業化点数の話をしていた時に、「累計で2500作品くらいありますかね?」「いや、でも年間で500点とか出てるから、2500以上あるかも」みたいな話をしていて。ありがたい限りです。

宮川:すごい。考えられないですね。初年度は2、30作品くらい書籍化したらいいなって言っていたような記憶があるんですけど。今、もう700とかですか?

石田:今年でなんと800点になりました。

⑤10年の総括、カクヨム編集長交代式

松崎:最後に、カクヨムの10年間について一人ずつ感想を聞いていきたいと思います。

石田:最初は「3年持つのかしら」と思っていたのが正直なところです。10年を振り返る会ができて本当によかったなと思うのと、これを2倍にして20年にするのが、今の僕の使命だなと思っています。

宮川:カクヨムが10年間続いているというのは、とてつもないことだと思っています。立ち上げの頃から「小説家になろう」や「エブリスタ」のような巨大サイトがあって、その後も国内外の数多くの会社が小説サイトを立ち上げては消えていくのを、ずっと見てきました。正直、生き残ること自体が奇跡のような世界です。
 だからこそ、この10年をカクヨムとWeb小説のカルチャーを支えてくれた河野さん、石田さん、松崎さんへの感謝は言葉になりません。そして何より、作品を書き続けてくれた作家さん、その作品を読み続けてくれた読者さん、今日ここに来てくれているリスナーの皆さんがいなければ、カクヨムはとっくに消えていたサイトの一つになっていたはずです。
 この節目を今日、皆さんと一緒に過ごせてることを本当に嬉しく思っています。

河野:初期の苦しさを考えると、やっぱり作家の皆さんがカクヨムを選んでくださって、その作品を読みたいと思ってサイトに来てくださった読者のみなさんのおかげで、今我々がここにあるんだなというのを強く感じています。次の10年も今より一層大きなサイトとして、価値のあるサイトとしてあり続けたいなと思っております。

松崎:ありがとうございます。振り返ってみると、本当にたくさんのことがありました。では、「カクヨム10年の歩み」のコーナーはここで終了して、司会を再び河野さんにお渡しします。

河野:特別企画として時間をいただきました。端的に申し上げますと、私、この度カクヨムの編集長を降りまして、後任に席を譲ることにしました。後任は、先ほどから司会を担当してくれている松崎になります。そして、これを機にカクヨム編集長の名称をグレードアップさせたいと思っています。カクヨム編集部、実は編集部2つ分くらいの大きな組織になっているんです。着々とメンバーが増えて、部署も分かれていたりするんですけど、そのまんまの状態で私がカクヨム編集長を続けていたので、名称をリフレッシュする機会もなくて。
 そこで、「カクヨム統括編集長」という名称で松崎に後任を譲りたいと思います。2017年2月から、編集長として9年と2か月、ユーザーの皆さまとチームメンバーと一緒に歩んでこれたことを感謝いたします。松崎さんからも一言お願いします。

松崎:河野さんがすごく大事に思って育ててきたカクヨムという場所を受け継ぐので、とても責任を感じています。物語を書くって大変な作業だと思うんですけれども、くさくさした日常の中で、更新や通知があるたびにカクヨムに来て心の慰めにしている読者がたくさんいます。そういった思いを物語に閉じ込めて投稿してくださる作者の皆さまがいて、読者がいて、そういう「みんなの居場所」になれたらいいなと思っていますし、またその輪がさらに次の10年で大きくなっていったら嬉しいなと思っております。河野さんが変わりますけれども、ぜひ引き続きカクヨムを愛していただけたら嬉しいです。


「カクヨム10年の歩み」特別座談会は以上です。
これからもカクヨムをどうぞよろしくお願いいたします。