お題をもとに短期間で作品を執筆する恒例企画「KAC2024」の第1回が2月29日(木)よりスタートしております。
今回、新しい試みとして「KACスペシャルアンバサダー」に就任いただいた春海水亭氏・八潮久道(OjohmbonX)氏。
書籍の刊行も控えるお二人ですが、担当編集が共に編集Sさんということで、Sさんにも在席いただきつつ、「お題で執筆すること」や「短編の書き方」、「短編での書籍刊行」についてお話しいただきました。
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短編作品の執筆について
――まずはお互いの作品へのご感想をお聞かせください。
八潮:
まず、ついつい笑っちゃう要素が多くてとても楽しかったです。「八尺様のビジネスホテル」とか、そもそもビジネスホテルに宿泊するなよ、と(笑)。
全体的に、作品がバラエティに富んでいて、読んでいくうちに「ホラー」ってなんだろう? と考えてしまって。自分はとりわけ、「ホラーのオチだけ置いていく」の正体のわからないものがただ在って、何かが起こり、それが解決されないままになる……というのが、収録作品の中で一番ホラーだと感じました。それぞれの小話の要素や登場人物が繋がっているようで繋がらず、記憶が換起されていく感覚も面白かったです。
春海:
ありがとうございます。
ぼくは書き下ろしの「命はダイヤより重い」に衝撃を受けました。鉄道会社に務める主人公が運転する電車に轢かれて人が死ぬんですが、会社で事故報告をするたびに総務課の同期の子がギャル短歌を一首渡してくれるんですよね。人が死んで、ギャル短歌が挟まれる。ニュース記事みたいな情報的な文章のシンプルなまとまりなんですけど、ギャル短歌が情緒を加えていて、こんなに美しい死の表現ってあるんだな、と。
お話としては、「老ホの姫」が本当に好きで。よそから見ると滑稽に見えるようでも本人たちは真面目にやっていて、最後に姫ポジを決する戦いを柔道で決めるっていうのが……(笑)。読者側としては茶化したいけど、作者が真剣に向き合っているので、読んでいるうちにちゃんと応援したくなる。
あとは書籍には収録されませんが、カクヨム上で発表されている「彼は人間の代表だった」も面白かったです。確かに幼少期の、駄々っ子のような行動の裏に思考があったのかもしれないな、と。そこに視点がありうることに感動しました。彼の中で膨らんでいた論理が、他者の側から見ると無関係なことだったというアンバランスさも含めて好きでした。
――お二人ともご自身のスタイルを持ちながら、意外な取り合わせを題材にして短編作品を作られていると感じます。ふだん、どんな時に作品の構想を思いつくのでしょうか。
八潮:
「老ホの姫」は、Twitter(X)で男子校の姫ポジだったという漫画を読んで、(※『男子校の生態』より)自分は共学出身で、今は会社勤めをしているので、この先自分が「姫ポジ」を経験することがあり得るのだろうか? と考えた時に、男性しかいない老人ホームだったらあり得るかも……と考えたのがきっかけでした。
終盤の柔道の寝技バトルについては、『七帝柔道記』の影響と、オリンピックの試合などで寝技のスペシャリストがじわじわ相手を追い込んでいくスタイルに心が惹かれて、いつか小説で書きたいなと思っていたので書きました。
春海:
ぼくの場合、Twitterのタイムラインで即興的に大喜利が始まることがよくあって、そこから小説を書けそうだったら書く、というのが一番多いですね。
大喜利と言っても、具体的なお題があるというより、他の人とやりとりしていて、ある話題から、それが〇〇だったらどうする? と発展していくパターンが多くて、「八尺様がくねくねをヌンチャク代わりにして襲ってきたぞ!」も、経緯は忘れてしまったんですが、大喜利から始まったことは間違いないです。
八潮:
Twitterに投稿したことを後から膨らませるという点だと、実は先ほど話に出たギャル短歌は10年以上前にTwitterで「#ギャル万葉集」とハッシュタグをつけて呟いていたのが端緒で、新作も追加して作品に入れ込んだんです。ちなみに当時、ハッシュタグをつけたら他の人が始めるかな?と思ったんですけど、誰も始めなかったです(笑)。
――お二人ともTwitterで作品がバズを起こした経験があると思いますが、ご自身の作品が大きな範囲に広がった際に、印象に残っているエピソードがあれば教えてください。
八潮:
自分の場合、気づいていなかったんですよね。書籍化に当たって、「過去にあの作品にアーティストや漫画家の方から感想をもらってましたよ」と聞いて、とてもびっくりしました。
春海:
ぼくは春海水亭になる以前に別の名前で活動していたんですけど、その当時の界隈でエタって(作品を書き切らずに)いなくなった人が、「メロスは激怒したが、俺も大概キレてる。」のバズを見て、「お前〇〇だろ」と見抜いてTwitterのDMで連絡をくれたんですよね。「あなたは、生き別れた〇〇さん……」みたいな。
――再会……(笑)。Twitterでバズって身バレするノリで、作風で昔の筆名を見抜かれたということですか?
春海:
そうですね。びっくりしました。
八潮:
それは嬉しかったんですかね? 自分の書いた作品だけで、名前が違うのに気づいてもらえるというのはすごいことな気がするんですが。
春海:
強い繋がりがあった訳でもなく、お互いの作品を読んでいたくらいの関係性だったので、全然昔と作風違うのに単純にすごいな、と。
八潮:
何かのお話にしたくなるエピソードですね(笑)。
春海:
使えそうであればぜひ(笑)。
――アイデアがなかなか思いつかない時の解決法などがあれば教えてください。
春海:
とりあえず『ニンジャスレイヤー』を読む。ジュブナイルものを読んでいくうちに、「自分はこういうものが書きたかったんだ」という原点が整理されるので、例にはニンジャスレイヤーをあげたんですけど、自分のお気に入りの小説を読むのがおすすめです。
八潮:
映画や小説でも、自分のツボを探しながらいろんな作品を摂取すると良いと思います。たとえつまらない作品でも、自分にとってどの辺が苦痛なのか考えながら観ると、そんなに損した気持ちにもならないので。
その上で、面白かったものを自分が小説で書くならどんなものになるか、あるいはつまらなかったならどういう展開にひねれば面白く感じられるのか考えると、何かアイデアが出てくるんじゃないかと。
――お二人が影響を受けているコンテンツについて教えてください。
春海:
ニコニコ動画掲載の高橋邦子さんによる、『妹が作った痛いRPGシリーズ』から影響を受けていますね。2秒に1回くらいのペースで暴力が出てくるんですが、その暴力性は作品にも反映されていると思います。
八潮:
私の場合、最近は新書などをジャンル関係なく読んでいます。自分の知らない領域の話や過去にあった出来事の話を読むと、人間がある状況に対してどんな動き方をするのか知れるので、読んで得たことをコラージュ風に小説に入れ込むことが多いです。
書籍の刊行について
――今回の単行本に収録する書き下ろし作品の執筆経緯について教えてください。
八潮:
いつか作品にしたいアイデアをメモにまとめていたので、編集担当のSさんからお話をいただいた時に、その場でメモを見ながら相談して、書き下ろし二篇を執筆することになりました。
メモ自体も、「命はダイヤより重い」だと「これから電車に飛び込む人がわかってしまう運転士の話で、本当は能力がちょっと違ってた」という程度で、途中でどうせならギャルを出して、ギャル短歌を入れとこう、と追加したり、永楽急行という架空の鉄道会社の中に宗教施設らしきものが出てくるのですが、それも新興宗教の建築に関する本を読んだので作品に入れ込んでみよう、という風に作っていました。
春海:
書き下ろしについては、自分も寝かせていたアイデアを活用して作ったんですけど、「あとがき」と「書籍化必勝法」は書籍化しないと出せないネタなのでこの機会に書いてしまおうと思って書きました。
八潮:
「あとがき」と「書籍化必勝法」については、M-1で、芸人さんがネタが終わった後もちゃんとふざけているみたいな、「いついかなる時もふざけてゆくのである」という決意に誠実さを感じました。
春海:
ありがとうございます(笑)。
――カクヨム掲載の作品から、書籍に載せるものを選ぶ際はどのような基準で選んだのでしょうか。
八潮:
私の場合は編集Sさんに選んでいただきました。古いものだと10年以上前の作品だったりして、著者個人としては恥ずかしいんですが(笑)。読み返してみると同じことやってるんだな、とわかったりして、意外なセレクションになって楽しかったです。
編集S:
書籍として手に取った時に作品内容がイメージしやすいように、全体の基準としては、「未来を感じるアイテムが出てくる」という点をテーマにして、惹きつける設定と意外なオチが待ち受けるような作品を中心に選びました。
春海:
ぼくも主には編集Sさんに選んでもらったんですが、自分では思い入れがあるけど日の目は見ないかも、と思っていた「お昼にお化けを退治する」と「一人心中」についてはあえて収録させてもらいました。
八潮:
言いそびれていたんですが、「一人心中」は個人的にとても好きな作品でした。「一番最初の体験で自分自身に縛りをかけてしまう」というのは、現実でもある話だなと。終わり方も余韻があって好きでした。
――単行本のアピールポイントをお聞かせください。
八潮:
自分はこれが面白いと思っているんだ、という要素をどんどん入れているので、その点、自分と近しい感覚をお持ちの方であれば絶対楽しんでいただけるものになっていると思います。
編集Sさんからも褒めていただいているんですが、正直なところ書いているうちに「これって面白いのかな?」と疑心暗鬼になってしまう部分もあるんです。
でも、小中学生の時に毎年防災訓練があって、消防車のひとが講評で褒めてくれるっていうのが9年間続いたんですよ。どの学校のことも褒めてるものと思っていたんですが、高専1年目の訓練で、消防署のひとに「あなたたち、本当にこんなことをしていたら死にますよ」とかめちゃくちゃ怒られて。
その時になって初めてあの9年間褒められてたのは嘘じゃなかったんだ……! と気づいたので、その経験を元に、編集Sさんが褒めてくれる時も、「嘘じゃないはずだ」と思うようにしています(笑)。
という訳で、これは面白いはずなんだ、と自信を持って送り出したいと思います。
編集S:
字面だとものすごく奥ゆかしい感じになってしまいそうな……(笑)。八潮さんならではの世の中の見え方から描かれる世界のなかで、突然出てくるギャル短歌など、組み合わせが魅力的な一篇と、「パーティ追放」が八潮さんの手にかかると、異世界転生と思いきや……!? という意外性のある内容が楽しめる書き下ろしを収録しています(笑)。
春海:
アピールポイントとしては、読まなくても家に一冊置いておくだけで、金運と仕事運と恋愛運に効く、そういう素敵な本です。来月から給料は3倍。仕事もいきなり社長。恋愛もマッチングアプリからの通知が2時間くらい鳴り止まない。すごい効くらしい。……中身はちょっとわかんないです。
八潮:
ご利益のぶん、何かとんでもないものが失われそうな話ですね……(笑)。
編集S:
書籍化しないと書けなかった春海さんの秘蔵のネタが出てきます。まさか八尺様×ビジネスホテル!? というスピンオフの驚きを皆様に味わっていただきたいです。もしかしたら金運とかもよくなるかもしれない……ですね(笑)。
お二人とも素晴らしい収録作品と書き下ろし作品になっているので、カクヨムの読者の方も、初めて手に取る方も楽しめるとっておきの2冊です!!
KACについて
――今回アンバサダーをご担当いただくKACは「短期間でお題を元に作品を執筆する」企画ですが、お題(あるいは着想)から作品世界を広げていく際のコツなどがあれば教えてください。
八潮:
自分の場合だと、ギリギリお題が成立しているかな? というラインで構想を考えてみることが多いですね。創作に限らず、会社でも「こういうルールがあります」と言われた時に、パッと見違反だけどギリギリ逸脱してないラインを考えるのが楽しいなと思っていて、それと同じ感覚です。
春海:
KAC、毎年参加していて、生み出したのは覚えているんですけど、当時については苦しんでいた記憶しかなくて……。
なのでKACというより短編をどう書いているかの話になるんですけど、断片的にセリフや地の文をメモに残しておいて、パズルのピース一つから全体を想像する感じで書くことが多いですね。KACは本当に…記憶がないです。短期間だからこそ、書くこと以外考えられないのが楽しいので、好きなんですけど。
――ちなみに、普段の作品の執筆にはどのくらい時間をかけているんでしょうか。
春海:
大体4時間くらいですね。文字数自体はそこまでじゃないので、アイデアがあればすぐ書けるんですが、基本的に思いついてない感じですね。「尺八様」は10時に思いついて12時台に投稿した記憶があります。
八潮:
「尺八様」に2時間というのはびっくりですね(笑)。思いついてから一気に書くと頭がおかしくなりそうですけど。KACも短期間の締切でお話を書き続ける企画ですよね。全部の回に参加するっていうのは……。
春海:
(頭が)めちゃくちゃになりましたね。
八潮:
ですよね……(笑)。頭めちゃくちゃになりながらやり切ってみる、っていうのはお祭りとしてすごい楽しそうですね。
自分の場合、アイデアがないというより、アイデアをメモに残していても、仕事だったり雑記ブログだったりに時間を向けがちで、年に1回か2回は新作を書くぞ……と自分を励まして書いていた感じです。
書くスピードについては、今回書き下ろした「命はダイヤより重い」が1ヶ月くらいで、書いている時間より調べ物の時間が長かった気がします。昔読んだ電車の運転士の本の記述を思い出して読み返したり、改めて短歌の書き方を学ぼうと短歌の本を読んでみたりなど、ついつい気になって調べているうちに時間が経っていました。
――今回お二人はそれぞれKACの第1回、第2回の出題者にもなりますが、お題について「こんなものにしたい」という漠然としたイメージがあれば教えてください。
春海:
許されるなら「〇〇という文章から始まる、終わる」といったものを出してみたいのと、最低文字数が800文字なのにお題「10文字以内」みたいな、解決するのに頭をひねるようなお題も出したいです。
――ゲームを崩壊させようとしていらっしゃる……(笑)。
春海:
ルール的に矛盾が生じるお題を出した時に、参加者がどう乗り越えるのか興味があって。
八潮:
なるほど(笑)。
自分は、シチュエーションとか場所を限定するお題をやってみたいなと思っています。お題のギリギリを攻めるという話にも関連しますが、たとえば「車の助手席」だったら、「ドライブしている車の助手席」がど真ん中だとして、「車」は自動車とは限らないから、はたらく車もギリ車なのでは……? とか、「助手席」に座っていても、車が動いている必要はないかも? といった部分で遊べるお題がいいな、と。
――最後にお二人の今回のKACに期待すること、KACの参加者への応援コメントを一言お願いします。
八潮:
期間が短いので、そこまで気が回るものでもないのかもしれませんが、「こういうのが(他人に)ウケそう」を考えるより、「自分がこういうのをやりたいんじゃ!」を貫いていただく方が良いかなと思っています。
春海:
普段話を書く時と違って、自分を追い詰められるせっかくの機会だと思うので、自分のなかの変な引き出しを遠慮なくバカバカ開いて、追い詰められることを味わって欲しいと思います。