可愛い妹のためなら、異世界で魔王を倒すくらい朝飯前です。
さきがけ
第1話 異世界に移住?
「お兄ちゃん、私と一緒に異世界に移住しよ!」
異世界に移住? 最近よくテレビでやってる、田舎に移住して農業とかをするやつのことかな。
俺は読んでいた妹モノの漫画から顔を上げ、唯に聞き返した。
「異世界って、どこかの田舎に引っ越して農業とかやってみたいってこと?」
「違うよ、お兄ちゃん。異世界は異世界だよ。剣と魔法でファンタジーな異世界だよ」
おおっと。
我が妹は本当に異世界の話をしていたようだ!
今は高校1年の夏休み。
エイプリルフールではないし、そもそも唯はエイプリルフールに変なウソをつくタイプじゃない。
つまりこのお願いは、本気だ……
良き兄としては、妹を妄想から解き放たなければならない。
俺が唯を守らなくては。
「唯はなんで異世界に移住したいんだ?」
俺は穏やかな声で聞いた。
「私、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいの。このまま日本にいたら、お兄ちゃんと引き離されちゃう」
唯は潤んだ瞳で俺をみつめた。
確かに、もうすぐ両親は離婚することになっている。
そうなれば当然、義兄妹の俺達は引き離されることになる。
だからといって妄想と現実をごっちゃにしてはいけない。
そもそも異世界に移住なんて出来ないことを、しっかり伝えなければ。
俺は唯に尋ねた。
「確かに異世界に移住したら唯と一緒に暮らせるかもしれないけど、異世界に行く方法が無いだろ?」
唯はにっこり笑って、俺の手を取った。
「異世界の行き方、神様に教えてもらったの。ちょっと唯の部屋まで来て」
彼女に引っ張られるまま、俺は唯の部屋に向かった。
入り慣れた唯の部屋は、いつ来ても居心地の良い空間だ。
淡いピンクを基調とした壁に、愛らしいぬいぐるみたちが所狭しとならべられている。
サイドテーブルの上には手作りのビーズアクセサリーが置かれていて、窓際には観葉植物が日光を浴びて伸びやかに育っている。
純粋無垢な唯らしい、可愛くて暖かみのある部屋だ。
そんな部屋の隅には、大きな木でできた古風なクローゼットが鎮座していた。
唯はクローゼットの前で立ち止まり、その扉をゆっくりと開けた。
「見て、これ」
クローゼットの中には、ゆらゆらと揺らめく何かがあった。
目を凝らすと、それは森の景色だった。
意味が分からない。
「ここを抜けたら異世界だよ。一方通行らしいからまだ入っちゃ駄目だからね」
唯の言葉に俺は言葉を失った。
異世界への移住なんて妄想だと思っていたけど、目の前に広がる異世界の景色は、確かに現実だった。
呆然とする俺に、唯は神様から聞いたという話を一から教えてくれるのだった。
◇ ◇ ◇
唯から聞いた話をまとめると、
・異世界は剣と魔法のファンタジーな世界である
・2人ともレベル99で転移できる
・異世界の言葉を読み書き出来るスキル『異世界通訳』が与えられる
・衣食住を保障するスキル『マイホーム』が与えられる
・できれば魔王を倒してほしいが、強制はしない
という話を、夢の中で神様から聞いたということだ。
ツッコミどころ満載なお話だけど、まずは一番気になる『魔王』について確認しよう。
「できれば魔王を倒してほしいってどういうこと? 絶対魔王を倒せじゃないの?」
「何でだろうね。でも魔王を倒せなかったらどうなるの? って聞いたら、特にペナルティーは無いって言ってたよ」
「強制したら移住してくれないと思ったのかな。それか強制できない何らかのルールがあるのか。う~ん。わからん。もう1回神様と話できないかな?」
「1000年に1回の『光が最も満ちた時』にしか会えないって言ってたから、無理だと思う」
ほほう。1000年に1回のチャンスだから、断られないよう条件を緩くしたのかな。
なんで俺たち兄妹を選んだのかは謎だけど、そこは考えても仕方ないか。
じゃあ次のツッコミどころについて確認しよう。
「レベル99って、どれくらい強いのか聞いた?」
「レベル99っていうのは、最高レベルって意味だよ。つまり、最強の状態で異世界に行けるの」
世界最強。嫌いじゃない響きだ。
それに、魔王を倒すかどうかはともかくとして、剣と魔法のファンタジーな世界で安全に暮らすためには、強さは重要だろう。
最後のツッコミどころについても確認する。
「唯、『マイホーム』ってどんなスキルなんだ?」
「これはね、何か1つ希望するスキルを与えるって言われたから、『日本レベルの衣食住を保障してほしい』って言ったの。お兄ちゃんには、いつも可愛い妹を見てほしいからね」
すぐ隣でベッドに腰掛けている唯が、俺の手を握りながら上目遣いで可愛さをアピールする。
あざとい。でも可愛い。世界一可愛いと断言しておく。
俺は唯の手を握り返しつつ、もう一度聞く。
「いつでもどんな時でも、唯は世界一可愛いぞ。それで、『マイホーム』ってどんなスキルなんだ?」
「私とお兄ちゃんが手を繋いで『マイホーム』のスキルを使うと、家に繋がる扉が出てくるんだよ」
「家って、この家にか?」
「違うよ。異空間にマンションみたいな部屋を用意してくれるんだって。電気・ガス・水道が揃ってて、食料も提供してくれるんだよ」
「さすが神様、何でもアリだな」
そこまで無茶苦茶な力があるなら、その力で魔王くらいプチっと潰せば良いような気もするが、そうもいかない事情があるんだろうな。
概ね疑問点を解消することができたところで、唯がまた迫ってくる。
「お兄ちゃん、一緒に異世界に移住しようよ」
と顔を近づけてぐいぐい迫ってくる。
可愛い妹のお願いに即OKしたくなってしまうが、ここはしっかり考えなければ。
まず日本に残った場合はどうなるだろうか。
両親の離婚後、母は唯を連れて実家のある北海道に帰ることになっている。
俺は唯を東京に残して欲しい。もしくは俺も北海道に連れて行って欲しいと何度も交渉したが、受け入れられなかった。
血縁上は、唯は母の子であり、俺は父の子になるので、両親の意思を覆すのは難しいだろう。
では異世界に移住した場合はどうなるだろうか。
苦労はするだろうけど、ずっと唯と一緒に暮らすことが出来る。
レベル99によって安全は確保でき、『マイホーム』のスキルがあるのである程度文化的な生活をすることも出来るだろう。
神様とやらがどれだけ信用できるのか分からないけど、唯が神様の言うことを信じているのだから、信じていいのだろう。
(唯の人を見る目は確かだからな。神様は人じゃないけど)
それ以外の選択肢は…… ちょっと難しいかな。
兄妹で日本のどこかに駆け落ちしても、まともな生活ができるとは思えないし。
いろいろ考えた結果、俺は唯と一緒に異世界に移住することに決めた。
「唯、俺も異世界に行くよ。お前と一緒に」
唯は喜びの声を上げ、飛びついてきた。
「やった! お兄ちゃん、ありがとう!」
俺は唯の笑顔を見て、この決断が正しかったと思った。
◇ ◇ ◇
次の日、俺と唯は異世界移住のための準備を整えることにした。
ネットでサバイバル情報サイトをいくつか調べ、必要そうな道具をホームセンターで買い揃えた。
<買い揃えた道具>
・バール
・サバイバルナイフ
・ミネラルウォーター
・缶詰のパン
・皮手袋
・レインコート
・救急箱
・ビニール袋
剣と魔法のファンタジーな世界に行くのだから、ちゃんとした武器や防具を揃えたかったけど、当然そんなものはホームセンターには売っていなかった。
仕方ないので、武器の代わりにバールを購入することにした。
水や食料は『マイホーム』のスキルで提供されるらしいけど、すぐにスキルが使える状況なのかどうか分からないので、ミネラルウォーターと缶詰のパンも購入しておいた。
これらの品とタオルや下着類をリュックに詰め込んだ。
服装は、手持ちの服で一番頑丈そうな学校の制服にスニーカーを着用することにした。
準備が整ったので、唯に声をかけた。
「唯、準備できたか?」
唯はリュックを背負い、ニコニコしながら頷いた。
「うん、お兄ちゃん。行こう!」
俺たちはクローゼットの前に立つ。
心臓がドキドキして、少し緊張しているのがわかる。
唯が俺の手を取る。
彼女の手は小さくて温かい。
その温もりに少しだけ勇気をもらう。
「行くぞ、唯」
「うん、お兄ちゃん」
俺達はクローゼットの中に足を踏み入れた。
揺らめく森の景色が目の前に広がり、異世界への入口が開かれている。
心の中で覚悟を決め、俺達は異世界への一歩を踏み出した。
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