第20話 高校生になった日
国王に案内され、俺達は王城の一室に足を踏み入れた。
薄暗い部屋の中央には天蓋付きのベッドが置かれており、そのベッドの上で、まるで眠っているかのように石化した少女が横たわっている。
彼女の肌は白く滑らかな大理石のように輝いており、長く美しい髪もまるで彫刻のように硬く固まっていた。
息をしている気配はなく、まるで時間が止まってしまったかのような静けさが、部屋全体を包んでいた。
「娘のソフィアだ。3か月ほど前に石化の呪いをかけられてから、ずっとこのような状態が続いている」
国王は悲しそうに言った。
そして唯に向かって
「大司教でも、ソフィアの呪いを解くことはできなかった。唯殿は解呪の魔法を使えるだろうか」
と期待を込めて聞くが、唯は難しい顔をして首を横に振った。
「すみません。私は解呪の魔法を習得していないので、石化の呪いを解くことはできません」
「そうか…… ならば仕方あるまい」
国王は残念そうにつぶやいた。
唯は病気を治す『キュア』の魔法は習得したけど、呪いを解く魔法は習得していない。
今後俺達が呪いを受ける可能性もあるだろうから、解呪の魔法も習得してもらった方がいいかもしれないな。
ちなみに俺も唯も、この世界に来てから一度も病気になっていない。
おそらく病気への抵抗力が桁違いに高まっているのだろう。
「そうか、やはり『浄呪花』を使うしか方法は無いか…… 冒険者ギルドに依頼を出してずいぶん経ったが、まだ1度も依頼を受けるとの申し出が無い。もし良ければ、アキラ殿とユイ殿にこの依頼を引き受けてはもらえないだろうか」
やっぱりそうなるよね。
人助けになるし、報酬も高額だし、引き受けてもいい気はする。
でもやっぱり、『浄呪花』を守っているドラゴンの強さについては聞いておきたいところだ。
「ドラゴンが花を守っているそうですが、ドラゴンと魔王だとどちらが強いのでしょうか?」
「古の伝承によれば、かつての魔王はドラゴンを使役していたと言われておる。それが本当なら、ドラゴンよりも魔王の方が強い存在なのかもしれぬ」
なるほど。
レベル50の勇者が1人で魔王に勝てる。その魔王はドラゴンより強い。そして俺達はレベル99――
うん。大丈夫そうだな。
俺は唯の方を見た。
唯も同意するように頷いている。
よし、決めた。
「では、『浄呪花』の採取依頼を引き受けます。冒険者ギルドに正式な指名依頼を出して下さい」
「本当か! ありがとう、アキラ殿、ユイ殿。ソフィアの父親として、心から感謝する」
依頼を引き受けることを告げた俺は、次にドラゴンについての情報を求めた。
「それで、そのドラゴンについて、どんなことが分かっているのですか? 戦う前に、できるだけ情報を集めておきたいです」
「うむ、それもそうだな。ドラゴンについて記された古文書が図書室にあるはずだ。司書に案内させよう」
国王はそう言うと、すぐに側近に指示を出した。
その後俺達は、図書室でドラゴンの情報を調べてから、宿に戻った。
翌日は冒険者ギルドで指名依頼受諾の手続きをし、食料品の買い込みなどを行った。
これで準備万端、あとは出発するだけだ。
◇ ◇ ◇
翌日の朝、俺達はドラゴンが住むという山に向かって、王都の西の街道を出発した。
目的地までは馬車で15日ほどの距離だけど、もちろん馬車で移動したりはしない。
今回もジョギング感覚で走り続け、1日半ほどで『浄呪花』が咲く山の麓の村に到着した。
「もう午後だし、今日はこの村で一泊して、花の採取は明日にしようか」
「うん。そうだね。でもお兄ちゃん、この村って宿屋あるかな?」
俺は村を見渡す。
うん。ザ・村って感じ。
決して町じゃない。というか、店が見当たらない。
まぁ、俺達には『マイホーム』のスキルがあるので、宿屋が無くても別に困らないけど。
「宿屋はなさそうだな。一応村長とかに許可を取ってから、適当な場所で『マイホーム』を使うことにしようか」
俺は唯に声をかけ、村の中心部へと向かった。
一番大きな家に住んでいるのが村長だろう。たぶん。
ということで、一番大きな家の玄関の扉をノックしてみる。
「はーい」
声が聞こえ、扉が開かれた。
中から出てきたお婆さんが、俺達を見て目を丸くする。
「あらまぁ、可愛いお嬢ちゃんがこんな辺鄙な村に。どうしたんだい?」
「こんにちは。俺達は国王の依頼で『浄呪花』の採取に来た冒険者です。今日はこちらの村に一泊してもよろしいでしょうか?」
俺は丁寧に挨拶し、宿泊の許可を求めた。
「この村に宿はないよ。うちの納屋でよければ泊っていくかい」
「いえ、野宿で大丈夫です。野宿向きの魔法を使えますので」
「しかし浄呪花ねぇ。悪いことは言わないから、やめておきな。山にドラゴンが住み着いてから、浄呪花を取りに行って生きて帰った冒険者はいないよ」
お婆さんは心配そうに俺達に助言してくれた。
「ご心配ありがとうございます。俺達こう見えてもレベル99ですし、勝てないと思ったら逃げるので大丈夫だと思いますよ」
俺は決意を込めてそう言った。
唯も力強く頷く。
「そうかい、そうかい。若いってのはいいねぇ。まぁ、頑張ってちょうだい」
「はい。頑張ります。その浄呪花ですけど、山のどの辺に咲いているかご存じですか?」
「浄呪花はね、山の頂上付近にある、大きな湖のほとりに咲いているって言われてるよ。でも、そこに行くのは本当に危険だからね。くれぐれも気をつけるんだよ」
「ありがとうございます! 教えてもらえて助かりました」
俺は深く頭を下げ、お婆さんに礼を言った。
村長の家を出た頃には日も暮れかかっていたので、村外れの草木が生い茂っている所に移動し、『マイホーム』を呼び出して中に入った。
「特に観光する所もない普通な村っぽいから、今日はマイホームでのんびりしていよう」
「うん。時間もあることだし、今日はちょっと凝った料理を披露しちゃうよ」
「おっ、それは期待しちゃうな~」
俺達はマイホームで夕食を取り、歯磨きをし、シャワーに入り、寝室でゴロゴロする。
これが俺達のいつも通りの素敵な日常。
ゴロゴロしながら眠くなったら寝るというのがいつものパターン。
なのだが……
「お兄ちゃん、今日はまだ寝ちゃ駄目だからね。唯がいいって言うまで起きててね」
と唯がおかしなことを言ってくる。
「なんで?」と聞いても「なんでも、だよ」と言って理由は教えてくれない。
まぁそれで唯が満足ならいいや。
と深く考えず、ゴロゴロしながら唯とお喋りを続ける。
そして深夜になり、そろそろ日付も変わろうとする頃に、唯が俺に抱きついて来た。
これもまたよくあることなので、俺も唯を抱き返して暖かな体温を味わっていると、唯が俺の目をじっと見つめて来た。
そして唯は目を閉じ、俺に顔を近づけてくる。
ああ、そういうことか。
理解した俺は目を閉じ、唯の唇を受け入れた。
『唇へのキスは高校生になってから』
唯は、俺が勝手に決めたルールを守ってくれたのだ。
4月1日の0時0分。
唯が高校生の学年になった瞬間、俺達は初めてのキスを交わしたのだった。
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