第15話 勇者、現る

 領主の館に招かれてから3か月ほど経ったある日、オーガ討伐の依頼を終えた俺達は、冒険者ギルドの受付に並んでいた。


「お兄ちゃん。私達、だいぶオーガ討伐にも慣れてきたね」


「そうだな。オーガ討伐をさせたら、俺達はこの街で3本の指に入るだろうな」


「Bランクパーティーが3つしかないんだから、そんなの当たり前だよー」


 この街にAランクの冒険者パーティーはいない。

 Bランクの冒険者パーティーは、俺達以外にもう2パーティーがいる。


 オーガ討伐はBランクの依頼なので、3つのパーティーに順番に依頼が回ってくる。

 常設依頼のゴブリン討伐やオーク討伐より儲かるので、オーガ討伐の依頼は大歓迎だ。


 そんなことを考えていたら、俺達の順番になった。


 受付のお姉さんに、オーガ討伐の証である青い魔石を2つ提出する。


「オーガ討伐の依頼、無事完了しました」


「アキラ君にユイちゃん。今回もご苦労様。はい、こちらが報酬よ」


「ありがとうございます」


 お姉さんから金貨1枚を受け取る。


「……あ、そうだ。アキラ君にユイちゃん、ギルドマスターが探してたから、執務室に寄ってもらえる?」

「ブラッドリーさんが? 何だろう」


 珍しいな。ブラッドリーさんから呼び出しなんて。

 前に呼ばれた時は領主のトーマスさんからの指名依頼だったから、今回も指名依頼かな?


 そういえば、トーマスさんとは領主の屋敷に招かれて以来会っていないな。

 シャーロットとヘレンさんには、ウサギ亭に時々遊びに来るから会ってるんだけど。


 俺達は別の事務員さんに案内され、ギルドマスターの執務室に入る。

 すると中には、ブラッドリーさんの他に知らない大男が座っていた。


「お、アキラにユイか。ちょうどいいところに来たな」


 ブラッドリーさんが笑顔で俺達を迎える。

 隣の大男は無表情のまま俺達を見ている。


「ブラッドリーさん、俺達に何か御用でしょうか?」


「ああ、実はな、こちらの勇者ドレイク様がお前たちに会いたいと言っていてな」


「勇者? この方が?」


 俺は隣の大男、ドレイクと呼ばれた男を見る。


 身長2メートルはありそうなマッチョな体格に、鋭い目つきが印象的だ。

 確かに強そうな雰囲気が漂っている。


「そうだ、俺が勇者ドレイクだ。お前たちが、レベル99だとかデタラメを吹聴している冒険者の兄弟だな」


 この人、自分で自分のことを勇者とか言っちゃってるよ……

 評判通り、ずいぶんの感じの悪い勇者だな。


「いや、普通にステータスストーンで鑑定したら、レベル99って表示されますが」


「レベル99だと? ふざけるな! 99なんてレベルの人間がいるわけないだろ! お前たちは何か不正をしているに決まってる!!」


「そんな不正をしていったい何の得があるんですか……」


「だったら俺と勝負しろ。お前たちの実力を、俺様が確かめてやる!」


 ドレイクが挑発するように言う。

 めんどくさい奴だなぁ。


「嫌ですよ、そんな面倒なこと」


「何だと! 勇者の命令を聞けないというのか!」


「いや、なんで初対面のおじさんの言うことをいちいち聞かなきゃいけないんですか」


「だったらこの場でぶっ殺してやる!」


 ドレイクがいきなり剣を抜いたので、仕方なく俺も剣を抜く。

 いったい何なんだこいつは……


「おいおい、落ち着けって。こんな所で決闘されたら困る」


 そう言って間に入ったのは、ブラッドリーさんだった。


「……アキラ、悪いがドレイク様の相手をしてやってくれ、でないとこの場が収まらん」


 ブラッドリーさんが苦しそうに言う。

 勇者の我儘に、ギルドマスターといえども逆らえないということか。


 仕方ない。

 綺麗な執務室が血まみれになったら、ギルドのみんなが困りそうだし、ここは従っておこう。


「……分かりました。ドレイクさんの相手をします」


 俺は渋々、了承の意を示した。


「よし、では訓練場に行くぞ、そこでお前の実力を思い知らせてやる」


 ドレイクは不敵な笑みを浮かべて、部屋を出て行った。


「ったく、嫌な勇者だぜ」


 ブラッドリーさんがボソッと文句を言う。


 俺はブラッドリーさんの心情を察しつつ、唯と一緒に訓練場へと向かった。


    ◇    ◇    ◇


 訓練場に着き、俺はさっそく訓練用の木剣を手にするが、ドレイクから待ったがかかった。


「そんな木剣で実力が分かるわけないだろう。真剣でやるぞ」


「いやいや、真剣なんか使って、(お前が)死んだらどうするんですか」


「死なないように手加減してやるから安心しろ」


 うーん。でもうっかりドレイクの奴を殺してしまって、殺人犯にされても困るな。

 ここはブラッドリーさんに確認しよう。


「ブラッドリーさん、この場合、万が一相手が死んだり怪我をしたらどうなるんですか?」


「両者が合意していれば、罪には問われん。訓練中の事故として処理される」


「そうなんですね。それじゃ真剣でやってもいいですよ」


 俺が言うと、ブラッドリーさんは少し驚いたように眉を上げたが、すぐに頷いて「自己責任だぞ」と確認してきた。

 俺はそれを聞き流すようにして、ドレイクに向き直る。


「わかった。じゃあ、やろうか」


 ドレイクはニヤリを笑う。完全に俺をなめている様子だ。

 俺達のことを、レベル99と嘘をついている詐欺師だと信じているんだろうな……


 ドレイクが大剣を抜く。

 重厚な威圧感を放つ一振りの大剣は、たぶん超高級品なんだろう。

 武器の質だけ見ると、圧倒的に俺の方が劣っていそうだ。


 俺は木剣を捨て、いつも使っている鋼の剣を手に取った。


 唯が心配そうな顔で俺を見ているので、大丈夫だよ、と目で合図する。

 倍以上のレベル差があるし、俺が負けることは無いだろう。

 (ドレイクのレベルは42だと聞いている)


 いつの間にか集まった多くのギャラリーに見守られる中、ブラッドリーさんが訓練開始の声をあげる。


「それではこれより、勇者ドレイク様と、Bランク冒険者アキラの訓練を始める!」


 ギャラリーが歓声をあげる中、ドレイクが俺めがけて、上段から剣を振るう。

 そこそこ早い切り込みだが、十分余裕を持って受け止められる速度だ。


 俺は余裕を持って剣を構え、その一撃を受け止めた。


 ――が、次の瞬間、俺の剣はまるで紙のように簡単に切り裂かれた。


「何っ!?」


 市販品の鋼の剣では、ドレイクの持つ(たぶん)超高級品の大剣には太刀打ちできなかったようだ。


 ドレイクの大剣が俺の体に向かって一直線に襲い掛かる。

 瞬間的に身を引こうとしたが、間に合わない。

 やばい、斬られる!!


 と思ったが、ドレイクの大剣は俺の首の付け根に接すると『ガキッ』と大きな音を立てて静止した。

 確かにドレイクの剣に斬られたはずなのに、俺は全く痛みを感じなかった。


「な、なんだと!?」


 ドレイクが絶句する。

 俺の体はビクともしていない。

 服が切れただけで、肌は無傷だった。


「ば、バカな…… どうして無傷なんだ! 俺の剣は確かにお前を切り裂いたはずだ!!」


 ドレイクの目が、信じられないものを見るように見開かれる。

 明らかに動揺している。


 俺だって驚いたよ。

 たぶんこれが、レベル99の『物理防御力』ってことなんだろうな。


 そして同時に、俺はドレイクの狙いも理解した。

 奴は本気で俺を殺そうとしたんだ。


 (危ない奴だな、こいつは)


 勝負に負けた逆恨みで、唯に危害を加えようとするかもしれない。

 俺や唯に二度と手出しが出来ないようにしなければ。


 そう考えた俺は、一気にドレイクに接近した。


「な……」


 あまりの速さに、ドレイクは何の反応もできない。


 俺はドレイクが持つ大剣の柄をつかみ、ドレイクを蹴飛ばして剣を奪い取ると、


 ズバッ!!


 その剣で、ドレイクの両腕を切断した。


「ぎゃああああああ!!!」


 ドレイクの絶叫が辺りに木霊する。


「ドレイク、これでお前はもう二度と剣を握れない」


 俺は冷静にそう告げると、ドレイクの頭を剣の柄で殴りつけた。


 ガクッ


 ドレイクがぐったりと地面に沈む。

 気絶したようだ。


 戦いは、あっけなく終わった。

 これで勝負ありだが、ドレイクの両腕からは出血が続いており、このままでは死んでしまう。


「唯、こいつの止血をお願い。二度と再生できないように、腕は消し炭にして」


「うん。分かった。お兄ちゃんを殺そうとしたんだから、それくらいは必要だよね」


 唯がヒールの魔法をかけ、ドレイクの出血を止める。

 唯は『ハイヒール』の魔法も習得したので、腕を結合することも出来るが、それはしない。


 むしろ切り飛ばしたドレイクの両腕にファイアの魔法を放ち、超高温の炎であっという間に灰にする。

 これで危険人物ドレイクを無力化できただろう。たぶん。


「ありがとう、唯」


 俺は唯の肩を軽く叩き、笑顔を見せた。


「どういたしまして、お兄ちゃん。でも、あの人、本当にこれで大丈夫なの?」


「大丈夫だ。こいつはもう剣を振るうことはできない。俺達に手を出すこともないさ」


 唯は少し不安そうだったが、俺の言葉を聞いて、ほっと息をついた。


 あーなんか精神的に疲れた。

 こういう時は甘い物でも食べに行こう。


「ブラッドリーさん、この後の処理をお願いします。俺達はこれで失礼します」


「あ、ああ……」


 ブラッドリーさんはまだ状況が飲み込めていないようで、呆然している。


「じゃあ唯、疲れたから何か甘い物でも食べに行こう」


「うん。ストレス解消にはスイーツだね!」


 俺達は訓練場を後にし、街へと向かった。

 あー疲れた。

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